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冒険者と聖女  作者: 弓場 勢
一章 回り始めた歯車と潜む月
20/50

Fragments of Memory : Lake

 目を開けた。それがどんな行為なのか分からないけど、とにかくそう表現するのが適切だと何故かわかった。

 周りには知らないものがたくさんあった。生命力に溢れていて、すんすんと空気を吸ってみれば甘く瑞々しい香りがした。それが何か知らないはずなのに、それが木々の香りであり、周りは緑一色の森で囲まれていることがわかる。

 何故分かるのかが分からないけど、とても心地よい。そして落ち着く――――落ち着くとは何だろうか? そもそも私は私が分からない。とにかく感覚のあるもの全てを動かしてみようとした。


――――バシャンッ!!


 視界がぐるんと回った。回って何かに突っ込んだ、冷たい。と言うか、今しがた私がそれの中に立っていたということに気付いた。

 水である。何故か私に触れているものが水だと分かった。私が倒れたことによって水面には何重にも重なった波紋が出来ていた。


 段々と分からなかったものが分かっていく。それが何なのか分からないはずなのに、気付けば一つ一つ、思い出していくように記憶の中にすとんと積み上げられていく。

 波紋が収まり先程は上手く行かなかった四肢の操作を今度はきちんとこなす。それから、下に視線を落とした。小さく丸い双丘は肌色。一糸纏わぬ全裸体だ。手を見た――――同じ色だった。「おぉ……」と感嘆の声を上げる。

 自分の頬にぺたりとついた金糸を掴みとる。糸は水に濡れていて、見ている分には綺麗だが、肌に張り付いてる感触は気持ち悪い。


――――ので、引っ張った。


「いっ!?」


 痛い。糸を引っ張ったら頭に痛みが走った。なんと言うことだ、これでは糸が気持ち悪くて敵わない、と。私はいつからこんなに饒舌になったのだろうか?

 心なしか、先程より物が分かるようになったぶん自分の格好、状況、状態、全てが最悪である事がなんとなしに分かった。


 全裸かつ全身ずぶ濡れ、身体をぺたぺたと触ってみるもどこも冷たく感じる。

 自身の胸に付いた双丘。それは自分が生物と言う大きなカテゴリーの中の雌であること指している。全裸の女性が人気がないとはいえ森の、湖のど真ん中でずぶ濡れ。見るもの大騒ぎである。

 

 とにかく私は水の抵抗を受けながらも重い足をよいしょ、よいしょと動かして陸に上がった。

 何故かそこは周りより暗く、何故かと上を見上げれば影が出来ていた。大きな気によって光が遮られていたのである。

 寒い、とにかく寒い。水の中にいたときはそんな事は全く感じなかったの寒いと感じる。我慢できなくなった私は誰に向けてでもなく、ただ懇願した。


「寒い、よ……誰か温めて……」


 声はかぼそく、小さく、高い。少女の声だ。


『――――、――――――――?』


 何かが話しかけて来た。その声は不明瞭で上手く聞き取れなかったが、こちらを心配したくれた上でだと直感で分かった。私は「やった!」と口に出して喜ぶの堪え、声のした方へ振り向く。

 しかし、そこに生き物は居らず声の主も見当たらない。私の勘違いかなとしょぼんとしていたところに同じ声がした。


『君は、誰なの?』


 今度ははっきりと聞こえた。バッと後ろを振り向けばそこには色々な〝何か〟がいた。尾の先に火を灯す赤い蜥蜴、白い衣を纏った憂いを帯びた女性、緑髪に美しく透き通った羽を持つ妖精、手の平に乗るほど小さい老人。その他大勢が気付けば目の前だけなく私を囲っていた。

 

 それは好奇の目だった。害意はない、悪意もない。ただ、私のことを物珍しそうに見つめている。そのうちの赤い蜥蜴がぺたぺたと私に近寄ってきた。ちんまりしていて可愛い、というのは言わないほうが良いのだろうか。

 

「ちっちゃくて、可愛い」


 どうやら私の口はすこぶる軽いようだった。

 しかし、何か攻撃を受けるわけでもなく赤蜥蜴はただ笑った。表情が読めるはずもないが、朗らかに微笑んだ――――ように感じた。


『寒かったね、水霊はいつも加減を間違える』


 まるで呆れたかのような動作でやれやれと首を振っている。なにこれ、ほんと可愛い。

 赤蜥蜴は火霊(サラマンダー)と言うらしい、尻尾を私の方へ向けると炎が私の身体を包んだ。決して皮膚を焼くことなく、水だけを蒸発させていく。身体も暖まってきた。

 火霊の後ろでは水霊と呼ばれた女性が唇を尖らせ、(まなじり)を吊り上げていた。


『それは私のせいではありません』


 そこからは彼らと話したり、遊んだり色んなことをした。けれどその頃には私は完全に()()()()()()になっていた。彼らは精霊だ、私は精霊とは意志薄弱な存在として記憶していた。それがどうだ。話せば人の様に笑い――――彼ら以外に話せる者を知らないが――――とても愉快な存在だと分かった。


 彼らと暮らすようになって五日が経とうとしていた。いつだったか、黒い衣を被った名前のわからない精霊に、


『我らの兄弟姉妹でありながら限りある時に生きる者よ、我らは汝を――――』


 と言われた。最後の方はよく聞き取れなかったが、原因は分かっている。他の精霊に頭を叩かれて地中に埋まってしまった。精霊が地中に埋まるなど聞いたことは無いが彼らなら有り得そうだと納得した。そして五日も経てば羞恥心なるものが芽生え、定まっていなかった私の〝心の内〟も落ち着き始めた。


「恥ずかしいんだけど、葉っぱとかないかな……」


 そう言うと水霊と黒い衣の精霊だけが「ようやく気付いたのね」と言わんばかりにこちらを見てきた。精霊はこう言った事を気にしない。だが、私はそうでは無いし普段の姿に服も含まれる彼彼女ら(水霊と黒衣)だからこその反応なのだろう。本当に精霊は謎ばかりで良くわからないが、水霊が素材のわからない純白のワンピースをくれた。半ば押し付けられたような感じだったが、とても嬉しかった。


「……ありがとう!」


『どういたしまして……ふふっこうしているとまるで人の子のようね、私達』


 水霊が嬉しそうに笑っていると彼女の頭の上に妖精(シルフ)、肩の上に老人(ノーム)がちょこんと座った。


『ほほっ我らが母の眷属でさえ、今や儂らとここまで会話するのは困難じゃからのう……。精々一人二人が限界じゃろて』


 土霊(ノーム)は豊かに生えた髭を下へ扱きながら『ほっほっ』と朗らかに笑っている。一方風霊(シルフ)の方は小さな子どものようにプクッと頬を膨らませ、愚痴を溢した。


『全くよ……私達が話しかけてるのに無視するし、魔法使うときだけ良いように魔力だけ押し付けてくるんだもの、いやんなっちゃう』


 なんと、彼らと話していること自体が凄いのだと教えられ鼻が高くなる気持ちだったが、即座に水霊に諌められた。曰く『私達と話せるからと言って調子に乗ってはいけませんよ』と。


 そんなこんなで二週間の時が経った。朝は水を浴び、昼間は狩りや採集をしたり精霊達と遊んだり。夜は火を焚いて精霊達と寝る。

 そんな毎日が過ぎていく中、変化は訪れた。がさがさ、と草むらを掻き分ける音がした。私は野生の動物かな? と静かに杖を構えて音のする方へ視線を固定する。

 杖は自作で魔法は精霊達に教えてもらった。未だに本人たちの前で詠唱文を唱えるのは恥ずかしいが、飛ばす事のできない工程なので仕方がないと割り切っている。


「誰かそこにいるのか?」


 それは女性の声だった。女性にしては高くもなく低くもなく、落ち着く声だ。そして草と枝を掻き分け出てきたのは長身のスラリとした女性。

 長く透き通るような金髪を後ろで一本に束ね、緑がかった碧色の双眸は私に向けられている。


「君は……」


 私と女性の瞳が交差する。杖を持っていると言うことは彼女も魔法が使えるのだろう。警戒四割、好奇心六割と言ったところだろうか。なにせ、周りは神秘の象徴である精霊たちばかり。

 そこに突如として現れた彼女は私が出会う初めての生き物だ。それも言葉が分かる!


「え、えと私は……名前は無いんですけど最近この森で生まれた? 来た? よく分からないけど最近住み始めたものです!」


 何言ってんだこいつ。そんな目だった。恥ずかしさで顔が熱くなった。


「君もドルイド、だな……。いやしかし里に君のようなものは居なかったはず……」


 彼女はうんうんと唸っていたが、ハッと何かに気付いた様に辺りを見渡す。その視線の先には樹霊(ドライアド)や風霊、土霊。いくらかの精霊を除いて色々な精霊が集まっていた。


『三週間ぶりね、またこの湖に息抜きをしに来たのかしら』


 水霊は女性の前まで歩いていきにこやかに話し始めた。


「あ、あぁ……。いつの間に森の中にそんな子が……なんで教えてくれなかったんだ?」


『だって貴女の反応が面白いんだもの。ここにいるの殆どの精霊と話せるのは今までは貴女だけだったものね』


「はあ……」と疲れたように息を吐き、肩を落とした彼女は杖を下げて私に近付いてくる。怖い訳では無いのだが、無意識に後退ってしまった。

 

「すまない、怖がらせるつもりはないんだ。私はアリアだ」


 それからは私達の輪の中にアリアも加わるようになった。彼女はかつて冒険者というものをやっていたらしく、この湖畔周辺に住んでいる? 精霊たちは旅の途中で契約を繋いできた精霊たちなのだそうだ。アリアから聞く冒険の話は楽しかった。わくわく、どきどき、はらはら。彼女の冒険譚は鮮烈で彩り豊かだったのだ。

 

 幼い私は――――あくまで外見年齢が――――アリアの話に興味を惹かれ、次第に夢を持つようになった。砂しかない大地の話や、火を噴く山、峡谷の断崖絶壁に住んでいる竜人族の話に遥か東に存在する温かい湖の話。どれもが私の憧れになった。それからも数日に一回の割合でアリアは私達の元を訪れた。


「私達の里に来ないか?」


 ある日突然、そんな事を言われた。その頃になると、私はここではない何処かに憧れていた。ちらりと精霊たちの方を見やれば行っておいで優しく言ってくれた。ならば行かぬ道理は無し、背の半ばほどまで伸びた髪が立ち上がるのと同時に風に揺れる。


「そうだな、里に行くなら名前があったほうがいいか」


 アリアは空を見上げ「これは、いいな」と何やらひとりでに納得していた。それは少し気に入らないので私も釣られて空を見上げた。空には虹がかかっていたのだ。


「虹か……よし決めた! 君の名前は――――」

これにて完全に一章終了です!

次回からは二章に突入するので楽しみに待っていてください!!

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