入学試験8
異能を発動させた赤の生徒を見つけ、悠馬は声を荒げた。
その声に反応した夕夏は、火球型の異能が直撃するギリギリのところで雷を纏い、直撃を防いでいた。
「赤チームの奴らから聞いたぜ。白の王はアンタなんだろ?美哉坂夕夏!」
何もない芝生へと足を踏み入れた赤チームの男子生徒は、ジリジリと後ろへと下がっていく夕夏に問いかける。
「どうですかね。反逆者かもしれませんよ?」
夕夏がそう呟くと黒チームの生徒たちは、赤チームの生徒を訝しそうに睨みつけた。
おそらく、赤チームの占い師の誰かが占い方法を見つけ出して、黒の援軍を引き連れて王を討ちにきたのだろう。
黒チームからすれば、罠の可能性もぬぐいきれていないはずだ。何しろ相手の話が事実だった時のメリットも大きいが、嘘だった時のデメリットも大きい。
黒と赤の間には、程よいスペースが空いていた。
「おい、ホントなんだよな、赤チーム」
「当たり前だろ。俺らのチームの男子が、王の見つけ方がわかったって言って俺らの前でやって見せたんだからよ!」
「やめろって!せっかくの王を前にして、なんで揉め始めんだよ!」
加えて統率もうまくいっていないようだ。
ギクシャクしている2つのチームを離れたところから見守る悠馬は、その光景を横目に辺りを見回した。
どうやら囲まれているわけでは無いらしい。
レベル10の異能力者に対して、1方向からの攻めは愚策と言ってもいいだろう。
急造でこれだけの数を集めることのできた赤の占い師は賞賛ものだが、それまでしかできなかったようだ。
冷静に状況を分析した悠馬は、数メートル離れた先にいる夕夏を眺めながらほんの少しだけ距離を取った。
彼女がレベル10なら、自分まで巻き添えになる範囲にいたからだ。
悠馬の横にいた加奈もそう判断したようだ。
あまり違和感がないように、ゆっくり、ゆっくりと後ろへと引き下がっていく。
「そうだな、せっかく合格が決まるんだ。揉めることはねえよな!」
「ああ、これで俺も総帥に…!」
すでに勝ちを確信したのか、赤と黒の混合チームは、白の王である夕夏へとゆっくりと近づき、全員が異能を使う準備をしていた。
それを背後で見ている悠馬は、少し嬉しそうに夕夏と混合チームが激突する姿を心待ちにしていた。
初めて見る、第三者視点でのレベル10の異能。
しかもそれが前総帥の娘の異能ときたら、興奮するのも無理はないだろう。
悠馬は必死にニヤケた口元を元に戻し、その異能同士の激突の瞬間を待った。
「結界 天照大神」
「はっ!?」
夕夏が呟いた単語を聞き逃さなかった悠馬は、先ほどまで緩めそうになっていた口をぽかんと開けて唖然とした。
結界というのは、初代異能王の時代が始まりとされる、神との契約のことだ。神界と人界を結ぶ力、術者の一定区域に限って、神の力を振るうことが許される能力の事だ。
神との契約は、神器を用いたり、神社で行なったり、運がいい奴は道端で契約ができるらしいがリスクもある。
その神の力と引き換えに、そこそこの体力を持っていかれるのと、自分の異能と相性のいい神との契約でなければ、その恩恵が薄い事。
そして、自分自身の器が足りなかった場合、溢れ出す力に耐えきれず、異形の存在となってしまう。
その耐えきれなくなった状態は使徒と言われ、使徒は動くものすべてに反応し攻撃してくる上に、使用者よりもはるかにレベルが上がっていて、下手をすると一国の軍隊を出動させるような大事件にまで発展することもある。
そんなトンデモ能力を彼女が使用したのだから、悠馬が唖然としてしまうのも無理はない。
なにしろそんなトンデモ能力を、自分よりも遥かにレベルの低い相手に使おうとしているのだから。
「ごめんね、少し熱いかもしれないよ!」
混合チームが発動した能力が、夕夏をめがけて飛んでいく。
加奈も呆れた表情でその光景を眺めていた。
「あの子、これが初めて人に向けて使う異能だから、張り切ってるのよ」
ドン引きをしている悠馬を見て加奈は少しだけ訂正をしてあげるが、それにしてもやりすぎよね。と呟く。
混合チームが放った異能は一瞬にして焼き払われ、その炎は混合チームを襲った。
悲鳴をあげる間も無く、一瞬の出来事。
異能を使える人間は、レベルが高ければ高いほど他の異能に耐性を持てるから、混合チームのメンバーのレベルが高いことを祈ることにしよう。
立っているのは、夕夏と背後に避難していた悠馬と加奈だけという、悲惨な結果になってしまった。
パチパチと緑色に生い茂っていた芝が黒色に変わり、焼けただれてしまっている。
混合チームが来た方の木々は軽い山火事だ。
「わー!やりすぎた!?私やりすぎちゃった!?」
結界を使った辺りから雲行きが怪しかったけど、いくらなんでもやりすぎだろ。
悠馬は夕夏に向けてそう告げようとしたが、燃えている木々の影に、1つの動いている影を見つけ目を細めた。
あの姿はさっきも見たな。
なにやら外部と連絡を取っている様子の人物だ。
混合チームが全員やられてしまったせいか、こそこそとバレないように逃げている。
「ま、いいか」
特になにをする気でも無さそうだし、別にいいだろう。
軽い気持ちで見逃す判断した悠馬は、横に突っ立っている加奈を見る。
「じゃあ、元気でね」
夕夏はまず合格確定として、一緒にいる加奈も、この実力なら合格は間違いないだろうと判断した悠馬は、火が消えずに慌てている夕夏と、その様子を呆れて見ている加奈を置いて、場を去ることにした。
***
試験開始から40分が経過し、辺りは次第に静かになって来ていた。
序盤飛ばしていた生徒たちは、温存をしていた生徒たちに標的にされ、気を失っていく。
序盤にぶつかり合っていた生徒たちは、互いに体力切れで、声も出せないほど疲労している様子だ。
そんな中、たった1人で白のゼッケンをつけたグループに取り囲まれた生徒は、表情を変えることもなく切り株に座っていた。
「知ってるぜ?お前南雲だろ?」
南雲と呼ばれた赤髪の男。
試験開始前、お通夜状態だった赤チームの前で演説をしてみせた男子生徒だ。
「クク…なぁ、オレは有名なのか?」
「ああ、うちの県の中学じゃお前が一番強いって話だった。それってつまり、お前が王の可能性が高いってことだよな!」
試験は終盤に差し掛かっているが、占い師という役職を使いこなせていた生徒は未だに2人しかいなかった。
1人目は悠馬に使い方を教えられた美月と、2人目は赤チームの占い師だ。
そんな大混戦の中、白チームの男子1人は、自分の知っている中で最も強いと噂される人物、南雲を仕留めようと、終盤になってからチームを急造していた。
「そうかそうか。そりゃぁ結構嬉しいな。大阪ではオレが一番強かったってことだろ?」
白チームの男の話を聞いて南雲は嬉しそうに笑ってみせると、切り株で足を組み、まるで余裕でもあるかのように振る舞う。
「ああ!お前、王なんだろ!」
余裕の南雲の様子を見て王だと確信したのか、白チームの男子は、名探偵が犯人を見つけた風に指を指し、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「クク、もし仮にオレが王だったとして、お前らが勝つ手立てはあるのか?」
南雲が指を指した白チームのメンバー。
たったの8人しかいない。そんな少ない人数でこのオレを倒せるのか?と言いたげな不敵な笑みで、自分のことを知っているという男子に問いかける。
その不敵な笑みを見て一歩後ずさった男子は、メンバーを見渡すと一度頷く。
「ククク…数的優位に立ったつもりだろうが、本当に優位なのか?この中に反逆者が紛れてることを考えなかったのか?」
南雲がそう呟くと同時に、白チームの中には沈黙が走った。
そんなこと予想もしていなかったと言うべきだろうか?互いが互いを疑うように疑いの視線を向け、南雲以外にも注意するべきメンバーがいるんじゃないかと不安そうな眼差しで警戒を始める。
「もしかするとオレを知ってたコイツが、評価欲しさにお前らを売りに来たのかもしれねえぜ?」
その不安を煽るように、南雲が言葉を放った。
南雲の話を聞いた残りの7人は、一気に1人の男子生徒へと視線を向けると、怒りの篭ったような眼差しで彼を睨み始めた。
「ま、待てよ!俺は何の役職ももらってねえ!信じてくれよ!」
「クク…ククク…お前ら面白いな。全部ウソだよ。この中に反逆者がいるかどうかなんて、このオレが知るわけねえだろ」
「ふざけやがって!」
「もうやっちまおうぜ!」
南雲のおふざけに付き合ってられない。
背後に控えていた男子生徒は、南雲に向けて異能を放とうとするが、後ろから体操着の襟元を引っ張られバランスを崩す。
「三流だなぁ。オレァちゃんと忠告してやったのにな。本当に数的優位に立ったつもりなのかって」
バランスを崩した生徒は、背後に立ったいた男子生徒の姿を見て、間抜けな声を上げながら目を見開く。
なんで?どうして?という疑問が頭の中に浮かび、全身に鳥肌がたった。
木々に囲まれた空間でそれぞれの生徒の背後に立っていたのは、複数の南雲だった。
「ど、どういうことだよ!」
「んだこの能力!くっ…」
「うわぁっ!誰か助けてくれ!」
「コイツ…強え!」
8人いる南雲と、7人の生徒が戦うという奇妙な光景。
最初に会話をしていた南雲は、切り株に座ったまま動こうともせずにその光景を眺めていた。
「クク、いい事を教えてやるよ。オレの異能はこれ1つだ。全部倒せば勝ち目があるかもしれないぜ?」
1対1でも分が悪いのか、押され気味な白チームにとっては意味を成さないアドバイスだった。
1人、また1人と物理的な攻撃を受け、倒れ込んでいく。
「チクショウ!王が目の前なのに…」
最後の1人は、地面に倒れながらそう呟いた。
南雲へ手を伸ばそうと必死に身体を捩り、手を広げるが、その手は南雲の足にすら届かず、力を失ったかのように地面へと墜落した。
「クク…言ってなかったか?オレは王じゃねえよ。ただの役なしだ」
切り株に座ったまま答えた南雲は、木々が騒めく上空を見てゆっくりと立ち上がる。
「終盤なのに人が多いなぁ、オイ、男子に守られてお姫様気取りか?」
南雲が睨みつける先。
そこには、黒チームの三枝真里亞と、それを護衛するように立っている男子生徒が3人いた。
真里亞は南雲と話がしたかったのか、自身の真ん前に立ち壁のようになっている男子生徒を押し退けると、嗜虐的な笑みを浮かべながら頬に手を当て口を開いた。
「あら。物理的な攻撃で戦闘不可にするなんて、赤チームは野蛮なんですね。原始人みたい」
「クク…言ってくれるな。オイ、殺る気か?」
「やめなさい。貴方たちじゃ勝てません」
真里亞が煽ると同時に、彼女の背後に控えていた男子たちが攻撃態勢に入っていた。
それを見逃さなかった南雲が問いかけると、真里亞は右手で彼らを制し冷たく睨みつけた。
「案外物分かりがいいな」
「ええ。我々は目的を達成していますから。ここで不毛に争って減点にされるのは、得策ではないと思いました。では。またご縁があれば。野蛮人さん」
深々と頭を下げた真里亞は、南雲の方を見向きもせずに回れ右をして去っていく。
その後に続く男子生徒たちは、南雲を睨みつけながら森の中へと消えていった。
取り残された南雲は、辺りに転がっていた白チームのメンバー7人を見下ろすと、ため息を吐いて何かを始めた。
***
実技試験開始から、ちょうど50分が経過した頃。
開始直後とは比べ物にならないほど静かになった山の山頂で、1人の男子生徒が立っていた。
辺りを警戒しているのか、していないのか。背後から見た感じでは、まるで山頂から周りの景色を一望しているようだ。
ゆっくりとその人物に歩み寄った人影は、その男子の背後で立ち止まると、肩を叩こうとして手を伸ばす。
「来たか。美月」
「ん。約束通り、時間ぴったりにね。でも良いの?」
振り返りもせずに美月と話す悠馬。
悠馬は振り返る気がないのか、それとも振り返れない理由でもあるのか。全く身動きも取らない。
「ああ。今周りを警戒してる。俺とお前が見える距離には、誰もいない」
悠馬が使っているのは炎の異能の応用だ。
本来であれば炎を放つことにより発生する熱だけを利用し、熱を周囲に充満させる。
そしてその熱された空気の動きを読み取って、近くに動くものがないかを確認する技だ。
これを使いこなせるようになるのに1年以上もの時間を費やした悠馬は、真剣な表情で目を瞑り、両手を広げた。
「早くしてくれ。この異能は結構集中力必要なんだ。長くは保たない」
加奈と戦い、目を潰された時に一度使った技だが、加奈の時とはまるで規模が違う。
自分たちが視認される範囲に誰もいない事を確認しているのだから、数十、いや、下手をすると100メートルほどの範囲に神経を注いでいることになる。
それがわからない美月は、首をかしげると、悠馬の背後で闇の異能を展開させた。
「それじゃあ、お構いなく。ありがとね。暁くん」
美月の闇が、悠馬の腹部を貫く。
それと同時に、試験終了のサイレンが鳴り響いた。