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1.5倍!! ストロング系チューハイ聖女の異世界転移

作者: アマラ

 彼氏いない歴年齢で35歳独身派遣従業員のヨシコ(仮)は、仕事でへとへとになりながらいつものコンビニでストロング系チューハイを買い、家路へと急いでいました。

 急いでいたといっても気持ちの上での話で、実際の足取りはカロリナダイヤモンドバックテラピン(亀の名前)ぐらいの速度です。


「はぁ。明日も仕事かぁ。早く家に帰ってガチャ回さないと。でもカードと同期させたのは失敗だったなぁ。今月だけで三万も突っ込んじゃった」


 ヨシコ(仮)は、もはや一日一回はソシャゲガチャを回さないと耐えられない体になっていました。

 もちろん、ストロング系チューハイも手放せません。

 毎日朝起きては這うように寝床から抜け出し、電車に揺られて職場に行き、辛い仕事を必死の思いで半ば意識を手放した状態でこなし、家に帰ったらソシャゲガチャとストロング系チューハイを決めて泥のように眠る。

 それが、ヨシコ(仮)の日常でした。


「このままじゃ彼氏もできないよ。なんか漫画みたいな出会いないかなぁ。ツイッターでバズる感じの尊い系のヤツ」


 ふと視線を上げてみると、死にそうな顔で歩いているおねぇさんが目に入りました。

 手に持っているレジ袋に入っているのは、ストロング系チューハイとコンビニ弁当。

 きっとあの人も彼氏いない歴年齢で、派遣社員に違いない。

 ヨシコ(仮)は勝手にそんなことを考え、同族を憐れむ笑顔を浮かべます。

 その時でした。

 おねぇさんのレジ袋から、ストロング系チューハイが飛び出したのです。

 転がっていくその先は道路が。

 トラックがいい感じに突っ込んでくるではありませんか。


「あ、あぶなぁーい!!」


 ヨシコ(仮)は思わず飛び出していました。

 寝不足とガチャで推しが出ないことによる精神的不安定さ、職場の人間関係によるストレス、明日が見えないギリギリの生活が続くことによる疲弊。

 様々な現代的なアレが重なり、ヨシコ(仮)の精神状態は相当にキテいたのです。

 哀れ、ヨシコ(仮)はストロング系チューハイを救った代償に、その命を散らしたのでした。

 ちなみに死因は過度のストレスによる突発的な自殺ということで処理されています。

 おねぇさんはストロング系チューハイを落としたことに気が付かずに歩き去ってしまいましたし、トラックの運転手さんは車載カメラのおかげで比較的軽い罪で済みました。

 ちなみに、ヨシコ(仮)のご両親は既に他界。

 親兄弟もおらず、ご供養は行政が行ってくれました。




「君、すごいなぁ」


 気が付くと、ヨシコ(仮)は何もない空間に浮かんでいました。

 目の前には光の玉みたいなのが浮かんでいます。


「え、なにここ」


「ここは死後の世界。君はストロング系チューハイを救おうとして死んだのです。ストロング系チューハイを救おうとして死んだって。文章にするとすげぇな、オイ」


「ストロング系チューハイは! ストロング系チューハイは無事だったんですかっ!」


「落ち着け、君。冷静になりなさい。まあ、あれだ。一応ストロング系チューハイは無事だったよ。いや、無事っていうのか? ストロング系チューハイに無事って単語を使っていいのか? まあいいや」


「良かった。あのストロング系チューハイも、誰かを幸せにするという使命を全うできるのですね。私みたいになんで生きてるのかわからない系女子と違って」


「こっわっ。メンドクサっ。ああ、思わず本音が。ごめんごめん。えーっと、何だっけ。衝撃で全部飛んでったわ。ああ、そうだ。君を異世界に転生させてあげよう。なろう小説とか好きだから、説明それだけでいいでしょ」


「ちょ、マジかよっ! どんな力を頂けるんですか!?」


「話が早くて助かるぅー。ええっと、私は酒の神バッカス的なやーつ。君はストロング系チューハイを救った&あまりにも哀れ過ぎてちょっと引くぐらいだったので、力を授けて転生させてやろう。これ、言う順番、逆だったな。まあいいや」


「確かに哀れではあったと思いますので何かしら能力を下さい! 最初は蔑まれるんだけど実はぶっ壊れ性能な奴でざまぁとかしたいです!」


「言っちゃうと、君本来の頭脳スペックでざまぁできる程度の世界に転生したいの? すごいと思うよ?」


「ざまぁいらないんでまともに生活できる程度のスキルを下さい!!」


「良かろう。とはいえ私は酒の神バッカス的なやーつなので、授けられる力は酒関係に限られるのだ」


「的なやーつってことは、バッカスではない的な?」


「違うよ。権利的なほら、アレとかで。アレだから。じゃあ、あれだ。あのー、能力。授けていきたいとおもいまーす」


「ヨーチューバー的ノリ」


「君は酒を救って死んだので、いや、酒を救ったって文脈すげぇな、とにかく酒を救って死んだのでーぇ。手からストロング系チューハイを放てる能力を授けていくー!」


「うわぁあああああ!!!」


「さぁ、これで君は手からぶしゃーってストロング系チューハイが出せるようになった。異世界に行っても達者で暮らすんだよ」


 こうしてヨシコ(仮)は、異世界へ赴くことになったのだった。




 気が付くと、ヨシコ(仮)は森の中に倒れていました。

 なんか知らないけど気が付くと〇〇パターン多いな。

 そんなことを考えながら、ヨシコ(仮)は周囲を見回します。

 ガッツリ森の中でした。

「あれ? 群馬かな?」

 と思うぐらいの森の中さ加減です。

 あるいは千葉の外房か、埼玉あたりでしょうか。

 ともかく、東京の人間が想像する五十倍ぐらい森の中です。


「なにここ。引くわぁ」


 ヨシコ(仮)が森の森っぷりに引いていると、近くで物音がしました。

 何事かと振り返れば、そこにはリアル寄りのイノシシがいるではありませんか。

 体高はヨシコ(仮)より若干大きいぐらいです。

 体高というのは、地面から体の一番高いところまでの高さのことでした。

 相手は四つん這いのアニマルなので、おそらく体重とかはトン単位でしょう。

 そのイノシシ(?)の口には、ぎらぎらと鋭い牙が並んでいます。

 めちゃめちゃ肉食アピールがハンパありません。

 これ逃げないと食われるパターンの奴じゃない?

 ヨシコ(仮)はダッシュで逃げました。

 最近はあまり走っていなかったので足とかつりそうですが、そんなこと言ってる場合ではありません。

 下手をしたらこの場で人生が終わってしまうかもしれないのです。

 そうなったら、もう二度とストロング系チューハイが飲めません。

 はっ、と、ヨシコ(仮)は気が付きました。

 そういえば、なんかバッカス的なやつが、能力が云々といっていた気がします。

 たしか、手からストロング系チューハイを出す能力だったはず。

 ヨシコ(仮)は後ろを振り返り、手を伸ばし、念じました。


「砕けストロング系チューハイ!!」


 その時です。

 ヨシコ(仮)の手から飛沫が迸り、何らかの液体が噴出したのです。

 水道から噴き出すようでもなく、滝のようでもなく、超高圧をかけられて打ち出されたようなそれは、さながら弾丸。

 人の頭大の大きさであることを鑑みれば、砲弾といった方がいいでしょうか。

 その砲弾を形作っている液体は、いわずもがなストロング系チューハイです。

 ストロング系チューハイ砲の初速は時速400km。

 実に、音速の三分の一の速度が出ていました。

 そんなものをまともに食らったら、さしものイノシシ(?)もひとたまりもありません。

 強かに顔面にストロング系チューハイをぶち込まれ、イノシシ(?)はもんどりうって倒れ込みました。

 首は完全に決まっていて、イノシシ(?)の身体は痙攣しています。


「し、死んだ?」


 ヨシコ(仮)はイノシシ(?)を殺してしまったことに一瞬罪悪感を抱きますが、すぐに霧散しました。

 小学生にされた高校生探偵のアニメとかが好きだったので、死に慣れていたからです。

 ヨシコ(仮)はイノシシ(?)に近づき、体を濡らしている液体を指先で触りました。

 なんだかしゅわしゅわしています。

 それを、舌でなめてみました。


「こ、これは、ストロング系チューハイ!」


 ぶっちゃけ「だろうな」とは思いましたが、一応やっておきました。

 様式美とお約束は時に黄金よりも価値を持つのです。


「そこのあなた! だいじょぶ、えっ、こっわっ!」


 森の中から、男達が現れました。

 武装した男達と、それを率いる神父っぽい恰好をした男です。

 神父は首が逝っちゃってるイノシシ(?)を見て、若干引いていました。


「いや、そんなことよりも。そこのあなた、もしかして、異世界から来た聖女様では?」


 神父に尋ねられたヨシコ(仮)は、一瞬身をこわばらせました。

 創作でならともかく、リアルで突然こんなことを言われたら、十中八九引きます。

 ですが、ヨシコ(仮)はすでに何か神様的なのと接触経験があったので、その辺の感覚が割かしマヒしていました。


「えっと、多分異世界から来た、っていうのは多分あってます。けど、聖女って何です? 私はどちらかというと喪女とかよりの方ですけど」


 神父っぽい人は、どうやら本当に神父だったようで、詳しい話を聞かせてくれました。

 数日前のことです。

 神父がいつものようにご寄進と、面倒を見ている孤児達が稼いできたお金と、冒険者などに治療魔法を施して得たお金、内職で得たお金などを計算していた時でした。

 突然目の前が真っ白になり、真っ白な貫頭衣を着た女性が現れたのです。

 それは、神々の一柱で、酒を司る神でした。


「神父よ。私の姿と声が確認できますか?」


「は、はい! あなた様は、まさか!」


「そう。私は神々の一柱であり、酒と喜びを司る、えー、んーと。あのー。えー、なんだっけ。この世界での私の呼び名。ちょ、もぉー、やっばい。やばいやばい、マジで忘れたパターンのやつだわ」


「バッフェルエト様」


「バッフェルエト! そうそうそう、それそれそれ! バッフェルエトである! ね! で、あのぉー、詳細は省くんだけど。あなたの元へ私が加護を授けし聖女を使わしました」


「聖女、様、ですか?」


「そう。あなたの、ひいてはこの国を救うため、神である私がかごと力を与えた女性。聖女をつかわしちゃのれす。ふっ、ちょっつかわしちゃのれすっていっちゃった。ある? リアルである? この噛み方。えー、びっくりした」


「それで、私はどうすれば?」


「聖女を保護し、彼女のすることを助けなさい。さすればきっと、なんやかんや起きることでしょう」


「ああ、バッフェルエト様! 何ですかなんやかんやって! そのふわっとした感じはいった、バッフェルエト様!? ちょ、聞けや!!」


 そんなことがあって、神父は森の中にいるというヨシコ(仮)を迎えに来たというのです。

 周りにいる武装している人達は、万が一のために連れてきた冒険者だとか。

 治療魔法代を払えないで滞納している冒険者を脅して、ロハで手伝わせたとのことでした。

 聖職者さんというのは割かしきちんとえぐいのです。


「というわけで、とりあえずあなたを教会で保護させていただくことにします」


 ヨシコ(仮)は無事、神父に保護されたのです。

 ちなみに、ヨシコ(仮)が森を抜けるまでには、二日を要しました。

 神様、もうちょっと森の浅いところにアレしてくれればよかったのに。

 全然気が利かねぇな、と、ヨシコ(仮)は思いました。




 町に着いたヨシコ(仮)は、教会で暮らし始めました。

 教会は孤児院を併設しており、子供がわんさといます。


「ねぇちゃん、一緒に遊ぼうぜ!」


「いいけど、何をして遊ぶの? ボルダリングとか?」


「ちげぇよなんで岩山登んないといけないんだよ、ハードル高すんだろ。そんなんやらねぇよ! 子供がやるゲームといえば、キメモンか農民ファイトに決まってるだろっ!」


「なにそれ」


 キメモンファイトとは!

 ナウなヤングに大流行な!!

 サイコロを使って行う、頭脳闘技なのである!!!


 と、一から説明すると大変なので、なんとなくそんな遊びがあるんだなぁ、と思っていたければ幸いです。

 しょせん子供の遊びです。

 ちょっと大人の本気を見せて、ボコボコにしてやろうか。

 そんな風に思っていた時期が、ヨシコ(仮)にもありました。

 ふたを開けてみれば、ヨシコ(仮)はけっちょんけっちょんのズタボロにされてしまったのです。

 子供達の方が、頭脳は柔軟。

 遊びにも本気と書いて「マジ」で取り組んでいるので、舐めプのヨシコ(仮)が勝てる道理がありません。


「あかん、このままでは大人の威厳が台無しやで」


 エセ関西弁で焦ったヨシコ(仮)は、何とか自分の価値を知らしめようと、頭を搾りました。

 考えて考えて、ちょっとストロング系チューハイを飲んで、考えて考えてストロング系チューハイを飲んで寝て。

 起きたらまたストロング系チューハイを飲んで、子供達と遊んでぼろすこにまけて、またストロング系チューハイを飲んで寝ました。

 そして、良いアイディアをひらめいたのです。


「そうだわっ! ストロング系チューハイを売ればいいのよっ! 元手タダだし!」


 恐らく小学生、あるいは幼稚園児でも、五秒ぐらいで思いつくアイディアです。

 ですので、流石にそれだけではお話になりません。

 ヨシコ(仮)は、もう一工夫することにしました。

 ストロング系チューハイを売るときに使うカップを、孤児院の子供達に作ってもらうことにしたのです。

 彼らはなんやかんやあって家族や住む場所がない子供達であり、教会の孤児院で生活をしていました。

 ですが、教会もわりにカツカツの経済状況。

 子供達も、内職などをしてお金を稼がなければ、食べるのにも困る状況だったのです。

 そんな子供達に、ヨシコ(仮)は目を付けたのでした。

 子供達は、内職で工作系のヤツをバリバリこなしていたので、おもっくそ手先が器用だったのです。

 トランプでセカンドディールをやるぐらい、楽の勝。

 廃木材などを使ってカップを作る程度であれば、簡単にこなしてくれるぐらいの技術集団と化していたのです。

 カップはただ同然で作れるし、中身のストロング系チューハイはヨシコ(仮)が念じればほぼ無限に湧き出してきます。

 つまり、ほとんど元手をかけずに、商売ができるのです。

 早速、ヨシコ(仮)は神父に相談しました。


「それはイイですね! 元手がかからないというのが素晴らしい!」


 神父も大喜びです。

 金にがめつい、というのはあまりに酷でしょう。

 金持ちが多い都会ならばともかく、この町は比較的田舎で人口が少ないのです。

 当然御寄進も少なくなってしまうため、教会の経営はカッツカツ。

 少しでも収入になれば万々歳です。

 早速、教会総出で「ストロング系チューハイ販売プロトコル」を開始しました。

 ちなみに、「プロトコル」の意味は誰もよくわかっていません。

 なんとなく雰囲気がかっこいいから付けているだけなのでした。

 そんな感じで、出だしからかなりアレな感じで始まったストロング系チューハイの販売ですが。

 蓋を開けてみれば、思わぬ結果が待っていたのです。




 バカ売れでした。

 ストロング系チューハイは、当のヨシコ(仮)が若干引くぐらい売れたのです。


「おい、もうあれ呑んだか?」


「アレってなんだよ」


「決まってるだろ? 教会で売ってる“ストロングチャーチ”のことだよ」


「お前ねぇ。そんなもん、呑むも呑まないも。毎日飲んでるに決まってるだろ? 今日もこれから行くところだよ」


「お、いいねぇ。じゃあぁ一緒に行くかい」


「そうするか!」


 といったような会話が、そこかしこで繰り広げられていました。

 肉体労働者や冒険者。

 一日の仕事に疲れた奉公人などが、夕方、教会の前に出された出店に集い、ヨシコ(仮)が出したストロング系チューハイを買い求めていくのです。

 驚いたことに、ヨシコ(仮)は自分の手から出るストロング系チューハイの種類や温度を、かなりコントロールすることができました。

 超キンキンに冷えた状態や、シャーベット、氷状などはもちろん。

 沸騰寸前の超熱々などの温度も自由自在。

 アルコール濃度や味に関しても、ヨシコ(仮)自身が飲んだことのあるものなら、好きなように出すことができました。

 ヨシコ(仮)は一日の癒しをストロング系チューハイに求める系女子(笑)だったので、様々な銘柄の、様々なフレーバーを飲んだことがありました。

 その経験値の高さが、今まさにいかんなく発揮されていたのです。

 おそらくこんなことでもない限り、まず間違いなく役に立たない経験値だったことでしょう。

 そういう意味では、ヨシコ(仮)だからこそできる知識チートと言えなくもありません。

 恐らくうらやましく思う人はほぼいないでしょう。

 もしうらやましくなっちゃったら、ちょっと生活を見直してみたほうがいいかもしれません。


「おい、聖女様! こっち9パーのイチゴ味だ!」


「こっちは5パーの完熟キウィ!」


「えー、まようー、今日は何にしよっかぁー」


「昨日パインだっけー?」


「そっかぁ。じゃあ、クラッシュアップルにしようかなぁー」


「あー、おいしそぉー!」


 酒を飲みに来ているのは、九割がおっさんたちです。

 普段は新しいこととか覚えるの苦手な癖に、賭け事と酒に関することとなると、彼らの記憶力はマッハでぶちあがります。

 この世界ではほとんどないはずの炭酸にもすっかり慣れ、アルコール度数やフレーバーに対するこだわりなども見せるようになっていました。

 買いに来るのはおっさんが多いのですが、女性客もいないわけではありません。

 ただ、多くの女性は買いに来るのが恥ずかしいらしく、おとりよせでの対応が殆どです。

 注文を取りに行く御用聞きの仕事は、孤児院の子供達が担当しています。

 彼らは町の中を駆け回って遊んでおり、地元を知り尽くしていました。

 なので、注文を取ってくれそうなお客がどこにいるかも、完璧に把握しているのです。

 注文を取った後は、指定の時間にお酒を届けるのですが、これも子供達の仕事でした。

 おいおい、労働基準法とかどうなってんだよ!

 と思わなくもありませんが、どうせ異世界なので問題ありません。

 それと、子供達とは言っても、上は16歳から下は1歳まで、幅広い年齢層がいます。

 配達や御用聞きは年上チームの仕事なので、まぁ、ギリで大丈夫かな? という感じなのです。


「それにしても、すごい勢いでお酒が売れますね。なんでみんなこんなにお酒飲むんでしょう」


「加護を発動させるには、お酒が必要ですからね」


 これには異世界、特にこの町特有の事情があったのです。

 町にある教会が祀っているのは、酒、それもとりわけ飲酒に特化した神様でした。

 教会で一定額の寄進をすると、祀られた神ごとに特徴のある、スキルをいただくことができます。

 この教会でいただけるスキルは、「回復飲酒」。

 お酒を飲むことにより、疲労回復や滋養強壮、肉体疲労の回復、腸内環境の改善、骨や軟骨、歯などの回復、毛根の復活と力強い毛の復活。

 などなど、様々な回復と健康促進効果が得られるというものです。

 一見いいことづくめに見える効果ですが、実は大きな問題点がありました。

 町で売ってるお酒がくそまずいうえに、一瞬真顔になるぐらいお高いということです。


「この町での酒は、他の場所での酒以上の意味を持ちます。リアルガチで“百薬の長”的チート性能を発揮しますからね。当然それを押さえている商会は、強大な力を持ちます」


「当然でしょうね。私がその立場だったら、お酒の値段つり上げまくりまクリスティーですもん」


「ちょっとその表現はよくわからないですけど、実際、ここの町の商会はやりたい放題ですよ」


 商売敵を潰し、酒の販売を一手に担っているのだそうです。

 そうすることで、富と名声を欲しいがままにしているのだとか。

 他人事のように聞いていたヨシコ(仮)でしたが、ここであることに気が付きました。


「私たち、その既得権益めちゃめちゃ損害してません?」


「そういえばそうですね」


「その商会のこと、怒らせた感じになったりしませんよね? 私たちお酒売ってますけど」


「そういえばそうですね。はぁああああああん!?」


 ヨシコ(仮)も結構アレ気だったが、神父も案外アレだったのです。

 噂をすれば影、とでもいうのでしょうか。

 件の商会の人達が、大挙して押し寄せてきました。

 もちろん、「あ、商人の人だっ!」という感じの外見はしていません。

「おや? ここは龍が如〇か仁義なき〇いの世界かな?」みたいなビジュアルです。

 さすがに労働者の人たちも、冒険者の人たちも逃げ出しました。

 このビビりが!! 根性見せろや!!!

 とは、言えないでしょう。

 誰だってヤバそうな連中とはかかわりあいになりたくないものです。


「てめぇーごらぁ!! 誰の断って商売してんだボケぇえええ!!!」


「え、特に行政に許可とかはとってませんけど。店舗を構えない屋台の営業であれば、特に許可は必要ないですから。ただし、お祭りなどの時は例外ですけど」


 ご領主様が定めた、明確な法でした。

 納税義務に関する法は別にあるのですが、それに関してはちょっと話がややこしくなるので割愛します。


「そういうことをいってんじゃねぇーんだよこのバーカ!! テメェ―ラ目障りだからぶっ潰すってんだダボがぁ!!」


「そんな、ヒドイ! あ、そこの公務員の人っ! 助けてください!」


 ヨシコ(仮)が治安維持の人に声を掛けますが、ダメでした。

 どうやら商会の奴らに、賄賂をもらっているようです。

 ですが、それだけではありませんでした。


「お前らその酒、自分たちで作ってるんだってなぁ? そいつぁ、ご領主様がお定めになった法をおかしてるじゃねぇかぁ!」


 お酒の製造には、特別な許可が必要だったのです。

 製造者免許に、専門監査官による製造場所の検査など、割とかっちりした決まりがあったのです。

 当然、ヨシコ(仮)は免許なんて持っていませんし、手のひらの検査なども受けていません。


「えっ、きちんとした理由で責め立てられてるんですけど」


「そこで、うちの商会が憲兵所から業務委託を受けて、テメェ―ラを逮捕しにきたのよぉ! そのついでにテメェらの商売道具も破壊させてもらうけどなぁ!」


「違法な酒の密造施設は、転用の恐れがあるため早期に破壊が推奨されてるわけだぁ!!」


 酒というのは割かし道具さえあれば作れなくはない、というところがあるので、実際そういう違反があった場合は担当憲兵、および業務委託先が、現場の判断でそれらの施設、設備等を破壊することは推奨されていました。

 流石、相手は商売人。

 見た目はアレでしたが、やることは意外にきちんとしていたのです。

 怯む神父とヨシコ(仮)。

 勝利を確信しつつも、油断なく包囲体制をとっていく商会の人達。

 万事休すか、と思われたその時。

 思わぬ助けが入ったのです。


「ちょっと待ってくれ! うちの宗派の教会には、酒類製造特権があるはずだろう! 事後承諾でも三か月以内に管内の役所、および、領主邸に届け出れば、おとがめなしになるはずだ!!」


 その声に、ヨシコ(仮)はおもわず“トゥクン”となりました。

 もしかしたら、ずっと自分を見守っていた王子様とか騎士様とかが、助け舟を出してくれたのかと思ったからです。

 ヨシコ(仮)がキラキラなエフェクトを付けて振り向いた、その先にいたのは。


「お、お前はっ!」


「町主催の農民ファイトチャンピョン!!」


「“逆さ落とし”のブッチ(5歳)!!!」


 孤児院の中でも群を抜いて優秀な、ブッチくんだったのです。


「いや、イケメンやないんかい!!」


「何言ってるんだ! ブッチくん将来イケメンになる顔してるじゃろがい!」


「ブッチくんすげぇ男前なんだぞ!」


「頭いいし!」


 ヨシコ(仮)達がやいのやいのいいあいを始めますが、今ははそれどころではありません。


「ちっ! 少しは法に明るい奴がいたようだなぁ。だが、届け出できなければおんなじだ! 半年はベッドの上でオシメのお世話になる体にしてやれ!」


「あのストロングチャーチの製造方法を聞き出すのを忘れるなよ!」


 商会の目的は、まさにそれだったのです。

 不幸中の幸いとでもいえばいいのでしょうか。

 ストロング系チューハイの原材料がヨシコ(仮)であることは、ほとんど知られていなかったのです。

 というか本当のことを言っても冗談だと思われるので、別に隠してるわけでもないのにあまり広まってはいなかったのでした。


「しかし、やり方を聞き出しても、そう簡単に作れますかねぇ?」


 お酒を造るというのは、相当な技術が必要なのです。

 作り方を聞いたからといって、簡単にコピーできるものではありません。


「なぁに、そしたらその職人攫えばいいんだよ。監禁して作らしゃいいのさ」


 あかん!!

 このままでは同人誌みたいな事される!


 ヨシコ(仮)はこの状況を打破しようと、頭をフル回転させました。


 どうしよう、どうすればいい。

 そうだ、暴力には暴力で対抗だっ!

 でもどうやって?


 その時、ヨシコ(仮)の頭にひらめきの閃光が煌めきました。

 森の中でイノシシ(?)を退けたアレ。

 アレをやればよいのです。


「砕け鉄拳! ストロングロケット!!!」


 音速の三分の一に迫る超高圧ストロング系チューハイが、商会の人達にさく裂しました。

 相手を傷つけてしまうかもしれないとか、暴力への忌避感などみじんもありません。

 ヨシコ(仮)は、やるときはやる女だったのです。


「ぎゃぁああああ!!」


「爆発しやがったぁ!! なんだこれぇ!!!」


 圧縮されたストロング系チューハイは、商会の人達に着弾した瞬間、文字通り爆発的にその体積を増やしました。

 強めの炭酸がいい仕事をしたのです。

 開けたてのコーラにソフトキャンディをぶち込んだとき、めっちゃ噴き出す。

 あの時の感じだと思えば、あるいはわかりやすいかもしれません。

 とにかく、ヨシコ(仮)の攻撃はただの「液体を超高速で相手へ叩きつける攻撃」ではなく。

「爆発する液体を超高速で相手へたたきつける攻撃」と化していたのです。

 阿鼻叫喚の地獄絵図と化す教会の門前。

 ですが、荒事に慣れている商会の人達も、負けてはいません。


「ビビってんじゃねぇ! モノならこっちだってもってんだ!」


「ハジキ(クロスボウ)使え! ハジキ(クロスボウ)!!」


 すぐさま立ち直り、攻撃を仕掛けてきます。


「ひぎゃぁあああああん!? 痛いのはいやぁああ!!!」


 ヨシコ(仮)の桃色の脳細胞が過激に動き回りました。

 すぐさま思いついた防衛策を、躊躇なく実行します。


「氷結ストロングウォール!!!」


 完全に凍結したストロング系チューハイの壁。

 カチカチになったそれは、攻撃を受けた瞬間爆発することで、敵の攻撃を無効化していきます。

 恐らく、凍り付いたことによって閉じ込められた炭酸がいい感じに作用して、リアクティブアーマーのような効果を生んだのでしょう。

 実際そんなことが起こるのかという疑問は残りますが、そもそもこのストロング系チューハイは神様からもらった能力で作られたものです。

 多少、物理法則を無視したところで、今更でした。


「な、なんだこいつ!? むちゃくちゃだぞ!」


「水使いか?! 手から出してるあれ、いったいなんなんだ!?」


 どうやら、商会の人達はヨシコ(仮)の手から出ているものが何なのかわからないようでした。

 それも当然でしょう。


「ふっ。なんなんだ、ですって? おかしいわね。あなた達、これが狙いでわざわざ来たんでしょう?」


 完全にイキっていました。

 勝てると踏んだらどこまでもつけあがる。

 ヨシコ(仮)は、調子に乗ることにかけては定評がある系女子だったのです。


「教えてあげる! これが全労働者の味方! 究極の娯楽! 疲れと悲しみを癒し、ひと時の喜びを与えてくれる、約束された勝利の飲料!!!」


 突き上げた拳からシュワシュワの炭酸をはじけさせながら、ヨシコ(仮)は完全に調子に乗った顔で言い放ちます。


「ストロング系チューハイよ!!!」


 こうして、ヨシコ(仮)は商会の人達を撃破。

 なんやかんやで、敵対してきた邪悪を打ち払うことに成功したのです。

 その後、サツ(治安維持の人達)の手入れが入った商会は、いろいろな不正の証拠と共に、ため込んでいた金を抑えられてしまいました。

 金も既得権益もなくなってしまえば、もう怖くありません。

 商会は今まで虐げていた者たちによって、引くほど制裁を受けました。

 正義の御旗を背負った復讐ほど、甘美なものはありません。

 商会でうまい汁を吸っていた連中は、這う這うの体で逃げ出し、あるいは転生して異世界へと旅立っていったのです。




「彼女がしたことが正しいことだったのか。あるいは、彼女の行いは聖女たり得るものだったのかと問われれは、それはわかりません。

 あるいはその行為はむしろ悪であり、恥ずべきものであった、といえるかもしれません。

 一方で、それにより助けられたものがいることも、また事実です。

 例えば孤児院の子供達は、間違いなく救われました。

 労働に疲れ、ほんのひと時の楽しみを、不当に搾取されていた人々も、また救われたことでしょう。

 物事には、様々な面があります。

 ある人にとっての正義は、ある人にとっての悪であるように。

 一つの面だけを見て、善良である、邪悪であるというのは、間違っているのでしょう。

 ですが、それを分かったうえで、あえて。

 あえて、私はこう言いたいと思うのです。

 ヨシコ(仮)は、私たちにとって、間違いなく聖女であった、と」


「ブッチ、一人で何言ってんだよ。早くカップ作らないと、ヨシコ(仮)にどやされるぞ」


「ヤバい、もう時間ないじゃん。言ってよぉー」


「え? ヨシコ(仮)なら、ストロング系チューハイのみながらゲームしてたよ?」


「なんだって?!」


「あいつ、とっちめてやる!」


 ヨシコ(仮)は、相変わらずストロング系チューハイを生産しています。

 今回の件を聞きつけて、様々な者たちが動き出していました。

 おもしれぇ女が大好きな第二王子や、天才と名高い若手神父、堅物で有名な無敗の騎士。

 最近急激に実力を伸ばし始めたSランク冒険者に、様々な魔法を使いこなす魔法学園の教師。

 あと、違法行為を取り締まる治安維持の人達。

 おそらく、ヨシコ(仮)の周りは、どんどんにぎやかになっていくことでしょう。

 ですが、ヨシコ(仮)はきっと、折れず、引かず、顧みず、自らの道を邁進していくはずです。

 その手に、ストロング系チューハイを握りしめながら。


 邪悪な罠をするりとかわし、陽気に笑って千鳥足。

 今日はレモンか、それともブドウ、ストロング系聖女よどこへ行く。

なんやかんや親しくさせていただいている、某作家さんとの話の中で思いつき、書くことにしました

反省はしていない


書いていて結構楽しかったです

やろうと思えば連載に持っていけると思いますが、どうなんだろう

人気が出たら

「いやぁー! 元々連載で書くつもりだったんですよぉー!」

とか言い出すと思います

私は存外都合がいい猫状生物です(


最近、聖女物が流行ってる、なんていいますが、アマラさんとしてはずいぶん前からあったんじゃねぇか、とおもっています

ただ、最近その手のタイトルが書籍化したりコミカライズ化したり、あとアニメ化したりなんだりで、目立っているだけなんじゃないかなぁ、と

いわゆる女性向け恋愛系転移ものって、主人公が聖女扱いの奴結構多かったと思いますし


まあ、あとがきで書くことじゃねぇか。


とにかく、楽しんでいただけたようでしたら、幸いですー

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― 新着の感想 ―
[良い点] アマラさんのフワッとしたアレな感じで突っ走る能力描写好きです! [一言] 読んでて楽しかったです!
[一言] ふしぎ遊戯なんかもそっちの枠ですよねー?とか思ったり。
[一言] 遥かなる時空のなかでって2000年に発売されたゲームもそんな感じの転生物でしたね
感想一覧
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