モテる女は辛いよ
時刻は20時半。
3大イベントである異能祭が終わり、後夜祭へと突入している第1高校のグラウンドは、キャンプファイアーを中心に、かなりの盛り上がりを見せていた。
「はぁ…はぁ…」
そんな賑やかなグラウンドとは打って変わって、物静かな校舎の中。
一切の電気がついていない、外のキャンプファイアーのみが校舎内を照らす中で、ひとりの女子生徒は、息を切らしながら走っていた。
「はぁ…」
廊下を駆け抜け、階段を登る。
銀髪の長い髪を靡かせながら走る少女は、背後を警戒しながら全力ダッシュをしていた。
その理由は、数分前。
フォークダンスが開始される5分ほど前だっただろうか?
「じゃあ、美月、私らトイレ行ってくるから、ちゃんと待っててよ?」
「もう、私は子供じゃないんだから、大丈夫!」
グラウンドへ行く前にトイレに行くという話になった湊たちは、トイレに行く用のない美月を置いて、トイレへと向かって行った。
そんな彼女たちを見送った美月は、ある失態を犯したのだ。
つい先ほど、上級生たちのお誘いを、南雲のおかげで回避した美月。
同級生のお誘いは湊や愛海たちのおかげで常日頃から阻止されているし、美月が1人になることは、滅多にない。
それがフォークダンス開始まで残り5分を切ったところで、ひとりぼっちになってしまったのだ。
そんなひとりぼっちの美月を見つければ、当然機会を伺っていた男子生徒たちは、群がり始める。
いつものような怖い周りの女子がいない、可愛くて優しい美月ともなれば、尚更だ。
「ねぇねぇ!篠原さん、同じ学年だし、俺がエスコートしようか?」
「いや…結構です…」
「じゃあ俺がエスコートするよ!後悔はさせないよ!」
「いや、すでに後悔してます…」
最初は丁重にお断りをしていた美月だったが、フォークダンス開始まで残り時間がわずか、加えて学年でもトップクラスの美女と謳われる美月が余っているのだから、男子たちは止まることを知らない。
そんな彼らの行動に限界がきた美月は、その場から逃走したのだった。
「…なんで私が逃げなきゃいけないんだろう…」
別に誘われるのが嫌というわけじゃない。
だって、男子生徒にお誘いをされるのは素直に嬉しいわけだし、ちゃんと女性として見てもらえていると考えると、満足できる。
しかしながら、断っても断ってもゴキブリのように現れる男子生徒と、付きまとってくる男子生徒たちには憤りを覚える。
「はぁ…私もフォークダンス、踊りたかったなぁ…」
年頃の女子生徒。大きな行事で、しかも踊れば結婚できると噂されるフォークダンス。
しかも美月には現在、悠馬という好きな人がいる。
もし叶うのならば、悠馬と踊りたいという気持ちを、密かに胸の中で抱いていなかったといえば嘘になる。
「悠馬に彼女…ないね」
そして、今日流れ出た悠馬に彼女がいる説。
美月はSNSに出回っているその画像を見て、横にいる女子生徒に敗北感を抱くと同時に、それが本物の彼女ではないと直感していた。
約1ヶ月前の合宿の前の豪華客船で、悠馬は許嫁がいると発言した。
その許嫁について、悠馬のスマホを目にしてしまった美月は、悠馬の許嫁=モデルの花咲花蓮でほぼ確定している。
許嫁のことでウジウジと悩んでいる悠馬が、他の女にホイホイとついて行くことはないだろう。
つまり、あの黒髪の女子との関係は、恋人ではないということでほぼ確定。というのが美月の見解だった。
まだ悠馬の隣は空いている。
花咲花蓮と悠馬が異能祭で激突したことをモニター越しに見ていた美月は、悠馬と花蓮は確実に何かがあったと予想している。
幸いなことに、花蓮の激昂するシーンや、悠馬が凹んでいるシーンは映されていなかった為、悠馬と花蓮の会話の内容、どういう状況だったのかは本人たちしか知らないが、女の直感でそう判断した美月は、屋上への扉の手前まで辿り着くと、扉に背中を預ける。
「悠馬と踊りたかったなぁ…」
あわよくば。
もう少しだけ自分に素直になれれば、悠馬をフォークダンスに誘うことができたかもしれない。
後夜祭に現れていない悠馬は、今どこで何をしているのだろうか?そんな疑問を抱きながら、美月は外から聞こえてくる賑やかな声と、フォークダンスのBGMに耳を傾ける。
「…ここまで来れば、大丈夫かな…」
屋上への扉に寄りかかる美月の耳に入ってきた声。
不意に聞こえた声は、そこまでの距離がない、かなり近距離で発せられた声のようにも感じた。
まさか、誰かが自分のことを探しにきたのだろうか?
これ以上の面倒ごとは避けたい美月は、警戒するように辺りを見回し、そして階段を登ってくる影を見て、息を潜める。
せっかくここまで逃げてきたのに、フォークダンスが終わる前にキャンプファイアーの前まで連れて行かれるのは死んでもごめんだ。
湊たちには申し訳ないが、次から次へと群がってくる男子たちの相手をするのは、正直もうウンザリ。
教師や男子生徒、そして無駄に正義感やクラスの輪を尊重してくる生徒でないことを祈りながら、階段を登ってきた生徒と目を合わせた。
「うあっ!?」
「夕夏…?」
ちょうど、屋上の扉から差し込む月明かりに照らされる、亜麻色の髪。
少し疲れたような表情を浮かべ階段を登ってきた夕夏は、まさか先客がいるとは思いもしなかったのか、階段から落ちそうになる程驚いてみせる。
「ちょっ…と!大丈夫?」
階段から落ちそうになった夕夏を抱き、階段の上へと引き込んだ美月は、大事に至らなかったことを安心しながら、震える夕夏を見つめる。
「うわーん!美月ちゃんだ!オバケかと思ったよぉ…!」
目を合わせたのがオバケだと思って驚いていた夕夏は、美月の顔を見るとすぐにしがみつき、半泣き状態で銀髪の少女の胸に顔を埋める。
「夕夏って、オバケ苦手なの?」
どうしてここにいるの?という疑問よりも、夕夏の焦りっぷりが気になった美月は、完璧少女の夕夏が、オバケが苦手なのかもしれないと感じ、問いかけてみる。
「無理!無理無理!私お化けは怖いの!」
すると夕夏の口からは、案の定、予想していた言葉が帰ってきた。
夕夏が嫌いなものは、オバケと黒く輝くG。そしてお父さんだ。
電気も付いていない真っ暗な学校で、誰もいないと思って訪れた空間で人と鉢合わせては、気が動転してしまっても仕方のないことだろう。
「あはは…意外、夕夏って、なんでも出来るし、怖いもの無しかと思ってた」
「わ、私苦手なもの多いよ!ただみんなが勘違いしてるだけだから!」
完璧少女と言われる夕夏にも弱点がある。
そんな可愛らしい一面を目撃した美月は、頬を緩めながら、その場に座り込む。
「ところで夕夏は、どうしてここにきたの?」
ここからが本題だ。
いや、本題も何も、問いただすつもりはないのだが、何故この人はここにいるのだろうか?とお互いに疑問に思っていることだろう。
「んー…っと…男の子たちからのお誘いが面倒で…視線が…ね?」
フォークダンスのお誘い、そして男子たちの視線。モテる女だからこその悩みだ。
モテない女子からしてみたら、なんて贅沢な悩みだ。調子に乗るなと言いたくなるかもしれないが、モテる女だからこそ、辛いものがあるのだ。
しかも、ほとんどの人は経験がないため、その辛さを知らない。
孤高は、一歩間違えれば孤独へと変貌を遂げるのだ。
「あーね。それで逃げてきたんだ?」
「うん、そういうことになるね…」
逃げたことに罪悪感を抱いているのか、美月が確認をすると、申し訳なさそうな顔を浮かべる夕夏。
その表情の愛らしさといったら、美月ですら抱きしめたくなる気持ちにかられるほどだ。
「美月ちゃんは?」
「私?私は…みんながトイレに行ってる時に、1人で待ってたら先輩とか同級生に囲まれて…断っても断ってもキリがなかったから、逃げてきちゃった」
「あはは…私たち、同じだね…」
似たような理由で避難をしていた美月へと微笑みかけた夕夏は、彼女の横に座ると、ため息を吐く。
「美月ちゃんはさ。フォークダンスでパートナーになりたい人とかいた?」
夕夏の質問。それは純粋に、自分がなりたい人とパートナーになれなかった(悠馬がいなかった)為、美月も似たようなことになっているのではないかという疑問だ。
「…いないといえば嘘になる。夕夏は?」
「私も…正直、一緒に踊りたい人がいたかな…」
天井を見上げながら呟く夕夏。
好きな人と後夜祭でフォークダンスを踊るというのは、誰もが憧れるシチュエーションだろう。
「夕夏の好きな人って、ゆ…暁くんだよね?」
「えっ…」
夕夏の踊りたかった人と聞いて、真っ先に悠馬が思い浮かんだ美月。
美月は、結界事件のことも若干ではあるが知っているし、入れ替わりの一件で、夕夏が悠馬の寮に入り浸っていることも知っていた。
薄々勘付いていたことではあったものの、核心に迫らなかった美月は、ついに夕夏の心の中へと探りを入れた。
「そう…だよ。私は悠馬くんが好き」
「…やっぱり、そうなんだ…」
戸惑いながらも、美月の質問に答える夕夏。
美月を見つめる彼女の瞳には、迷いなど一切感じられない、私は本気だと気持ちのこもっているように見える。
そんな夕夏を見た美月は、惨敗したような気持ちになって、地面を見つめた。
自分が夕夏に優っていること。なんていうのは、1つもないことくらいすぐにわかる。
性格だって、容姿だって、レベルだって、全てにおいて夕夏の方が上。
私は一生消えない傷を背負って生きている。対する夕夏は、きっと綺麗な身体で、男子たちから喜ばれるような肉体のはずだ。
腹部にある大きな傷跡を抑えながら瞳の色を黒くした美月は、覚悟していたことなのに、それを受け入れきれずに、項垂れる。
「美月ちゃんも好きな人いるんでしょ?」
そんな、自分に劣等感を抱く美月のことなど知らない夕夏は、にっこりと笑みを浮かべながら、彼女へと問いかける。
つい先ほど、フォークダンスを踊りたい人がいると言ったのだから、好きな人がいるということなのだろう。
「いるよ」
「いいなー…美月ちゃんなら、誰とでも付き合えるよね。羨ましい」
「本気で言ってるの…ソレ…」
地雷を踏んでしまった夕夏。
美月には、お腹の傷という大きなハンデがある。そのことを知らない夕夏からしてみると、美月は誰とでも付き合えそうな存在なのかもしれないが、美月からしてみると、嫌味にしか聞こえない。
劣等感を抱いている上に、嫌味まで聞かされた美月は、今まで見せたことのないような形相で夕夏を睨みつける。
「え…?」
「何も知らないでしょ…私のこと。勝手に羨ましいとか、そんな言葉で片付けないでよ」
幸せな人が、不幸な人に何かを言ったところで、それは不快感以外の何も与えてくれない。
「…ごめん。言い過ぎた」
黙ったままシュンとする夕夏を見て、ハッと我に返った美月は、申し訳なさそうな表情を浮かべて、床を見つめる。
何やってるんだろう?私。
勝手に劣等感を抱いて、勝手にムカついて八つ当たりして。
ほんと、自分が嫌になる。
ようやく変われたと思っていたのに、過去のことを忘れきれずに、自分の性格が歪んでいくような気がする。
「…美月ちゃん、私と一緒に、フォークダンス踊りませんか?」
絶望に沈む美月を目にした夕夏は、彼女を救う言葉を導き出すことができなかった。
何故美月が怒ったのかわからなかった夕夏は、自分でも何を言っているんだろう?と疑問に思うような提案をして、美月へと手を差し出す。
「夕夏、それって私たち結婚するってこと?」
「あ…いや!違うよ?だって私たち、女同士だし!お互いに好きな人もいるんだから!だから、さ…来年はお互い、好きな人と踊れますように。って、そんなお願いを込めて…あとさ。来年、下手くそだったら恥ずかしいじゃん?練習しようよ?」
今の夕夏に出来るのは、話題を逸らすくらいのことだ。
何も知らない奴からの励ましほど、鬱陶しいものはない。
結界事件でそれを学んだ夕夏は、必死に笑顔を浮かべながら、美月を誘う。
「ん。そうだね。練習したほうがいいよね」
夕夏の思いが届いたのか、彼女の手を握った美月は、ゆっくりと立ち上がると、微かに聞こえてくるフォークダンスのBGMに耳を傾ける。
美月はBGMに耳を傾けると、徐々に表情を険しくしていき、そして引きつった笑顔を浮かべ夕夏へと振り返った。
「…あの、申し訳ないんだけどさ。私フォークダンスの振り付け知らない…」
そこでようやく、自分がフォークダンスについて何も知らないことに気づく美月。
中学時代はイジメられていたのだから、フォークダンスなど縁のない話だったのだろう。
「ご、ごめん…私も知らないや…」
自分から誘ったものの、フォークダンスを知らないのは夕夏も同じだった。
こっちもこっちで、お嬢様学校出身。フォークダンスなど踊ることもなかったのだろう。
焦った表情で、美月と顔を見合わせる。
「ぷ…」
「あはは!2人揃って振り付け知らないなんて…!」
「携帯端末で動画確認しようよ?」
「そうだね!そうしよ!」
先ほどの空気はどこへ行ったのか。
それから、まるでさっきのことは何もなかったかのように、仲良く携帯端末を覗き込み、試行錯誤する2人の声だけが、賑やかに校内に響き渡っていた。
今日は2話投稿したい…です




