礼
「このお店高そうですけど、大丈夫ですか?」
律は流れでついてきてしまった店の小上がり席に着くと、紗雪に尋ねた。
「それは、その、お礼です。好きなものを頼んでください。」
紗雪は律から目線を外し、言った。
「そうですか。ありがとうございます。」
律は初めて見る聖域の外食メニューに目を輝かせた。
紗雪はどこか落ち着かない様子で、律がメニューを選ぶのを待つ。
「これにします。」
律はしばらく迷った後に紗雪の方を見て言った。
「はい。私も同じものにします。」
紗雪は雰囲気を柔らかくし、ベルを鳴らして店員を呼び、注文した。
「「……………………」」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「その、改めて、さっきは助けてくれてありがとうございます。」
紗雪は律にしっかりと向かい合って礼を言った。
「いや、見殺しにするわけにもいかないし、当たり前のことをしただけです。」
そう言いながら水を喉に流し込む。
「それで、まず私がなぜ病院にいたか話したいと思います。私が夜桜さんについてききたがった理由も話したいと思います。その後でできれば夜桜さんの話を聞かせてほしいです。」
紗雪は、いいですか?と、律に聞く。
「予定も無いし、話を聞くのは別に構わないけど」
「まず、私は麗梅流で、梅士という階級をもつ剣士です。夜桜流の医療に使われている魔力操作技術を学ぶため、留学のような形でここに来ています。病院での見回りの仕事もその一環です。
病院は民間開放されている中では最高峰の夜桜流の重要機関。私にはたとえ恩人だったとしても不審人物の報告義務があります。
一応その日に報告をあげたんですが、できるだけ把握しておかないといけないんです。私が見逃したせいで何かあれば、両派の関係にひびが入る可能性はゼロではない。
現在の状況を考えると、これがどういうことを意味するか分かっていただけると思います。これが理由の一つです。」
(分からない。もう少し五十嵐さんの話を聞いてから外出した方が良かったかな………。でも分かんないって言ったら色々言わないといけないし、さっさと言ってしまうか?)
律は難しい顔をして考えていた。
「そして、私はあなたを傭兵だと疑っていました。」
「なるほど、分かりました。話します。」
(話に置いて行かれつつあるな。これはさっさと言った方が良い。予想より面倒なことに巻き込まれてる気がする。)
律は迷った末に紗雪の話を遮って話し始めた。
「俺は、夜桜流に所属している者で、階級は桜聖です。」
律はカードを見せながら話し始める。
◇
紗雪は段々顔色を悪くしながら話を聞き、律の話が終わったころには完全にうつむいていた。
「本当に申し訳ありませんでした。」
紗雪は席を立って床に膝をついて礼を取った。
「いや、元はと言えば俺が屋上で三澄さんに用事を押し付けたのがいけなかったんです。それより、言った通り俺には域内の知識が不足していて、正直さっきの話は少しも理解できなくて、詳しい説明が欲しいです。」
律は礼を取った紗雪を席に着くように促しながら、言った。
「分かりました。説明します。まず、夜桜流は現在、急進派、保守派、中立派の三派閥が水面下で派閥争いを行っています。
急進派の目的は派閥の拡大。最終的には中央府と同等の勢力になることを望む集団です。
保守派は今まで通り桜主の意志を尊重し、現状維持を第一とする集団。
中立派は、現状維持策や現体制に多少の不満はありつつも、様子見を決め込んでいる集団です。
急進派は麗梅流の取り込みを第一目標としています。その策の一環として、私の研修派遣が決定しました。
私は麗梅流当主の娘です。狙いは私と夜桜流所属員との婚約の決定または、私の失態を待つことです。当主の娘である私を婚約または失態を理由によって取り込みたいんです。
麗梅内部にも夜桜への吸収を望む派閥があります。身内に夜桜の医療技術を必要とする人がいる者たちです。
今回の研修派遣は、両者の利害の一致によって決定しました。」
「利害というと?」
律は紗雪の説明に疑問を感じ、質問する。
「夜桜の急進派の目的は麗梅の重要人物を招き、取り込むこと。麗梅側の親夜桜派の目的は医療技術の獲得。
親夜桜派は重要人物を送る代わりに、病院での研修の許可を求めました。」
「なるほど………」
「私の失態を狙う者たちがいるので警戒していました。本当に申し訳ありませんでした。」
紗雪は再び律に謝罪した。
「いや、教えてくれてありがとうございます。それで、失態というのは具体的には?」
「屋上で会ったところを誰かに見られていて、あなたが病院を襲撃したり、病院の重要資料を盗んだりすれば、私との関係が疑われたりします。そういう搦め手も想定して警戒していました。」
「そんなことありますか?」
律は眉間にしわを寄せながら聞く。
「はい。もちろん。嵌める、嵌められるの暗闘は四大派閥間で日常的に行われています。各派閥は優秀な傭兵などを雇って他派閥に工作を仕掛けます。」
紗雪は当たり前のように律に言った。
(人間同士仲良くしようよ………)
律はさらに顔をしかめながら思考する。
「とは言っても、私の存在は麗梅にとってはさして重要というわけでもありません。夜桜は私の価値を見誤っています。
麗梅は都合が悪くなれば私を切り捨てて、それで終わり。それどころか私が夜桜に取り込まれることを望む者も麗梅には存在します。」
「自分の身は自分で守るしかない、と?」
「はい。こうなれば皮肉にも迷宮が最も巻き込まれにくく、安全です。強くなれれば一石二鳥ということで、私は迷宮に潜っていました。」
「なるほど。でも死にかけてましたよ?」
律は意地悪い笑みを浮かべて問いを返す。
「それは、迷宮のレベル帯が明らかにいつもと違ったんです………。レベル69なんて、あの階層では絶対現れません。」
紗雪は苦々しい表情を顔に張り付けると、つぶやく。
「レベル帯、ですか?」
「はい。あとで迷宮管理部に報告しに行こうと思います。」
紗雪が律を見て言ったとき、個室の引き戸が叩かれ、料理が持ち込まれた。
続きを書きたいのですが筆がなかなか進みません。
いくつか感想もいただいております。ありがとうございます。
もっとガチガチに2章のプロットを固めてから始めればよかったと若干後悔しております。
今後のために良い経験をしたと思っておきます。
一応この章は書き終わってます。