稽古
早朝、睡眠がほとんど必要ない律は11階の庭全体を散歩していた。昨夜は夕食を食べた後、「明日まとめて話そう」ということになり、その後は本当に時間が巻き戻ったかのようなひと時を過ごし、そのまま短い眠りについた。
「岩山と地続きみたいにつながってるのか、温泉まであるぞ」
律はあまりの設備の良さに言葉を失っていた。家から岩山に続く道は、昔の家の裏山への道を連想させるものだった。
「ほんとに、あの家と似てるな」
「そろそろ戻るか」
朝から五十嵐や、祖父との約束があった律は、おおよそ庭のすべてをまわり終え、道場に向かって歩き出した。
「おはようございます。」
律が道場に着くと、五十嵐と、その横に男性が二人立っていた。
「おはようございます。こちらの二人を紹介しましょう。」
五十嵐は、律に返事をし、隣の二人は律の前に出てきた。
「こちらは伊織蛍。」
「よろしく頼む。」
伊織と呼ばれた男は律の前にでて、握手を求めてきた。
「はい。よろしくお願いします。」
「そして、こちらは歌代紅蓮だ。」
「おれも、よろしく頼む。」
歌代も伊織と同じように握手を求めてきた。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。」
「こちらの二人は私と同様に、桜聖の位を持つ者だ。つまり私たちは、律君と同僚ということになる。」
五十嵐はそう言うと、改めてよろしく、と笑いかけた。
「はい。何かと至らない点はあるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
律が挨拶を終えたあたりで、道場に律の祖父の龍玄が入ってきた。
「おはよう、今日はわしの孫を紹介しようと思う、が、もうあらかた挨拶は済ませたところかな。」
龍玄はそう言って笑った。
「ええ、もう挨拶は済ませました。早いとこ下のやつらにも紹介してやりましょう。」
歌代はそう言って道場から出ようとするが、それを龍玄が止めた。
「お主たちは先に下の階に行って、皆が集まってる部屋に説明しに行ってくれ。儂はちょっと確認したいことがあるのでな。」
龍玄は律を見てそうつぶやいた。
「確認したいこと?なるほど」
歌代は律を一瞬見て笑うと、続けて言った。
「そういうことなら俺も残って見てたいんですが?」
「ん?そうか?軽く型を見るくらいじゃろうて。だが、そうか、では、三人で"じゃんけん"で決めとくれ。」
龍玄がそう言ったとたん、三人は真剣に、静かにじゃんけんをはじめた。
「負けた……」
五十嵐はそうつぶやき、足早に道場を出ると、おそらく会合の手続きのために下の階へと降りて行った。
「律、儂は律を桜聖という位に置いていたが、ここで律の実力を見たいと思う。スキル無しで、かかり稽古のような感じで、儂も打ち込むから、簡単な模擬戦のようにしてみたいと思う。」
龍玄はそう言うと、道場にあった木刀を一つ選びとった。それを見た律も木刀を選び、構えた。
「身体強化はありなの?なかったら俺普通の人と変わらないくらいしか動けないけど、」
律は質問しながら構える。
「そういえば、昨日ステータスがないとか、言っておったな。よし、ではある程度の身体強化はあり。様子を見て儂のステータスに合わせて強化を止めること。」
「わかった。」
律は軽く『気』を纏い、構える。
「じゃあ、いくよ、じいさん」
律は一気に踏み切ると龍玄に接近するが、簡単によけられてしまう。
(もう少し強く『気』を纏っても良さそうだな)
さらに速度を上げた両者は、お互いに様子を見ながらどんどん速度を上げ、目で追うことが大変なほど速い剣戟を交わしてゆく。
「む」
龍玄は少しスピードを上げた律の動きに唸った。
「このくらいかな」
律は徐々に上げていた『気』による強化を止めた。
(ステータスで基礎能力結構上がるんだな)
「じゃあ、ここからはちゃんと狙うよじいさん」
「わかった」
龍玄が返事をした瞬間、二人の姿は掻き消え、次の瞬間には打ち合い、しばらく離れてはまた打ち合う。
だんだんと離れている時間が長くなり、にらみ合いが続く。
「今日はこのくらいにしておくかの」
龍玄はそう言って木刀を降ろした。
「そうだね。実力を見るためだもんね。」
律も木刀を降ろす。
「それで、俺を桜聖にしてもいいの?じいさん」
律は笑いながらきく。
「ん?ああ。今日から律は正式に桜聖の位に就く。歌代と伊織も、いいな?」
龍玄は見ていた二人に確認した。
「「はい。」」
「では、下に降りて会合を開くとするかの」
律たち四人は道場から出て、階段を降り始めた。




