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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
花蓮編
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刈谷の計画

 時を遡ること、昨晩。


 外で大粒の雨が降りしきる中、大きく長いセントラルタワーの廊下を走る十河は、大粒の汗を流しながら、息を切らしていた。


「ひぃっ…ひぃっ…クソ、異能祭が終わったばかりだというのに、なぜこんなことをせねばならんのだ…!あの刈谷のバカ息子めが!!」


 セントラルタワーに備え付けられている時計は、23時を回っている。


 開会式以前から色々な事務処理、そして視察をしていた十河は、かれこれ17時間ほど働いていることになる。


 もしこれが日本支部からの指示で、こんなに長時間働かされているのなら、ブラック企業だなんだと騒ぎたいところだが、今回の一件は、日本支部の指示でも、死神の指示でもない。


 この島に通う男子生徒の、日本支部、そして異能島のお得意様企業の社長のバカ息子の、無理なお願いのせいだ。


「今度会ったら、泣くまで説教してやるわぃ!まったく!大人をこき使いよって!」


 美月には甘々だったというのに、刈谷のことはボロカスに罵る十河。


 それは美月と刈谷の、お願いの仕方に大きな違い、そしてこれから行おうとしていることに大きな違いがあるからだ。


 美月のお願いは、実に可愛らしいものだった。


 異能島の理事の仕事に興味があるから、お父さんに見せて欲しいとお願いをして、十河へと連絡がかかってきた。


 もちろん、その時は一切脅しなどはなく、時間があれば見せてやってくれないか?程度のやりとりだった為、十河は喜んで美月を案内することにした。


 しかし、刈谷はというと、いきなり脅しを使ってきた。


 異能祭が終了してすぐに、ふざけた指示を出してきたのだ。


 内容は、第7高校学区内全てを、数日間警察の巡回ルートから外せ。


 今年異能島に上陸した警備員の中から、選りすぐりのメンバーを5人島に残せ。


 武器、異能の使用許可をよこせ。


 近いうちに起こる出来事は、全て目を瞑れ。


 それができないなら、親に連絡をして来年からの異能祭を開催できなくする。という、ふざけた内容の連絡だった。


 言っていることが無茶苦茶で、電話でその話を聞いた時は、ぶん殴ってやろうかと考えたほどだ。


 ただでさえ、刈谷が親のコネで入学していることが気にくわない十河からしてみれば、余計に刈谷を嫌いになる原因が増えたと言ってもいいだろう。


「そして、死神は何をやっとる!まったく!こんな時間になっても来ないとは、あいつはどこで油を売っとるんだ!」


 死神が来ると言った時刻を大幅に過ぎているのか、会議室の中で書類を叩いた十河は、深いため息を吐く。


「十河くん。気持ちもわかるが、やむを得ない事情があるのかもしれない。もう少し待とうじゃないか」


 怒る十河の後に会議室へと入ってきたのは、きっちりとしたスーツに身を包んだ、間宮だ。


 十河と違って疲れひとつ見せないその表情は、さすがは元異能島の統括というべきだろうか。余裕すら感じる。


「間宮さん…」


 間宮に宥められた十河は、少し落ち着いたのか、それとも間宮が死神を擁護したのがショックだったのか、肩をすくめてしょんぼりとしてみせる。


「悪い。遅れた」


 そんな2人のことなど知らず、勢いよく会議室の扉を開いた不気味な仮面の男は、着ていたスーツからぼたぼたと水を垂らしながら歩みを進める。


「キサマ、死神!何をしておった!まさか遊んでいたとは言わないよな?」


「無線で伝えただろう。少し遅れると」


「その遅れの原因を聞いておるのだ!これだけ待たせたんだから、そのくらいは話せ!」


 無線で伝えたから遅れてもいいだろ。と言いたげな死神に対して、額に青筋を浮かべた十河は、右手の人差し指を死神に向けて、血管が切れそうなほど怒鳴ってみせる。


「おいおい、あまり怒るなよ。残りの髪が全滅するかもしれないぞ?いや、先に血管がプチっと切れる可能性もあるな…」


「ワシの心配はせんでいいのだ!早く事情を説明しろ!」


「落ち着け。ちゃんと話すから」


 いつものように、十河を煽って見せた死神は、おきまりの十河の激怒を見て、満足したのか本題に入ろうとする。


 十河はというと、いつもいじられるからか、不満はあるようだが、前よりも怒らなくなっていた。


 慣れって怖い。


「先ず、今この場に遅れた原因だが、この島に不法侵入した奴がいた」


「なにィ?」


 異能島に不法侵入。


 その難易度は不法入国と同等の難しさで、周りを海に囲まれている為、日本に不法入国するような難易度だと言ってもいいだろう。


 加えて言うなら、今日は異能祭。万全なセキュリティで臨んだはずのこのイベントで不法侵入者を出してしまうというのは、由々しき事態だ。


「しかも犯罪者。さて、ここで問題だ。刈谷のところの警備会社は、いったいどんな管理体制の下、警備をしてたんだろうな?」


「…死神、言いたいことはわかるが、一応お得意様だ。現状私たちが刈谷警備会社に頭が上がらない。憶測で物事を考えると後々まずいことになるぞ」


 杜撰な管理体制だったんじゃないか?と言いたげな死神に対して、来年以降も異能祭を考えているのなら、そういうことは口にしないほうがいいと言う間宮。


 実際、間宮のしていることが波風たてずに、1番いい方法なのかもしれないが、それだと刈谷側は調子にのる一方だ。


「まぁ、これひとつだと縁を切られてはい、おしまい。だろうな」


「じゃあキサマは、なぜこんな話をしたんだ!」


「まぁまぁ、落ち着け」


 なんのために刈谷の警備会社に不信感を集めたのか理解できない十河は、結局意味をなさない話だったため、憤慨する。


「なぁ…刈谷からの連絡。あれが全部失敗するとしたらどうする?」


「…まさか、妨害する気か?」


 刈谷からの脅しに近い命令。


 第7学区の全域を数日に渡り警察の巡回ルートから抹消したり、これから起こる出来事に干渉するなと言った、ふざけた命令だ。


「いや。俺たちは干渉しない。何しろ、それで失敗した時のリスクが大きいからな」


「じゃあなんだ?」


「刈谷が自分の計画に失敗して、それが明るみに出そうになった時。俺たちの権限でそれをないことにしてやったら、刈谷はどう思うだろうな?」


 仮面の奥から、ほんの少し笑い声が聞こえてきた十河は、死神が何を言いたいのかを悟り、深いため息を吐いた。


「なるほど。死神、キサマ次はこっちが脅す番だと言いたいのか」


「ああ。そうだ。もちろん、それだけじゃ言うことを聞かない可能性があるだろうから、刈谷の動向は異能島のカメラでバッチリと録画、保存して、その事実とともに、不法侵入の件も混ぜて刈谷を黙らせる」


「まるで悪魔だな」


 こっちは刈谷をいつでも退学にできるだけの材料がある。


 加えて言うなら、学校を卒業した後、親の会社を継いでからでも、動画が明るみに出たくない刈谷は、異能島を脅す、なんて真似はしないはずだ。


 刈谷の信用が落ちれば、会社の信用も落ちる。しかも、不法侵入者まで出しているのだから、尚更だ。


 死神が何をしようとしているのかを知った間宮は、彼のことを悪魔と言って、楽しそうな笑みを浮かべた。


「揉み消すにも限度があるが、やる価値はある。どうせこれから起こることなのだから、俺らからしたら一石二鳥だろ?」


「モノは言い方、だな。私は構わない。これ以上同じネタで脅されるのはごめんだからな」


「間宮さんがそう言うなら、ワシも構わん!やれ!死神!」


 まるで自分が最高司令官のように死神に指令を出した十河。


 それに対して死神は、怒ることもなく、煽ることもなく、手を挙げると、その手をひらひらと振って、その場から姿を消した。



 ***



 その話し合いの翌日。つまり、花蓮が倒れ、覇王があわてている頃。


 その様子をカメラ越しに見つめる刈谷は、下品な笑みを浮かべながら、舐め回すように花蓮を見つめる。


「はぁ…はぁ…!花咲…!君がもう直ぐ手に入るなんて、最高じゃないか!」


 自身の計画が順調に進んでいることを確認した刈谷は、どこから手に入れたのか、花咲と書かれた体操着の匂いを嗅ぎ舐めている。


 実に順調な経過だ。


 異能島の理事会も干渉できない状態にしているし、こっちには警備会社の中でも凄腕の人員を残し、そしていつでも動かせるようにしている。


 今日の学校で、花蓮の心を悠馬という材料でズタボロに引き裂き、苦しんでいる花蓮の姿を覇王に見せる。


 そして、花蓮に好意を抱いている覇王に、会長である刈谷が君なら励ませる。と背中を後押しして、何も知らない覇王を花蓮の寮に向かわせる。


 そして、覇王に渡したペットボトルの中身だが、あれはただのスポーツドリンクなどではない。


 直ぐに眠りに落ちる即効性の睡眠薬と、目覚めた後から身体に影響を及ぼす惚れ薬。


 不完全な契約の結界の影響で、精神的に不安定になると体調を崩すことを盗聴していた刈谷は、悠馬の不純異性交遊で花蓮が揺さぶられると判断していた。


 そしてその結果、花蓮は寮で苦痛に悩むことも。


 そんな姿を見たら、覇王は会長である刈谷から偶然渡されたボトルを、花蓮に飲ませることだろう。


 飲ませてしまえば、あとは簡単だ。


 花蓮の寮へと急行し、覇王が花蓮を襲おうとしているとでっち上げ、警備会社のメンバーに捕獲させる。


 ペットボトルの中身を調べれば、睡眠薬と惚れ薬が検出されるわけで、覇王が何をしようとしていたのかは、直ぐに誤解されることだろう。


 ああ、こいつは女を眠らせて、酷いことをするつもりだったんだろう。と。


 もちろん、刈谷はペットボトルに指紋などつけていない。


 覇王がよく飲むスポーツドリンクを買って薬を混ぜたのも、覇王がよく買う飲み物だからこそ、購入履歴がたくさん見つかるからだ。


 あとは覇王を退学にして、目覚めた花蓮の前に颯爽と現れる。


 いや、横で手を繋いでやるってのも悪くないな。


 惚れ薬も入っているのだから、彼女が即堕ちするのは間違いないだろう。


 そしてその後、花蓮とゴッドリンクを行い、強力な結界の力を、ほんの少しだけ分けてもらう。


 邪魔者を排除でき、力も手に入り、花蓮も手に入る。


 一石三鳥の、史上最高のプランだ。


 花蓮が手に入ったも同然の刈谷は、自分の計画を見直し、警察などの邪魔が入らないことを再確認する。


「完璧だ。理事は言うことを聞いて、第7学区から警察の巡回を外している!」


 花蓮の寮の先には発電所のみ。


 花蓮の寮を訪れない限りは、偶然その場に居合わせる、なんてことはないだろう。


 現状、この計画にイレギュラーは存在しない。


「ははっ。坊ちゃん、相変わらず欲しいものは何が何でも手に入れるつもりなんっすね〜」


 モニターを見ながら興奮する刈谷の背後に控えていた1人の男。


 真っ黒な髪、そして少し髭が伸びているその男は、迷彩柄の服に身を包み、刈谷に笑顔を向ける。


 年齢は3.40代だろうか?この島の学生でないことは間違いない。


「いつも言っているだろう。力があるのに力を利用しないのは、間抜けのすることだ。俺は欲しいと思ったものは、手の届く範囲なら全て手に入れて見せる」


「ははっ、不正入学の時みたいに、っすか?」


 欲しいと思ったものが手の届くところなら手に入れると言う発言を聞いて、刈谷を煽るようにして不正入学の件を口走る。


「…そうだ。あと、松山覇王の寮にこの薬を置いてこい。できればあいつの指紋もつけて、引き出しかどこかに隠してあると都合がいい」


 迷彩柄の服の男に薬を差し出した刈谷。


 それは間違いなく、花蓮が飲むと予想したペットボトルに混ぜ込んだ薬の残りなのだろう。


「坊ちゃん、指紋ついてないんっすよね?」


「安心しろ。ついてない」


 手袋をつけてその薬を受け取った迷彩柄の男は、その薬を丁寧に袋に詰めると、真新しいバッグの中に仕舞う。


「でもいいんっすか〜?第7では会長ーって慕われてるのに、裏では同じ学び舎に通う学友を、退学に追い込もうとしてるなんて」


 生徒会長が、他人を蹴落とそうとしている。


 そのことを冷やかすように問いかけた迷彩服の男は、面白そうに笑って見せる。


「おいおい、邪魔な奴は最優先で排除しておくに限るだろう。何しろ俺は、もう直ぐ卒業だ。嫁に悪い虫がついたら困るからな」


「ははっ、もう付き合う気満々じゃないっすか!」


「当たり前だ。ここまで手間暇かけたんだから、手に入らないと困る」


 そう言ってモニターへと目を落とした刈谷は、ちょうど覇王が花蓮にボトルを飲ませる姿を見つけ、ニヤリと笑う。


「おい、俺は残りのメンバーと現場に急行する。お前は松山覇王の寮にその薬を置いてこい。そのあと現地で合流だ」


「はいよ。任せといてくれよ、坊ちゃん」


 計画が順調に進んでいる刈谷は、覇王の退学を確定させる材料を迷彩男に運ぶように指示を出すと、上着を羽織り、外へと向かった。

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