逆転サヨナラ満塁ホームランを打つ話
「さぁ9回裏ワンナウト満塁!
得点は4対3!
一打逆転のチャンスです! 一ノ瀬さん!」
「えぇ。ここからクリーンナップですからねぇ。盛り上がって来ましたね」
「実況は私二田、解説は両チームOBの一ノ瀬さんでお送りしております!
さぁ一ノ瀬さん、ここはスクイズもあるでしょうか……?」
「どうでしょうね?
外野出身の三井監督はイケイケドンドンな方ですから……ここは打たせて来ると思いますよ」
「なるほど。
さぁ、バッターは3番・八垣。今日当たっている、4番の四条選手にも回って来る場面!
五藤先生はどう思われますか?」
「ん〜そうですね。
ランナーをホームに進めたい。
ヒッティングにしろスクイズにしろ、例えば同じ効果を持つ2つの薬がある場合、医者は毒性のリスクが低い方を選びます。過剰摂取は死に至りますから。ですから医学的には、ここはスクイズですね」
「医学的には、スクイズ」
「ええ。何ならスクイズの診断書を出しましょうか?」
「五藤先生が『スクイズの診断書』を出すと仰っている!
さぁ、俄然盛り上がって参りました!
今日はパリの総合病院で執刀していらっしゃる、外科医の五藤先生にも解説に参加していただいています! お隣の世界野鳥を守る会の、六壁さん?」
「はい」
「野鳥的にはどうですか?」
「はい。
つまり今いるランナーを新しく入れ替えたい、と。
野鳥的には、いわゆる『換羽』ですね。
野鳥は少なくとも一年に一度、古くなり傷ついた羽を入れ替え、『換羽』します。
『換羽』の時期には鳥たちはあまり動かず、鳴きもせず、じっとしていることが多いんですねえ。そうすると、羽毛を守るためには、ここは無理せずスクイズが良いでしょうねえ」
「羽毛を守るために、スクイズ」
「ですね。羽毛的スクイズです」
「羽毛的スクイズ!
全国の換羽マニアたちが、俄然盛り上がって参りました!
七海さんは?」
「『日本接着剤団体』の七海です。ここはスクイズしかありえません」
「と、言うと?」
「相手側からすれば、得点されたくない、ランナーを留めておきたいと思っている訳です。ここは接着剤の出番です」
「なるほど。七海さんは9回裏ワンナウト満塁、今こそ接着剤の出番だと」
「そうです。だけど接着剤を無理やり剥がそうとしても、剥がれませんよね?」
「確かに」
「接着剤は、熱に弱いんですよ。
無理やり強行策を取るより、じわじわと熱して上げた方が効果的です。なので接着剤の見地からすれば、ここはスクイ「打ったぁぁあッ! 夜空に描かれた放物線が、鮮やかにフェンスの向こうに消えて行くぅぅううッ! ホームランッ! 逆転サヨナラ! 満塁ホームランですッ!! 五藤先生!」
「私は最初からヒッティングだと思っていました。医学界には『後医は名医』という格言がありますが……それにしても、最初からヒッティングを予想していたのは、私ぐらいでしょうね」
「野鳥を守る会の六壁さんッ! 如何ですか?」
「私の言った通りになったでしょう? 野鳥にはね、『帰巣本能』と言うのが備わっているんですね。ランナーがホームに帰る……これは自然の成り行きなんですねえ。スクイズなんて奇襲に頼らなくても、野鳥の本能が、自然と得点に結びつけてくれる。これは、大自然の勝利とも言えるでしょう」
「七海さん! 素晴らしいホームランでした!」
「だからね。その道のプロが見れば、こんなものは一目瞭然なんですよ。グラウンドに接着剤を持ち込んだら、反則ですから!」
「一ノ瀬さん!」
「ええ。3番の八垣くんは、今日当たってなかったんで。スクイズもありかなと思っていたところなんですけど。何にせよ、結果オーライですね。選手を信じた三井監督、それに答えた八垣選手。どちらも見事でした」
「全員が勝利を信じ、確信していた結果ッ! 試合は4対7で見事逆転勝利ですッ! それではこの辺で、また来週お会いしましょう〜!」