夜の桜
「無事に伝わったみたいだな。」
律は、自分の周囲の敵を倒しながら探索者たちが壁を登るのを眺めていた。
「でも、三澄さんたちが来てるな………」
律は軽くため息をつきながら二人を見る。
(ほんとに、はじめから一人でやった方が速かったな)
「夜桜さん!大丈夫ですか!蓮くんは?」
紗雪たちは叫びながら律の方へ向かう。
「蓮!!?どこ?」
由は魔物を切り分けながら律のもとへ駆け寄った。
「あの少年はもう壁のところに行ったぞ。見てなかったのか?」
「えっ!」
「それより、速くここから離れて。今は低層のゴブリンが多いけど、徐々に上位種が増える。」
律は目つきを鋭いものにして二人に言う。
「私も戦います。」
「私も、戦えます。」
紗雪と由は剣を構えながら、宣言する。
「いや、戻ってくれ。迷宮で三澄さんの実力は見たが上位種が来れば危険だ。」
「戦えます。覚悟はできてます。」
紗雪は律の言葉に眉根を微妙に吊り上げ返事をする。
「私も………「やめてくれ」」
律は紗雪に続こうとした由の言葉を遮ってつぶやく。
「正直に言えば、足手まといだ。君たちを護りながら戦わないといけない。自分の実力を考えて、ここは引いてくれ。」
「でも………私たちはサポートしようと思って。」
由は目を伏せる紗雪を横目に見ると、まだ食い下がる。
「由、彼は………」
「気持ちだけもらっておく。さあ、行ってくれ」
「大丈夫なんですか?あなたからは魔力を感じないし、正直強いと思えない。」
由は律を心配するように声を放つ。
「由、彼は………」
「大丈夫だ。」
「でも………」
「待って………由。戻ろう。」
紗雪は由を止め、戻ろうとする。
「道を作るから、体を強化して一気に駆け抜けてくれ。」
「【桜一文字】」
律は壁に向かって攻撃を放ち、道を作る。
「行け。本気で戦うから、巻き込んだら困る。壁に着いたら絶対にそこから動かないで。」
「由、行こう………」
紗雪そう言うと走り出した。
「あ!紗雪!」
由はためらいながらもそれを追いかけた。
◇
「はぁ。疲れるな。」
律は走り出した二人を守るように攻撃をいくつか放ちつつ、徐々に強くなってきた魔物達をさばく。
「魔物が統率力を発揮する前に殺せてるのが救いだな。俺も準備しとくか。こんな戦いで死人が出たら最悪だ」
そうつぶやいた律は、通常とは比較にならないほど強力な『気』を身に纏う。余波で律の周囲の地面がひび割れる。すぐ隣で攻撃を仕掛けようとしていたゴブリンは、濃密な『気』に襲われ、内側から発火して消失する。
「さっきまでは喜んで襲ってきたのに、そんなにこの力が怖いか?」
律は無茶苦茶に攻撃を仕掛けてきていた魔物が止まったのを見て口角を上げ、笑みを浮かべる。
律を覆う『気』は凄絶なものとなり、周囲を飲み込み始める。衣服や髪を煌めかせ、一度広がった『気』を鎮めるように身に纏った律は周囲を囲むゴブリンを射抜くように見る。
「用意できたみたいだな。」
壁の上で手を振る蓮を見た律は、息を深く吐き出し、納刀状態でピタリと動きを止める。
「【煉桜】」
律の抜刀と同時に周囲のゴブリンは強大な『気』に中てられ燃え上がる。振るわれた刀と共に『気』が籠められた桜が、波となってゴブリンを襲い、ゴブリンは次々に蒸発してゆく。
「壁に向かってた奴はあらかた片付いたかな。丁度、日が落ちたな。」
笑みを浮かべる律を遠くから眺めながら、魔物は時が止まったように動けない。律の『気』が地面をつたうように戦場を広がり、心臓を鷲掴みにするような殺気がその場を支配する。
「この技は夜しか使えないんだ。」
生命の危機を感じたゴブリンたちは律を阻止するために動き出す。
「今更遅いぞ」
「【狂夜桜】」
夜闇に色を失った地面から、桜の花でできた桜の木が無数に飛び出てゴブリンを貫く。
残ったゴブリンも舞い散った花に触れ、籠められた『気』に耐え切れず、燃え上がる。戦場に満開の桜が咲き乱れる。
その場を覆う桜に行き場をなくしたゴブリンは、狂って舞うように逃げ惑うが、次々に燃え上がり消失してゆく。
しばらくの後技を解いた律は、ゴブリンの血肉の混じった桜の絨毯の上に佇みながら、刀を鞘に納めた。
◇
「おい!すぐ壁に上がれ!」
ゴブリンの中を突っ切って壁に着いた紗雪たちは、待機していた探索者に迎えられ、壁に上がる。
「坊主!合図しろ!」
「はい!」
「姉ちゃんたち!良かった………」
律に合図を送った蓮は、由と紗雪に駆け寄る。
「ごめん………。心配かけた。」
由は蓮を抱きしめて謝る。
「おい、坊主。始まるぞ。見ておけ。桜聖の戦いなんて滅多に見れるもんじゃない」
流川は蓮に近寄ると、律の方を指さす。
「桜聖!?」
由は目を丸くして声を上げた後、顔色を悪くする。
「知ってたなら言ってよ………。」
紗雪の様子を見た由は、紗雪を責めるようにつぶやく。
「ごめん」
紗雪は表情を暗くし、俯く。
「姉ちゃん何かやらかしたの?」
「いや、それは………」
「戦おうとして怒られたか?」
二人の様子を見た流川が表情を柔らかくしながら語り掛ける。
「「すこし」」
「そうか。俺もお前らと同じことをして怒られたことがある。あんまり気にしすぎるなよ」
流川はハハハ、と頭をかき、何かを思い出すように慰める。
「私は、」
紗雪は何かを言いかけて口ごもる。
「紗雪、私たちは私達でゆっくり頑張ろう?」
由は紗雪の肩に手を置いてつぶやく。
「姉さんたちは………」
蓮が話しかけようとした瞬間、その場に凄まじい緊張が走る。
「おいおい………あんなスキル見たことないぞ。ゴブリンどもがいきなり燃え上がってる。」
流川は律の攻撃を見て言った。
「あんなの、私が届くわけない………」
「紗雪………」
「凄い………」
蓮は目の前の光景に目を輝かせる。
「桜?の木か?本部前に植えてあるやつ」
一人の探索者が戦場に咲き誇る木々を見ながらつぶやく。
「すご………」
由は目を奪われ、壁の縁から身を乗り出そうとするが、後ろから流川に引き止められる。
「やめとけ。あれはやばい感じがする。」
「花に触れたゴブリンも燃えてますよ。」
蓮は信じがたい現象に目を見開く。
周囲の探索者も律の技について議論する。
「あんなの【魔力性質変化】でも無理じゃないか?どうやってるんだ」
「火属性で桜を象っているのかもしれないな。」
「だとしたらとんでもない技量だ。人間業じゃない。」
「最上位の【完全操魔】なら可能なのかもしれないだろ………」
「だとしたら特殊属性の可能性も………
「増援が到着したっぽいから俺は事情を説明してくる。」
流川は迷宮に走ってくる多くの探索者たちの方へと走り出した。