夜桜流
「おかえり、花梨、?どうした?」
テントがある場所に戻ると、泉が丹野の異変を感じ取って、様子を探るように話しかけた。
「いや、なんでもない……。荷物、見てくる。」
丹野は俯いたまま返事をすると、早歩きでテントの中に入って行ってしまった。
「何があったんですか?」
泉が律に向かってきいてきた。
「それが、オーガ二匹と遭遇しただけなんですけど。」
律が困ったように言うと、泉は眉根を寄せて顎をさすった。
「オーガでは別に動揺するほどのことでもないですよね。」
西城が朝食を食べながら気にするな、といった様子で律の方を見た。
「ああ、オーガ程度、丹野が動揺するはずもない。」
黒井もそれに続いた。
「どうしてでしょうか、」
律は困惑しながらも朝食の席に座る。
「花梨がああなるのは決まって"お家"関係の話だけど。なにか花梨の家について話したりしました?」
「いえ。ほんとに私がオーガを倒したくらいで……」
「どうせまた"お家"のこと思い出して、うじうじしてるんじゃないすか?」
西城が肩をすくめながら泉に向かって言った。
「そんな言い方をしてやるな、、。花梨にも色々あるんだよ。だが、"お家"か。夜桜?ん……?もしかして夜桜さんは武術の経験があったりしますか?」
泉が何か大事なことを見落としていたという様子で身を乗り出してきた。
「隊長、それって。まさか」
「そうだとしたら、とんでもないことだぞ……」
西城と黒井も目を見開いて律の方を見てきた。
「ありますが、それが何か大変なことなんでしょうか?」
律は三人の態度にただならぬものを感じ、つばを飲み込みながら三人の返事を待った。
「ちなみに、その武術の流派は?」
「夜桜流ですが?」
「隊長、これはもう決まりじゃないですか」
西城が額に手を置きながら天を仰いだ。
「どうりで。聖域外で50年というのもうなずける。」
「どういうことですか?」
律は本当に何が何だか分からないと聞き返す。
「すいません。最後に、あなたのおじいさまの名前を伺っても?」
泉は人差し指を立てて、最後に一つだけ、と言って律の返答を待った。
「私の祖父の名前は、夜桜龍玄、夜桜流の師範です。」
律のこたえをきいた三人は一斉に天を仰いで、ふぅ、と息を吐いた。
「なるほど……そうでしたか」
泉は律の方をまっすぐ見て立ち上がり、傍らに置いてあった剣を持ち上げ、礼をとって頭を下げた。
「夜桜流八段、師範代、泉 穂香。"桜聖"、夜桜律様に、ご挨拶申し上げます。今までのご無礼、どうかご容赦ください。」
「え、」
他の二人も泉ほどではないが、律に対してしっかりと礼をとっていた。
「どういうことでしょうか?説明が欲しいんですが……」
「夜桜流の階級で、夜桜律様は"桜聖"という上から二つ目の階級になっております。」
泉は少し長くなりますが、と言って説明を始めた。
「50年ほど前、突然聖域に転送された人々は混乱の中、生き残るため、いくつかの集団になって活動し始めました。食料を確保するためには魔物を倒す必要があったので、必然的に警察や武道経験者たちの発言力が高くなっていったと聞いています。
そんな中、かねてから警察と交流のあった桜主の夜桜龍玄様はいくつかの集団を警察とともに束ねて活動し、聖域内は現在、おおむね平和と呼べる状態になっています。つまり、夜桜流は武家色の強い財閥といった感じになっています。」
泉は、ここまでいいですか?と目線で確認し、律はうなづき、泉は続きを話し始める。
「もちろん夜桜流以外にも強い力をもつ流派や派閥はあります。均衡を保つための対外策の一つとして桜主や桜聖の制度が作られました。"桜主"は一人、"桜聖"は四人、"桜蝶"は八人おり、その下に"桜人"、"桜下"、"初桜"、師範、師範代、門下と続きます。桜主は"桜尊"とも呼ばれます。」
「桜主は"桜聖"を決める際に、外界に残されたお孫さんに一枠使うと主張されました。反対は上がりましたが、新たに桜聖に挑戦する者の腕前が、特殊スキル無しでお孫さんを超えていると桜主に判断されれば桜聖の枠を譲るという取り決めをし、それ以来桜聖の席に座る顔ぶれは変わっておりません。」
「てことは、じいさんは生きてるのか?」
律は笑みを浮かべながら泉に聞いた。
「はい、桜主はご存命です。現在の聖域内での最強の一角で、聖域防衛の要とも呼べる存在です。」
泉はどこか誇らしげに胸を張って言った。
「驚きました。まさかこんなことになるとは」
ずっと口を閉じていた黒井が息を吐きながらつぶやいた。
「桜聖っていったら、人類最高峰の戦力。化物集団だぞ。これは帰りの安全は保障されたようなもんだな。」
西城はニヤッと笑みを浮かべてガッツポーズをした。
「西城。桜聖殿に失礼だぞ。」
泉はギリっと西城のことを睨みながら立ち上がった。
「はいはい。俺は夜桜流の門下じゃないんだからいいだろ?」
「気遣いは必要ありませんよ。今まで通りでお願いします。」
律が微笑みながら言うと、西城は、それなら今まで通りで、と笑い返してきた。
「ところで、それと丹野さんのあの反応はどう関係するのでしょうか?」
「ああ、それは、丹野家は聖域転送時から桜主と縁があったらしく、今では花梨のお父様は桜蝶の位をもつ人なんです。」
泉は言いにくそうにためらったあと、
「でも花梨には夜桜流の才能がなくて、門下の五段から伸びてないんです。」
「おおかた、桜聖殿の動きを見て家のことを思い出したってとこだろうな。」
西城は渋い顔で丹野のいるテントを見て、やれやれと首を振った。
師範と師範代、門下以外の階級は作者が勝手に考えて付けました。桜人は「桜好きな人」という意味で実在する言葉だった気がします。他も探せばあるのかもしれません。




