二人
「大丈夫ですか?」
律は床に尻もちをついている紗雪に話しかけたが、紗雪はボーっとしたままジャイアントゴブリンの残骸を見つめて動かない。
「えーと……大丈夫、ですか?」
目の前で手を振って確認するが、紗雪は反応しない。
「おーい」
「ひゃ、い。はい!」
紗雪はようやく律に気づくと、慌てて返事をする。
「ああ。どうも。大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。助けていただいてありがとうございます。」
紗雪は冷静さを取り戻すと、何事もなかったかのようにして礼を言った。
「それなら良かったです。ん?あなたは……」
紗雪の顔を視界にとらえた律は、何かを思い出したかのようにつぶやく。
「はい?………あ゛っ」
紗雪は若干唇をひくつかせた。
「あのときはどうも……。いや~助かりました。ははははは」
律は気まずそうに笑みを浮かべて頭をかき、徐々に紗雪から距離を取る。
「……………………」
紗雪は、どこか冷たさを感じさせる目を、糸のように細めて律を見る。
「はははははははは…………は、はは……」
「……………………あやしい」
紗雪は距離を詰め、律を見つめる。
「…………怪しいものではありませんよ」
律は紗雪から目線を外してこたえる。
「怪しくない人は、怪しいものではありませんよぅ………なんて言わない」
紗雪は律の真似をして、探りを入れるように一歩律の方へ踏み込む。
「言い方になんか悪意があったよな今」
律は目の前にまで迫った紗雪を、ひきつった笑みを浮かべて見下ろす。
「悪意なんてありませんよぅ」
「……………………」
「あなたは何者なんですか?」
紗雪は美しく整った瞳に律を写し、真剣な表情できく。
「いや、まあ、いいじゃないですか。私はもう少し深く潜りたいから、そろそろ行きますね。」
律は早々に紗雪から離れようと試みる。
「そういうわけにはいきません。怪しくないと分かるまでは私といてもらいます。」
紗雪は立ち去ろうとする律を引き止める。
「いや、それは、でも」
律は困ったように返事をする。
「来てください」
紗雪は有無を言わさぬ様子で律を引っ張り、上層へと向かった。
「これも俺が倒すのか?別に良いけども………」
律はジャイアントゴブリンを前にして、紗雪に向かって小言をブツブツと唱えていた。
「さっきまでは、"私は"とか言って紳士ぶっていたのに、化けの皮が剝がれ始めたということでしょうか?」
紗雪は律が何者かが気になるようで、チクチクと律に探りを入れる。
「初めて会った人の前で俺俺言ったら、子供っぽいと思ってるだけだから!?立場的にも偉そうだと思られたら嫌だし………」
「どのようなご立場で?」
紗雪が探りを入れる間にも、律は『気』で身体強化を使い、ジャイアントゴブリンを切り刻む。
「それは、あまり言いふらすな、みたいなこと言われてるから、言わない」
律は刀に付いたゴブリンの血を払いながらこたえる。
「腕はいいんですね。怪しさ満点です」
紗雪は含みのある様子でつぶやく。
「怪しくないです。」
律は半分あきらめたようにつぶやく。
「リジェネレイトゴブリンですね。これも俺がやりますか?」
律が紗雪に尋ねると、紗雪は何も言わずに前に出た。
「【魔力纏】」
紗雪は魔力を強力に纏うと、リジェネレイトゴブリンの頭部を粉微塵に吹き飛ばした。
「それじゃあ再生しちゃうんじゃないか?」
律は興味深そうに紗雪の戦いを見ていた。
「リジェネレイトゴブリンは意識を一瞬で奪えば再生しない。脳を丸ごと吹き飛ばすとか。少しでも脳みそが原形をとどめてると復活する。」
紗雪は親切に律に説明した。
「へえ~。そうだったのか」
「あなたはどうやって倒してたんですか………」
紗雪はあきれたようにつぶやく。
「いや、まあ。それより、君は面白い剣を使うんだな」
「これは麗梅流の細剣です。それと私の名前は三澄紗雪です。あなたは?」
紗雪は剣を指で撫でながらこたえた。
「俺は夜桜律、です。」
二人は、魔物を倒しながら地上までたどり着いた。
「着いたな。」
律は紗雪をジト目で見つめながら刀を影にしまう。
「着きましたね。夜桜さん。では話を聞かせてください。屋上の日の続きです」
紗雪はどこか遠い目をした律の服をつかむと、近くの店へと引っ張っていった。