パートナー
時刻は20時10分過ぎ。
第1高校の校門から階段を登った先は、あと20分ほどでフォークダンスが行われるためか、男女問わず、必死にペアを探す生徒たちの影が見える。
パートナーが決まった男女は、お先に失礼しまーすと勝ち誇ったように、時計塔の裏にある、フォークダンスの会場であるグラウンドへと向かって行く。
「ねぇ、俺と一緒に踊ろうぜ!クラスの女子なら大歓迎だぜ!」
そんな中で、焦るそぶりのない、やけに勇ましい声が響いて来る。
その声の主は栗田。
つい先ほどまで通と言い争いをして、口喧嘩にて勝利を収めた、1年Aクラスの男子生徒だ。
「…」
「…」
「え、アレ?」
リレーで1位を取った栗田。
少しは自分に惚れた奴もいるだろうと自信満々だった彼は、反応の薄い同じクラスの女子生徒たちを見て、一気に焦りの表情へと変貌する。
「ごめーん、栗田くん、気持ちは嬉しいけどさ?」
「やっぱ優勝の立役者って言えば暁くんじゃん?」
「そうそう!マジ半端なかったよね!イケメンでレベル10とか、ウチ暁くんに惚れちゃったー!」
「それな!」
フィナーレの悠馬を見ていた女子たちは、その競技の鮮烈な出来事を思い出してか、栗田のことそっちのけで会話を始める。
「でも惜しかったよねー、最後の!」
「うん、ほんと惜しかった!」
「最後の最後でタイムアップだもんね!まぁ、それでも十分凄いんだけどさ!」
少し残念そうに話すAクラスの女子たち。
そう、悠馬はフィナーレで完勝したわけではなかった。
悠馬が一ノ瀬と神奈との連携の末、戀へと向けて放った、背後からの一撃。
その炎は、戀へと到達し、彼に確実に直撃はしたものの、そこでタイムアップ。
競技の規定時間である60分をオーバーしてしまったのだ。
結果として、今年のフィナーレの生存者は、悠馬、神奈、一ノ瀬、戀の4人。
去年の時間に余裕を残しての競技終了と打って変わって、接戦したバトルで今年のフィナーレは幕を閉じた。
しかし、あのまま行くと悠馬が戀を倒していたことには変わりないだろう。
憶測のため、口には出さないがそう思っている女子生徒たちの目には、もう悠馬しか映っていなかった。
なにしろ、悠馬は容姿が上の上。
クラス内で1番かっこいいと入学当初から言われ続け、唯一ダメだとされていたのはレベル。
入学2日目でレベル8と名乗ったこともあってか、顔はいいけどレベルがね…?
将来を考えるなら、顔よりも金なのかなぁ…などという考えで、悠馬への接近を諦めている女子たちもいた。
そんな中で、悠馬のレベルが10と発覚した。
フィナーレでは最後まで生き残り、総帥やお偉方にもその名前を焼き付けさせて、顔は整っている。
将来的にも有望で、イケメン。
そのことを知った女子生徒たちの中には、手のひらを返して悠馬のことを狙い始めていた。
「み、美哉坂さん!俺と一緒に踊りませんか?」
そんな、悠馬優勢のムードの中で言葉を切り出す栗田。
栗田が大本命とも言える夕夏の名前を呼んだ瞬間、周りから夕夏の様子を伺っていた男子たちの鋭い眼光が栗田へと向いた。
その中には上級生の視線もある。
目では、抜け駆けしやがって。と訴えているようにも見えた。
栗田は深々と頭を下げて、夕夏へと手を差し出す。
それを黙って見つめる夕夏。
なにしろ夕夏には、暁悠馬というれっきとした好きな人がいる。
後夜祭のフォークダンスにどんなジンクスがあるのかを知っている夕夏からしてみれば、栗田と踊るということはつまり、彼と結婚するということ。
悠馬と結婚したいと密かに願望を抱く夕夏からしてみれば、絶対に嫌な展開なのだ。
「……ごめんなさい。私、踊る気ないので…」
「あはは…そうですよね……」
玉砕覚悟で夕夏を誘っていた栗田は、神宮のように逆上をすることもなく、差し出していた右手で後頭部を掻きながら作り笑いを浮かべる。
そして夕夏も、誤った断り方をしたと気づき、作り笑いを浮かべながら内心で絶望していた。
踊る気がない。
好きな人がいるという断り方よりもはるかに安全で、変な詮索はされない便利な言葉。
しかしながら、それを使ってしまえば、フォークダンスを踊った場合、アイツ踊る気ないって言ってたのに踊ってんじゃん。嘘つきじゃね?などと、反感を買いかねない。
完全に悪手だ。
「てか栗田、アンタワンチャン狙いすぎじゃない?夕夏と釣り合うのって言ったら、現状じゃ暁くんくらいだし!夢見すぎ!」
「な…!その言い方はねえだろ!」
夕夏の後方に控えていた女子が、誘いを断られた栗田に追い打ちをかけるように、冷たい言葉を投げかける。
「ちょ…!亜佑美ちゃん!私そんなつもりで断ったんじゃないから!」
そんな彼女に向けて、慌てて訂正を入れる夕夏。
夕夏は釣り合う釣り合わないではなくて、好きな人と踊りたいと思っているだけだ。
お前は釣り合わないから無理。などと選別をしているわけじゃない夕夏からしてみれば、亜佑美という女子生徒の発言は、語弊を生みかねない、時限式爆弾のようなものだった。
「チッ…この際だから言っといてやるよ!お前らの夢は壊したくなかったけど!耳の穴かっぽじってよく聞けよ!暁はなぁ…!」
そんな夕夏の注意などいざ知らず、大きな声を荒げる栗田。
確かに栗田は、夕夏と踊れたらいいなとあわよくばのお誘いをしたわけだが、そんな彼の勇気を馬鹿にしていい輩など誰1人としていない。
夕夏だって、誘われたことは素直に嬉しいくらいだ。
亜佑美の発言で機嫌を損ねた栗田は、彼女たちの夢を壊すように携帯端末を取り出すと、その画面を女子生徒たちに見せつける。
「暁はすっげぇ可愛い彼女がいるんだよ!!!夢見てるのはお前らもだろ!」
「え!?嘘!?」
「誰この娘!」
栗田の携帯端末に映る、青い浴衣に紫陽花の刺繍を施した、黒髪の女子。そして仲睦まじく手を繋ぐ悠馬。
まさにお似合いのカップル像のような光景だ。
携帯端末のロック画面にしたくなるような美男美女カップルの画像を目にした女子生徒たちは、悲鳴にも近い声を上げ、栗田から携帯端末を取り上げる。
「あ、ちょ!」
「この子可愛くない?」
「えー、この子が暁くん独り占め?ズルいんだけど!」
携帯端末を取り上げられた栗田が呆然と立ち尽くし、勝手に盛り上がる女子たちを眺める。
「え…朱理…?」
そんな中、この島で唯一朱理のことを知る夕夏は、その画像を見て、思考を停止させた。
なんでこの島にいるのか。何をしているのか。その全てがわからない。
彼女は一体、何をしにこの島へ訪れたのだろうか?
そんな疑問が、夕夏の頭に過ぎる。
***
「へぇ、やっぱ、暁くんって彼女いたんだー。誰とも付き合わないからおかしいとは思ってたんだけどさー!」
夕夏から離れたところで、話を聞いていたギャル系の女子は、話はするものの興味はないのか、携帯端末をいじりながら会話をする。
「そういえば、うちらはどうするの?フォークダンス」
「いやぁ、ウチは今年は遠慮しとこうかな?だって、踊ったら結婚できるんでしょ?好きな人もいないのに、無理に踊って結婚しました。なーんて笑えないし。美月と湊は?」
会話をしているのは、美月のグループ。
愛海の質問に対して、踊る気はないと答えたギャル系女子は、携帯端末をしまうと美月を抱きしめる。
「はぁー…美月〜、ウチ美月となら踊ってもいいけど!」
「あはは…私は…うーん?」
抱きつき頬ずりをしてくるギャル系女子の頭を撫でながら、考えるそぶりを見せる美月。
美月には、一緒にフォークダンスを踊りたい男子がいる。
それは入学試験のあの日から、色褪せた世界から救い出してくれた人。
真っ先に悠馬のことが思い浮かんだ美月だが、それを口に出さずにいる彼女は、湊の方を見る。
「湊は?」
「私?私はいない。だって、いい男なんていないよ。男はみんな悪。屑ばっかり」
「出た!湊の男嫌い!」
「暁くんも八神くんもダメなわけー?」
湊の過去のことを考えれば、周りの男子が屑に見えるのも仕方のないことだろう。
しかも過去と同じクラスの人気者ときたら、湊からすると嫌悪の対象以外の何者でもない。
「ダメ。絶対無理」
「じゃあ、誰ならいいのよ?1番マシなの誰?」
湊の過去を知らない、愛海からの質問。
現状、湊の過去を知っているのは、美月と悠馬のみ。
彼女の過去など知らない愛海や他の女子からしてみれば、湊は過度な男嫌いとして取り扱われるのも無理はない。
「………1番マシなの…」
1番マシなのもいない。と断言できればいいものの、湊はそこで言葉を詰まらせた。
いくら男を嫌っていても、本能的に惹かれる人はいるものだ。
「…南雲…」
「えぇ…不良じゃん…」
ポツリと呟いた湊。
彼女は南雲に、自分と近しい何かを感じていた。
それは美月が悠馬と同じ闇堕ちだと知る前に、自分と似ていると感じたようなものと同義の、直感的なものだ。
「でも1番信用はできると思うよ。だってあれは、他人を信用してないと思うから」
他人に全く興味がないのに、あたかも友達であるかのように振る舞う。
信用もしていないのに、信用しているように振る舞う。
作られた仮面で過去の自分を隠すその行動は、湊とよく似ている。
「えー、信用されてないのに信用できるってどういうことよ?」
「それなー、わけわかめ!湊たまに変なこと言うよね?」
「え?そう?」
湊の答えの意味がわからない2人は、不思議そうに笑いながら、湊へと擦り寄る。
「でもまぁ?」
「湊が南雲くんと踊りたいってなら協力したげるよ?」
「ない、ないない!1番マシってだけだから!そんな気持ちカケラもない!」
「ですよねー」
「湊が一生処女っての断言できるわ」
男が嫌いで、フォークダンスも踊りたがらない。
男が現れるとほぼ確実に威嚇をする湊を見たギャル系女子は、ニヤニヤと笑いながら湊は一生処女だろうと予測する。
そんな女子だけでしかできない会話をしている美月のグループの周りには、複数の男子の影が近づいてきていた。
「あのー、篠原さんっすよね?俺2年の平田って言うんだけどさ?フォークダンス一緒に踊んない?」
「いや、良ければ俺と踊りませんか?」
「美月さん、俺と踊りましょう!」
美月グループの恐怖を知らない生徒たち。
1学年の中では、美月のグループ=男嫌い。関わったらシメられるという噂が定着しているため、下手に関わってくる男子はいないのだが、上級生となると、そんな噂のことなどほとんど知らないし、年上だから大丈夫と考える輩も多い。
ニヤニヤと品定めをするように美月のつま先から頭までを舐め回すように見つめる男子生徒たちは、反応に困っている美月へと詰め寄る。
「いいじゃん。別に減るもんじゃないしさ?」
「ほら、俺と踊りましょうよ?なんなら帰りも送りますよ」
「あ…いや…」
踊る気がない発言をした夕夏を誘うのはほぼ不可能。
ならば美月だと照準を変えて寄ってくる男子たちは、餌に群がるハイエナのようだ。
「行きましょう」
「ちょ…!」
近づいてくる男子たちの中から伸びてきた手が、美月の手を掴み、強引に引っ張ろうとする。
流石に上級生たちに文句を言えない湊たちは、その光景を見届けることしかできなかった。
先輩たちとの軋轢は、合宿で嫌という程思い知った。
言い返せば何をされるかわからない。しかも相手はたくさんの男。
「おい、邪魔だ退け」
そんな、美月が大好きな女子たちですら尻込みする状況で、颯爽と現れた男子生徒。
それは悠馬でもなければ、八神でもない。
「な、南雲…」
「っ…」
真っ赤な髪に、高身長。体格もかなり鍛えているのか、ガッチリとしたその容姿を見た上級生たちは、厄介者が来たと、一目散に退散を始める。
南雲は合宿で、先輩をボコボコにしている。
その噂が広まっているため、近づいたら何かされると思っているのだろう。
「あ、ありがとう…」
「俺が通りたかっただけだ。お前に感謝されるようなことはしてねえよ」
上級生に掴まれていた手が解け、安堵する美月と、美月に駆け寄る湊たち。
南雲は美月を助けたつもりはないのか、振り返ることもなく美月へと返事をすると、その場から離れていく。
「へぇ…湊ああいう系が好みなの?」
「好みとかじゃない!」
「でもまぁ、上級生や、見て見ぬ振りをする男子よりは遥かにマシね」
上級生に攫われる美月を見て、見て見ぬ振りをしていた1年男子たちに目を向けた愛海は、目が合うと離れていく1年男子をみてため息を吐く。
「美月、惚れた?」
「?ごめん、全然…」
あまり恋愛感情を表に出すことのない美月。
悠馬が好きなことすら周りに伝えていない彼女は、ギャル系女子の質問を聞いて、不思議そうに首をかしげると、南雲に微塵も惹かれていないことを告げる。
このグループの中から彼氏持ちができるのは、もっと先のことになるだろう。




