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冒険者と聖女  作者: 弓場 勢
二章 泥被りの天使
23/50

20 神聖国グラウベン Ⅱ

「改めまして、俺がルークで右がアイリス。左がノエルだ。よろしく、エステル」


「ん」


 先刻、エステルを仲間に加えたルーク達は街の大衆食堂に来ていた。ノエルは翼を体に巻きつけて、その上から外套を被ることで種族を誤魔化した。時折、気持ち悪そうにもぞもぞしているのでかなり窮屈なのだろう。


「……それで?」


 口を開いたのはエステルだった。たった一言、首を傾げて言う様はまるで精巧な人形の如しである。四人は一つの円卓を囲み、互いに向き合っていた。そしてエステルの対面はルークだった。


「それでって、これからどうするかってこと?」


 確認のためにとルークが問うと人形はこくりと頷いた。アイリスは紅茶がないせいか若干不機嫌に見えるが、手元の青果水で我慢してもらうことにした。


「そうだね。とにかく俺らが何をできて、何が出来ないのか把握しよう。俺は斥候と刀を使っての接近戦専門。魔術は多少使えるけど魔法は使えないからそっちは期待しないでくれ。あと、野営の準備と狩りが出来る」


 この国では刃物はご法度なので武器はロウウェル邸に置いてきてしまった。なので全て口頭で言う必要があると思ったのだが、エステルは別のところに食いついた。


「刀……?」


 心なしか瞳が輝いているように見える。相変わらず仮面でも貼っているのかと疑うほどの無表情ぶりだったが、無感情と言う訳ではないらしい。


「世界のずっと東の方にある国の柄頭から刃先が緩い三日月みたいに反ってる片刃の剣なんだ。館で俺が腰に提げてたやつだよ」


「……なる、ほど」


 いや、無表情なぶん逆に分かりやすいかもしれない。気に入ってもらえて何よりだ。ルークは心の中で独り言を呟き、視線を右隣のアイリスへ移した。


「私? 私は魔法と魔術が使えるよー」


「あと、広範囲索敵ですね」


 ノエルが上手くフォローしてくれたが、大雑把すぎて説明になっていないように思える。しかし、彼女に限ってはこれで良いのだろうか。エステルは小さくこくりと頷いて首肯した。


「最後は僕ですね。僕は槍術と炎魔人(イフリート)と儀式契約を交わしてるので彼に関連する魔法が使えます」


 三人の説明が終わり、皆の視線はエステルへと集まった。エステルは数秒のあいだ黙考し、意を決したように青果水を呷ると口火を切った。


「私は斥候と魔法、魔術専門。使える魔法は主に妨害や幻惑系統……」


 ロウウェルに聞いていたとおりの情報である。何でも彼女の持っている隠者の外套と言うのがすこぶる強いらしく、なんと気配を完全に断つことのできるアイテムなのだそうだ。


 斥候のみならず()()()からの人気も桁違いに跳ね上がってしまったため、見せしめと製造方法根絶のために数十年前に製作関係者全員が処刑されたという事件もある。やり方は強引だが、そうでもしない限り今頃暗殺者にとっての楽園に成り果てていたので結果的には良しとするべきだろう。

 さて、ここではっきりさせておくべきなのは何故そんなものを持っているのか、と言うことだ。エステルにそのことを聞くと「ロウウェルに貰った」とだけしか言わなかった。


 分からないものに何時までも答えを求めて「うんうん」と唸っていては時間の無駄なので、気を取り直して当日の詳しい行程に付いて話すことにした。


「よし、それじゃあ実際にどう戦うかを固めていくか……俺が前衛なのは当然として、ノエルは中衛。アイリスは後衛、ここまでは一緒だけど……」


 しかし、問題はエステルである。魔法戦が主体だと聞くが、本人の話を最大限信じるのならば「自分より斥候に向いているのでは?」とルークは考えていた。ならばエステルを先頭に配置するのが、妥当だろう。

 後ろに下げる理由は無い。ないが、ほんの少し躊躇いがちなってしまった。仲間になったと言っても一時的なものだ。そんな彼女を危険の多い斥候に置いて良いものか、と。


「私が、斥候する」


 ぽつりと呟かれた言葉。エステルはそう言って、一枚の羊皮紙を取り出した。紙面に描かれているのはヴァルト大陸、それもグラウベン周辺の地図だった。


「私は、土地勘がある……から。貴方より適任」


 彼女の目は本気だった。相変わらずの無表情だが、なんとも分かりやすい。


「分かった。それじゃあ斥候はエステルにお願いするよ。で、一番の問題はやっぱり……」


 皆、俯きがちに一冊の本を見る。これは街にある大図書館から借りてきた一冊で、中には色々な竜種の特徴や生息域に付いて記されていた。

 そしてその中から分かるのは、この国周辺に生息している竜は炎竜と飛竜の二種類のみだ。


「二者択一、相手取るならやっぱり……」


「「炎竜」」


 ルークとエステルの声が重なった。エステルは恐らく互いに何を考慮してその名を挙げたのかがある程度理解したのだろう。首肯で納得していたがノエルとアイリスは首を傾げていた。特にノエルの方は二種の竜について知っているせいか、芽ばえた猜疑心を拭えないらしい。


「ど、どうしてですか? 炎竜は広範囲のブレスも吐きますし、人を見れば真っ先に襲い掛かってくる竜種の中でももっとも危険な種じゃないですか!!」


 そのとおりである。世の中には竜を職業(ジョブ)に当てはめた冒険者がいる。曰く、炎竜は狂戦士、水竜は槍兵、土竜は重戦士(フォートレス)その他諸々だ。魔物に人の職業を当てはめる行為は、水面に広がる波紋のように……悪く言えば疫病のように瞬く間に界隈に広がっていった。

 そして飛竜に当てられた職業は狩人(ハンター)である。


「この中で飛竜を見たことのある人は?」


 エステルを含め、三人は横に首を降る。エステルは知識として知っていた情報から飛竜だけは駄目だと判断したのだろう。飛竜は一般的に高所を飛んでいるだけで、ブレスも使えないが故に竜種の中では比較的弱い部類と見なされている。

 もちろん竜種であることに変わりはなく、飛竜(リンドヴルム)の下位種である翼竜(ワイバーン)も小さな町を滅ぼせるくらいには厄介だ。


「まず、これだけは確認しないとね。ノエル、翼竜はブレスも使えないし体も貧弱かつ小柄。なのに何故脅威だと言われているかわかる?」 


「えっと、群れて町を襲うから……でしたっけ?」


 ノエルはおとがいを手でさすりながら答える。彼が答えたのは魔物と人の戦いには無縁な人々の基礎知識である。と言っても冒険者の中でも理由の中でも雑魚扱いされる翼竜と飛竜について調べるものは少ないのだが。


「半分だけ正解だ。アイリスは分かる?」


「えっ私!? えと、狂獣の病みたいな病気を運持ってるとか……?」


「おお、ほぼそのとおりだけど。どっかで調べた?」


 どうせ分からないんだろうな、と思っていた身としては申し訳ない気持ちもある。しかし、アイリスの言ったことは間違いではなく、さもすれば当たりとも言い切れない。


「ううん、考えてみたらそうかなって」


 普段は天真爛漫で幼い子供のような振る舞いのアイリスだが、こういう時は彼女の森で暮らしていた時の〝知恵〟が的確に問題の中心を突く。

 ノエルは自分だけ考えが至らなかったのが不満なのか、年相応に頬を膨らませていたが何故かエステルに頬を突かれて困惑していた。


「翼竜は群れる、そして一番厄介なのは奴らの翼爪や牙、尾の至るところから分泌される毒液なんだ。効果は遅効性で解毒は魔法以外には現状不可。そして感染者の吐く息から周囲に爆発的に感染していく。しかも毒を受けた死体からも空気に溶け込んだ毒素が周囲の人に感染する」


 要はたった一人感染するだけで、対処を誤ればパンデミックが引き起こされるのだ。そしてあくまでこれは下位種の翼竜(ワイバーン)の話だ。つまり上位種の飛竜(リンドヴルム)はその上さらに厄介ということだ。


 四人でもう一度、本に視線を落とす。飛竜の体格は翼竜とは打って変わって他の(ドラゴン)と同じようにガッシリとしており、またその体躯も竜の名に恥じぬ大きさである。

 そして翼竜と同じように群れて、毒の爪を用いて獲物を追い詰める狩人の如く敵対するものを狩っていく。


「これでも飛竜の巣の方を探索するか?」


「僕は今の話でここまでして、依頼を受けることの方に疑問を覚えます……。今日からでも歩いてリッタを目指しませんか?」


 ノエルの言葉にエステルの整った顔に怒色の気が浮かぶ。ルークはそれを手で制して、口を開く。こちらとしてもそれではまずいのだ。


「ノエル、俺がアルクス王に頼まれた依頼には期限がある。ちょっと待ったは絶対に効かないものだ。例えここでアルクス金貨を両替しても運賃は足りないし、どれだけ頑張っても到着までに一ヶ月以上も掛かればそれこそ時間が足り無い」


 言いたいことは分かる。炎竜も飛竜も関係ない。神官(ヒーラー)も連れずにたったの四人で竜種に挑む事自体が蛮勇である事は百も承知だ。

 それでもリーダーとして「不可能では無い」と言い切る事も可能ではある。なにせこの四人はルークを除けば全員が魔法を使え、うちアイリスとノエルは回復魔法が使える。一つのパーティーに魔道士役が一人いるかどうかのこの界隈では申し分のない戦力だ。

 しかし、恐怖や疑念とは中々に厄介なもの。蜘蛛の糸の様に思考を絡めとっては、その他の考えが浮かばぬほどに身動きを取れなくしてしまう。だからこそ、


「頼む、この四人のうち誰が欠けても依頼は達成出来ない。俺は何としてでも魔界で確認したいことがある。それには時間が足りなさすぎる……だから頼む。協力してくれ」


 頭を下げた。机に額を擦り付けんばかりの勢いで、だ。周囲の客の目線が集まる。


「分かりましたから、頭なんて下げないでください。確かに飛竜は無理ですね、四人で戦うのは蛮勇や無謀を通り越して自殺行為のようですし……」


 申し訳なさそうにノエルがわたわたと手を振り、先の問いに対する答えを言う。これでようやく陣形と標的が定まった。あとは道具類の買い出しと武器の点検くらいだろうか。

 そう思ってその他の細々としたことを話し終えた四人は席を立ち、店を出た。

 するとそこにはもう一人のエステルがいた。否、エステルによく似た女学生だった。隣にはウェーブの掛かった金髪を背の半ばまで伸ばした女学生が並んでいる。


「エステル()()、また昼間から……その方たちは誰ですか?」


 薄灰色の髪の少女は、まさに鏡写しかのようにエステルそっくりだった。彼女と同じく並んでソファに並べれば、人形と言われても猜疑の目を向けられることはないだろう。


「セシリー……」


「何でこんな昼間からお仕事もせずに町を出歩いているのですか!!」


 ただし、性格は全く異なるようだ。先までは情報を交換する必要があったからか、はたまた別の理由があったからすらすらと話していた。本来はあまり話さない性格なのだろう。今は二枚貝のようにぴったりと唇を締めて、言葉を発する気配すらしない。


 一方で、唯一エステルが口にしたセシリーと言うのは目の前のエステルそっくりの女学生の事で間違いないだろう。自分の意志ははっきり言葉で言うタイプだ。金髪ウェーブの子が「またですの……」とでも言いたげな様子で額に手を当てている。


「仕事は、してる」


「どこがですか!?」


 流石にこのままではエステルが不憫だったので、ルークはある程度事情を説明することにした。


「すいません、俺達はロウウェルさんからとある依頼を受けまして。エステルさんにはその手伝いで同行してもらっているのです。どうか彼女を責めるのはやめてあげてください」


「お父様の……?」


 セシリーの目が先程よりも疑わしいものを見る目に変わっている。第三者の意見と言うものは良く通ると聞いたことが合ったのだが、状況が悪かったのだろうか。


「それなら私も帰宅途中ですので、お父様に直接聞きます。貴方達も付いてきてください……姉さんも逃げない!!」


 エステルはこっそりと逃げ出そうとしていた。腰を落とし、逃げる気満々の体勢である。

 直後、シュパッと跳ねたかと思うとセシリーもそれに追随した。二つの影が尾を引きながら街なかを駆け抜ける。中々にダイナミックな人追い遊びのようであった。


「これで何度目ですの、貴女達は……」


「こんな光景が何度も……」


 呟きに金髪の子が反応し、まるで仲間を求めるかのような目でノエルに近づいていく。


「もう、ずっとこんな調子ですわ。二人とも仲が悪いわけでは無いのにどうして……はぁ」


 ノエルも困った様に「ははは」と乾いた笑みを浮かべている。ちらちらと助けを求めるようにルークやアイリスに視線を送るが、残念ながらノエルに助け舟を渡せる者はこの場にいなかった。


 しばらくするとエステルだけが戻ってきた。驚く事に、あれだけ速く動いていたにもかかわらず服にほつれや汚れは一切見られない。


「妹さんは?」


 迷子になっていたら大変なのではと思い、訪ねてみると予想外の答えが返ってきた。


「家の近くでおい……撒いてきた」


 わざわざ言い直した上に二本指を立てて嬉しそうにしている。近くで金髪の子の「全戦全敗ですわね、セシリー……」と言う声は聞かなかったことにしよう。誓いをまた一つ立てたところでルーク達はロウウェルの館への帰路についた。


         ♢


「それじゃあ、クリスタもロウウェルさんに拾われたの?」


 時計の短針が〝Ⅳ〟を指す頃。西の空は茜色に染まっていた。アイリスは帰り道の途中ですっかり金髪ウェーブの子――――クリスタと仲良くなったようで、互いの話で盛り上がっていた。


「クリスでいいですわ。そうです、それで私は教皇になるためにもお父様が紹介してくださった叔父様に教えを乞うてるのです」


「教皇?」


「そこからですの!?」


 あれこれと会話は続きながら、歩も進むわけでロウウェルの館の門の前。彼女は座っていた、それも両足を抱えて門の中央に。不貞腐れているのは分かるが、それほど悔しかったのかと思った瞬間。エステルがすっとセシリーの前まで移動した。そして、


「これで、二百勝……姉の勝ち」


 ドヤァ、と後ろから見ているルーク達にすらわかるほど嬉々とした声音でそういった。セシリーの顔は瞬く間に赤くなっていき、一瞬の羞恥から怒りの表情へと変わっていった。

 

「おやおや、また姉妹喧嘩かな? エステルもあまり妹を泣かせちゃ駄目だよ」


 そこへ、ロウウェルがやってきた。顔は呑気なものだが、格好がそうでは無かった。髪は所々乱れ、顔も良く見れば若干だが血の気が引いている。

 何かの研究をしていたのだろうか、先までの法衣とは違う薄手の白いコートのようなものを纏っていた。微かに自然界では嗅ぐことの無い臭いが漂ってくる。


「泣いてないです」


 セシリーは頑なに泣いていないと言い張るが、目元に溜まったキラリと光るものが嘘の証拠となってしまっている。


「セシリーは泣き虫、だから……」


「ふふっ」と小さく笑うエステル。何に笑っているかさえ知らなければ、この場が和んでいたのだろうがこれでは台無しである。

 彼女はかなりのサディストのようだと、ルークは頭の隅に記憶した。


「うちの長女はほんと、どうしてこう意地悪なんだか……」


「全くですわね。これではセシリーが可愛そうでわ」


 そんなエステルの姿にロウウェルとクリスタも呆れた表情でやれやれと手を振っている。ズビビと鼻水を啜るセシリーを連れてルーク達はロウウェル邸の玄関を跨いだ。今度はエステルの妹と義妹を加えて。

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