偽物の薬
昔あるところに腕は良いが世渡り下手でいつも腹を空かせている薬師がいた。
今日も今日とて客は来ず、今晩もまた夕食は抜きかと嘆いていた日の夕暮れのことである。
豪奢な牛車に乗った商人が薬師の下を訪れた。
「あんたは都で悪どい商売をしてると評判の商人様じゃないか。ここに金持ちに飲ませるような金箔入りの薬はないぜ」
「噂通り口が悪いお人ですなぁ。それに噂以上に貧乏だ」
「余計なお世話だ放っておけ」
「そう言わずに。今日はあなたに儲け話を持ってきたんですよ」
「儲け話だって?」
「都で疫病が流行っているのはご存知ですね」
「知ってるに決まってる。治療に必要な薬が高い庶民泣かせの悪病だ」
「実は私、このたびその薬を買い占めました」
「噂通りの悪党だな」
「ぐふふ、噂以上に悪党なんですよ。あなたには今日持ってきたこの薬の偽物を作って頂きたいのです」
「何だって?」
「本物の中に偽物を混ぜてかさ増しすれば、儲けは普通に売るよりずっと多くなるじゃないですか」
「なるほどね。それで本物の薬とやらはどこにあるんだ?」
「目の前にこんなにたくさんあるじゃないですか」
「ははっ、狸が狐に騙されたのか。こいつは本物の薬じゃないよ」
「何ですって!?」
「ウチにも少しだがその薬はある。見比べてみな」
出された薬を商人が見比べてみると確かに色合いが違う。
商人は茫然自失、薬の箱を置き忘れたままフラフラと帰っていった。
「おやおや、騙すのは得意な商人様も騙されるのには慣れてないようだ。
別の薬だと疑いもせずにコロっと信じやがった。
さて置いていったこの薬、どうしようかねぇ。
これだけの量を普通に売りに出したら流石に気づかれるだろうし……」
それから数日後。都の寺から不思議な薬が売りに出された。
「気休めの薬、気休めの薬はいらんかねぇ!!」
「気休めの薬だって?」
「はい。本物の薬は高くて買えないという人向けの偽物の薬です。
何も飲ませず疫病で家族を亡くすより、気休めでも薬を飲ませてあげてはいかがでしょう。
偽物の薬なので値段はたったのこれだけです」
「なるほどなぁ。1つ下さい、叔父がずっと寝込んでいるんだ。気休めでも何かしてやりたい」
不思議なことにこの偽物の薬、よく効くと評判になりたちまちのうちに売り切れたという。
めでたしめでたし。