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冒険者と聖女  作者: 弓場 勢
一章 回り始めた歯車と潜む月
13/50

11 コルデーと魔王

 ノエルの襲撃事件の翌日。ルークとノエルは朝方に宿に戻り、ほんの数十分の睡眠を取った。アイリスは一度寝ると中々起きないのは相変わらずで、机に突っ伏したままというのも可哀想なのでベッドに移動させておいた。それから日が昇り、町にも活気が出てきた。

 皆が起きた頃にノエルはアイリスに昨夜の出来事を話し、謝った。しっかり腰を曲げて最敬礼の形で「すいませんでした」と。これに対しての本人の反応は意外なもので、ノエルを抱擁し頭を撫でる。アイリスの方が若干背が高いので姉弟のように見えなくもない。


「そっか。辛かったね、謝ってくれてありがとう」


 ノエルはさぞ驚いたようで目を丸くしてアイリスを見つめている。最近はこのような事ばかりでそろそろ耐性がついてしまいそうだ。彼女の行動は予測できないものばかり故、逆に予想がついてしまうのだ。当のアイリスはきょとんとしていて、自分が襲われたという事が分かっていないのではと心配になる。


「私が狙われたのにそれの巻き添えを喰らってしまったのなら私にはこれ以上のーくんを責める資格なんて無いんだよ」


 流石にそんな事は無かったがアイリスにとっては自分のせいだと思っているのだろう。このなんとも言えない空気をどうにかするだけの力が無いことにルークはやるせなさを感じる。ノエルも同じ気持ちなのではと意味もわからない期待を寄せながら彼を見る。


「っ……ありがとう御座います」


 一人でもやもやしているうちに二人の和解は終わっていたようだ。自分だけがうだうだとしていたのだと気付いた瞬間、心の中を妙なもやもやとした言いようのない気持ちが渦巻き始めた。

 三人は宿を出てシルトへ帰った。翌日から二週間、何も起こらず三人のただ依頼をこなす日々が続いた。その間、ルークの心の中を支配していたのはコルデーと名乗った魔族のことだった。


          ♢


 私はこの空気が(すこぶ)る嫌いだ。今いる会議室は円形の部屋でそこそこ広く、天井から吊り下げられた燭台がいくつも付いた照明で全体を照らしている。この照明は人の世ではなんと言ったかは忘れてしまったが。

 私の座っている席からは左右に四人ずつの魔族が椅子に腰掛け、円卓を囲んでいる。その視線は私に向けられ、身体にねっとりの絡みつくようで非常に気分が悪い。そして本来はこの九人で会議をするのだが今日は私の対面座席にもう一人座っている男がいた。


「戻ったか……。魂の移譲は上手く行ったか?」


「いえ、対象の仲間に邪魔をされてしまい今回はその報告に」


 周囲から失望と諦念の声が聞こえる。皆思っていることは同じだろう。『こんな小娘には何もできるはずが無い』と。心の中の同居人の怒りが燻っているのを感じてそっと「落ち着いて」と宥める。男はそんな周囲の反応など気にするべくも無いと私を見つめて言葉を返す。


「ほう、その仲間の名と姿は?」


 しかし、返ってきた言葉意外なものだった。


「名と姿ですか……? 名はルーク、姓は無いようで姿は白髪赤瞳の男でしたが」


 それにしてもおかしな質問をするものだ。()()の周りにいる人間など気にせずとも良いはずなのにわざわざ名前と姿まで聞いてくるとはいったいどんな風の吹き回しなのだろうか。男の片眉がぴくりと動いた。その動きに気付いたのは私だけだろう。すると、魔族の一人が男に向かって声を荒げた。


「陛下、やはり女狐風情では役になど立ちませぬ。どうかこの私めを……!」


「控えよ、我は其方(そなた)に口を開くことを許してはおらぬ」


「し、しかしッ……!!」


「控えよ」


 その一言で魔族の一人が完全に黙り込む。周りの魔族は彼ほど直情的では無いが心中は彼同様なのが筒抜けだ。魔族を黙らせた男は再び私に向き直り、問を返す。


「して、コルデーよ。其方はこれより如何ようにして我の与えた任を遂行するのだ?」


「以前〝暴食の将〟殿が研究していた人の身魂を魔物に堕とす魔法が完成しましたのでそれを用いてシルトごと落としに行きます」


 先とは打って変わって動揺の声。シルトはこれまで何代もの魔王が攻めても片手の指で数える程しか落とせなかった伝説の城塞都市だ。私はそれを個人で落とすと言ったのだ。周囲から聞こえるのは失笑に嘲笑。一人はふざけたことをと憤慨しているが無視をして構わない。今は主の反応を待つのみ。

 まあ、この反応はある種当然だろう、なにせ普段はいないはずのもう一人というのは魔界を統治する当代の魔王なのだから。


「ふ、ふふ……。フハハハハハハハハッ!! そうかあの都市を落とすか!! やってみると良い、それであれも地に還ってくれるというのなら僥倖、僥倖」


 まさかの大爆笑。先程までの威厳は欠片もなく腹を抱えて笑っている。夜よりも暗い黒髪が笑う度に揺れ、海の様に青い瞳からは涙まで溢れている。その様に先程の魔族が堪えきれなくなったのか立ち上がりキッと私を睨めつける。


「貴様に何が出来る!! 低位精霊と契約した程度そんな事ができるはずが無いだろう!? 場を弁えよ、貴様は狐らしく穴にでも入っていれば良いのだ!!」


 先程から何かと私を目の敵にして叫んでいるのは〝傲慢の将〟のノックス=サングィマスだ。彼は吸血鬼と呼ばれる魔族の一種族の王で容姿は比較的に人間に近い。耳と尾がないぶん私よりも人間に寄った容姿だ。


「お言葉ですが私の契約精霊は貶められる事を嫌います。どうかこれ以上はお辞めください」


「黙れ、歪んだ火霊(サラマンダー)如き私の手に掛かれば――――――――」


 炎の嵐が吹き荒ぶ。会議室は瞬く間に火の海へと様変わりし、それに伴って室内の温度も上昇していく。また始まったか、こう思うのは私がここに来てからゆうに百は超える。

 私の肩から幼い少年のような声が()()()聞こえてくる。


『コルと僕に何か用?』


 顕れたのは魔法の詠唱に於いて小竜と称される火の精霊。しかし、ノックスが「歪んでいる」と言ったとおり私の契約精霊は世間一般の言う火霊(サラマンダー)とは異なる姿形をしている。

 本来の火霊(サラマンダー)が蜥蜴に蝙蝠の翼が生えたかのような見た目をしているのに対し、私の火霊(サラマンダー)は翼の大きい錦鶏(きんけい)の様な姿をしている。

 共通している点と言えば全身が燃えるような赤色であることくらいだろうか。


「ふんっ名も持たぬ、姿も同族からはかけ離れそのくせ精霊の分際で自尊心だけは高い。最悪極まりない」


『自分を尊大なモノのように言うのは気に入らないけれど、君は精霊相手に随分な言い回しだね。それにコルと君が戦えば勝つのはコルだ。自身の実力を履き違えるな』


「精霊の癖にやけに喋るじゃないか」


 両者ともに睨み合いが始まる。一度こうなってしまうとこの睨み合いは数刻は終わらない。前に一度だけ逃げようとした事があったのだがノックスが気付き、耳を塞ぎたくなるような罵声を言い続けたのだ。その結果サラン――――他の火霊と区別を付けるために私はそう呼んでいる――――が激昂し一昼夜精霊と吸血鬼の言い合いが続くという地獄絵図を見させられた。


 このまま何事も起きなければ数刻待てばこの嫌な空気からも開放される。しかし、サランはともかくノックスはここがどういう場所なのかを失念しているらしかった。


「ノックス=サングィマス」


 鋭く、冷えきった声が玉座の間に響く。その声が特に大きい訳ではない。にも関わらず槍のようにノックスの耳を突き刺すように聞こえたのは彼が魔王たる所以だろうか。

 

「我は先の大言のおかげか気分が良い。それ故に其方の異心から生まれた罵詈雑言も赦そう」


「そんな……。私めに異心など……」


「コルデーは我が命によって動いている。然らば其奴の行動、思考は全てを我の意志によるもの。それを非として異心と呼ばず何と言う? それとも我は何か間違ったことを言ったか?」


「ぁ……いえ、全ては私の不徳のいたすところです。申し訳御座いません……」


 ノックスは遠くから見ても分かるくらいにガタガタと震えている。近くにいる私でさえ異常だと感じるほどに震えているのだから当然だろうが。

 それからはスムーズに話し合いが進んでいった。今日は定例会議の予定かつ魔王直々に参加する予定は無かったのだが、ノックスのせいで出鼻を挫かれた気分だ。


 私は将ではなく魔王直属の情報屋としてこの場にいる。その為定例会議の話し始めはいつも私から始まるのだが毎回突っかかってくるのがノックスなのだ。

 今日は嫌な気分をまた味わったが今までのものを清算する勢いで気分が良いのも事実だ。項垂れ、震えているノックスをよそに他七名の将達による現状整理が始まる。私は基本的に魔王が君臨している魔界にはいないので将達の報告は全て紙面で確認している。


 それから半日近くは話し合いを続けていただろうか。良くもまあ武闘派な将まで長々と話し続けられたものだ。やはり魔王が見ているというのがでかいのだろうか。問題の魔王様も満足いったのか特に口を挟むこと無く会議の内容を聞いていた。


「それではそれでは今宵はここで開きにするとしよう。皆、今日は身体を休めるといい。いくら魔族といえど我らも生物。魔族の敗因が無自覚の疲労など笑い種にもならぬ故な」


 そうして本来とは一風変わった定例会議は幕を閉じた。私の席の対面にいる魔王は私に視線を合わせると「付いてこい」と目配せをしてきた。

 私もそれに合わせて「畏まりました」という意を込めて軽く会釈をする。魔王が席を立ち会議室を出たのを確認してから各将達も立ち上がり、最後は私だ。ノックスの震えた背中を眺めるのは実に気分がいい。


「今回も苦労を掛けたな。我も威厳を保たねばやっていけぬ立場故な、赦せ」


 合流してから最初に言われたのはそんな言葉だった。私は目の前の男の顔を見つめる。子供の頃の私からは想像できないだろうなと思った。

 魔王とは悪の権化でありこの世を混沌に至らしめる者だ。しかし、実際には魔界にも国や町村があり場所によっては魔族以外の種族も住んでいる。そして魔王とは魔界に点在する複数の小国を束ねる者なのだ。つまり人の世とやっていることは変わらず、魔族が人の地に攻めいる理由はただ一つ。


 綺麗な水に肥沃な大地。この二つを手に入れるために何代もの魔王が、その身を費やしていった。魔界には腐った水と痩せた大地しかないのだ。それでも生き物である以上水を吸収し、食物を胃に叩き込まねば生きていくことができない。

 もちろん中には人類を下等種族と定めて己が欲を満たす為に戦うものもいるのだが。


「気にしていないわ。人類という枠組みから外れた以上私は貴族らしく振る舞う必要もないし、家族ももういないし。敢えて文句を言うなら……」


 そう言いながら肩にちょこんと乗っているサランに目を向ける。


『コル、もしかして怒ってる……?』


「怒ってないわよ別に。我慢してねって言ったのを無視した事も室内が暑くなっても、ええ特に怒ってないわ」


『ごめんなさい……』


 サランは肩を落として――――実際は翼をガクリと落としただけ――――項垂れている。精霊で姿形は鳥のようなのになんとも器用なものだ。


「ふっ、其方も中々の者よな。精霊に謝罪させる女など初めて見たわ」


「茶化さないで、私に聞きたいことがあるから呼んだんじゃないの?」


 魔王は黙り込み、思案する。その表情は聞くか聞かないかで迷っているように見えたか決心が付いたらしい、顔を上げて口を開いた。


「先程のルークという男は本当に白髪に赤瞳だったのか?」


 拍子抜けである、何か重要なことなのかと思って聞いてみれば対象とは全く関係ない人間の話だった。


「白髪に我と同じ青い瞳を持った男では無く? 武器は刀では無いか?」


――――前言を撤回したほうがいいかもしれない。


「ええ、白髪赤瞳だったわ。でも確かに武器は刀だった……もしかして知り合いなの?」


「そうだな、奴は我を知らんが我は奴を嫌というほど知っている。なにせ我が母の首をすっ飛ばした男だ忘れるはずもない」


「なっ……」


 目の前の男の母親が首を斬られたことに驚いているのではない。母の首を落とされたという事実を無表情で言ってのけるこの男そのものに畏怖の念を抱いた。そもそも目の前にいる魔王と名乗っている男は()()()()()()。ならば人間なのかと問われれば「分からない」と答えるのが精一杯。


「次にシルトに行くときは我も同行しよう」


「ちょっと待って。貴方がここから離れればノックス辺りが黙ってないわよ」

 

「問題は無い、相手が相手である以上我にもかの地へ赴く理由ができた。あやつらの事は気にせずとも良いのだ。それよりも問題は依代と男の方だ」


 珍しく目の前の男が焦った様子を見せている。彼と出会ってから四年、魔王の情報屋として働き始めて三年。一度も動揺など見せたことは無かったのだ。


「よりにもよってあの二人が共に行動しているなどとは……」


 私には到底測れない考え。種族不明、出身不明、彼が何者なのかも知らない私では当たり前のことだった。魔王になる前の彼に雇われただけの私ではその考えの先を読む事はできない。


「分かったわ。私はシルトに着き次第魔法陣の製作に取り掛かるから特に何もすることは無いわよ」


 ベルトに直刀のサーベルを差し準備を整える。私は剣士である以前に魔道士だ。貴族の令嬢として過ごしていた幼少期からずっと、それは変わらない事実。女であったけれど剣も覚えたし魔法も覚えた。もちろん字や礼儀作法だって今でも覚えていることはある。それでも行き着いた先はこんな薄汚れた仕事場だけだった。


「サラン、またお願いしてもいいかしら」


『うん、それがコルの願いなら僕はその全てを是としよう』


 サランを顕現させその背に跨る。魔王も私に倣い背に乗る。サランが翼をはためかせると瞬く間に雲の近くまで昇り、ヴュステ大陸に向けて進み始めた。


「ねえ、一つ聞きたいことがあったの」


 赤い線を伸ばし飛翔するサランの背で言葉を紡ぐ。後ろから「なんだ」と返事が返ってくるのを確認してから口火を切る。


「なんで貴方は魔王になったの」


 沈黙が訪れる。遥か上空を翔んでいるため風が激しく沈黙と呼ぶには少々うるさいかもしれないが。


――――存在を証明するため。


「ぇ……?」


 その声は風に攫われて上手く聞き取れなかった。もう一度聞こうにも本人は話す気がもうないらしい。暗く、数多の星が輝く中細々と輝く二日月が笑う。


 次の満月までは二週間とない。私はあの青年ともう一度戦うのだろうか。そんなことを考えているうちに下に広がる大地は荒れ果て痩せた荒野から砂漠へと姿を変えていた。

 

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