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定食屋


「さて、寝るか………。」

眠りについている少女――璃音を隣室のベッドに寝かせた律は、自分も休養を取ろうと蓮のいる部屋へ戻ろうとする。


「お父さん………。」


 少女が枕元から離れようとした律を服をつかんで引き止めた。顔をゆがめながら律を引き止めた少女は悪夢を見ているようであった。


「ん?寝言か………。」


 眠っている少女を見た律は扉を開けようとして立ち止まる。わずかな『気』の揺らぎを感じたからであった。


「人間の『気』を感じ取るのは初めてだが、近くにいるとほんの少し感情が伝わってくる気がする………。」


 聖域外では霊獣や霊樹など、律より存在の格が上のものや魔獣ばかりであった。そのため、『気』から感情が伝わってくることは律にとって新しい発見であった。

 

 伝わってくる感情が明るいものとはいえず、顔をしかめた律だが、再び少女の方へ向き直ると椅子を引き寄せて枕元に座った。


「不安、困惑、恐怖と孤独………。ごちゃ混ぜの感情が伝わってくる。何があったかは分からないが、しばらくここにいようか。」


 腰を落ち着けて座ると、心なしか少女の表情に柔らかさが戻ったようだった。





 早朝、律は宿の中庭で木刀を振っていた。南瓜亭は探索者が多く宿泊する宿屋であり、中庭を修練に使っても良いスペースとして開放している。


 宿泊客は多いが、速い時間だったこともあり貸し切り状態で使うことができていた。


「おはようございます。」


 少し寝ぼけた様子で蓮が中庭に現れた。律が素振りをしているのが見えたため、慌てて起きてきたようだ。


「おはよう。まだ寝てていいよ。」


「いえ。門下として本来であれば律さんより早く起きているべきなのに………。すみません」


「ここは道場でもないんだし、気にしなくてもいいと思うよ。それに、睡眠が必要ない俺より早く起きるのはきついと思う。」


「それは、そうかもしれませんが………。」

蓮は少し納得できない様子でつぶやく。


「旅の途中では表立って桜聖としては行動しないように言われているし、そこまで気にする必要もないよ。」


「それも納得いきません。桜聖として行動すれば不便や面倒事が少なくなると思いますし。」


「桜聖位は門派の中だけの位だから、それを他の人にまで押し付けるのは夜桜の目指すところではないということだよ。」


「そうですね………。」

蓮はようやくしこりを飲み込んだようだ。色々とため込んでいる様子に、律は影から木刀を取り出して蓮に渡す。


「まあ、木刀でも振ってればすっきりするんじゃないか?」


「稽古をつけていただけるんですか!?」

蓮は目を輝かせながら木刀を受け取った。


「いいよ。いつでも。身体強化使っていいよ。」

律は蓮の方を向いて構える。


「【身体強化】!いきます!」


 蓮は木刀を構えて魔力による強化を行った後で、律に向かってゆく。律は流れるように蓮の木刀を躱す。


「足元にも注意して。」

律は攻撃の際にわずかにバランスが崩れた足元を狙って投げ技をかけて蓮を投げる。


「うわぁぁっ!?」

蓮は視界が急に一回転し、思わず声を上げる。気づいたときには木刀が首元に添えられていた。


「攻撃の時にバランスが悪くなってる。」

律は蓮に手を貸して起き上がらせる。


「バランスですか?」


「うん。動きが大きくてまだ刀に振られてる感じがある。」


「なるほど………。ありがとうございます。もう一回お願いします!」

蓮は木刀を握りなおすと再び【身体強化】を掛けた。


「いつでもいいよ」

律も木刀を構えて稽古を再開した。





 稽古を終えた二人は、定食屋数野を訪れていた。


「いらっしゃい!」


 威勢の良い挨拶とともに迎えられた律と蓮は、適当に空いている席に座る。メニューは日替わり定食と酒しかないようであった。


「日替わり定食二つで」


 注文を取りに来た店員にそう告げると、律は本題の手紙を懐から取り出した。


「数野大志郎という方あてに手紙を預かっている。できれば直接渡したいのだが………。」


 律がそう言った瞬間、周囲の客の雰囲気が一瞬柔らかいものから固いものに変化した。律は何か変なことを言っただろうかと不思議に思いながら、周りを確認した。


「大志郎はうちの店主です。呼んできますね。」


「あ、はい。よろしくお願いします。」


「はい!」

店員は元気に挨拶をすると、店の奥へと帰っていった。


 しばらくすると店の厨房の方から大きな体を持ったたくましい男が出てきた。男は店の中をぐるりと見渡すと、律のことを見つけて近寄ってきた。


「どうも。俺が数野大志郎というもんです。」

大男は二人に軽く会釈をする。


「どうも。これは曾根崎 宗という方から預かった手紙なんですが………


 律は小声で事情を話し始める。大志郎ははじめのうちは驚いて目を見開いていたが、次第に落ち着きを取り戻し、律の話を聞いていた。



「そうですか。曾根崎は私の………仲間です。わざわざありがとう。」

大志郎はそう言いながら律から手紙を受け取る。


「それで、保護した子のことなんですが。」


「ああ。まだ目を覚まさんのかい?」

大志郎は迷うように首をかしげる。


「はい。今は隣の宿で寝かせているんですが。」


「わかった。何とか保護する用意をして明日宿を訪ねさせてもらう。」


「お待たせしました。日替わり定食です。」


 律と蓮はとりあえず明日の約束をして、宿を出た。





「大志郎さん。この子らの用事は何だったんですか?」

律と蓮が店を出て行ったあと、周りの客が大志郎のところに集まっていた。


「宗が郡兵としての仕事中に盗賊に襲われて命を落としたそうだ。彼はたまたま宗の最期に立ち会ったそうで、伝言とこの手紙を渡してくれた。」


「そうか………。宗のやつが………。」


 大志郎のそばに寄った客たちは、一瞬表情を暗くしたがすぐに切り替えるように顔を上げた。


「手紙の内容は?」


「いつも通りだな。郡に回収されそうになっている人の保護についての内容だ。」


「にしても子供二人で旅なんて、苦労してきただろうに。あの二人も保護してやったらどうです?」


「そうだな。苦労してきただろうというのは間違いないだろうが、俺らが保護する必要はなさそうだ。」

大志郎は唸りながらつぶやく。


「どういうことです?」


「あの背が高い方の子はかなりの実力だ。纏うオーラが強者のそれだった。年の割に俺みたいな大男を前にして眉をピクリとも動かさなかった。」


「そういえばそうですね、あのくらいの子からしたら大志郎さんは怖いはずなのに。」


「隠そうとはしているみたいだったが、強者が完璧に弱者をまねることはできん。自信がにじみ出ていた。警戒する必要はないだろうが、街を出るまで少し見てた方が良いかもしれん。強者は嵐を呼び寄せるからな。」




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