宿屋
「全然起きないな………。」
律はトロッコの線路沿いに歩いて街を目指し、夕方ごろに門の前までたどり着いていた。少女は一向におきる気配がない。
「息はしてるし、やっぱり『気』は出してるんだが。」
見え始めた街の門を見ながら、門番にどうやって説明しようか考え込む。
「とりあえず行ってみるか。」
「とまれ。街へ入る目的は?」
門から中に入ろうとすると、門番に呼び止められる。
「知り合いを訪ねてきました。負ぶっているのは妹です。」
「そうか。ではここに名前とどこから来たかだけ書いてくれ。それと、入場税一人10円だ。」
門番は薄い紙を取り出す。
「はい。」
「通ってよし。」
兵士は書類とお金を確認すると、律を通した。
「あ、定食屋数野ってどこにあるか知ってます?」
「定食屋数野はメインストリートを三ブロック分進んで、左に曲がったサブストリートの通りにあるぞ。丁度隣に宿屋があるから、金があるならそこに泊まるといい。」
兵士は親切にも地図を取り出しながら場所を教えてくれた。
「ありがとうございます。」
律は礼を言うと、街の人混みの中に紛れて進んでいった。
◇
「ここが定食屋数野か。」
律は門番に教えられたとおりに進み、少女を負ぶった状態ではなかなかに街ゆく人の視線を集めたが、無事に定食屋までたどり着いた。
"本日定休日"
定食屋数野は定休日でしまっていた。兵士の最期の言葉と受け取った手紙を速く渡したかった律は、扉をたたいて呼びかけるが、しばらくたっても返答はなかった。
「仕方ない………。隣で宿をとるか。」
兵士の言った通り、定食屋の隣には宿屋があった。宿屋「南瓜亭」はそれなりに大きく小綺麗な建物であった。少し疲れた様子で戸を開けて、宿の中に入ってゆく。
「いらっしゃいませ!!」
中に入るとそこには小さな歓談スペースがあり、そこで客と話していた様子の看板娘が元気な声で挨拶してきた。
「どうも。宿を一日取りたいのですが………。」
「かしこまりました!こちらへどうぞ。私はここの宿屋で働いている根橋 成実といいます。お手数ですが、お客様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか!」
「あ、ああ。はい。夜桜律です。それと妹の璃音です。」
最近はよく名前を聞かれるなと思いつつ律は返事をする。
「はい!ありがとうございます!夜桜様ですね。では104号室にどうぞ。一階の奥のお部屋です。」
「あ、はい。」
104と書かれた札を受け取った律は、部屋に向かって歩き始めた。
「ここか。」
律は104と書かれた扉の前で一度立ち止まり、中に入ろうとドアノブをつかんだ。
………ガチャ
「はぁ………。」
隣の105号室の客がやけに重い溜息をつきながら出てきた。
「…………蓮」
「…………律さん!!」
蓮は飛びついてくるような勢いで律の方へ寄ってくる。
「すごい偶然だな………。」
「へ?律さんも門番さんにおすすめされたんじゃないんですか?ところでその子は………?」
蓮は不思議そうな顔でつぶやく。
「いや、そうだ。中に入って話そうか。色々あったんだよ。」
二人は部屋の中に入ってそれぞれがいない間に起こったことについて話し始めた。
◇
「やはり盗賊は多いですから………。悲しいことに珍しいことでもありません。」
全て聞き終わった蓮は、俯きながら話す。
「そうか………。ともかく、はやいところ隣の定食屋の大志郎なる人物に会わないといけないんだ。」
「そうですね………。」
「そうだ、今日は蓮の方の部屋で寝てもいいか?さすがにこの子と同じ部屋ってのも問題があるかと思ってな。」
律はベッドに寝かせてある璃音の方をみて言った。
「そう、ですね。」
「すまん。ありがとう。それと、これ」
律は影からお金を取り出して蓮に渡す。
「あ、すみません。ありがとうございます。」
宿屋はそれなりにお金を取るので、お金はほとんど律が持っていたこともあり、収納手段のない蓮は少し金欠状態となっていた。今回のようなことを想定して、少し多めに渡す。
「律さんのその影の力、便利ですよね。」
蓮は律の影を見ながらつぶやく。
「そうだね。でも出し入れは自分の影からしかできないよ。」
「そうなんですか?でもダンジョンブレイクのときに桜があちこちから飛び出てましたよね?」
蓮は桜が咲く様子を少し大げさな身振り手振りで伝える。
「ああ。自分の影を含む影からも取り出し可能なんだ。」
「自分の影を含む影ですか?」
「そう。夜は地球の影だから、どこからでも取り出せるようになる。だからあの技は夜にしか使えないんだ。」
「夜は地球の影なんですか?」
蓮は少し不思議そうな顔をしながら首をかしげる。
「そう、だったと思う。まあ、蓮も疲れただろう、そろそろ寝るといいよ」
律は少し眠そうな顔になり始めた蓮を見て言う。
「分かりました。律さんも早く寝てくださいね。」
「わかった。この子をあっちの部屋に運んだら寝るよ」
律が言い終わった時には、蓮はベッドに倒れるようにして眠っていた。




