幕間(エピローグ)
真っ白な室内。
一夜明けて、明るくなった日差しが窓越しに室内を照らし、仄かな温もりを感じさせる。
見慣れない空間の中でベッドに座っている金髪の少女は、ピンク色の病衣に身を包んで、膝に頭を乗せて眠る少年を見下ろし、微笑んでいた。
ようやく前へと歩き始めた悠馬。
現在彼は、2日連続で異能を使いすぎた為か、検査入院をしている花蓮の膝の上で、ぐっすりと眠っていた。
これではまるで、どちらが入院しているのかわからないほどだ。
「悠馬。ずっと側にいるからね」
昨日、勘違い騒動の後に病院へと駆け込んだ花蓮は、異常なし。念のため明日も検査をしてみるということで、1日検査入院をすることとなっていた。
その間、悠馬は花蓮から離れたくないという子供染みた理由で、彼女の病室にて一夜を過ごした。
もちろん、やましいことはしていない。
悠馬の闇堕ち後の話を聞いたり、入学してからのお話を聞いたり、思い出話をしたりと、お互いに長いお話をしていただけだ。
「美哉坂夕夏、ね」
花蓮は、昨晩悠馬のお話で出てきた、夕夏という少女に興味を抱いていた。
ちなみに、美月の一件については、悠馬は何も話していない。
美月の過去の話は悠馬の独断で話していいものではないし、遠回しに話して、変に勘ぐられるのもNGだと判断した為だ。
だから今、花蓮の脳内で気になっている人物は、夕夏のみ。
「悠馬を支えてくれた女の子…絶対、悠馬のこと好きよね…」
話を聞く限りじゃ、惚れているに違いない。
しかし悠馬は、想像以上に鈍感…いや、実際は気づいているのかもしれないが、夕夏の好意をスルーし続けていた。
悠馬が好意に気づかなかった原因は、花蓮を溺愛しすぎた影響なのだが、そのことを知らない花蓮は、鈍感な悠馬を呆れた表情で見下ろす。
「ほんと、アンタって不器用よね…そこは昔から変わってないし…」
他人のことにおいては気が利くのに、自分のこととなると壊滅的なほど不器用になってしまう。
昔と変わらない悠馬の性格を思い出した花蓮は、ため息を吐くと、悠馬の寝顔を撮影し、ニヤリと笑ってみせる。
まるで悪巧みをするような、いたずらを仕掛けようとしているような、そんな怪しげな笑みだ。
「ちょっとカマかけてみよ〜っと」
悠馬の寝顔を撮影した花蓮は、SNS、白い鳥さんが描かれているアイコンをタッチすると、投稿画面へと移り、悠馬の眠っている画像を添付する。
そのアカウントは、モデル、アイドルの花咲花蓮の公式のアカウントだ。
みなさんにお知らせです。
私の言っていた王子様と、ようやく再会することができました。
今は疲れてるようでぐっすりと眠ってますが、いつかデートに行きたいな〜♪♪
以上、今日の花咲花蓮でした!
滅多に投稿しない花蓮だが、陽気な鼻歌交じりに文字を打った彼女は、思い切って投稿ボタンをタップする。
そこからは、誰もが知っているような出来事が起こるだけだ。
有名人がネットに画像を上げると、いいねや共有が何度もされ、通知が流れるように画面に表示される。
それが人気モデルでアイドルの花蓮ともなれば、尚更だ。
しかも、今回は日常ツイートではなく、ずっと話してきた、花蓮がアイドルになるキッカケともなった王子様の内容なのだから、反響は途轍もない。
「はい、通知オフ〜あとは携帯端末の通知をオンにして…っと」
花蓮の携帯端末の連絡先を知っている生徒というのは、かなり少ない。
クラスメイトに、そこそこ仲のいい友達程度。
通知が来たとしても、3桁に到達することはないだろう。
それに、夕夏が連絡をしてくるとするなら、携帯端末の方だろう。
花蓮の公式のコメント欄というのは、コメントが多すぎる。
全部見るというのは無理があろうかと思われるし、不特定多数の人々に見られることとなるのだ。
そう考えた場合、夕夏が取る行動といえば何だろうか?
クラスで人気者。
第7高校の生徒だって、彼女の連絡先を知っている。
ならば、夕夏は花蓮の連絡先を聞き出すことも可能なはずだ。
きっと夕夏は、あの投稿を見た後、2人は付き合ってるの?付き合ってないの?と気が気でなくなり、悠馬本人に直接聞くか、投稿をしたご本人に聞いてくることだろう。
そして、律儀な夕夏なら、投稿をした本人に確認をするはず。
まぁ、反応がなかったらなかったで、それでも構わないのだが。
とりあえず夕夏を突っついてみよう精神の花蓮は、携帯端末を自身の横に置くと、眠っている悠馬の頭を撫でる。
「私は、婚約者が2人でも3人でも、構わないからね。悠馬。我慢しなくていいのよ」
「んんっ…まだ眠い…」
異能祭のフィナーレで発したように、一夫多妻否定派でない花蓮は、眠る悠馬に、許しを出す。
自身の寝顔がネットに上げられたことも、ハーレムの許しが出たことも知らない悠馬は、寝言を呟きながら、束の間の休息を満喫していた。
この後、ネットで叩かれることなど知らずに。
***
お昼過ぎ。
もう夏も近いということもあってか、無事に病院での検査を終えた花蓮は、英文字のプリントされた真っ白な半袖のTシャツを纏い、元気そうに外を歩いている。
もちろん、その横には悠馬の姿もある。
「はぁ〜…花蓮ちゃんが何事もなくてよかった」
「そうね。悠馬は少し、心配しすぎだと思うけど」
無事でよかったと安堵する悠馬の一歩先へと出た花蓮は、振り向き可愛らしい笑顔を向ける。
その姿は、本当に美人という言葉しか思い浮かばないような、語彙力を失ってしまうような光景だった。
昨日の夜からドキドキが止まらない悠馬は、耳まで真っ赤にすると、微笑む花蓮から目を逸らし、立ち止まることなく歩き続ける。
「ところで花蓮ちゃん、何で俺の寮に来たいんだ?」
「ヒミツ〜」
花蓮の寮は、悠馬の寮と比べ物にならないほど大きい。
2人の寮を例えるなら、花蓮の寮が人の家で、悠馬の寮は犬小屋のようなサイズだ。
花蓮がわざわざ寮へ行きたいと言い始めた理由がわからない悠馬は、不思議そうに問いかけた。
第1高校の通学路と似たような道を歩く悠馬と花蓮。
2人の周りには、学生の姿は一切見えない。
その理由は、今日は平日であって、悠馬は停学中の為自宅謹慎(絶賛破り中)と、花蓮は検査入院をしていた為、学校に休みの連絡を入れていたのだ。
だから、他の学生は只今絶賛授業中。
いくら花蓮が横を歩いていると言えど、学生がいないのなら、広まることも、嫉妬されることもないだろう。
そんな甘い考えの悠馬は、自身の寝顔がネットに出回っていることなど知らない。
「へぇ、悠馬の寮って、ビーチの横なんだ?」
「うん。そだよ」
大通りを抜けた先。
海から漂う潮の香りと、心地よい風に髪をなびかせる花蓮は、砂浜を眺めながら話をする。
きっと、夏になれば悠馬の寮の近くは、ビーチとして沢山の生徒が来ることだろう。
そしたら、朝から晩まで騒がしくて眠れなかったり、ベランダにゴミを捨てられたりするんだろうな…
楽しむことよりも、悲観的になっている悠馬は、これから起こるであろう未来を予測し、絶望してみせる。
しかし!
今回の悠馬は、悲観的になるだけでは終わらない。
そう!悠馬にも彼女ができたのだ!しかも、ずっと好きだった女の子。
容姿端麗、スタイル抜群のモデルでアイドルの花咲花蓮だ。
これから起こるであろう悲しい未来を予測した後に、花蓮の方を向いた悠馬は、少し照れたように口を開く。
「夏は一緒に…ビーチで遊びたい…」
女々しい!お前女々しすぎだろ!と通にバカにされそうなほど、おねだりのような言葉を発した悠馬。
きっとこの場に連太郎や通がいたなら、一生ネタにされ続けること間違いなしだろう。
「うん!一緒に海に行くわよ!」
しかし、そんなクズ二人と違って、初々しい悠馬のことなどバカにしない花蓮は、満面の笑みで悠馬の提案を快諾する。
「あれが悠馬の寮?意外と、寮あるのね」
花蓮と夏の約束を取り付けたことにより、無言でガッツポーズをする悠馬。
そんな彼のことなど知らず、カーブを曲がった先に見えて来た建物を目にした花蓮は、想像以上に寮があったことに驚いだ様子だ。
花蓮が指をさした先に見える悠馬の寮。
横には夕夏の寮が建っていて、真正面に同じ作りの寮があるだけだ。
数で言うならば4つ。とても多いとは言えないその寮を、意外とあると表現した花蓮は、キョトンとする悠馬を見て、訂正を入れる。
「あ、いや…だって、昨日の話じゃ、悠馬の寮の近くって美哉坂夕夏さんしか住んでないみたいな雰囲気だったから。真正面に寮あるじゃんって思って。それが意外だったの」
「あー…そういうこと。なるほどね」
「アンタ、近所の人たちとは仲良くしなさいよ。嫌われるわよ?」
昨晩、色々とお話を聞いた花蓮は、悠馬が近所の住人について、夕夏のことしか語っていなかった為、そのことを心配して声をかける。
「花蓮ちゃん、俺と美哉坂の真正面の寮は、空き家だよ」
「え?そうなの!?」
悠馬の寮の近隣住民と言えば、夕夏のみだ。
そもそも、交友関係や利便性を考えると、駅からも少し歩かないといけない上に、最も近い第3高校ですら時間のかかるこの寮を選択する生徒など、いるはずもない。
悠馬は海が見えるし、そこそこ大きいから!なんて軽い理由で選択をしていたが、この寮は立地が悪すぎるのだ。
夏はビーチが騒がしいだろうし。
悠馬の寮の近隣がガラ空きだと知った花蓮は、驚きの声を上げると同時に目を輝かせると、携帯端末を取り出し、どこかへと連絡を始める。
「電話?」
「うん、悠馬の正面の寮、今から2つとも抑えるのよ!」
携帯端末を操作して、耳にあてる花蓮。
そんな彼女から発せられた言葉というのは、わけのわからないものだった。
「???」
正面の寮を、2つとも抑える。
その発想は、悠馬や普通の生徒たちには縁のない、聞き間違いと思うような内容だ。
異能島の学生に与えられる寮は、1人ひとつまで。
その寮の選択方法は、入試の日に使用した寮が、自身の入学が決まると同時に、卒業までの間自分自身のものとなるというシステムだ。
そして、寮の変更は原則禁止。
理事側が許可を出さない限り、生徒は寮の変更が許されないのだ。
だから異能島に通う一般学生は、入試前から異能島のことを調べ、自分の好み、立地の良い寮を調べるのだ。
異能島に入学後、寮の変更が出来ないから。
しかし花蓮には、そんなルールは適応されていない。
彼女は入学時、さまざまな高待遇を異能島側、つまりは国から貰うことができた。
その1つがお城のような寮。加えていうなら、花蓮は島での食費は全て理事持ちであって、なにを食べようが、いくら分食べようが花蓮の財布からお金が減ることはないのだ。
そんな豪華特典をもらっている花蓮だが、なにもそれだけで終わりではない。
異能島初の特待生。
アイドルでモデル、そしてレベル10で、大企業の娘という全てを兼ね備えた彼女を最底辺だった第7高校へ勧誘するというのは、至難の技だった。
花蓮はもともと、第1高校への進学を考えていた為、第7高校の特待の話などガン無視していた。
それを焦った理事側は、花蓮に承諾をして貰うべく、上記の2つに加えて、理事が許す行為なら、なんでもしていいし、その分の金も払う。などという、曖昧な特典も追加したのだ。
そして今、花蓮が使おうとしているのは、3つ目の特典。
つまり、異能島では1つしか持てないはずの寮を、特待生という権限を使って3つに増やそうとしているのだ。
「もしもし?十河さん?お願いなんですけど、第3学区のビーチ横の寮、残ってる2つを私の寮にとかって、できます?え?できる!じゃあ欲しいです!ありがとうございます!」
十河も今頃、泣く泣く承諾していることだろう。
刈谷の脅しに比べれば、花蓮のおねだりなどかわいいものだが、昨日の一件から立て続けにお願い、というのはかなりしんどいだろう。
会話の内容からして、新たに花蓮が寮を2つ入手したことを理解した悠馬は、苦笑いで彼女を見つめる。
「大丈夫なのか?そんなことして」
「うん!余裕!来月からはメイドさんも雇えるしね!あの寮、掃除が面倒くさいのよ!」
花蓮は余裕でも、理事会は今頃ヒィヒィ言ってる頃だろうな。
そんなことを考えながら、死神の泣き顔を想像した悠馬は、口元を緩める。
「それじゃあ、そろそろ悠馬の寮にお邪魔しようかしら?」
なんだかんだで悠馬の寮までたどり着いた花蓮は、可愛らしいという形容が相応しい笑顔を見せると、悠馬の背中を押す。
「あ、あんまり綺麗じゃない…っていうか、少し荒れてるからね?失望しないでね?」
「そのくらいで失望するなら付き合ってないわよ。行きましょ?」
悪羅と戦った後から、絶望していた悠馬の寮は、そこそこ汚いものだ。
それを見られて嫌われないかを心配していた悠馬は、花蓮の言葉を聞いて安心したのか、思い切って鍵を開き、そして扉を開いた。
まだ続きます!!!




