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冒険者と聖女  作者: 弓場 勢
一章 回り始めた歯車と潜む月
8/50

06 城塞都市シルトⅠ

 ヴュステ大陸、アルクスフィーニ王国。

 その首都であるシルトは魔法によって人工的に造られた台地の上に都市を築いている。

 城塞都市と名乗るだけあってその守りは堅固。

 都市の周りを分厚く高い外壁と内壁で覆い外壁のすぐ外側にはご丁寧に堀まで用意されている。


 雨水を貯めておくための貯水池もあり、台地の下にある川を分岐させて井戸から水を汲む事も出来る。

 水もあり、都市の守りも堅牢。食料も国内で大半が賄える上、貿易も盛んなこの国では何の心配もいらない。

 特にこれと言った名産があるわけでもないが賭博や娼館、果ては舞台まで全てが揃っている。


 以上が世界最高の貿易国家と言われる所以であり、人類最後の砦とも評される理由である。


「すっごい、人いっぱい……」


「そりゃあ……この都市が戦闘になるのは西の砂漠にあるエアスト砦が陥落したときだけだし、平時は世界最大の貿易国だからね」


 晴れてシルトへ入ることのできたアイリスは玩具を手にした幼子のように目を輝かせ、あっちこっちに視線を彷徨わせている。

 それを見た老夫婦が微笑ましい目で見つめてくるのが若干辛いが、楽しんでいる彼女を水を差すのは野暮というものだ。


「はぐれないようにね」


「はぐれたとしても()に力を借りればすぐ戻って来れるよ?」


「検問の人みたいに善人ばっかって訳じゃないんだよ。ここは」


 城塞都市と言うこともあって検問もあったのだが衛兵はアイリスの美貌に見惚れて役割を果たしていなかった。

 彼女も彼女だがこの都市の検問は果たしてこれで大丈夫なのだろうか。


「でも、見たことないものばっかなんだもの。気になるのは仕方ないでしょ?」


「わかったよ一二品くらいなら宿を取ったあとに買ってあげるから」


「やった!!」


 忙しなく動き回るアイリスを疎んじる者は不思議と少なく、その眼差しはどれも保護者が子供を見るような目付きだ。

 それを感じ取るとルークはどうも妙な親近感を覚えてしまう。

 

「ほら、さっさとギルドに冒険者登録をして宿を見つけないと。路上で野宿したくないでしょ?」


「え? その時は火を焚けば良いんじゃないの?」


「そんな事やったら良くて不審者、悪くて放火未遂で警備兵に捕まるよ」


「なんと……」


 この子には字よりも先に常識と作法を教えるべきだろうかと思ったルークを責めるものは誰一人としていないだろう。


 下らない話をしつつもギルドへ着くのは案外早かった。実に十一、十二日振りだ。

 久し振りに見るギルド会館はやはり大きい。そして今、隣には誰がどう見ても見目麗しい少女がいる。

 

 扉を開けば中は荒くれ者――――他国の貴族や女性含め――――達で溢れかえっている。

 古今東西、冒険者に美女あるいは美少女は英雄譚の代名詞である。

 故に扉を開き、ギルドの中に入った時の反応は予想通りのものだった。


「ん?」「おぉ?」


 まず酒宴の空気をぶち壊した誰かの姿を目で追う。そして入ってきた誰かの姿を確認すると、


「あの子可愛くねぇか?」


「別嬪さんだぁ……」


 割と目立つ髪色をしているルークそっちのけで男たちの目線がアイリスへと突き刺さる。

 ちらほらと見えた言葉はやがて勢いを増し、歓声へと変わる。


「「「うおおおぉぉぉお!! 可愛い子が来たァァァァァ!!」」」


「ぴゃっ!? な、なに!?」


「気にしなくてもいつもこんなだよ」


 ギルド内の異様な騒ぎ――――一部だけだが――――に若干腰の引けているアイリスに苦笑交じりにルークが言葉を返す。

 冒険者は何も今尚叫んでいる者たちばかりではない。男にも勝るとも劣らぬほどの筋肉に覆われた女戦士(アマゾネス)は騒ぎが増すたびに整った顔に皺を増していった。


「堂々としてれば問題ないよ。しばらくはこそこそされるだろうけど大半は悪口じゃないからさ」


 と言うよりなよなよしている女性はすぐに叩きのめしに来そうだ。女という性別に矜持を持っている女戦士(アマゾネス)は大半がそのような反応を取る。

 因みになよなよした男は見ていて萎えるらしい。「何が」とは誰も聞かないが。


「わ、分かった!!」


 アイリスは背筋をぴしゃっと伸ばして出来の悪い人形のようになっているが先よりはマシだろう。

 

 彼女から目を離し、周りを見る。いつ来ても賑やかな場所だな、とルークは思う。

 ここにいる冒険者は皆〝陽気〟が服を着ているような者たちばかりだ。

 ふと、一瞬。刹那の間、「あいつとここに来れたら」などと思ってしまう程にはこの空間は居心地が良い。


「ルークさん、おかえりなさい。依頼達成の報告ですか?」


 受付嬢が話しかけてきたのを聞いてはっと我にかえる。今日の目的はあくまでアイリスのギルドの冒険者として登録する事だと心を改める。


「はい、依頼書です」


「依頼達成の印は……確かにありますね。報酬も先渡しした、と。報告承りました」


 アイリスは緊張ゆえか、先程から石像のように固まって動かない。受付嬢はそんな彼女をきょとんとした顔で見つめている。


「どうかなさいましたか?」


「ひゃっ……だい、大丈夫です!」


 受付嬢は「ふふふ」と微笑んだまま、奥に入り水の入った洋盃(コップ)を持ってきた。

 アイリスはそれを受け取り一気に飲み干す。

 ルークはそれを傍目に話を進める事に決めた。


「この子の冒険者登録をお願いしたいんですが」


「なるほど、そういうことでしたか。代筆は必要でしょうか?」


「お願いします」


 ギルドでは個人の情報を秘匿する為に代筆は縁者が付き添っていても受付がする取り決めになっている。

 故に彼女の秘密を守るためにも代筆してもらうことにした。

 そもそもアイリスは字を書けないので代筆以外の選択肢は元からないのだが。


「お名前は?」

 

「え、えと。アイリス、です……」


「アイリスさんですね。それと種族は――――」


 アイリスの冒険者登録そのものはすぐに終わった。正直な話登録の際に金貨三枚即金で無ければならない理由は無い。

 そのうち払えれば正式にギルドの庇護下に入れますよという契約なので大抵の冒険者がそれだ。

 登録し終えた彼女はそれだけでほっとして胸を撫で下ろしている。

 そんな中話しかけてきたのは受付嬢だった。


「ルークさん、少々宜しいでしょうか?」


「はい、何か?」


「アイリスさんの種族の事は私達ギルドの方で人間という事にしておきます。幸い、ドルイドの特徴を事細かに知っているのはギルドに努めている方達だけですので」


「ああ…………ありがとう御座います。本人にも言ってはありますがいつ露見しても可笑しくなかったので」


 実はこの都市に来る前にアイリスと約束したことがひとつだけある。それはドルイドであることを隠すこと。

 理由は二つある。一つはその力を悪用されることだ。精霊が視えるというのは数ある種族の中でもドルイド特有のもの。


 その稀有さ故、今では御伽噺の存在として語られているくらいである。もし彼女をドルイドと知るものが現れたら何をされるか分かったものではない。


 二つ目はもっと単純な話。〝精霊が視える眼〟を狙う者たちだ。俗に魔眼収集家などと呼ばれており、ドルイドの希少な目はそういった手合に狙われる口実になってしまう。


 この話をしたとき、アイリスは心底怯えていたのを思い出す。あの話は一度きりでいいし、彼女も無闇に自分の正体を晒すことがないと思えば安いものか。


「それではまたのお越しをお待ちしています」


 受付嬢は一つお辞儀をし、ロビーにいた冒険者たちも「また来てくれよおぉぉー!」などと叫びながら両手を振って叫んでいた。


         ♢


「都会ってちょっと怖い……」


「そう思って堂々としてるくらいでちょうど良いんじゃないかな。あ、宿見えてきたよ」


 冒険者登録をしたら次は宿を取らねばと街をひたすら歩き三軒目。当然といえば当然なのだが冒険者の大半は自身の家を持たない。

 それは今では大陸間を移動する定期船のおかげで大陸を移動しながら世界中で依頼を受ける冒険者が増えたからだ。

 中には家庭を持ち、それぞれの町に居を構えている者たちもいるがそれは極僅かだ。


「満室だよ。悪いけど他を当たってくれないかい?」


 だからだろうか、大半の宿は冒険者や行商人で埋め尽くされている。

 三軒目の宿も見事に撃墜。このままでは本当に路上で野宿する羽目になってしまう。


「ここだ。ここが駄目だったらもう一ヶ月で銀貨五十枚も払う宿しか残ってないんだ。頼む……」


 まるで賭博に負け続けてあとのない男のように手を合唱しながら扉を開ける。

 隣で「やっぱり野宿」とのたまう女の子がいるが今は無視だ。


「空いてるよ……。二人一部屋で一ヶ月銀貨二十と八枚」


「や、やったー!!」


「うるさくしたら追い出すけどね」


 遂に四軒目にして宿を取ることに成功した。店主は黒髪痩躯の男性で顔が妙に整っている。


「食事と湯浴みは外の店でやってくれ。日が回る頃には宿を閉めるからそこも確認しといて」


「構いません。ありがとう御座います」


「部屋は二階の突き当り奥で……」


 ルークは鍵を受け取りアイリスの手を引きながら二階への階段に足を掛ける。


「全く、また元気な冒険者が来たもんだ」


 店主はカウンターの下から古ぼけた写真立てを取り出し、それを見つめる。

 写真の中にはローブを纏った黒髪の青年と女戦士、男性射手がいる。


「今度はちゃんと帰ってきてくれよ……冒険者」


 ふうっと息を吐き、店主は今日も椅子に座って昼を過ごす。


          ♢


 それから一週間はあっという間に過ぎ、その間に近場とはいえ七日の間に四つも依頼を達成できた。

 普通の冒険者ならば一週間で一回から二回。

 下手すれば二週間に一回か二回と言う塩梅なのだ。これはひとえにアイリスの魔法によるものだろう。

 馬車に乗れば馬に速足の魔法を掛けものだから本来の二分の一の時間で目的地に到達できてしまう。


 それに前回の依頼が特殊な条件下であっただけで大半は弱い魔物の討伐や警備の依頼。そんなものだから日帰りで依頼が達成できてしまうというのある。


「今日も速いですね……。流石ドルイドと言うべきでしょうか」


「俺もここまでとは思ってませんでした……」


 実のところ詠唱をしているから精霊と話す利点は殆どないのではと思っていたのだがそんなことはなかった。

 魔法とは呼ばない、例えば索敵や情報収集程度なら精霊に頼めば請け負ってくれるというのだ。

 もちろん魔物の来る方向はわかるし、ほしい情報もぽんぽん入ってくる。


「なんでこれをドゥルでやらなかったんだ?」と聞いたらあの時は緊張してたし話す間も無かったからと言われて納得した。


「精霊と話す利点の話はともかく魔法を日常レベルで使いこなすのはもはや宮廷魔道士と大差ないですよ?」


「そんなになんですか……」


 ちらりと後ろを見ると。アイリスは最近お気に入りの紅茶を飲んでご機嫌だ。

 ぱたぱた足を振って満面の笑みを浮かべている。気付けば以前まで「可愛いいぃぃー!」と叫んでいた男達までもが微笑ましい我が子を見守る保護者のような顔になっている。


「本人がああだから時折心配にもなりますけどね……」


「私達受付嬢も微笑ましい方が来てくれていつも癒やされてます」


「話を急に逸らさないでって……そうだったのか」


 もはや呆れるレベルで、思っていたことが口を突いて出てしまった。それに、あの様子なら目の届く範囲にさえいれば過激な悪戯をするものはいないだろう。


「ドルイドって皆あのような感じなのでしょうか」

 

「いや、あれはあの子だけでしょうね。皆個性豊かでしたよ。それより仕事しなくて良いんですか?」


「今は暇なので、冒険者さんに依頼の話を聞いたりするのも良い息抜きになって丁度良いんですよ」


 受付嬢はにこりと笑って言葉を返した。

 そんなものなのだろうかと思う。ギルド内のこの雰囲気は明らかにアイリスの存在ゆえだ。

 ルークが知っているギルドとはかけ離れ過ぎていてこの光景を見るたびに少々気が抜けてしまう。


 依頼の報告と確認を終え、今回はギルドの方に報酬が来ていたので報酬金も貰えばあとは宿に帰るだけだ。

 いつも話している受付嬢に一礼をし、その場を離れる。


「宿に戻ろうか」


「うんっ」


 初日の都会に怯えていた彼女は一体どこに行ってしまったのだろうか。ここにいる大半の人間は和んでいるが全員というわけではないのだ。

 先程は大丈夫かもしれないなどと思ったが気を引き締めるべきだろう。

 そしてギルドの扉を開こうとすると、先に外の方から開いた。


「おっと……。すいません」


「いえ、こちらこそすいません」


 第一印象は酷く幼く見えた。流石に成人はしているだろうが。すれ違ったのは一人の少年で背と顔つきを見るに成人してすぐくらいだろうか。

 とても端整な顔立ちで、それがわかったのは明るい栗毛を後ろで一本に結っているからだ。

 顔がはっきりと見える。

 

 何より目を引いたのは歳の割に程よく成長した筋肉に背に生えた純白の翼。

 天翼人(アールム)という単語が頭に浮かぶ。人類全てを見守る太陽と天の女神の眷属種。

 別に冒険者をしている天翼人が珍しい訳ではない。ただ、不思議に思ったのだ。

 背負った鋼槍は柄を見れば使い古されているにも関わらずその穂先は綺麗なままであることに。


「ルーク?」


「ん、ああ。行こうか」


 ただ、他人を詮索するのは良い事ではない。今までの思考を頭の外に追いやってギルド会館を後にする。

 

「白い髪に血のような赤い瞳……。あれがルークさん?」


 だから少年が呟いた声がルークに届く事は無かった。


「待ってて。必ず助けるから、今度は迷わないから」

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