帰郷
「夜桜様、私は7階までしか入れないので、ここまでしかご案内できません。すみません。夜桜様であれば十一階まで上がることができます。」
7階に着いた泉は8階に続く階段の前で律に説明していた。
「この階段は8階までしか進めません。8階にある階段も9階までしか進めず、一階ずつしか上がることができません。」
「分かりました。ここからは自分で道を探して進みます。ありがとうございました。」
律はそう言って階段を進み始めた。
8階に上がった律は、すぐに階段を見つけ、9階に到着し、10階につづく階段を探していた。
「さっきはすぐわかったんだけどな、『気功』を使うか、」
律は『気』を纏い、周囲に放つ。
「階段はあっちだな。人が三人いる。普通の人は『気』への感受性が乏しいのか?全く気付く様子がないな。」
律は小声でつぶやいて階段へと進んでゆく。
「何者だ。」
階段を進む律を見下ろすように熊のような50歳ほどの大男が立っていた。
「あなたは……」
「なんだ?」
「お久しぶりです、五十嵐刑事。また会えてうれしいです」
律は階上から見下ろす大男に笑いかけた。
「私はもう刑事ではないが、なぜそれを知っている?また会えて?」
五十嵐は混乱したように律に問いかける。
「ええ。私の名前は夜桜律。54年前、東都北区の私の家でお会いしました。」
「君は、まさか。生きていたというのか、どうやって」
五十嵐は動揺を隠せずに、幽霊を見るような視線を向ける。
「ほんとうに夜桜君なのか?」
「はい。刑事さん。あの変死事件は解決しましたか?」
律は自分であることを証明するように次々と話題をふった。
「ほんとに……君なのか。どうやって?」
五十嵐はようやく律のことを信じ始め、表情を驚愕に染めるが、すぐに冷静を取り戻した。
「いや、今はそれを言うべきではなかった。すまない。よく生きていてくれた。私も、また君と会うことができて、嬉しく思う。律くんのおじいさまのところへ案内しよう。すぐに会いたいだろう。幸い、今11階におられるから。」
五十嵐は階段を上り切った律に握手を求めたあと、すぐに案内し始めた。
「はい。よろしくお願いします。そういえば、エントランスで桜蝶なる人物に絡まれてしまいまして、のしてきてしまいました。」
律は困ったように相談する。
「桜蝶、か。そいつは皇とかって名乗ってなかったかい?」
五十嵐はあきれたようにため息をついた。
「ああ、はい。そんな感じのことを言ってたような気もします。何かあるんですか?」
律はやれやれといった様子の五十嵐にきく。
「いや、そうだな。そこらへんのことは上の階に着いてから、ゆっくり説明しましょう。ああ、エントランスのことは私が何とかしておくから心配しなくて大丈夫だよ。」
五十嵐は律の肩に手を置くと、目の前の階段を上るように促した。
「わかりました。私もはやく祖父に会いたいですし」
二人はそう言って階段を上がり始めた。
階段を登った先には今までのような天上のあるフロアではなく、屋上に庭のような空間が広がっていた。二人が進んでいくと、一戸建ての民家と道場が見える。
「あれは……」
「驚きましたか?」
五十嵐は、思わずといった様子で立ち止まった律に笑いかけた。
「はい。懐かしいです。これは、東都にあった私の家と、道場ですよね……」
家の前に着いた律は何かをかみしめるように、家の戸を開く。
「ただいま」
五十嵐は家に入らず、一歩後ろで律のことを目をほころばせ、眺めていた。
「話は明日にしましょう。私は下の階に戻ります。」
五十嵐はそう言い残すと道場の方へ去っていった。
「間取りまで一緒なんだな……」
律はリビングの取っ手に手を掛けた。
・・・・ガチャ
中に入ると、風呂からのんきな鼻歌が響いていた。
「夕飯でもつくるか」
律が夕飯を作り終えるころ、夜桜龍玄ーー律の祖父が風呂から出てきた。
「誰かと思えば、ようやく帰ってきたか……」
龍玄は律のことを見て、目を見開いたあとで、優しい目つきになり、つぶやいた。
「じいさん」
「まったく、54年も、どこほっつき歩いとったんじゃ?」
「ちょっと外で修行してただけだよ……」
「そうか」
「家での修行のおかげで生きてこれた。」
律は祖父のことをしっかりと見て言った。
「そう、か……」
龍玄は目をほころばせ、律に近寄る。
「おかえり、律」
「おう、ただいま」
龍玄は律の頭に手を置くと、少し乱暴になでる。律は少しうつむいたまま、しばらく上を向かず、その場に立ち続けていた。




