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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
花蓮編
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木場VS悠馬

「…キツイな…」


 本気で来ると言った木場を見ていた悠馬は、小声でそうボヤく。


 悠馬の異能は、大規模火力に特化した、周囲が拓けた空間で使うのに適した異能である。


 寮内で炎や氷、そして雷を使うのは極めて危険だろう。


 使える異能があるとするなら、氷で武器を作るくらいのものだ。


 異能島の規則上、私的に異能を使うことは禁止されているのだが、そのことはガン無視の悠馬は、自分の置かれている状況を察して、冷や汗を流す。


 時間もない。多分、花蓮のタイムリミットまでは残り15分程度。その時間を過ぎると、星屑の告げた未来へと確定してしまう。


 加えて、木場は元自衛隊員で実戦経験もあり。


 修羅場をくぐった数など、悠馬とは比較にならないだろう。


 しかもこの空間は、木場のような地味な異能が有利に立つ、狭苦しい空間。


 拓けた空間であったなら、悠馬が勝っていたかもしれないが、異能に縛りがある以上、経験値的にも有利な木場が優勢なのは違いない。


 縛りをかけられている上に、タイムリミットまである悠馬は、かなり焦っていた。


「そんじゃあ少年、いくっすよ!」


「くっ…!」


 異能を使われ、近距離まで近づいて来ることを警戒していた悠馬は、異能を使わずに突っ込んできた木場に対して、反応が遅れる。


 振るわれた拳を両手で受け止めた悠馬は、両手に痺れるような痛みを感じながら、カウンターで回し蹴りを入れる。


「ほぉ…!いいっすねぇ!武術もそれなりにかじってるみたいで、面白くなりそうだ!」


 悠馬の回し蹴りを難なく受け止めた木場は、悠馬が直感と異能だけではなく、素手での格闘もできるのだと知り、嬉しそうな声をあげる。


「俺は面白くないけどな…!鳴神!」


 あからさまに嫌そうな表情を浮かべた悠馬は、全身に雷を纏うと、氷で刀を生成し、木場へと斬りかかろうとする。


 しかし、悠馬の纏っていた雷は、木場へとたどり着く前にバリッという音を立てて、どこかへと消えていく。


「っ!?どういうことだ…?」


 距離を詰めようとしていたが、鳴神が使えなくなったことにより飛び退いた悠馬は、木場との距離を保ち、考える。


 体力切れ?


 昨日、フィナーレに悪羅戦でかなりの体力を消耗していた悠馬は、その可能性を真っ先に考える。


 異能を使えば、運動をした後のように、体力を消耗する。


 走った時のように息切れをするようなことはないが、異能を使用して体力を使いきると、妙な脱力感や、今悠馬の鳴神が途中で途切れたような、異能の使用が不可能になってしまうのだ。


 だが悠馬は、脱力感はないし、鳴神を発動させながら生成した氷の剣は、手の中にある。


 それはつまり、鳴神の使用だけを阻害されたということになる。


「あーあー…なにやってんだか…ダメだよ。戦うときは、周囲の状況も確認しておかないと。ここが戦場だったら、死ぬっすよ?」


 鳴神の発動ができない原因を探る悠馬に忠告をする木場。


 その姿は、刈谷に命令されたから、というよりも、純粋に戦いを楽しんでいるように見える。


「ここは発電所の横。事故に備えて、発電所内の避雷針やら何やら、全部外に電気が放出されないように作られてる。もちろん、外からの電気も通さないようにっすけど」


「お、おい木場!種明かししてどうすんだ!」


 鳴神が使えない理由を説明した木場は、怒鳴る刈谷を見てぽりぽりと頭をかきながら、口を開く。


「坊ちゃん。俺の仕事は携帯端末を壊すまで、っすよ?あとはお得意の権力でなんとかしちゃってください」


 携帯端末を壊せば、証拠は残らない。


 あとは刈谷の権力でどうとでもなるだろ。


 そう言いたい木場は、刈谷がこれ以上文句を言ってこないことを確認すると、悠馬へと向き直る。


 なるほど。だから鳴神が使えなくなったわけか。


 木場の説明を受けた悠馬は、自身の雷系統の異能全てにも縛りをかけられていることを知り、ますます後がなくなる。


 この空間で使えるものはついに氷のみ。残りは闇となってしまった。


 ゲートもあるが、ゲートは集中力を要する為、走りながらや、相手の行動を読みながらの移動はほぼ不可能。


 逃げることはできても、攻撃に使うことはできない。


「木場さん?だっけ?アンタ、なんでこんなことしてんだよ?アンタの実力なら、自衛隊にでも、警察官にでもなれただろう」


 どこの国も、高レベルの能力者は人材不足。


 刈谷のところへ行かずとも、引く手は数多あったはずだ。


 相手の警戒を解くついでに、疑問を投げかけた悠馬は、拳を構える木場を見つめる。


「俺、もともと軍人だったんすよ。3年前まで。でも辞めたっす。誰だって、壁にはぶち当たるもんっすよ。俺はその壁にぶち当たって、逃げ出しただけっす」


 遠くを見つめながら、3年前の出来事を話す木場。


 悠馬にとっては、タイムリーな内容だった。


 悠馬は、悪羅という壁にぶち当たった。


 そしてそれを乗り越えられずに、立ち止まり悩んでいる。逃げてしまいたい気持ちを家族への罪悪感で抑え、しかし壁を越えることはできない。


「君もいつか壁にぶち当たる時が来ると思うっすけど。その時は、逃げないことをお勧めするっす。こんなおっさんになるのは嫌っしょ?俺はこの歳になるのに、後悔ばっかっすよ」


 話に聞き入っている悠馬を見た木場は、ニヤリと白い歯を見せると、自虐のように自分を指差す。


「たしかに…」


 その様子を見ていた悠馬も、ニヤリと白い歯を見せ、真っ黒だった瞳を、元のレッドパープル色の瞳に戻す。


 後悔だけはしたくない。


 逃げるのも、逃げることを考えるのももうおしまいだ。


 俺は俺の道で、時間がかかってもいい。死ぬまでに、悪羅を殺すことができればいいんだ。


 自分の心の迷いに結論を出した悠馬は、真っ黒な闇を纏いながら、微笑んで見せる。


 その姿は、昨日までの悠馬では考えられない光景だ。


「な…は?闇?お前、まさか闇堕ち…?」


 悠馬が纏う闇を見て、驚きの声を上げたのは、木場ではなく刈谷だった。


 異能祭でも一切見せなかった異能を、ここに来て解放。


 しかもそれが闇だというのだから、驚いてしまっても無理はない。


「悪いが、あまり時間をかけちゃいられないんだ。次で終わらせる」


 片手に持っていた氷の剣を投げ捨てた悠馬が、何もない空間に手をかざすと、銀色の刀身が煌き、神器が現れる。


「結界、クラミツハ」


「坊ちゃ〜ん!これやばそうっす!失敗しても、成功しても給料あげてくださいよ〜!こんな化け物相手にするんっすから」


「わかってるよ!だからそいつをなんとかしろ!それが最優先事項だ!」


 悠馬の闇を見た瞬間、その闇が自分の手に負えないモノだと察した木場は、給料を上げることをお願いしながら、サバイバルナイフを手にする。


 つい先ほどまでは素手でも余裕。と言った雰囲気だったが、悠馬の異能を見て、なりふり構っていられなくなったようだ。


「あと、通院費とかもできれば…」


「図々しいぞ!っていうか、なんで負傷する前提で話してる!?」


 漫才のようにツッコミを入れる刈谷。


 その様子はほのぼのとしているのに、言っていることとやっていることのギャップがすごい。


「んじゃ。いくっすよ。急所は外すつもりっすけど、痛いのは変わりないっすからね」


「こっちのセリフだ」


 お互いに笑いあい、沈黙が走る。


 ピリピリとした空気の中、2人の戦いを見守る刈谷は、木場が負ける可能性を考え始めたのか、少し不安そうにも見えた。


 一瞬の交錯。


 刈谷が瞬きをした瞬間、2人の位置は真逆に、つまりは悠馬が立っていた位置に木場が、木場の立っていた位置に悠馬が立っていた。


 互いに、刃物を振るった後なのか、刃先を正面に向けたまま。


 しかし、木場の持っていたサバイバルナイフに、刃はついていなかった。


 カランカランという音と同時に、床へと転がる刃物の破片。


「坊ちゃん…今回は諦めた方が…いいっすよ…」


 床に落ちたナイフを見下ろす刈谷を呼んだのは、木場の声だった。


 意識が薄れているのか、半目になりながらそう告げた木場は、意識を失ったのか、その場に倒れこむ。


「な…木場が…負けた…!?」


 想定外の事態。


 今回、刈谷が選んだメンバーの中で、最も信頼を置いていた実力者は、木場だった。


 実戦経験もあって、周りの状況を把握することにも長けている。


 隠密行動だってできるし、武器の扱いも、近接戦闘だって、他のメンバーとは比較にならないほど。


 将棋でいう、飛車角が木場だった。


 現状は、飛車角落ちである。


 他の奴らを呼んだところで、悠馬は止まらない。いや、止めれない。


 頭ではそうわかっている刈谷だったが、パニック状態の刈谷は、ポケットから無線を取り出し、叫んだ。


「松山はもういい!花咲の寮にいる男を、今すぐ捕らえに来い!」


 外でギャーギャーと喚く覇王の声。


 それと同じくらいの声で叫んだ刈谷は、大きく肩で息をしながら、悠馬から距離をとる。


「チクショウ、2年も…2年も待ったのに…!なんとかして、なんとかして動画だけは処分しねえと…!」


「…これ以上は、本当に悪手だと思うけどなぁ」


 いつのまにか携帯端末を回している悠馬は、鬼のような形相の刈谷の顔を撮影しながら、騒がしくなる玄関へと端末を向ける。


「何処ですかい!?坊ちゃん!」


「助けに来ました!」


「こいつか!」


 玄関の扉の前で、団子のように固まっていく警官服の男たち。


「あれれ?おっかしいな〜?なんで警察が、刈谷センパイのこと坊ちゃんって呼んでるんですか〜?まさか、警官服を着たニセモノ、なーんて言いませんよね?今からケーサツ、呼んでもいいですか?」


「っ…テメ!」


「アイスバレット」


 警察を呼んでいいかと聞かれて、殴りかかろうとしてきた警官服の男の頭に向けて、大きな氷の礫を放った悠馬は、白目を向いて倒れる警官を見てにっこりと笑う。


「坊ちゃん…」


 痛いところを突かれた刈谷。


 悠馬が言った通り、ここで助けを求めるのは、悪手だった。


 予定では、覇王を捕まえた後、警官服から私服に着替え、偶然花蓮が襲われている現場に鉢合わせたと警察に説明をする手はずだった。


 刈谷が自分の会社の警備員と一緒に行動をするのはなんらおかしくない事だし、過保護な親だと、異能祭は娘息子にボディガードをつけるところまであるのだから、怪しまれることもない。


 立場的には覇王の立場が悪いわけで、覇王が警察が捕まえにきた。などと供述したところで、なんの問題もない。はずだった。


 しかし、今悠馬が録画している端末には、刈谷の言質も、そして刈谷が警官衣装の男たちに無線で指示を出して、この場へと現れる動画まで入っている。


 加えて、この場で悠馬に勝る実力を持つ人物はいない。


 刈谷には後がなくなってしまったということだ。


「いくらだ?」


「?」


「いくら欲しい?金は払う。花咲も諦める。だから、この件を表に出すのは…それだけはやめてくれ!動画を消してくれ!俺はもうすぐ卒業だ!こいつらにだって、家族がいる!お前ならわかってくれるだろ!?暁!」


 もう後がない。


 どんな脅しをかけたって、どんな手段で逃げようとしたって、自分の首が絞まっていく一方だ。


 一度クールダウンした刈谷は、悠馬がいくらの金で黙っていてくれるのかを問いかける。


「何もいらない。ただ、約束しろ。花蓮ちゃんに2度と近づくな。そして、松山覇王の拘束を解除してやれ。それで俺はこの動画を消しても構わない。…後は、松山次第だな」


「そ、それだけでいいのか?本当か!?約束だぞ!」


「ああ。別に、お前らを殺そうってわけじゃないんだ。わかったらさっさと出て行け。俺の気が変わる前に、な」


 悠馬から提案された、破格の条件。


 刈谷からしてみれば、旨味しかないような内容だった。


 花蓮は諦めなければならないものの、自分の罪は消される。


 悠馬からしてみると、刈谷のことなど些細なことで、相手にすることも、警察に証拠として提示するのも面倒なものだった。


 もし刈谷が聞き分けの悪いやつで、このまま争いを続けるというのなら、本気で警察を呼んでいたかもしれないが、さすがは生徒会長に上り詰めただけのことはあって、判断能力に長けていた。


 花蓮さえ守れればそれで良かった悠馬は、いそいそと木場と気絶したもう1人を抱えて出て行く刈谷のグループを見送る。


「次はないからね。刈谷センパイ。恋人作りは、またの機会にしてください」


「あ、ああ…失礼、しました…」


 にっこりと笑ってみせる悠馬。


 そんな悠馬に向けてへこへこと頭を下げる刈谷。その光景は、上司と部下のようなものだった。


 悠馬の実力を知り、すんなりと手を引いた刈谷。


 玄関の扉が閉まり、花蓮と2人だけの空間になった悠馬は、時計を確認し、タイムリミットまで残り5分を切っていることを知ると、一度深呼吸をして花蓮へと歩み寄った。

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