訪問
東都北区、のどかな街にある小さな山の林から、突然雀たちが飛び去った。
バンッバンッ……
早朝の裏山で、俺は正拳突きを繰り返していた。
段々と『気功』に慣れ、常時気功を使った状態での訓練へと、訓練内容を切り替えていた。
『気』を纏った状態では、いちいち周りへの影響が大きく出てしまい、調節にかなり苦労したが、今ではしっかりとコントロールできるようになっていた。
さらに、会得したいと考えていた外気功もかなり使いこなせるようになった。ものに気をこめて頑丈にするなんてことも可能になっていた。
「ここまでくると本格的に人間離れしてきてるな」
(しかし、慣れるまでは普段の動作に注意しないといけないな)
「まあ、この平和な世界で何に使うんだって話ではあるが。」
連日奇妙な事件が話題となってはいるが、まだ深刻な状況にはないし、自分と親しい人がそうなったという話も聞かない。
(日本は平和だからなぁ)
そんなことを思いながら山を下り、学校へ行く準備をする。
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いつも通りの学校が終わり、家に帰ると家の前に黒いスーツを着た男が二人、立っていた。ひとりは糸目でひょろいが、もう一人は熊のような男だった。
そのたたずまいから両者ともに武道経験者だと確信した俺は、少し警戒して話しかけた。
「うちに何か御用ですか?」
「ええ、私、北警察署の刑事の五十嵐 龍一と申します。少しお話を伺いたいのですが。」
と五十嵐と名乗る大男が名刺を渡してくると、続いて隣の男も同じように名刺を渡してきた。
「は、はい、もしかして祖父にですか?」
混乱しつつ聞き返すと
「いえ、おじいさまではなくあなたに、お話を伺いにきました」
と五十嵐刑事ははっきりとこたえた。
わけがわからなかったが、俺はとりあえず家で話を聞くことにした。
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「どうぞ」
ひとまず二人を客間に通して話を聞いたが、その後の二人の説明はどうも要領を得ないものだった。
五十嵐さん曰く、例の連続変死体発見事件の現場の監視カメラ映像に、ランニングする俺の姿が複数の発見現場で映っていたというのだ。
そこで何か心当たりはないかと聞かれたが、
(ただただランニングしていただけで心当たりなどと言われても、ランニングで通っただけとしか言えないしな)
俺が困っているのを見て取った、もう一人の刑事の田代さんが、別の話題を振ってきた。
「もしかして夜桜さんのおじいさんって、夜桜流の師範ではないっす、ないですか?」
「はい、僕も最初は、てっきりそちらの方のご用事だと思っていたのですが……」
「やはり夜桜さんのお孫さんでしたか、道場は裏手にあるんですか?」
五十嵐さんも興味を持ったようで、質問してきた。
「はい、裏手の山の前に小さいですが、道場があります」
どうやら二人はじいさんのことを知っているようだった。まあ、北署の人なら知っていてもおかしくもないだろう。
その後は少し他愛もない話をして
「それでは、私どもはそろそろ失礼させていただきます。何か思い出したことがあれば、すぐに教えてください。お時間をいただきありがとうございました。」
と丁寧に挨拶をして帰っていった。
「なんだったんだ」
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「ただいま戻った。」
じいさんが帰って来た
「おかえり……」
どこか含みのある俺の態度に何かを感じ取ったのか、
「おう、何かあったか?」
と、じいさんは聞いてきた。
「今日北署の人が来たよ、例の事件で何か知ってることはないかって」
そのまま今日のことを話すと、
「まあ、捜査が行き詰まっとる感じじゃったし、手あたり次第ということなのかもしれんのぅ」
大して気にしてないように、じいさんはつぶやいた。
その後、夕飯を終え、部屋で事件について考えたが、いつものことながら何も分からず。
もしやあの巨大な気と関係があるのでは?などと訳の分からないことを考え始めたあたりで眠りについた。