2.王子の呪い
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エリザベスは、ジョセフの代わりに王都に向かった。病を祓う祈祷を行うため、病に伏せっている王族の寝室に通されたエリザベスは目を疑った。横たわっている若い少年はこの国マルドリッド国の第一王子のウィリアムだった。そして彼の前身には黒い蔦の模様が前身に、頬まで伸びており、生気のない顔面蒼白の顔は彼の命がそう長くないことを物語っていた。
「これは……呪いですか?」
エリザベスが口を開くと、この国の宰相は、
「あなたには、王子の呪いをなんとしても解いてほしい。これは、王命です」
と表情のない顔で伝えた。
エリザベスは、自分の呼ばれた本当の目的を理解した。人を死に至らしめる呪咀はかなり魔力が強く、地方の神官であるエリザベスには呪いを解く力はない。しかし、呪いを受けた者の身代わりとなって呪いを自らの身体に移す方法ならばジョセフやエリザベスの家系で代々伝承されている身代わりの術があった。つまり、王子の身代わりに呪いを受けて死んでくれ、と言うことだ。しかも、王命とあれば断れば死を免れない。それだけでなく家族まで罰を受けることになる。どっちにしても自分は死ぬ運命にしかなく、家族を生かすには自分が呪いを受ける道しか残されていなかった。
エリザベスは青ざめた顔だかしっかりとした声で答えた。
「承知いたしました」
エリザベスの脳裏に、二人の愛しい双子とジョセフの顔が浮かんだ。
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エリザベスは、ベッドに横たわり眠っているウィリアム王子の血色の戻った顔を見つめて安堵のため息をついた。王子の体にまとわりついていた黒い蔦模様は消え去っている。そして代わりにエリザベスは自分の右手の手のひらにできた禍々しい痣を見つめた。
王子の寝室の扉を開き、外にいた宰相に声をかけた。
「宰相閣下、無事に祈祷は済みましたと国王陛下にお伝え下さい」
とそう告げた。宰相は王子の状態を確認した後、国王の元へと報告に向かった。
エリザベスは近衛騎士に連れられて別室で待機していると、別の近衛騎士より王国の謁見が許されたと声がかかった。そのまま、謁見の間に通されてエリザベスは国王の御前で膝を折った。
「面を上げよ」
低くよく響く声が頭上から降ってきた。エリザベスは顔を上げて国王と対面した。
「東北の神殿から参りました、エリザベス・マクシミリアンと申します」
「此度は、我が王子の呪詛を引き受けてもらい誠に感謝している」
「…もったいなきお言葉痛み入ります」
「マクシミリアン家には褒賞を与える。それと何でも良いそなたの望みを聞き入れよう」
「ありがとうございます。…おそらく私の余命は残り少ないでしょう。心配なのは残される子供達の事でございます。どうか、子供達が成人するまで健やかに育つように助けていただけないでしょうか?」
「そなたの子供達、そしてマクシミリアン家が今後も繁栄していくように尽力することを約束しよう」
「……ありがとうございます!」
エリザベスはもう一つ国王に質問があったが、発言することに躊躇した。その様子を察したのか、国王から口を開いた。
「何か、言いたいことがあるのだろうか?」
「失礼を承知でうかがいます。王子の呪詛はいったいどういった経緯で受けたものか、伺ってもよろしいでしょうか…」
「…良いだろう」
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マドリッド王国は、深刻な世継ぎ問題を抱えていた。数年前より王族の男児の出生率が下がっており、王位継承権利のあるものは、第一位の第一王子と第二位の現国王の弟である王弟のみである。王妃であるダイアナ妃は、世継ぎを望まれる重圧に耐えながら努めたが、生まれた子供は二人とも女児で、その後は中々子供ができなかった。そのためやむを得ず国王は側后を娶ることとなった。側后のアリーシャは後宮に上がってから数ヶ月で男児を身籠った。これが第一王子ウィリアムである。しかし、アリーシャはウィリアムを産み落とすと体調を崩してすぐに亡くなってしまった。その後三人ほど側后を娶るが皆、謎の病で亡くなってしまったのだと言う。あまりに不幸が続くため調査をさせた結果、世継ぎを産めなかったダイアナ妃は気を病んでおり、黒魔術に通じていたことがわかった。そして、その事実が発覚した時にダイアナ妃は自分の命をかけた呪詛をウィリアムにかけてそのまま生き絶えたという事件が起きた。
それが、エリザベスが身代わりとなった呪詛の事実だった。
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王都から帰還したエリザベスから全ての話を聞き、ジョセフは絶望した。そして、あの日王都へ向かったのが自分でなかったことを深く後悔していた。
エリザベスは日に日に体力がなくなりベッドから立てなくなった。しばらく会話はできていたものの、呪いの蔦模様が広がるととにエリザベスの状態は悪化していった。次第に覚醒している時間も短くなっていった。
ジョゼフは中央の神殿の双子へ帰宅する様に手紙を書いた。