12 満月の刻まで
ルーク達がヴァルヴェレを離れてから一週間が経つ。依頼をこなす傍らでノエルの妹であるミシェルを探すも大した成果は得られなかった。
唯一の成果といえばミシェルが以前に働いていた店の人達が捜索に協力してくれることだろう。
果物屋に花屋、料理店。様々な店を掛け持ちしていた彼女はそれぞれの従業員達からの好かれており、事情を伝えると快く捜索の協力を受け入れてくれた。今はシルトから東に離れた森に突如現れた魔獣の群れの討伐を受け、問題の森へ向かっている最中だ。ガタゴトと馬車が揺れる中、ノエルはぼうっと空を眺めている。
「妹が心配か?」
ルークは心ここにあらずといった様子のノエルに声を掛け、彼の隣に腰掛ける。
「ええ、それと妹が色んな人から好かれていたのも驚きといえば驚きでした。昔はあまり笑う子でも無かったので」
ノエルは荷物の中から水筒を取り出し、中身を少し呷る。その瞳の奥は相変わらず淀んでいて何を考えているのか分からない。分からないがゆえに不安にもなるし心配もしてしまうものだ。
ノエルの妹の生死は未だ分からないが、生きていて欲しいとは思う。大切な人が居なくなるのは辛いものだし、それがどうしようもないと納得できるほどの理不尽でなければ尚の事。自分にはまだ何か出来たのでは無いかと、あの時の選択を誤らなければと。
前を向けばアイリスも心配そうにノエルを見つめている。
目的の森は名のある森ではなかったがゆえに今まで放置されていたのだが、それが仇となった。街道からも離れており魔物が住んでいても気にすることはないとたかを括ったのだ。結果、あり得ない数まで魔物たちが増えるまで誰も気付かぬ始末で、以前にも何組かの冒険者が討伐に赴いたのだが殆どが全滅した。数少ないひと握りの生還者たちは皆、気をやってしまって事情を聞けるような状態では無いという。
「つ、着きましたよ。それじゃあ私はこれで失礼します!!」
御者には森に一番近い街道まで案内してくれと頼んだのだが、もう少し近くまで寄せてくれたらしい。いくら遮蔽物の少ない草原とはいえ有り難い話だ。当の本人はルーク達を降ろすやいなや来たときとよりも速く馬を走らせ、シルトの方へ向かっていったのだが。森の方を見ると既にいくつかの視線がルーク達を捉えていた。
「さて、早速だね。本当に魔獣ってのはせっかちなやつばかりで困るよ」
「ルークがそれ言うの……?」
森はもうすぐ目の前に迫っている。木々の間からは幽闇が顔を覗かせており、森の外縁部付近の叢の中からは複数の気配。獣特有の臭いが鼻腔に突き刺さる。
「俺はいつもどおり前に出る。ノエルは後衛の守護、アイリスは支援を頼む」
「うん」「分かりました」二人は返事をするのと共に行動を起こす。三人で一列になり、アイリスが最後尾でノエルが真ん中に移動する。森の中に入ればこの二人が逆になるが今、敵は目の前にいる奴らのみだ。
「アイリス、奴等を叢から誘い出してくれ」
後ろを振り向くと、こくりと頷いたアイリスが杖を翳し力ある言葉を紡ぐ。
「踊る雷光。その身は諸刃の刃となりて地を駆ける。迸れ、雷霊」
空は雲一つ無い晴天だ。にもかかわらずどこからか現れた雷は蛇のような姿を取り、大地に突き刺さる。瞬間、雷光は周囲に四散し、まるで蜘蛛の巣のように雷が地を這った。
「ギャウッ!?」
ルークは当初、魔物の群れと言っても二十やそれを少し越えるくらいだろうと考えいた。しかし、実際に現れた魔物の数は、
「先頭にいる奴らだけで二十越えてる。後で謝らないとな……」
最初の餌だけで予想以上に釣れてしまった。ルークは刀の切っ先を一番先頭にいる水馬に向け、最速の攻撃にてその眉間を貫く。さらに返す刀で水馬と並走していた枝角の馬の首を斬り飛ばした。
アイリスの魔法にやられて表に出てきた魔物はざっと五十は超えているだろう。三対五十以上などまともに戦っていては勝ち目などない。
「アイリス、全力で魔法を撃て!! ノエルは俺とアイリスの援護だ」
片や杖を構え、片や大地を駆け抜け槍を振るう。ルークは後方に撤退しながら魔物を一撃で殺せるように務めるが、如何せん数が多すぎてきりがない。
「――――氷雪纏う鷲、氷を操る者よ」
ノエルはルークを無視してアイリスに一直線に突っ込んでいった人喰鬼の頭を石突で強引に弾き飛ばし、人喰鬼の残った下半身を同じ様に突っ込んでくる魔物達に蹴り飛ばしている。相変わらず槍の刃を使う事に抵抗があるようだが今は叱っている余裕など無い。
「貴方の嘴は鉄を穿つ、蒼き槍。羽根は空を切り裂く蒼き剣――――」
半分以上は足の遅い魔物で助かった、と言うのがルークの感想である。最初に殺した水馬や枝角の馬の様な脚の速い魔物も確かに何頭かいたのだがなんとかアイリスの元に辿り着く前に倒せた。残りは決して遅いわけではないが先の魔物達に比べれば愚鈍なものだ。アイリスが一気に殲滅してくれるだろう。そんなことを思っているうちに彼女の詠唱も終わったようだ。
「その身に纏う堅氷は必中の鏃となるだろう。貫け、氷霊」
氷塊――――否、氷の鏃が、槍が、剣が空を覆い尽くす。矛先は勿論魔物達に向けて。三十余りいた魔物達はその身に穴を穿ち、或いは腰から上下の別れたれた。彼女は良い気分ではないだろうが、魔法がどれだけ恐ろしいかが良く分かる有様であった。
「取り敢えず初戦は終えたけど、ごめん。しっかり索敵を頼むべきだった」
元はといえば索敵手段があったにも関わらずルークが誘い出しを指示したがゆえの窮地だ。下手をしていれば、全滅コースだ。流石に怒られるかなと顔を上げると二人揃ってきょとんとしているので意図が分からず、ルークも相当間抜けな顔を晒してしまった。
「あ、あのねルーク。実は私が魔法の範囲の調整を間違えちゃって……。それで森の中にまで雷が届いちゃったの」
「だから全部が全部ルークさんのせいじゃないんですから。アイリスさんも、ここは何とかなったんだから次から注意するってことここ話しは終いにしましょう」
「ああ……」「はい……」まさか三人の中でも一番年下――――あくまで見た目のみ。長命種は外見で歳が分からない――――だと思っていたノエルに諭されるとはなんとも情けない話だ。
「ありがとう。次からはもっと気をつけるよ」
「はい、そうしてください」
ノエルの笑顔が初めて眩しく見えた瞬間だった。
♢
三人は水を飲んだり携帯食料を口に運んだりと小休止を取ったあとに森の中へと足を踏み入れた。アイリスの魔法が森の中にまで届いていたとしても全域では無いのだ。小さな森だとは聞いていたが人の大きさと比べれば遥かに広大なのも事実。屋根のように枝と葉が重なり合う森の中は暗く先が見えない。仕方なく提燈に火を点けたがルークもまさか森の中で、それも昼間に提燈を使うことになるとは思わなかった。
「提燈があって良かったですね……。全く見えないです」
「私が全部誘き出したせいで魔物の気配も周りにないね」
ルーク達は現在森の中を彷徨っていた。この森は広大な草原の中にぽつんと現れたかのように形成されている為、真っ直ぐ突き抜ければ脱出は出来る。しかし、それでは依頼が達成出来ないのだ。それに獣道すらない森では製図も意味を成さない。
「ん、奥の方が少し明るいな。二人とも、すぐに対応できるように構えよう」
ルークも刀を抜きながら慎重に歩を進める。上から光が差し込んでいるのを見るにその場所だけ倒木等が理由で拓けているのだろう。一歩、また一歩と近づくたびに新たな情報が増えていく。
枯れ木がパキパキ、バキバキと折れる音。鼻の奥を刺激する獣臭、荒い呼吸に唸り声。ルークは無言のまま提燈の火を消した。更に近づき新しく入手した情報は視覚ではなく聴覚によるものだった。
「イ゛ァ……オ゛ロ゛…………イ゛――――」
意味の無い文字の羅列。その声音に意思のようなものは感じられない。ならばこの音は何だと言うのか、それはもう一歩足を踏み出した先で明らかにされた。
「ひっ……」
アイリスが小さく悲鳴をあげ、ノエルは目の焦点が合っておらず、呼吸が浅くなっている。この場合ルークにできる事は少ない。こんな時にどう声を掛けるべきか、その判断を下すことができない故に、
「一度大きく深呼吸をして目を瞑って、今回はこのまま見過ごす」
もはや青を通り越して白い顔になっているノエルはこくりと頷くと目をぎゅっと瞑った。まるで何か嫌なものを思い出したかのように蹲る。
しかし、酷な事をと思うかもしれないがこうしていてくれた方が発狂されるよりは遥かに安心だ。そしてアイリスにも「無理はするな」と声をかけたルークは目の前の光景を観察する。人と魔物が合体したかのような謎の肉塊を。
まず分かったことは先程、枯れ木の折れる音と思っていたのは肉塊が骨を無理やり変形した際にそれを折ったときに響く音であった。最初は人の様な姿をしていた肉塊もやがて言葉のようなものすら発することなく、その身を異形のものへと変えていく。角が生え、鱗が全身を覆い、理性を失い血走った眼が爛々と輝く黄金の瞳へ変化していった。程なくしてその身体を包み込めるほど巨大な翼が背の中央から一対生え、目の前の異様な光景は一旦幕を閉じた。
「人の身魂を魔物に変える魔法……?」
ぱっと頭に思い浮かんだのはそれだけであった。肉塊だったものは今や立派な翼と鱗を持った竜になり、ルーク達に気付くことなくその場を去った。
「まさか、この森で魔物が急増した理由は……」
時は少しばかり遡り、城塞都市シルト遠郊の町村では住民達が次々と行方不明になる報せが後をたたなかった。姿を消した人たちは皆揃って重い罪を犯した者や横暴な地主などであったが、領主や周りの住民からすれば恐怖以外の何者でもない。結局、行方不明の報せがシルトに届く事はついぞ無かった。
♢
ルーク達が森にやってくるより一週間ほど前。そこではとある実験が行われていた。
「月の胎児、狂気の子よ。秩序は混沌へ、理性は野生へ。木になる実は地に落ち、やがて腐り果てるだろう。砕けて溶けて入り混じりその身を落とせ」
コルデーはとある魔法の詠唱を行っていた。目の前には攫ってきた奴らのうちの一人がいる。禿頭で痩せ型の男だ。なんでも一家全員を刺殺して出てきた言葉が「刺されたやつが悪い」とのことでどうせ死刑にされるならと言うことで何も無い森まで引きずってきた。
「っ……なにをしたんだ!?」
「私が今唱えたのは精霊に力を借りる魔法ではなく、人類が編み出した本物の魔法。人を魔物に落とす魔法よ」
男の顔が一瞬で青褪め、恐怖のためか歯の根が合わずガチガチと音を鳴らしている。変化はゆっくりだったが確実に男を侵食していく。
「ひっ……何だ、何なんだよ!!」
コルデーは一番嫌なパターンだろうなと心の中で思う。男の身体はスライムの様にどろどろに溶け、皮膚の色は黒く艶のあるものに変化していく。肉が、骨が、臓腑が溶ける感覚は到底人に耐えられるものでは無い。しかし、この魔法は人から魔物へ変える魔法であって反動に耐えきれず……などということは無い。
「あぁああああああああああああ!?!?」
みっともなく糞尿を撒き散らしながら、痙攣し泡を吹く。ここまで酷い有様でも死ぬことはおろか気を失うことさえ許されない苦痛。やがて男の声は意味を成さない単語の羅列に変わり、更に時を経て意味のある単語を発することも無くなった。
そこに居るのは一人の人間の男であった魔物だけだ。何本もの触手が球になったような見た目の魔物で名は確か千の触手という魔界でも嫌われている魔物だ。
「終わったか?」
ふいに後ろから声を掛けられる。艶のある黒髪に深い海の様な青の瞳。コルデーのよく知る顔だった。
「ええ、出来上がったのは元の人間よろしく最悪なのだけれど。魔法の制御は完璧よ、本番はこれに選定と広範囲化も組み合わせなきゃって思うと憂鬱ね」
魔王の問いに答えながら、片手で千の触手を炎で焼き殺す。こんなものと一緒にいたくないというのもあるが、ああいう手合いは否応なしに過去を思い出させる。
(まったく不愉快極まりない連中)
「それで貴方はどうするの? 見ているだけ?」
「いや、我は少し調べるべき事があるゆえ別行動だ」
「そう、それじゃ私は私用を済ませてからシルト全体に魔法を掛けて対象に魂の移譲を施すわ」
「分かった、それでは後にな」
魔王は音もなく姿を消す。ちらりと地面を見れば千の触手の残骸がピチピチと跳ねているのが見えた。嫌悪感はさらに上昇する。無言で残骸を睨めけ、心の中で強く願う。即ち「燃えつきろ」と、残骸も黒い灰を残して消え去った。
「サラン、シルトの近くまでお願いできるかしら」
あんなモノには一瞥もくれてやる必要は無いと、空を見上げ相棒に問い掛けた。
『分かったよ、コル』
サランの身体が大きくなり巨大な錦鶏の姿になると、コルデーはサランの背に乗った。
森を飛び発ってからたった半刻でシルトについたコルデーはとある小屋の前に立った。見た目は今にも崩れそうな木製の平屋だ。正直、子供が体当たりでもしようものなら崩れてしまうのではないかと思うほどの見た目である。
しかし、コルデーが扉を開くと一転。中は豪奢でもなければ頑丈な造りをしている訳でもないが、外から見た家と同じものとは思えないほど綺麗に整えられていた。
『コルじゃなきゃこんなの三日維持するだけで倒れちゃうよ。君も無理はしないでね』
「分かってるわよ、それにここに軟禁するのは今日で最後よ」
サランと会話をしながら家の奥にある扉の前に立つとコルデーは扉に向かって人差し指を出し奇妙な模様を描く。指先には魔力を込めており、その文字にも同様に力が注がれていく。カチリッと音がしたと同時にキィと音を立てて部屋の扉が開く。
「私は人質なのに随分と甘い監視なんですね」
床に視線を落とすと、少女を監視するために設置した石人形が粉々に粉砕されている。部屋もまるで雷が壁や天井、床を這ったかのように黒い線が幾筋も走っている。石人形が弱いわけではない。並の魔物だったら一撃で叩き殺せる程の怪力人形がそうそう負けるはずもないのだ。
「雷の魔法ね。私の用意した石人形を壊すなんてよほど精度がいいのか魔力が高いのか」
「そんなことはどうでもいいです。兄さんに何を言ったんですか?」
少女――――ミシェルはずいと片足を突き出すとコルデーに詰め寄る。この行動力といい、真っ直ぐな目といい、とても十五を超えない少女のものとは思えなかった。
「ちょっとだけね、とある人に短剣を刺してもらおうと思っただけよ。私が行くより遥かに信用してもらいやすいし」
「なっそんなの……。自分でいけばよかったじゃないですか!!」
勿論コルデーは一度自分自身で実行しようとした。二又の尾では十中八九怪しまれるので顔と尾を隠した上で夜中に奇襲を仕掛けたのだ。
しかし、対象であるドルイドの少女はともかくいつも近くにいる白髪赤瞳の男、即ちルークの感覚が強過ぎたのだ。同じ部屋に寝泊まりしていたというのもあるだろう。
しかし、コルデーは足音どころか気配や殺気すらも隠して動く事ができるのだ。それだと言うのに短剣はあっさりと受け止められ、撤収を余儀なくされること三回。いい加減手段を変えるべきだと思った矢先にノエルがいたのである。
「都合が良かったからよ。それに……」
「それに?」
はっと口元を覆う。今なにを言おうとしたのかわかった瞬間自分を呪いたくなる。
(違う、この子は違う……!)
自分にそう言い聞かせ心を落ち着かせる。
「なんでも無いわよ……。夕飯を用意するわ」
本当は人質相手にこんな事をする必要はない。
サンドウィッチに色々な野菜と鶏肉を混ぜたスープに紅茶、平民にしたって豪華な夕食である。サンドウィッチが夕飯に食べるものか等の下らない議論は置いておいて、それらを食卓に並べる。
因みにミシェルが大人しく従っているのはどう抗ってもコルデーを殺せないのが一つ。そしてもう一つはこの家そのものが一種の結界であり、石人形を破壊した魔法より強力なものを何発叩き込んでも罅すら入らなかったからである。だから、ミシェルはせめてもの嫌がらせとしてはコルデーのとある行動を指摘した。
「また、サンドウィッチは甘めなんですね。紅茶もわざわざ高いのを使って、大切な誰かのために態々用意しているみたいに」
ピクリとコルデーの耳が揺れる。
「貴女が私に料理を出すときの表情は」
「やめて」
「親しい誰かにこれを出すのが嬉しくて堪らない。愛おしい人に――――「やめなさい!!」
コルデーの悲痛な叫びにも似た声が響く。その変わりように流石にミシェルも驚く。まさかここまで効くとは思わなかったのだ。
「あの子はもういないッ!! ミシェルは殺されたのよ!!」
続いて出てきた言葉はもはや悲鳴と大差ない。ミシェルは混乱していた。突然出てきたもう一人のミシェルの存在も、目の前で涙を流して怒りに震えるコルデーの姿がとても醜悪で残虐な堕ち人とは思えないことに。息を切らす彼女を見て合点がいった。
目の前の彼女にはミシェルという名の大切な誰かがいたのだ。それが友人なのか家族なのかはわからない。その面影を天翼人のミシェルに重ねてしまっているのも。
「……ごめんなさい。冷めないうちに早く食べましょう」
こうして何だかんだ優しくしてくれるのも結局はそこに行き着くのだろう。ミシェルとコルデーは思い沈黙の中、夕飯を終えるとそれぞれの寝台で眠りについた。
それから数日の間は二人で寝食を共にした。誘拐犯と被害者が大人しく普段通りの生活をしているのはかなりおかしな光景ではある。しかし、コルデーのやる事と言っても殆どの下準備が終わってしまったためやることが無いのだ。
要は上司の指示待ちである。
「なんで私にこんなに優しくするんですか? 人質なら適当に縛って隅に放って於けばいいじゃないですか」
彼女を連れ去ってから四日が経った頃だろうか。突然そう問われたコルデーは喉に出掛かった言葉を引っ込め、咄嗟に思いついたのを新人役者が慣れない台詞を読むかのように言葉にした。
「貴女が奇襲を掛けても私には勝てないし、それは屋内の結界も一緒。だから縛る必要もないのよ」
口が避けても「性に合わないから」などとは言えない。今言った事も事実ではあるが本心ではない。
「あの子も今頃生きていたら……」
「え?」
心の中で呟いたつもりだった。しかし、目の前のミシェルにははっきり聞こえていたらしい。
「あの子が生きていたらって……」
しまったな、と思った時には遅い。何てことはよくある事だ。無理に隠す事でもないと思ったコルデーは話そうかと迷い、目を閉じる。
目を閉じればそこには懐かしくも残酷で非道で憎悪にまみれた情景が映っていた。