笑いの館
なに言ってるのかわからない旅。
土曜日の午後三時。大型連休を控え、どことなく街が活気に溢れてるようではあるが、特に予定がない俺は、一人で駅周辺をうろつく。
ゲーセンに飽きて、百貨店の本屋で立ち読みをして、とりあえず散策でもしようと、北口にある二つの百貨店の間の道を西に歩いていき、その先の細い裏路地に入ってみる。
「笑いの館……喫茶店か」
若手の芸人がバイトをしているらしい。漫才やコントの番組が好きだからよく視てるが、さすがにお笑い芸人になりたいとは思ったことはないな。目立つのが苦手な俺にはそんな度胸はないし、あれはあれで頭を使う職業だから、想像力のない俺にはもちろん向いてない職業だ。
「まあでも、ちょっと入ってみるか」
喫茶店は五階建てのビルの二階にあり、階段を登って扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
二十代前半ぐらいの芸人と思われる店員が元気に挨拶をしてくる。席に着き、置いてあるメニューを開く。
「北の大地の牛乳を使用した、濃厚なチーズケーキ、か」
「チーズケーキは当店自慢のケーキなんですよ、どうですか?」
「じゃあ、チーズケーキとアイスカフェオレをお願いします」
注文すると、すぐにアイスカフェオレとチーズケーキが運ばれてくる。
「美味しい……」
チーズケーキを食べ終え、アイスカフェオレも飲み干し、店内を眺めると、夜にはネタを披露するみたいだ。それと、もう一枚の張り紙にも目が留まり、声に出して読む。
「あなたもお笑い芸人になりませんか?」
俺にはお笑い芸人の才能はないからなぁ。コンビニの店員で十分楽しく生きてるし、稼いだ金をゲームにつぎ込んでいればそれだけで俺は楽しい。
「どうです? 芸人、やってみます?」
ずっと張り紙を見ていた俺に気づいて、さっきの店員が芸人も勧めてくる。
「いやぁ、俺には無理です」
「まあでも、三階に会場があるんで、試しにオーディションを受けてみはいががですか?」
「でも、芸なんか一つも考えてないですし」
「だからこそですよ、芸人はとっさの閃きが重要なんです。研ぎ澄まされた直感は、その場に立ってみないと分からないんですよ」
「そんなもんですかねぇ……」
「どうです? 今からでも構いませんよ」
「いいですけど、どうなっても知りませんよ」
「それでは担当の方に言っておきますね。準備ができたら呼びますので、少々お待ち下さい」
店員は店を出て三階に上がっていった。
「やばい、本当に思いつかなかったらどうしよう……」
「お待たせしました、ではこちらに」
五分程で店員が戻ってくる。店員に連れられて三階に上がって、扉の中に入ると、中は真っ黒で何も見えない。と、その時、明かりがゆっくりとついていく。
「な、なんだこの人達は……」
目の前には、ゲームに出てくるような格好をした三人の姿があった。真ん中には赤いマント姿の王様のような活気にをした中年男性、左には、白いマント姿の勇者のような、俺と同じぐらいの男性、右には、黒いマント姿の魔法使いのような、俺と同じぐらいの女性が長机の向こうに座っている。
「それでは、始めてくれたまえ」
王様に始めるようにと言われる。
「…………はい」
そういったまま、沈黙が続く。
やばい、結局、何も思い付かない。よし、こうなったら、なんでもいいや。
「うーん、思い付かない、面白い事が全く思い付かない。思い付かない思い付かない。…………あれ? そもそも俺って誰? 誰なんだ誰なんだ誰なんだー。思い付かない思い付かない。…………とりあえず、俺は、人だ、人だあああああ!」
天に向かって叫ぶと、真顔に戻る。
「ど……どうでしょう……」
「人である喜びか、お二人、いかがだったかな?」
「はっきり言って、考えさせられました」
勇者には好評のようだな。
「私も少し、胸に刺さった」
面白かったということなのか?
「それでは、判定をする」
王様が言うと、三人はテーブルから手札を持ち上げた。
○が三つ…………つまり。
「合格」
「おめでとう」王様
「君に託したぞ」勇者
「あなたの才能で、私達の世界を救って欲しい」魔法使い
「え? 救う? 私達の世界? どゆこと?」
「合格した君には説明しておこう。まず、私達はこの世界の者ではない。遥か遠い星の者とでも言っておこう」王様
「あぁ、なるほど、出身地をそういう設定にしてるんですね」
「申し遅れた、私はその星にある一国の王、オッタンだ」
「私は、魔王軍討伐のために戦っているヒュオ」
「私は、ヒュオと共に戦っているズズ」
「僕はヒズルです」
「ヒズル……」ヒュオ
「ヒュオ、またか……」ズズ
「私もオッタン様のような誇らしい名前が欲しかった……」ヒュオ
「確かにヒュオという名前はこの国だと変わってるけど、皆さんの世界ならそうでもないような……」
「まあ確かに、英雄の名には相応しくないかもしれぬ」ズズ
「名前はともかくとして、王様と勇者と魔法使いの格好で笑わせてるんですね?」
「それもありかもしれぬが、残念ながら私達にそのような才能を持つ者はいない。そこで私達は、神に教えてもらった魔法でこの世界に現れ、君のような笑いの才能のある者を探していたのだ」オッタン
「魔王軍と戦っているみたいですが、状況は著しくないのですか?」
話に合わせて聞いてみる。
「そうなのだ。魔王軍は進化し、常に私達の力の上をゆく」ヒュオ
「実は一度、ここにいるヒュオとズズらによって魔王軍を壊滅させたのだが、魔王軍は私達には到達できない地に逃げ延び、一年でとてつもない力を身につけて、また私達の前に現れたのだ」オッタン
「もはや、私達の力では全く歯が立たなくなってしまった……」ズズ
「戦い方すら理解できない……」ヒュオ
「戦い方? 例えば、氷でできている魔物に対しては炎の魔法が効果的とか、弱点属性を突いたり、そういうのですよね?」
「本来ならそうなのだが、もはや、属性などという次元ではない……」ズズ
「王、そろそろ……」ヒュオ
「それでは、任せたぞ」オッタン
魔法使いが手をかざすと、手から光が広がっていく。
気づくと、辺りには何もない草原が広がっている。
「どこだここ」
「よくぞ私達の星、マールへ来てくれた」
どこからか王様の声が聞こえてくる。
「さっき飲んだアイスカフェオレに変な薬を混ぜて眠らされて、どこかに連れてこられたんだな。だが、そんなことでは俺は驚かないぞ」
「ヒズル、君の力でこの星を救ってくれ」ヒュオ
「あなたにはなんでも手に作り出す力が備わっているはず。試しに何かを望んでみるがよい」ズズ
「望む? まあいいか。それじゃあ、永久機関を備えた原動機付電動自転車!」
そう言うと、目の前に望んだ通りの物が現れた。
「うわ、本当に出た!」
「どうやら、神の言っていたことは本当のようだな」ヒュオ
「うむ。この星に他の世界の住人が現れたことで生じる力ということだろうか。もはや次元が違う」ズズ
「で、どこに行けばいいんだ?」
「この先にマヒマヒという国がある。まずはそこに向かってくれ」ヒュオ
手元に現れた地図を手に取る。地図には白く光っている箇所がある。どうやら、この大陸の真ん中辺りにいるみたいだ。海もそう遠くないな。
「ん? 他にも光りだしたぞ。赤、青、緑、黄、紫、黄緑、橙、桃色、八つある。えーと、どこかで……まいっか……」
スマホみたいに指で操作すると、現在地がより細かく表示された。
「道中には様々な魔物が現れるだろう。くれぐれも気をつけてくれ」ズズ
「私達から言える事はここまでだ」ズズ
「君の力を信じているぞ」ヒュオ
「では、また会おう」オッタン
「魔物ねぇ。まあとりあえず、行くとするか」
わからない。