3.唯一の方法
カイルはエマと二人だけになると口を開いた。
「エマ、母上を助ける方法を探そう」
「カイル…わかった。なんとかお母様の呪いを解こう」
王族さえもマクシミリアン家の身代わり術しか頼れなかったのだ。ただの神官見習いの双子にはその道が困難であることは想像できたが、何としてもエリザベスを助けたい一心で双子の想いは一致していた。
しばらくして、二人は中央の神殿に戻った。二人は戻るなり、神殿の図書館でいろんな文献を読み漁った。何か呪いを解くヒントはないかと神官の講義と小間使いの合間の時間は食事の時間も削り、周りの神官見習い達は二人の様子に首を傾げた。
図書館の閉館時間になり、二人で廊下に出るとエマが口を開いた。
「カイル……一般公開の文献では難しいかもしれないね」
「うん……僕もそう思ってはいたんだ」
「……禁書庫になら何かあるかも」
「ただの神官見習いには許可書はもらえないしな」
二人でヒソヒソと話していると、図書館の司書官が出てきて、図書館の扉に鍵をかけている。司書官は鍵の束を自分腰のベルトにかけて、詰所に向かって歩いていった。二人は目を見合わせた。
***
双子はそれから何かと用事を見つけては、神官の詰所に行くようになった。他の神官見習いが詰所に行く用事を変わったり、講義の課題をまとめて持っていったりしてなるべく二人のどちらかが詰所に行ける機会を増やしていた。目的は、図書館の鍵の保管場所と神官の当直登板表を確認することだ。そして、とうとう4日目に、カイルが図書館の鍵の保管場所を突き止め、その2日後に居眠りの神官トーマスが当直登板に割り当てられていることもわかり、双子はその日に禁書庫に忍び込むことに決めた。
2日後の深夜。
双子は同室の神官見習いが眠っていることを確認して、こっそりと男子寮・女子寮から向け出して落ち合うと、神官の詰所に向かった。扉の前で耳を澄ませると、部屋の中からイビキが聞こえてきた。二人は顔を見合わせてほっと微笑みあった。そしてゆっくりとドアノブを回して静かに詰所の扉を開けた。中腰になりなながらトーマスが寝ているソファーの横を足音を立てないよう通り抜けて、鍵の保管場所まで進んだ。戸棚を開けて、図書館の鍵の束を取ると、双子は静かにでも出来るだけ早く詰所を抜け出した。
「……上手くいった!」
カイルは震える手に持つ鍵の束がカチャカチャ言うのを自分の服で包んで音が出ないようにしながら、小声で呟いた。エマも緊張で早くなった呼吸を落ち着けるように深呼吸しながら、カイルの言葉に笑顔でうなづいた。二人は深呼吸しながら落ち着くように努めてから、目を見合わせ頷きあうと、周囲を警戒しながら図書館へと足を向けた。
そして目的の図書館の扉の前に立ち、扉の鍵を差し込もうとしたその時。
「…お前たち、何してる?」
不意にかけらた声に二人はギクリと固まり、自分たちの血の気が引くのがわかった。ゆっくりと振り返ると、この国では珍しい黒髪の青年が立っていた。元上級生ノア・エバンスだった。ノアは変わった経歴で一時神官見習いとして2年前まてこの神殿にいたが、突然騎士になる道に転向して王立騎士養成所である王都騎舎に入ったと風の噂で聞いたことがあった。カイルの記憶が正しければ、ノアは16歳のはずだ。
「こんな夜中に何してる?……その鍵はどうした?」
「「………」」
「おい、二人とも喋れないのか?」
「「………」」
固まる双子からノアは鍵のを取ると、何と図書館の扉を開けて、二人を押し込んだ。
「廊下じゃ何だから、中で話そう」
と後手に扉を閉めた。月明かりに照らされた二人の顔をみて、
「お前たち、あの噂の双子か」
どうやらノアは双子を知っていたらしい。あの噂とは何なのか皆目検討もつかないが、双子はそれどころではない。二人とも脂汗が止まらず、息も浅くなっている。エマに至っては今にも倒れそうな顔色をしている。
「おい、大丈夫か。とりあえず落ち着け。今すぐ何かするわけじゃないんだから……。どいうわけか話してみろ」
カイルは、思い切って口を開いた。
「……禁書庫の文献を読みたくて…」
「禁書庫?まさか、人でも殺すつもりじゃないよな?」
「「まさか……!?」」
双子は同時に口を開けた。その姿にノアは感心したように笑った。
「さすが双子だな、じゃあお前たちは何を調べてるんだ?」
「詳しいことは事情があって話せませんが………決して悪用するためではありません。知り合いにかけられた呪い解く方法がないかと……」
カイルは俯きながら両手の拳を震わせ、エマも俯きながら胸の前で両手を固く握り合わせて肩を震わせている。双子の様子は切実で、ノアは息を呑んだ。
「……その呪いとはどんな」
「体に黒い蔦模様ができて次第に全身に広がると……死に至ります……」
ノアは目を見開いた。そして、
「そんな強烈な呪いなら、かなりの魔力を持ち合わせないと解けないだろう。お前たちのような子どもの力だけで解ける方法があるとは思えん……」
と言って考え込んだ。
そんなノアに、今度はエマが口を開いた。
「難しいことは分かっています……でも、何としても助けたい人がいて…何もせずに手をこまねいているなんて出来ません!……お願いします、見逃して下さい。決して悪用はしません…お願いします……!」
カイルとエマの切実な思いを受けて、ノアは静かにカイルに鍵を差し出した。双子は驚いてノアを見つめた。神妙な面持ちでノアが頷いた。
「……ありがとうございます!」
二人は禁書庫に向い、急いで文献を読み漁った。その間ノアは少し離れたところで双子を見ながら何か考え込んでいた。
図書館の時計の鐘が2時を告げた。
双子は焦っていた、呪いを解く手がかりが何も見つからないないのだ。毒薬や劇薬、黒魔術の文献があるが、呪いを解く方法の記載はない。
ずっと黙って見守っていたノアが口を開いた。
「何か…見つかったか?」
双子は絶望的な表情で同時にノアを見つめて顔を横に振った。すると、ノアが禁書庫に入って来てしばらく本棚を目で追って一つ二つ本を手に取って双子の元へ持ってきた。
「魔法陣…?」
ノアが持ってきたのは魔法陣の本だった。ノアは神妙な顔つきで頷くと、
「お前たち、自分たちのルーツをわかっているか?」
「ルーツって……女神アリサ……」
「異世界の乙女……!?」
「そうだ。呪いを解く方法が1つだけ思い当たる。異世界の乙女を召喚するんだ。異世界の乙女はどんな魔力も浄化することができると言われている」
エマはノアの黒髪を見つめて、ハッとした。異世界の血筋を持っているのはマクシミリアン家だけではなかった。20年前に異世界の乙女が召喚された時、異世界の乙女はエバンス家に嫁いだと何かの文献で読んだことがあった。そして、その異世界の乙女はこの国では珍しい、黒髪で黒曜石のような黒い瞳だったと聞いている。ノアは瞳はサファイアのような深いブルーだが、その髪は美しい黒髪だった。
「……もしかして…エバンズ様は…」
「気づいたか?私の母親は異世界の乙女だ。もうこの世にいないが…」
「でも、召喚の儀は国王の命令でないと行えません…」
「許可なく行うことは…違法なので…罰せられます…」
双子は顔見合わせた。違法でものすごく危険なことは理解しているが、カイルもエマも考えは同じだと分かった。
「……やってみよう、僕たちだけで」
カイルの言葉にエマも決意に満ちた表情で頷いた。それから二人は魔法陣の本から、異世界の乙女の召喚の儀の方法をメモしたはじめた。ノアはそんな二人の作業が終わるまで見守っていた。やがて、二人のペンが止まると時刻は午前4時を指そうとしていた。
「終わったか…?」
ノアが双子に声をかけた。
「…はい。必要な情報は書き写せました」
双子は文献を棚に戻すと、禁書庫の鍵を閉めた。するとノアがカイルから鍵を取り上げて、
「これは私が戻しておく、二人とも早く部屋へ戻って寝ろ」
と言った。双子は戸惑ってノアを見つめると、
「一つ頼みがある。もし、異世界の乙女を召喚することができたとしたら私にも合わせてほしい、それがこの件を黙っている条件だ」
とノアは言った。