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冒険者と聖女  作者: 弓場 勢
一章 回り始めた歯車と潜む月
9/50

07 城塞都市シルトⅡ

 乾いた日差しが栗色の大地を照らす中、二人は丈の短い草原を疾駆する。

 

「大丈夫か!?」


「まだまだ平気!! それよりどうやって倒すの!?」


 ブラウスにフレアスカート、その上から更にローブを着込んでいるアイリス。

 いくら魔法で補助しているとはいえルークは並走されている事実に驚きを隠せない。

 いや、そもそもその格好で杖を持って全力疾走できる事自体が不思議でならない。


 そんな二人現在、追われる側として己の全力を持って走る、走る。

 その一方で敵は荒い鼻息と共に大地に蹄の跡を残しながら迫ってきていた。

 身体は筋肉質で頭に生えた角は双角魔狼(ローヴォルグ)に勝るとも劣らず。

 名を狂い牛(ルナティックタウルス)、巨大な雄牛だ。


「ブモォ――――――――ッ!!」


 狂い牛(ルナティックタウルス)は興奮しているのか先程より鼻息が荒くなっている。

 心なしか蹄で地を叩く音も大きくなっているような気がした。


「アイリスは魔法で動きを封じてくれ。その間に俺が倒す」


「わかった!」


 短い相談――――作戦と呼ぶほどでも無い――――を終え、二人は別れる。ルークは迫り来る狂い牛(ルナティックタウルス)を正面に据え、アイリスはルークの後ろで魔法の準備に入った。


 狂い牛(ルナティックタウルス)とルークの間は瞬く間に狭められ、二歩足を進めれば彼の雄牛の猛進の餌食となるだろう。

 もちろんルークとてただで餌食になどなってやるつもりは毛頭無い。

 居合の構えを取り、上体を傾かせる。与えられた時間は極僅か。呼吸を整え、身体強化の魔術を全身に施す。

 狙うのは前足。狂い牛(ルナティックタウルス)とのすれ違い様に貯めていた氣を一斉に解き放ち、居合の一閃にその全てを乗せる。

 

「ハッ!!」


 神速の居合によって振るわれた刀は肉の抵抗を受けることなく狂い牛(ルナティックタウルス)の前足を半ばまで斬り裂いた。

 刀の長さの都合上ルークの胴より太い足を切り飛ばすことは叶わなかったが。

 それでも足を半ばまで断ち切られたのである。

 当然骨まで。


「ブモォッ!?!?」


 狂い牛(ルナティックタウルス)は突然片方の前足を切り裂かれたことで態勢を崩し、乾燥した大地の上を盛大に転げる。

 

 片足が半ばまで切れていればその巨体をまともに支えられる訳もなく――――と言うことはなかった。

 片方の前足はもう使えないのだろう。三本の足で器用に立ってみせた狂い牛(ルナティックタウルス)は再びルークに向かって突撃を開始した。


 しかし、ルークの本来の役割は前衛であり、敵の注意を後衛に向けさせないことにある。

 そして、今回の場合はルークが止めを刺すため後衛と牽制の役割を担うのは別の者だ。

 後衛――――アイリスの凛とした詠唱が風に乗って聞こえてくる。


「小さき老人よ、大地に寄り添う者よ。大地の力を持って示し、打ち砕け、土霊(ノーム)


 詠唱を終えたアイリスの頭上に大小様々な石の礫が浮かび上がり、それら全てが弾丸となって狂い牛(ルナティックタウルス)を襲う。


「ッ――――!?」


 気が立ってルークしか見えていなかった狂い牛(ルナティックタウルス)にとってアイリスの攻撃はさぞ驚いたことだろう。

 意識の外側から攻撃を受けて軽くパニックを起こしたのか、ほんの一瞬雄牛に隙が出来た。


「ハアァアアアアァァッ!!」


 その一瞬の隙を見逃さなかったルークは裂帛の気合と共に狂い牛(ルナティックタウルス)の首を縦一閃。地面に降りると同時に反動を利用して返す刀で狂い牛(ルナティックタウルス)の太い首を断ち切った。


          ♢


「今日も大変だったねー」


「全くだよ、あの牛は首が太過ぎる」


 二人はギルドに報告を終えるとギルドのロビーに併設されている食堂でそれぞれの食事を頼み、今はそれぞれが頼んだ飲み物を飲んでいる。

 ルークは林檎酒(シードル)、アイリスはいつもの紅茶だ。


「私もそれ飲んでいい?」


「アイリスは酒飲んだらすぐ寝ちゃうでしょ。だめだよ」


「ケチぃ」


 このやり取りが既に日常と化している。シルトに来てから実に早いもので一ヶ月が経とうとしていた。

 最近では夜中に部屋を抜け出して宿の店主と酒を飲んでいたりもするがそれは彼女には秘密。


「お待たせ。シチューとカンパーニュだよ。……あんた最近これしか頼まないねぇ。お嬢ちゃんを見習って色んなもの食べないと色々強くなれないよ」


 そう言って料理カウンターに置いたのは恰幅の良い女性、食堂の女将だった。

 因みに隣で今か今かと料理を待っているアイリスが頼んだのは、鮭と茸の蒸し焼きとスモーブローという北の大陸のとある町の伝統料理だった。

 

 もはや他国の伝統料理が何故ギルドの食堂でとは思わない。否、毎日このような感じなので流石に慣れてしまったのだ。


「いつもありがとう御座います。明日あたりは別のものを頼んでみようかな……」


 後ろを振り向き、周りを見渡せばギルドのロビーは色々な種族の人で溢れかえっていた。

 人間はもちろん、獣人や鉱人(ドワーフ)に果ては森人(エルフ)までいる。

 それもこれも食堂が併設されているおかげだろう。財布が冷えていようと温まっていようと関係ない。

 冒険者ならば依頼が終わったあとの食事がどれだけ美味しいか身にしみているのだ。


「ルーク、明日はどうする?」


 アイリスがフォークを咥えながら話し始めた。


「行儀悪いから食器はちゃんと置きなよ……。そうだね。明日は休みにして、明後日は……どうしようか」


 ルークの「どうしようか」という言葉に反応したアイリスは待ってましたと言わんばかりの反応で目を輝かせる。

 ベルトに掛けたポーチに手を突っ込み、三枚の紙片を取り出しカウンターの上に置いた。


「それならこの中から選ぼうよ!」


 見てみればどれも依頼書だ。

 上から北の山脈に現れた雪熊(ウルニクス)の毛皮の納品。西の砂漠にいる砂鮫(ピスルム)の群れの討伐。そして薬草採取。


「これはどこから。そして一体何故最後だけ薬草採取……?」


「受付嬢さんがどうですかって渡してくれたの。だから特に決めてるわけでもないならどーかなって思って」


 受付嬢から冒険者に依頼を勧めるのは何も不思議なことでは無いのだが、どういう基準のもとで選んだのかが非常に気になる選択だ。

 上二つがかなり重い内容なのに対して、魔物に襲われる危険があるとはいえ薬草採取と言うのは落差が激し過ぎはしないだろうか。


 とはいえ、アイリスの言う受付嬢と言うのはいつも顔を合わせる女性の事だろう。

 無下には出来ず、真剣に考える。

 先程のに付け足して報酬金も上から言っていくと銀貨九十枚。銀貨二十四枚。銀貨三枚だ。


 雪熊(ウルニクス)討伐の報酬金が圧倒的に高いが、それは雪熊自体の強さと住む場所の関係だろう。


「うーん、砂鮫は割と近場だね。砂漠もシルトからはそこまで遠くないし」


 一転、砂漠はシルトからは砂漠と草原の境にある町まで馬車で二時間弱ほどだろうか。

 そこからは瘤のある馬に乗って砂漠を移動するのだが、入ってしまえば砂鮫など勝手に出てくる。砂鮫の数以外はなんてことの無い依頼である。

 一番酷いのは薬草採取の依頼だろう。

 

「セレイロ村のあるあたりから更に北上して大陸北東の海岸の方まで行かないと行けないのか……。片道四日はかかるよ、ここは。却下だ」


 薬草採取の依頼は早々に諦めた。そうなると残るのは雪熊か砂鮫の群れの依頼だけだ。

 報酬金の事を考えるのならば雪熊だろうが、どちらも敵よりも環境のほうが問題となってくるのだ。


「砂漠なら全身を覆える麻の衣を買わないと行けないな……。山脈に行くにしても防寒具が必要。…………支度金がなぁ」


 つまりそういうことだ。


「アイリスはどっち行きたい。因みに砂漠は昼は途轍もなく暑くて、夜はあり得ないぐらい寒くなる。山脈の方は一日中寒い、それこそずっと着込んでなきゃ行けないくらいに」


 選択する事を諦めたルークは選択権をアイリスに譲渡した(押し付けた)。近くで話を聞いていた女将の顔が引き攣っている。ついでに目が冷たい。


「うーん、それじゃあ山脈の方かな」


「これまた、どうして?」


「お金をいっぱい貰えたら夕食もっと食べていい?」


「お前は一体どれだけ食べるつもりなんだ……」


 そんな時だった。ルークの突っ込みを嘲るかのようにアイリスの目の前に料理が置かれたのは。


「はい、おまちどうさま。鮭と茸の蒸し焼きとスモーブロー()()ね」


 隣を見れば満面の笑みを浮かべるアイリス。目の前を見れば気の良い笑顔の女将があった。

 

         ♢


 現在、夕飯を食べ終わった二人はギルドから出て、いつも借りている宿に帰っている途中だ。

 明後日受ける依頼が決まったのは嬉しい事なのだが、どうしたものかと頭を抱えるルーク。


「結局、雪熊の依頼を受けることにしたけどそれならもう一人欲しいなぁ。願わくば回復術師(ヒーラー)神官(プリースト)だね」


「なんで? 私は攻撃も回復も補助も出来るよ」


 当たり前かのように何ともないような顔でアイリスがそんなことをのたまった。

 彼女のしたり顔が何故か癪に触ったので額を軽く指で弾いた。

「あたっ!?」と口に出し額を押さえているが実際はそんなに痛くないだろう。顔でわざとなのがバレバレである。


「一人で何でも出来るってたかを括ってるとそのうち痛い目を見る。だから分担出来る仕事は人を増やして分担する。常識だから覚えておくよーに」


「そう言うものなの?」


「そーいうもんだよ」


 シルトの夜道は他の町や村に比べて明るい。

 世には宝石以外にも特別な石がいくつかあり、代表的なもので魔石や星石などがある。


 魔石は魔力を溜め込んだ石のことで、もう一つの星石は光を溜め込む石の事を言う。

 昼間に半刻光を溜めれば夜一時間は光り輝くと言われている程だ。

 そんな石を街灯として惜しげもなく使っているのだ。日の沈んで間もないシルトは夜道で人が転けて怪我をするなどという間抜けな話は一切聞かない。

 聞くのは酔って倒れた全裸漢の話くらいだろうか。


「あの、それでしたら僕を連れて行ってくれませんか?」


 明るい夜道を歩いているおかげで、声を掛けてきた者が暴漢、盗賊の類でないのはすぐに分かった。


「あれ、君は……」


 目の前に立っているのは先日すれ違った天翼人(アールム)の少年。今は以前持ち歩いていた鋼槍を携帯しておらず、ラフな格好だ。

 それを見たルークは、くつろげた刀の鯉口をもとに戻す。


「はい、先日も見かけましたね。僕の名前はノエルと言います」


「丁寧にありがとう。ルークだ、よろしく」


「あ、私はアイリス。よろしくね」


「それじゃあ、夜道で話ってのもなんだから俺達が泊まってる宿に行こうか」


 互いの自己紹介を終えた三人は夜月と星石の明かりに照らされながら、シルトの明るい夜道を歩いていった。


         ♢


 場所は変わりルークとアイリスが宿泊している宿へと移る。以前までの店主ならば渋い顔をされたかも知れないが、言葉には出さず微笑み、ノエルが入るのを許してくれた。

 

 毎夜のこと寝酒と雑談をしていたのだ。仲も自然と良くなるもの。

 お互い酒に強く全く酔わない為、自制の念を込めて一杯だけと決めてはいるが。


「さて、一緒に行きたいとのことだけど。俺達は明日は休みで明後日から雪熊(ウルニクス)の討伐に向かおうと思ってるんだ。都合の方は?」


「大丈夫です。それと報酬の分け方はお任せしますね」


「分かった。それでノエル、君の得物は?」


 今後の方針を決めるためにいくつか言葉を交したがこれだけは外せない。味方になる者の得物を理解した上で作戦を考えなければ意味がない。


「その、僕の武器は槍で他には炎、風、水の魔法が使えます」


「なるほど」


 正直な話をすればもう一声――――特に回復魔法――――欲しかったが、選り好みを出来るほど今のルーク達に余裕は無い。

 ノエルの瞳は真っ直ぐで迷いがないのはひと目でわかる。しかし、先日感じた違和感の事がどうしても頭の隅に引っ掛かるのだ。

(様子見かな……)


「うん、それじゃあ。お願いしようかな、明後日は東門前集合にしよう」


「分かりました。ありがとう御座います」

 

 少年は一つお辞儀をして部屋を出て行った。

 明日の朝は準備で時間が潰れそうだと、苦笑交じりに彼の背中を見送る。


「のーくんまたねー」


 ノエルの背がピクリと震えた。そして「何でもないですよ」という面持ちでアイリスにも挨拶を返していた。

 彼が部屋の扉を閉じると同時に、部屋の中には静寂が舞い戻って来る。


 人とは静寂に恐怖や寂しさを感じる者。互いに睡魔の気配が無いせいか静寂はすぐに破られることとなった。


「パーティーか……。夢にも思わなかったな」


「どうしたの?」


 しまった、と思った。今のは不意に口を突いて出た言葉だ。そしてこの言葉の意味を説明するには少々気恥ずかしさを感じるのだ。


「そうだな、いや君なら大丈夫かな……」


「?」


 感じていたのだが、目の前にいる少女はそういう類に疎そうだ。寝る前の無駄話としてはちょうど良いだろう。


「昔ね、英雄に憧れてたんだ」


「英雄?」


 やはり言葉を知らないかとルークは苦笑を浮かべる。


「簡単にいえば、夢のような事を本当にやり遂げてしまえる人かな」


「つまり凄い人?」


「そういう事だね」


 彼女は何やら思案してあるようで、床に視線を落とす。やはり癖なのだろうか、彼女の祖母であるアリアも同じ様な癖を持っていたなと気づく。


「一人で何でもかんでもできても周りの人に頼れたほうがもっと生きやすいし、苦労しないんじゃない?」


「全く持ってそのとおりだよ。それでも男の子っていうのは英雄や勇者に憧れるものなんだ」


 アイリスはきょとんとした後「ふーん」と眠たそうに部屋の机に頬杖をついた。

 どうやら睡魔の気配を感じられないのはルークだけのようだった。

 アイリスは頬杖をつきながら器用にこくり、こくりと頭を揺らしている。

 時折はっと思い出したように机に向き直るが、結局睡魔には抗えないのか頭を揺らす。


「今日はもう終わりにする?」


「うん、ちょうど終わったから私もう寝るね……」


 アイリスが今までやっていたのは紙面に書かれた共通言語(カムニス)の練習紙だ。

 因みに羊皮紙を買って練習紙を買ったのはルークだ。紙も羊皮紙も大量生産の難しいもので高価なものだから、たった三枚の羊皮紙で銀貨が十五枚も飛んでいった。

 それに加えてインクと共通言語(カムニス)で書かれた物語だ。この本は子供が字を覚えるのによく使われるもので、依頼書を読むくらいならこれに出てくる言葉を覚えれば不足はない。


 兎にも角にもアイリスに依頼書の中身を見て共有してもらうためにも読み書きの習得は必須。

 故に必要経費と言われればそうなのだが、如何せん消費が多過ぎた。

 合計金額は簡単な依頼を三回こなしても足りない。

 

 そして、ルークが最近シチューとカンパーニュしか食べていなかったのは金欠が原因である。


「寝ちゃったか。どれどれ中身は――――――――」

 

 アイリスには本を読んで本の中に出た言葉で短い文章を書くという方法で字の読み書きを練習してもらっている。


「文法が全て違う……。綴りも違うなこれ……」


 字の読み書きは大変だ。一つだけ合っている文があったがそれ以外はてんで駄目。

 ルークは幼い頃に教会のシスターからアリスと共に字の読み書きを習っていた。

 あの頃、真面目にやっていて良かったと今では思える。


 戦闘での二人の息は合うようになってきたが、アイリスが字を読み書き出来るようになるのは当分先のようだった。

 

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