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冒険者と聖女  作者: 弓場 勢
一章 回り始めた歯車と潜む月
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09 夜襲

 夜の帳が下り、決して多くはない街灯がヴァルヴェレの町を照らす。

 そんな町の夜はなんと静かなことか。もっとも、日付も変わった今では騒いでいる方がおかしいのだが。

 階段を上がり、床を踏むギィ、ギィという音が騒音のように聞こえる。


――――――――ましてや自分の鼓動の音など。


 深呼吸をして、うるさく鳴る鼓動を鎮めようと務める。息を吸って吐いて、繰り返すこと五度。ようやく鼓動は平常を取り戻した。

 艶めかしい光沢を放つ白練色の短剣を片手に構え、とある部屋の扉を開ける。

 極力気づかれぬように足を忍ばせながら部屋を見渡す。

(この部屋にはいない?)

 探し人がいない事を不思議に思いながら、部屋を後にする。残るのはもう一つの部屋。〝202〟と書かれた扉を閉じて〝203〟の部屋を目指す。

 たった数歩の距離が何十歩もある吊橋のように感じられる。音が立たないように気をつけながら扉を開いた。短剣を逆手に構え、部屋と廊下を隔てる境を超える。


 果たして探し人はそこにいた。何かをしている途中に睡魔に耐えきれなかったのだろうか。

 椅子に座ったまま背を丸めて寝ている。その寝息はとても静かで今にも止まってしまうのではないかと思う程だ。


――――――――どちらにせよ都合が良い。


 ここで終わらせてしまえばこれ以上は無いのだ。探し人――――アイリスに近寄り、白練色の短剣を振り翳した。

(すいません……僕にはこれしか)

 ふるふると震える右手を左手で押さえながら短剣を振り下ろし、


「音を立て過ぎだよ」


 直後、ノエルの身体を強烈な衝撃が襲い、その身体を窓の外まで吹き飛ばした。


 ノエルがルークの部屋に忍び込む数分前。

 一日中部屋に閉じ込められていたせいかルークの体力は完全に回復していた。熱も下がり――――とまではいかなかったが普通に生活する分には申し分無い。

 町には夜の帳が下り、月明かりに照らされた部屋を見渡せばアイリスが机に突っ伏して寝ていた。

 昼間から付きっきりでルークを看病してくれていたのだ。共通言語(カムニス)の勉強をしながら会話にも付き合ってくれた。ルークが寝たあとも熱心に勉強をしていたのだろうが、睡魔に負けてしまったのだろう。

 ベッドから身を起こし、アイリスに毛布を掛ける。一瞬彼女を部屋まで運ぼうかとも思ったが、寝ている女性の身体に触れるのには少々抵抗があった。

 

 そんなとき、廊下からギィ、ギィと床を踏む音が聞こえた。それは段々とこの部屋に近づき、一つ手前の部屋で止まる。

 ルークの部屋の一つ手前はアイリスの部屋だ。

(何かを探している?)

 それにしては足音が大きい事に疑問を感じながらも、ルークは部屋の扉の裏に隠れる。

 万が一の為に常に身に着けている短刀(ダーク)を抜いてすぐに応戦できるように準備した。


 こんな事態であるのに鼓動の音はやけに静かで思考もはっきりとしていて、眠気など砂粒ほども感じられない。

 しばらくすると足音はこの部屋に前で一旦止まり、キィと音を立てて扉が開く。

 部屋と廊下の境を跨いだ闖入者の姿で印象的だったのは、夜闇の中でも映える純白の翼と栗色の髪。

 見間違えようもない。闖入者はノエルだったのだ。右手には逆手に持った白練色の短剣を携えている。向かっているのは寝ているアイリスの元。

 

 震える手をもう片方の手で押さえながら短剣を振り翳す。短剣を持っていた時点で分かっていたことだがここまでくれば弁明の余地など無い。

 ノエルの目的はアイリスを殺すことだ。何故、どうしてと思うことはあるが、ことが起こるまで待つなど言語道断である。

 仲間を傷つけられるのを黙って見ていられるほどルークはお人好しなどではない。しかし、ノエルも仲間だ。故にほんの少しの情けと共に全力の蹴りを見舞った。


「音を立て過ぎだよ」


 腰の後ろに隠していた短刀(ダーク)は鞘に戻し、ベッドの脇に立て掛けていた刀を持つ。

 そして自分自身も窓から身を踊らせ、宿の外へ出るとノエルは既に立ち上がり槍を構えていた。


「気付いていたんですか……?」


「君がアイリスの部屋を物色し始めたあたりから。それで、これはどういうことだ?」


 すぐには攻撃しない。魔物に刃を向けることすら躊躇う少年なのだ。たとえそれが演技だとしてもアイリスに刃を向ける理由があるはず。

 それをここで話してくれれば良かった。何かを話してくれるはずだと信じていた。


「…………」


 答えは沈黙。

 

「このまま帰ってくれるなら今日のことは水に流す。もちろんアイリスには傷一つつけやさせないけれど」


「断る、とだけ。僕はここで引くわけにはいかないんです」


 槍の穂先を真っ直ぐルークの眉間に向け、宣言する。「貴方を殺してでも」という意思表示のつもりだろうか。


「そうか、それなら俺もここで引くわけにはいかないね」


 カチッと鯉口を切る音が響く。戦闘開始の銅鑼はこの瞬間に鳴った。両者同時に踏み込み、同じ瞬間に互いの〝必殺〟を繰り出す。ルークは首を狙った居合斬り、ノエルは心臓を狙った一点突き。


「なっ……!?」


 一枚上手だったのはルークの方だった。ノエルの視線を追い、彼の狙いを見極めて槍が胸を貫くスレスレのところで避ける。

 完全に身体を伸ばし切った状態のノエルと回避を優先し技を後出しするルーク。勝敗は初太刀で決したかの様に見えた。


「ハッ!!」


「ッ――――!!」


 しかし、ノエルは身体強化を施していた人のおかげか人では有り得ぬ速さで刀を躱し後方に跳んだ。刀と槍。間合いの内側に敵がいさえしなければ有利なのは圧倒的に槍だ。そのための距離を稼ぐつもりなのだろう。


「させるかっ!!」


 そんな分かりきった動きをルークは見逃さず、刀を脇に構えて地を蹴る。此処からは互いの一挙手一投足が互いの命を左右する剣撃、或いは槍撃の押収だ。

 互いの位置を変えながら、二人して踊るように刀と槍を交える。刃と刃が衝突する度に火花が散り、片方が攻撃を流すたびに金属同士の不快な音が周りに響く。


 けたましい金属音が途切れる事なく続く中、ルークが考えていたのはどのようにして急所を突き崩すか。

 無闇矢鱈に斬りつけても槍よりも間合いの短い刀では槍との相性が悪すぎる。


 刀が斬る、刺すだけなのに対し、槍は刺す、斬る、叩くと戦闘の幅が刀より広い。

(それにノエルは魔法も使える……厄介だな)

 元より時間の無い戦いだ。ルークの勝利条件はノエルが切り札を出す前に倒し切ること。それが出来なければこの戦いには勝てない。


 現状ではノエルも決め手に欠けている状態だがあと数太刀でそれはなくなるだろう。

 それも全ては種族の差であるのがなんと悲しい事か。天翼人(アールム)は身体能力、魔力の量と質に於いて人間を遥かに凌ぐ能力と才を持つ。

 何事にも例外はあるが、それはあくまで極僅かな天恵と才に恵まれた者だけの話だ。

 ルークとノエルでは技術と歳の事を考慮してもノエルが全力で身体強化をすれば太刀打ち出来なくなる。

 

 現時点で全力が出されていないのは無意識的に迷いが残っているのか、切り札として残しているかわからない。分からないが()()()が来るのはもうすぐだ。

(それなら……)


 解決策はただ一つ。動かれる前にこちらから動く事だけだ。ルークはこの近距離戦闘に於いてノエルの視線と意識の機微を観察し続けていた。

 相手の隙を探り、意識外の攻撃で態勢を崩させてから必殺の一太刀を持って倒す。ルークが対人戦に於いて昔からずっと行って来たことだ。

 そして、意識と視線共にルークの刀に集中したその瞬間、ノエルの足を払った。バランスを崩したノエルの瞳は大きく見開かれており完全な不意打ちであったことが分かる。

 ルークはノエルに追い打ちを掛けるように刀の柄頭で彼の喉を思い切り突いた。

 

「ッ――――!?」


 ノエルから声無き悲鳴が上がり、彼は堪らず槍を地面に落とした。殺しはしなかったが勝負は着いた。


「まだやるか? 俺は仲間になった奴を殺したくなんて無い」


 ノエルから返事は無い。まだ喉を押さえ、苦しそうに喘いでいる――――様に見えた。ノエルの口元が僅かに吊り上がる。


 部屋の窓は町の外側に向いており、宿も町の端の方に建てられている。故に彼らが戦っているのは町の中心から離れた広場であり、宿泊客も今宵はルーク達のみだ。

 激しい剣戟が行われていても気付く者は誰もいない。例えこの戦闘で魔法を使っても同じようなものだ。


「無煙の炎より生まれし者、神意に背く者よ。御身の叡智を用いて焼き滅ぼせ、炎の魔人(イフリート)!」


 赤い炎が周囲を焼き払い、ルークを囲む。普段アイリスが使う魔法とは違う。荒々しい炎だ。


「かふっ……火霊より高位の上位精霊です。消費魔力よも桁違いですが、威力もそれ相応です。ルークさんでもこれは抜け出せないでしょう」


 喉を押さえ、息も絶え絶えにノエルが話す。確かにアイリスが普段使う魔法よりも遥かに威力の高い魔法だ。炎の壁は少しずつ幅を狭めながらルークに迫る。

 確かにこのまま放置すればルークは数十秒もの間地獄のような苦しみを味わい、焦土死体としてその場に残るだろう。


「こんな炎じゃ魔神の足元にも及ばないな」


 刀を鞘に戻して居合の構えに入る。ただし、いつもより腰は深め、鞘は水平にする。そして魔力を身体強化でするのと同じように武器に纏わせた。

 身体強化の応用である武器強化は魔力を武器に纏わせる魔術で基本的な用途はその攻撃力を増幅させることにある。

 しかし、物は使いようだ。魔法が満足に使えない代わりに編み出されたのが魔術である。


「俺の勝ちだよノエル」


 身体全体を使っての居合斬りで炎の壁を横一文字に薙ぐ。すると、炎の壁は刀を振るった風圧であっけなく吹き飛んだ。


「そんな……」


 ノエルが膝をつくのが見えた。槍は手元に無く、これ以上は無意味な争いだ。ノエル自身も戦意が喪失、と言うよりは魔力の使い過ぎによるものだろう。


「もう終いだ。せめて理由くらい話してくれたって良いんじゃないか。何があった?」


「自分の首に刀突きつけて言うあたり言えという脅迫ですか?」


「疑問に疑問で返すなよ……。そんなに話したくないのか」


 しばし沈黙が訪れる。何とも言えない雰囲気だ。ノエルの姿は言うなれば親に叱られている子そのもの。

 誰かこの沈黙をどうにかする術を教えてほしいと思った時に妙な気配がした。舐め回す様な視線がルークに向けられる。その目線はまるでずっと前から側にいたかの様に違和感なく向けられたものだった。背筋を冷たい汗が走る。


「あら、まさか目的の前の障害で躓くなんて。貴方も強いのね。魔狼程度と思ってたから誤算だったわ」


 そう言いながら木の陰から姿を表したのは狐人の女性。獣人とは種族を通して毛深く獣に近い容姿を持つが半血(ハーフ)や遠い祖先に人の血を持つものは人間に近い容姿になる場合がある。

 現れた女性は後者だろう。見た目だけなら見目麗しい町娘だが頭部に生えた耳が何よりの証拠だ。しかし、獣人には無い特徴も一つあった。


「二又の尻尾……お前堕ち人(フォールン)なのか」


 獣人の堕ち人。それは自然界にいる動物にはない特徴を備えた者の事を言う。獣人は種族の名を関する動物と関わりが深いため狐人ならば狐にはない特徴を備えているはずが無いのだ。


 見た目以外を例に上げるのならば魔法に頼らず火を吹くなどだろうか。人間や森人(エルフ)などにも堕ち人は見られるため獣人限定ではないのだが、こうなった獣人は大抵魔族として扱われる。


「そうよ、私は後天性だけどね」


 話しながらノエルのもとに近づき腰から白練色の短剣を奪い取る。これを見て全てが繋がった。


「本当にアイリスを殺したがっているのはお前か」


「ご明察、と言うほどでも無いけれどええそうよ。正確にはこの短剣を突き刺すだけで良いのだけど」


 片手で短剣を遊びながらつまらなそうに答える。彼女にはもう興味も無いというのだろうか。そう思うと急に怒りが込み上げてきた。


「ノエルを利用して俺の仲間を傷つけようとした割には随分とつまらなそうな目をするんだな」


「怒っているの? 別に構わないけれど今はやめたほうが良いわよ?」


 人差し指を虚空に向けたかと思うとボウッと音を立てて巨大な火球が現れる。それも詠唱を使わずに片手間に、燭台に火を灯すかのように行って見せた。


「と言っても私も今回は引かざるを得ないわ。戦いながらだと殺してしまうかもしれないわね」


 クスリと背筋の凍るような笑みを浮かべる狐人改め堕ち人の女性。ルークに向けていた視線をノエルに移すと彼の耳朶にその艶かしい唇を近づけると何事かを呟いた。その言葉を聞いてかノエルの顔が怒りに染まる。


「ッ!? ふざけるな!! ミシェルを何処に……たっ――――――――」


 堕ち人の女性はうるさい子供を無理やり黙らせるかのようにロングブーツでノエルの顎を蹴りつけた。人は顎を強い衝撃で揺さぶられると脳も揺れ、意識を手放してしまう。

 ノエルも最初はふらふらと女性に手を伸ばしていたが、方向が定まらず、やがてその手も地面に力なく落ちた。


「また来るわ。その時にはよろしく頼むわね、()()くん」


「なんで俺の事を……!!」


 ずっと目の前にいたにも関わらず女性は名も告げずにその場から忽然と姿を消し去った。ルークが勇者である事を知っている人物は極僅かに限られる。少なくとも親しい仲の者に堕ち人はいない。そうでない者の中には知っている人物がいるかもしれないが。


「なんで俺の事を、いやアイリスを狙う理由は……」


 その場に残ったのは気を失ったノエルとへたりと地べたに座り込むルークの姿だけだった。

 

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