君はまるで妖怪みたいって言ったよね。そして石を積み続ける毎日と流転する君
「久しぶりだね」
暗い森の影の中で何度も読み込んだ本を眺めていた私に彼女の声が掛かる。もう何度も会った……いや、何度目かも分からない彼女が私の目前に立っていた。
「ん……久しぶり」
本を閉じ、彼女が座り易い様に地面を軽く払う。彼女は私に微笑むと隣にスッと座る。とても彼女らしい、少女らしい清楚な動きで……。
「えっと、お邪魔だったかな?」
「いや別にいいよ。もう飽きるくらい読んでるし」
「えっ……と、今何回目だっけ?」
その質問も何回目だろうか。今私達が居るこの場所は普通の場所ではない。最早名前も忘れられた古びた神社の奥にある、大人ですら入りたがらない森。忌み嫌われた、普通じゃない土地。
「……何回目かなんて覚えてないよ。それより、ここに来たって事は何か用があるんでしょ?」
「う、うん。そうだね、縁ちゃん」
彼女は気安く私の名前を呼ぶ。親ですら忌み嫌ったこの私の名前を。皆に忘れ去られた……この私の名前を。どうせメモしていないと覚えてすらいられない、私の名前を。永久の時を過ごす私の名前を。
「あのね、えっと……」
彼女は言いにくそうに目線を泳がせる。
「いじめ?」
「えっ……!?」
これも何回目だろうか。彼女は嫌な事があった時、決まってここに来る。朝が来ればいずれは夜が来る、そんな世界の理を体現しているかの様に、当たり前の様に。
「学校はその事知ってるの?」
「どうなのかな……せ、先生には言ってみたんだけど……」
彼女のその言葉が表す意味はただ一つ『無意味』だ。世間体のために個人の尊厳は壊される。
「君は……賽は、どうしたいの? いじめられたままでいいの? やり返さないの?」
「嫌、だけど……でも誰かを傷付けるなんてやだよ。だ、だったら私が我慢したらいい話だから……」
苛立つ。まるでかつての私を見ているみたいで。我慢すれば全てが何とかなると思ってた私みたいで。
彼女の手に自らの手を重ねる。
「お話くらいなら……いつでも聞いてあげるから。いつでも来たい時に来ればいいよ」
「いいの? 縁ちゃんきっとこのお話……」
「何回でもいいよ。賽がそうしたいなら」
「そっか……」
ゆっくりと立ち上がった彼女は優しい笑みを見せる。
「縁ちゃん妖怪さん……みたいだね。人じゃないみたい」
「かもね。そんなものなのかも」
「それじゃあえっと、また来るね」
手を振り森の出口へと向かう彼女を見送りながら、今日も私は石を積む。流転する彼女との思い出を忘れないために。