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冒険者と聖女  作者: 弓場 勢
序章 虹色の面影
2/50

01 冒険者

 酒のニオイと陽気で音痴な歌。

 誰かが馬鹿やって騒げば、そら賭けだ。

 酒精に宴会、賭博と言えば酒屋の代名詞。

 ここに来る奴らはそれらを求めて、

 有り金引っ提げてやってくる。


 仕事終わりの酒盛りをする者がいれば、

 宿代を稼ぐ為に吟遊詩人が歌い出す。

 酔っ払いどうし、喧嘩を始めりゃ野次馬が賭け金(チップ)を机に積んでいく。


 砂漠と草原の堺の国アルクス。ここはアルクスの首都シルト。

 この国――いや、この世界には主に三つの階級がある。貴族、市民、奴隷。

 もちろん例外は存在するし、これは()()()の場合だ。しかし、いずれのどれにも属さない者達がいる。


 店台(カウンター)の横には掲示板がある。そこに貼られるものは様々だ。

 指名手配書もあれば、有名な娼婦が嫁いだなんて突拍子もない記事もある。

 そして掲示板の大半を占めるもの。それは依頼書だ。

 酒屋の主人に報酬の硬貨と自身の血で押捺した依頼書を渡す。そしてその依頼を酒屋を通して見ず知らずの誰かに解決してもらうのだ。

 

 こんな馬鹿げた仕組みを誰が思い付いたのかは誰も知らない。一つ言えるのは、どこかの誰かが勝手に始めた「依頼の委託」が国の法で定められたという事だけだ。


「これ、お願いします」

 

 ルークは掲示板に張りだされた一枚の依頼書を引き剥がし、店台(カウンター)にそっと置いた。それを見た店台(カウンター)越しの女将は一つため息をはいて、ぽんっと小気味よい音を立てて依頼書に押印した。


「あいよ。あたしゃ酒と料理を出すのが仕事であって仲介人じゃあ無いんだけどねえ」


「まったく……」と吐き捨てるように言いながら出来たての料理を給仕の少女に渡す。

 狼人族(ウル)の少女は料理をお盆に乗せて元気に声を張り上げて、机に突っ伏している男のもとへ向かっていった。


「あんた、何も食わないのかい?」


「それじゃ今の子が運んでいった料理と林檎酒でお願いします」


 先程まで仏頂面だった女将が「ほう?」と笑みを浮かべた。

 それも大変憎たらしい笑顔だ。


「懐が温まると口も緩いのかね? 銅貨七枚だよ」


「やっぱり林檎酒だけで」


 ルークがこの都市に来てから一ヶ月が経つ。そして女将とのこのやり取りも十回目だ。本日二度目のため息と共に女将が林檎酒を入れた洋盃(コップ)店台(カウンター)に置いた。

 代わりにルークは愚痴と銅貨四枚を一緒に渡した。


「同じ酒なのになんで麦酒の二倍も林檎酒が高いんですかね?」


「大陸の外から仕入れてるからだよ。あんたもたまには肉を食ったらどうだい? この国に来てからまともに食ってないだろう?」


「外で狩った奴食ってますから」


「冒険者ってやつは……」


 冒険者。前置きが長くなってしまったが、これこそが三つの階級のいずれにも属さない者達である。もちろん、貴族や王族の権力に逆らえるわけではない。

 しかし、彼らは酒屋で依頼を引き受けるだけでなく、町や都市の外に蔓延る怪物――即ち魔物を討伐する事で生計を立てている。

 

 魔物の皮、牙、爪、角、その他諸々。魔物の各部位は武器や防具だけなく、あらゆる道具の材料としてとても重宝されているのだ。

 

 世間の目は暖かくもあれば冷めてもいる。

 それでも国は軍隊を利用せずとも魔物を間引くことができ、また流通も潤う。

 冒険者達も誰にも邪魔されることなく自分の夢を追い求めることができる。

 自由気ままに、気の赴くままに旅する。

 まさに夢追い人の集い。それが冒険者だ。


「あんたもその歳でなんでまた冒険者なんて……」


「良いんですよ。俺はこれで」


 今宵も酒屋は喧々囂々(けんけんごうごう)としている。手元の林檎酒は半分も減っていない。普段頼んでいたのより辛口だったのだ。

「その銘柄も良いだろう?」と女将が意地悪く笑う。

 ルークは残りの林檎酒を一息に呷って席を立った。喉をひりひりと灼く感覚にこれはこれで良いかな、と思ったのはまた別の話だ。


         ♢


 ルークが向かったのはシルトから東に馬車で五日掛かる辺境の村だ。

 村の名はセレイロ。この村は野菜の生産地として有名で、村の周辺は広大な農地が広がっている。

 小麦やかぼちゃ、芋など他にも様々な野菜が採れるらしい。

 道中で泊まった町や村で必要な物資を買い込み五日目。何故か村までは送れないと御者に言われたので運賃を払って今は徒歩だ。

 

 歩きながら手元の依頼書の中身を再確認する。依頼内容は村の裏手の森に住み着いた魔獣の群れの討伐。

 こういった依頼は二人以上で行動するのが冒険者の常識なのだが、残念ながらルークにそんな仲間はいない。


 穏やかな風が畑の上を転がり、黄金色に輝く麦穂が揺れる。燦々と輝く太陽の温もりが、四の月が始まったばかりのこの時期には丁度よい。そうして小麦畑を割るように出来た(わだち)の上を歩くこと四半時。

 瞳に映った光景は聞いていた話とは全く異なるものだった。


「これは……」


 無残に引き裂かれた柵。

 木板で無理やり補強した民家。

 地面に残る大小様々な足跡と爪痕。

 鼻を突き抜けるような腐敗臭。

 地面に染み付いた血の跡。


 到着した村は道中の綺麗な畑とは打って変わって死臭腐臭が漂う廃村だった。

 しばらく茫然としていると、目の前から隻腕の老人が杖をついて一人歩いてきた。


「お客人、済まないね。こんな有様では大したもてなしも出来そうにない」


 老人――この村の村長――の家に案内されたルークは、水の入った洋盃(コップ)を口に運んだ。


「俺は討伐依頼を受けてやってきたんですが、これは魔物が……?」


 村長は「そうか、お客人が……」と一言呟くと、自身の洋盃の縁に口をつけた。

 視線は洋盃の中の水面に向けられており、どこか瞳は揺れているような気がした。


「依頼を受けてくれたことに感謝を。だが、相手は魔狼の群れだ。冒険者さん、あんた一人で行くつもりかね?」


 ぐっと言葉に詰まる。返す言葉が存在しない。


「俺は一人ですが、準備はしっかりしましたし――」


「準備をしっかり整えても所詮は一人の力。遠くから魔法で狙い撃ちするのが十八番の儂ですら、数の前では何の役にもたたなんだ。そんな魔獣達を相手に剣士一人では勝ち目などないじゃろう」


 咄嗟に口から飛び出した言い訳は綺麗に切り捨てられた。だが、ルークはその言葉に対して反論を展開することはできなかった。


 顔には深い古傷があり、残っている右腕の薬指は半ばから欠けている。それだけでも目の前の老人が戦いに身を置いた経験のあるものだと察せられる。村長の言葉には充分な重みがあるのだ。

 だが、ここで引いてしまえばルークには生活する為の資金が無い。


「僕にも生活が掛かってるんです。それに全くの勝算が無いわけじゃない」


「儂も依頼を出しておいて無礼勝手は承知。それでも分かりきった死地に、前途ある若者を一人で送りたいとも思わんのだよ」


 しばしの間沈黙が訪れた。どちらも引く気配は毛頭ない。どれくらいそのままだっただろうか。数分、数十分、もっと長いかもしれない。

 気付けば洋盃の中の水はぬるくなっていた。

 先に深くため息をついたのは村長だった。

 

「……儂の知る限りのことは教えよう。冒険者は皆、命知らずじゃ。あんたも止めた所で森の中へ行くのじゃろう?」


「ありがとう御座います」


 丁寧に礼をしたつもりだったが「そう言うのは良い」と軽くあしらわれてしまった。

 村長は当時の状況を思い出してか、沈痛な面持ちで話を始めた。 


 二ヶ月ほど前、村一番の剣士が忽然と姿を消したそうだ。夜に眠り、朝起きたときには彼の部屋はもぬけの殻だったそうだ。

 剣士は村の衛兵としてとても優秀だったので村は相当の騒ぎだったらしい。

 それからも日を追うごとにまた一人、また一人と村人が姿を消したのだという。

 ついには剣士の妻まで行方を眩まし、村から姿を消したのは七人にまで増えてしまったらしい。


 悲劇はそれだけでは無かった。

 不幸にも村を魔狼の群れが襲った。

 群れとしての規模は大したことは無いらしいが、小さな村だ。

 魔狼は群れを為して夜に狩りを行うため、護り手の居なくなったセレイロ村の人々では太刀打ち出来なかったのだ。


 魔狼の厄介な点として、自分達より上位種となる魔狼を群れの長にする習性がある。

 今回の群れの長は、双角魔狼(ローヴォルグ)

 その体は民家より大きく、前腕は丸太のように太い。それに比例するように爪も大きく鋭い三日月形をしている。

 そして名前の由来となる一対の角。

 側頭部から左右対称に生えていて、

 牛のような角は引っかかっただけで致命傷だ。


 最初の魔狼は、村長と村の男衆でなんとか倒したらしい。

 しかし、彼らの後ろから双角魔狼(ローヴォルグ)が登場してからは形勢が逆転してしまった。

 男衆はなす術も無く、命の灯火を消され。

 村長の片腕もその時に失ったものだという。

 そして最後にもう一匹。


「子狼、ですか」


 村長は難しい顔で頷いた。


「そうだ。本来魔狼は群れで獲物を襲うとき、子狼(こおおかみ)は巣に置いてくる。だが、あの群れの中には確かに小さな魔狼が一体いたのだ」


 村長は俯きがちにそう呟いた。

 今回の依頼の内容は確かに一人では手に余る内容かもしれない。

 かと言って今更シルトから馬車で片道五日もかかるここから何もせずに帰るというのは少々、いやかなり困る。

 ルークには宿に泊まる金すら無いのだ。

 今晩はセレイロ村で泊まらせてもらえるとしても、野宿が続く日々というのは中々に堪える。

 どうしようかと迷っていたところ、村長の視線がある一点に注がれているのに気付いた。

 じぃとルークの左腕を見つめているのだ。

 

「鉄の腕か」


 咄嗟に左腕を庇うように身を引いてしまった。義手の部分は服で隠している筈なのだが、何故わかったのだろうか。

 そんなルークの疑問を見透かしたかのように村長は指を指して呟いた。


「油が切れておるようじゃな。腕を動かすときに僅かに金属の音が聞こえるぞ」


 どうしてそんな本人すらも気付かない音に気付けるのか非常に気になる。

 この老人、実はかなりの実力者なのではないかと頭の隅で考え始めてしまった。

 ルークも義手のことは隠しているわけではないので、特に濁すわけでもなく、ありのままを伝えた。


「五年ほど前に故郷で魔物に喰い千切られてしまいまして」


 触覚の無い左腕をさすりながら、苦笑を浮かべて答えた。


「そうか」


 再び沈黙が訪れる。


「森に入るなら早朝にするんじゃな。今晩はこんなボロ屋で構わなければ一部屋貸そう」


「ありがとう御座います」


 案内された部屋は掃除の行き届いた質素な部屋だった。あるのは必要最低限の日用品の他に剣、盾、鎧。

 そして場違いなほどに目立つ、

 花の挿された花瓶が一つ。

 最初に居なくなった剣士は村長の娘の婿だったそうだ。

 部屋に残っているものはその名残だろう。

 ルークは簡素なベットに身を投げ出した。

 ベットに寝るのは実に()()()()だろうか。

 決して上等なものではない。

 それでもルークの意識は、

 驚くほどすっと暗闇の中に落ちていった。


         ♢


「ここがドゥルの森か」


 ドゥルの森はセレイロ村の裏手に広がる広大な森林で、樹木の大半が巨大な(オーク)の木だ。

 そしてドゥルの森には『森の守護者(ドルイド)』と呼ばれる種族が住むと言われている。何でもとても美しい見目で、男女ともに透き通るような、白に近い金髪なのだとか。


 ドゥルの森は美しい。辺りにそびえる樹木は、建物の高さにして四……いや、小さな城くらいはあるかもしれない。

 長い年月をかけて作られた自然の光景を見ていると不思議と心が洗われるようだ。

 周りには苔や様々な色の花々が咲き誇っている。中には滅多に見ない翡翠色の花まで咲いていた。

 それらの光景はまさに神秘と言う言葉が相応しい。


 元々、この森には森の守護者(ドルイド)に関する伝承のおかげで、人の手が加わることはないのだとか。

 仮に密猟者や盗賊のような輩が侵入したとしても、翌朝には身ぐるみ剥がされて村の外に打ち捨てられているそうだ。

 この森はそうやって美しい自然を保ってきたのだろう。木々の間を縫うように歩いていたルークは上機嫌で、これから魔獣討伐に行くとは思えないほどに気が緩んでいた。


 ――ガサッ


 後ろで(くさむら)の揺れる音がした。声を出さず、静かに刀の柄に手を添えた。

 振り返るとそこには大きな鹿がいた。どのくらいかと言えば、少なくともルークの身長の二倍以上はあるだろう。


「は?」


 刺激しないようそろり、そろりと音を立てないように、何歩か後退る。

 何歩か下がったとき、途端に興味を失くしたのか、大鹿は叢の中に消えて行った。


「幻獣? いや、半幻獣か。下手したら魔狼よりおっかないじゃないか」


 一人でいるとどうしても暇になってしまうもので、最近は独り言が酷い。

 何かが起こる度に独り言を呟いてしまう。

 この悪癖はとある大陸で一人旅をしていたときについてしまったもので、中々治せず苦労している。気を引き締めるために一度、パンッと両頬を張った。


「よしっ」

  

 それからは森の奥へ奥へと進んで行った。

 森の中に獣道のようなモノは見かけず、道と呼べるものも当然ない。おかげで製図の必要は無くなった。


 しかし、これと言った収穫も無く、森の中で既に一夜を明かしてしまった。

 生き物も最初に見た大鹿以降は普通の野生動物としか遭遇しなかった。


 これでも出鱈目に進んでいる訳ではなく日の出る方を目安に進んでいるのだが、見つかるのは果物や綺麗な花のみ。

 ――おかげで食料には困らないのだが。

 魔狼が動き出す様子は一切無い。

 二日目は森の中で見つけた湖を拠点に周辺を探索することにしたが、結局成果は出ず。

 日が暮れてからの探索は自殺行為に等しいためとぼとぼと拠点への帰路につく。


「今日はこの湖畔で野宿かな」


 日も沈みきると、いよいよ森は神秘的な様相から肉食獣の狩場へと変化する。

 何も脅威は魔物だけではない、暗い森の中で大型の肉食獣に襲われればただでは済まない。

 自分は冒険者だからと高を括っているとすぐに寝首をかかれてしまう。


 ルークは、自分はそうならないようにと火を起こす準備をすすめた。

 枯れ枝と枯れ草を一箇所にまとめ、背嚢から取り出した火打ち石で枯れ草に火をつける。

 火は虫除けにも動物避けにも使える万能なものだ。もちろん日常生活にも無くてはならないものである。


「よし、これで寝る準備が整ったから後は夕飯の支度だけだな」


 せっかく湖畔を拠点にしたのだから釣り竿を作って魚でも獲ろうかと思ったときだった。

 ふと、違和感を覚えた。聞き慣れない音がする。ミシミシと何かが軋む音、そして遠くから聞こえる風切音。


「足が……!?」


 気付いた時には既に遅く、ルークの両足は下から生えた木の根にがっしりと押さえつけられ身動きが取れなくなっていた。

 その場から離れようと足を動かそうとするがぴくりともしない。

 そうこうしているうちにもう一つの音は急速に近づいてくる。

 仕方なく横に跳んで回避することを諦め、

 上体をできる限り後ろに反らした。

 直後、湖の向こう側の低木が一本、風を切る音と共に横一文字に切断された。


「風の魔法か……!!」


 それを放った者の姿を視認するために上体を即座に起こし、周囲を見渡す。

 

「貴方は誰」


 声が聞こえたのは意外にもルークの正面。

 凛とした声に惹かれ、

 暗闇に慣れぬ目で声の主を探す。


 月明かりに照らされてその顔が顕になる。

 そこには恐れのような、或いは戸惑いを顔に滲ませた少女が立っていた。

 透き通るような金髪に、

 緑がかった碧色の瞳を持った少女が。


「アリス……?」


 ルークは、居るはずのない幼馴染の名を口にした。

2020/03/13 このエピソードは改稿済みですが、おそらく最新話と固有名詞について齟齬が発生していると思います。

それに関しては逐次、他の話も改稿するので許してください。


ギルドの設定は全く活かす機会が無いのでロマンあるものに変更しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ読み始めですが、とても重厚なストーリーですね! 難しい言葉で書かれていても、理解出来る程描写が上手だと思います! 全体的に重い雰囲気ですが、凄く引き込まれました。 読み続けます!
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