君に伝えたいこと
星屑の告げたタイムリミットまで、残り5分を切った。
覇王の部活動バッグが散乱し、ペットボトルが倒れている空間で一度深呼吸をした悠馬は、高鳴る鼓動を抑えながら眠っている花蓮へと歩み寄る。
これで花蓮は助かる。
だが、花蓮と悠馬の関係が好転するわけではない。
悠馬は闇堕ちで、花蓮は違う。
花蓮の目が覚めたら、どちらにせよお別れの時間は来てしまう。
ここに来て戸惑いを隠せない悠馬は、あたりをキョロキョロと見回しながら、花蓮を抱き上げて瞳を閉じる。
花蓮が今も悠馬のことが好きならば、ゴッドリンクで花蓮の結界を取り込めるはずだ。
昔と違って器に余裕がある悠馬が、花蓮の器から溢れ出しそうな部分を、全て受け止められるはずだ。
恐る恐る花蓮の唇と自身の唇を合わせた悠馬は、そこから数秒間ピクリとも動かずに、涙を流しながら彼女を抱きしめた。
「っ!」
そして、タイミング悪く扉を開いた覇王は、花蓮と悠馬が口づけをする光景を見て、扉の隙間から2人のキスシーンを伺う。
「ケッ、全部あのクズがいいとこ取りかよ?」
未だに悠馬の本当の停学理由を知らない覇王は、自分が助けに来たのに全てをかっさらっていった悠馬を睨みつける。
「ん…んん…」
そんな覇王のことなど気づかず、瞳を閉じて花蓮と唇を合わせていた悠馬は、花蓮の寝起きのような声を聞いて唇を離し、目を開いた。
「あれ…私…え?悠馬…?」
嘘のように軽くなっている体。
つい先ほどまで、死にそうなほど苦しかった全身が、まるで夢だったかのように軽くなった花蓮は、両手を動かすと同時に自身を抱き寄せている人物、悠馬を見て、わけがわからないと言いたげな表情を浮かべる。
花蓮も覇王と同じで、悠馬は不純異性交遊で停学、そしてその女が大切だから、許嫁破棄宣言をしたのだと、そう思っていた。
「ごめんね…花蓮ちゃん…もう知ってるだろうけど、俺の口から言わせてほしい。君に伝えなくちゃいけないことなんだ」
「…ん。わかった」
唇に残る暖かい感触を確かめながら、苦しそうな笑顔を見せた花蓮は、昨日のように怒ることもなく、素直に悠馬の話へと耳を傾けた。
「俺、3年前に闇堕ちしたんだ…原因は新博多のテロ。あの日、俺はお父さんとお母さん。そして弟を目の前で殺されて、闇堕ちした」
「?」
予想していた話と違う話を始めた悠馬を見て、首をかしげる花蓮。
花蓮はてっきり黒髪の女、朱理との馴れ初めを聞かされるとばかり思っていたため、今の話を始めた意味を理解できずにいた。
「隠しててごめん。怖かったんだ。花蓮ちゃんに闇堕ちだってバレて、離れられるのが。だから…そんなことになるくらいなら、俺から別れを告げようと思って、昨日あんなことを言ったんだ」
「????」
「俺は君の横に並んで笑い合う資格がない。俺は闇堕ちだから。君を幸せになんて、できないよ…だからこれだけは…最後に聞いて欲しい。今までも、そしてこれからもずっと、君のことが好きです」
「は???え?待って、あの女は?黒髪の女の話は?」
朱理の話抜きで、最後まで話し合えた悠馬。
自分の聞きたいことを聞けずに、引きつった笑顔を見せた花蓮は、睨むようにして悠馬へと問いかけた。
「黒髪の女…?なんの話?」
「いや、いやいやいやいや!アンタねぇ!昨日の異能祭で、黒髪の女と不純異性交遊したから停学になったんでしょ!?許嫁破棄宣言はそれが原因なんでしょ?私そのせいで結界の制御できなくなったんですけど!」
「え…?いや!許嫁を破棄したのそれが原因じゃないよ!そもそも、俺不純異性交遊で停学になってないし、朱理は…なんて言うのかな。道案内して、家庭がヤバそうだったから、助けようとしただけ?って言えばわかる?」
朱理の件をなんと伝えればいいのかわからない悠馬は、とりあえず変な関係ではないことだけを花蓮に告げる。
「じゃ、じゃあ、なんで停学になったわけ?」
「…昨日、悪羅と会って、島の中で戦った。公共物色々壊して、挙句にぼろ負けしたから、停学、だよ?」
「……なるほど」
悠馬が闇堕ちだと言うことを大して気にしていない花蓮は、自分が振られたわけではない、むしろつい先ほど告白されたのだと理解し、鼓動を早くさせる。
「悠馬、私とは好きだけど付き合えないの?」
「……うん?って、え?なに?どゆこと?」
悠馬も悠馬で、何が何だか理解できない状況に陥っていた。
悠馬は、停学の影響で花蓮に闇堕ちだと知られ、そのせいで結界が暴走したのだと思っていた。
しかし花蓮は、停学の件も闇堕ちの件も知らずに、朱理との不純異性交遊で停学したなどという、訳の分からない発言をした。
それはつまり、悠馬は今、花蓮の求めていない内容の話をして、1人しんみりとした空気を出していたことになる。
「てかさ。闇堕ちだから〜とか、そんな建前どうでもいいのよ。悠馬は、アンタはどうしたいの?本音では、どうなりたかったの?」
お互いに行き違い、すれ違いをしていたことに気づいた花蓮は、微笑みながら悠馬へと問いかける。
結局、悠馬と花蓮は未だに、相思相愛だった訳だ。
「……付き合いたい。許嫁でいたい…」
「ん。それでいいじゃん?付き合おうよ。私たち」
悠馬の本音。それを聞いた花蓮は、涙をこぼす悠馬の頭を撫でながら、優しく擦り寄る。
「でも…俺、昔とは違うよ?闇堕ちだよ?…社長の息子じゃないよ?」
「だから何?そんなの、些細なことよ。私は悠馬が闇堕ちでも、聖人でも、どっちでもいい。悠馬の側にいれることが重要なの」
「…花蓮ちゃん!」
星屑の言った通り、悠馬の求めていた1つの答えは、花蓮を救った先で見つかった。
ようやく1つの重荷が取れた悠馬は、涙を流しながら花蓮へと抱きつくと、嗚咽を漏らす。
「うっ…ひっぐ…やっと…やっと話せた…」
「うん。辛かったね。怖かったね。もう大丈夫よ。私が側にいるからね……あとで私も慰めなさいよ?」
「はい…」
悠馬の頭を優しく撫でる花蓮は、悠馬を甘やかすと同時に、次は自分を慰めろと軽く脅す。
それをすんなりと受け入れた悠馬は、今まで押さえ込んでいた気持ちを爆発させたのか、花蓮の制服がしわくちゃになる程握りしめている。
それは、もう2度と離さないという気持ちが滲み出ているようにも見えた。
「あ、あの…それじゃあ俺は、これで失礼しますね…」
そんなイチャイチャな空間の中、気まずそうに玄関から入ってきた覇王。
部活動バッグも何もかも置いたまま刈谷のニセ警察たちによって連れていかれそうになっていた覇王は、扉の隙間から様子を伺っていたものの、2人のイチャイチャが終わることを知らないように見えたため、勇気を振り絞って突入した。
申し訳なさそうに入ってくる覇王を見た花蓮と悠馬は、慌てて手を離すと、まるで赤の他人のように顔を背け、悠馬は服の袖で涙を拭き、花蓮は何食わぬ顔で口笛を吹こうとしている。
「あ、どうぞ。2人は楽しんでください…敗北者は帰ります…」
悠馬のことをクズだ見損なったと言って置いて、その全てが誤解だとわかった今、いち早く逃げ出したい覇王。
まんまと刈谷の策略に乗ってしまっていた覇王は、自分が悠馬に告げた罵声の数々を死ぬほど恥ながら、せっせと部活動バッグの中に荷物を詰める。
「人前で楽しめる訳ないでしょ!バカじゃないの!さっさと帰りなさいよ!」
いつもと変わらぬ、花蓮の毒舌。
わざわざ見舞いに来て、助けようとしてやったのに、その言い方はないだろ!
そう絶望する覇王は、バッグの中に荷物を詰めると、言い返す元気はなかったのか、無言のまま寮の外へと向かう。
「悠馬。ちょっと待ってて」
「え?あ、うん」
覇王が玄関から出て行く姿を見た花蓮は、悠馬に一言告げると、玄関の扉を開く。
「覇王!」
「ん…?」
「気にかけてくれてありがとう!いつもはこんなこと、恥ずかしくて言えないから…今日伝えとく!」
そう言って覇王へと大きく手を振る花蓮。
いつもは恥ずかしくて言えないが、今日こそはと言わんばかりに声を上げた花蓮を見た覇王は、口元を緩めながらも、余裕そうな笑みでその場から立ち去ってみせる。
門を抜け、花蓮の死角へと入るまでは。
「ぁあー!チクショウ!可愛すぎんだろ!付き合いてぇぇえ!今の発言、誰だって惚れちまうだろ!バーカ!」
死角へ入るや否や、足をジタバタとさせて、その場で崩れ落ちる覇王。
その光景は、まるで壊れた人形が暴れ狂っているような、そんな気持ちの悪い様子だった。
もし仮に、偶然この空間に居合わせた生徒がいるなら、恐怖のあまり失禁したり、気絶したりするほどの狂気の乱舞だ。
「…俺はまだ、諦めねえぞ…!アイツが花蓮と別れたら、俺が花蓮と付き合うんだ!」
悠馬が別れることを願っている覇王は、悠馬に謝ることもなく、以前と同じ野望を胸に掲げた。
「あれ?なんか忘れてるような…」
2人のイチャイチャを見ていたせいで、刈谷という重要なことを忘れている覇王は、自分が何を忘れているのかを思い出せずに、帰路についた。
***
「…静かに、なったわね」
覇王が居なくなり、悠馬は泣き止み、静まり返った寮内。
玄関についている2つの鍵を閉めた花蓮は、悠馬に背を向けながらそう話す。
「そうだね…」
つい先ほどまで、花蓮の寮内では戦いが繰り広げられていたというのに、それが嘘だったかのようだ。
「ぁあー!悠馬、好き!」
「うわ!ちょっ…!花蓮!ちゃん!」
砕け散ったサバイバルナイフに視線を落としていた悠馬は、不意打ちで飛びついて来た花蓮を支えながら、顔を真っ赤に染める。
悠馬は、女慣れしていない。
その理由はご存知の通り、悠馬は彼女いない歴=年齢だ。
花蓮とは許嫁という関係になっていたものの、それは4年以上も前のことで、どういう風に接していたのか、なんて記憶は曖昧だ。
だから、神宮が夕夏に告白するのを勘違いして、自分が夕夏に告白されるかもしれないと誤解していた時は大パニックになっていたし、合宿での美月との肝試しでも、パニックになったほどだ。
そんな彼が、好きな人に飛びつかれた。
戦いが終わって、想いが繋がって落ち着きを取り戻しつつあった悠馬からしてみると、花蓮から抱きしめられるというのは、ショック死してしまうほどの衝撃だった。
自分と同じ人間とは思えないほどのいい匂いが鼻をくすぐり、柔らかな感触が全身を包んで行く。
顔に当たる柔らかな髪がどこか心地よくて、華奢な手からは、もう離したくないという気持ちがひしひしと伝わってくる。
「撫でてよ。私だって、ずっと…不安で…頑張って来たんだから…」
「うん…ごめんね。花蓮ちゃん。ずっと迷惑をかけて。頑張ったね。これからはずっと側にいるから…」
「ん…」
子供を撫でるように、優しく花蓮の頭を撫でる悠馬は、今まで見せたこともないような穏やかな表情を浮かべている。
「花蓮ちゃん、付き合っていきなりで悪いんだけど、身体は大丈夫?」
「えっ…?」
そんな穏やかな悠馬から発せられた質問は、花蓮の予想だにしない、衝撃の内容だった。
顔を真っ赤にした花蓮は、悠馬の言葉の意味を脳内で必死に考える。
付き合っていきなり、身体を気遣う。
しかも今は夜。
ようやく互いに想いが通じあって、身体を気遣いながらすることと言ったら、つまりそういうことだろう。
「待って!女の子には色々と準備が必要なの!今すぐは無理!2時間、いや、1時間だけ待って!」
悠馬の不意打ち発言に慌てふためく花蓮は、顔を真っ赤にしながら悠馬の元を離れようとする。
「ダメだよ。そんなに待てない。今すぐ行こう」
「い、イくって…えぇ…無理よ!バカ!」
悠馬と花蓮は、お互いに誤解をしながら会話を進めていた。
悠馬が伝えたいのは、付き合っていきなりで悪いんだけど、身体は大丈夫?念のために病院行かない?ということだ。
現時刻は20時40分。花蓮の発言した、1時間や2時間を待っていたら補導時間になって、病院が閉まってしまうのだ。
だから早く病院へと行きたい。
そして花蓮が考えているのは、夜の営みで、悠馬が早くしたいと急かしているのだと誤解している。
「バカじゃない!俺は花蓮ちゃんの身体が心配なんだよ!ちゃんと確かめないと!」
いくら結界の暴走を止めたといえど、それなりの負担はかかっているはずだ。
このまま放置しておいて、何かが悪化してしまうなんてことが絶対に嫌な悠馬は、病院で検査してもらうことを提案する。
「た、確かめるって…!普通そういうことって、暗いところでやるものでしょ!?なんでそんなに急かすのよ!」
「えぇ!?普通なら明るいところでするよ!みんなそう言うはずだ!」
身体を確かめるの意味を、吟味されると思っている花蓮は、目尻に涙を浮かべながら、怒ったような声をあげる。
「そんなわけないじゃない!夜の営みは薄暗い部屋の中でやるものなのよ!ちゃんと調べたんだから!」
「え…?なんの話?」
花蓮の発言を聞いて、キョトンとする悠馬。
花蓮を病院へと連れて行きたかった悠馬からすれば、なぜいきなり夜の話になるのか、というのは理解できなかった。
「え…?」
そして花蓮も、悠馬がキョトンとした顔をしたことによって、お互いに別の話をしていることを悟ったようだ。
互いにキョトンとして、見つめ合う2人。
その後しばらく、2人の間には微妙な空気が流れることとなった。




