決戦
「……あと何人残ってるんですか?」
先ほどまで座り込んでいた悠馬は、目の前を行く生徒会長の神奈に強引に手を引かれながら、歩いている。
「私たちを含めて、あと4人ですね。予定では私に暁くん、そして双葉くんの3人だったんですけど、邪魔者も残ってますね…」
「邪魔者て…」
悠馬、自分、そして戀の他に一ノ瀬が残っていることを確認していた神奈は、一ノ瀬のことを邪魔者と一言で片付けてしまう。
「いやぁ、残ってるもう1人の生徒、一ノ瀬くんって言うんですけどね?アレ、厄介なんですよ。去年とは全く違う性格になってますし、行動も全く読めないですし。去年は血の気が多くて扱いやすかったんですけどね。今年はなんとも…」
邪魔者、扱いやすい。
同じ高校の生徒ならまだしも、まさか他校生に対してここまで言ってしまうのだから、すごい女だ。
神奈から影で誹謗中傷を浴びている一ノ瀬に同情しながら手を引かれる悠馬は、呆れ気味に首を横に振る。
「そんなに厄介なんですか?」
「うーん、彼もレベル10で、しかも異能島で2番目に強いと謳われてますからね〜、厄介であることには違いないと思います」
「そりゃあ、厄介な2人が残りましたね…」
異能島最強、総帥、異能王に最も近い男と謳われる戀と、その次の席に君臨する一ノ瀬。
最終局面、しかもそれなりに体力を消耗した後に戦うというのだから、苦戦を強いられること間違いなしだ。
「確かに。あの2人が潰しあって、どっちかが消えることを期待していたんですけどね〜、そんなに楽には勝たせてくれないみたいです」
「…会長、キャラ崩壊してません?」
「気のせいですよ」
潰し合う、消える。とても品行方正な生徒会長とは思えない発言をする神奈に苦笑いを見せた悠馬は、元に戻る気のない彼女を見て、少しだけ背筋に寒気が走る。
女って、怖い。
「噂をすれば…ほら、あそこにいるのが双葉くんと、一ノ瀬くんです」
森を抜けた先にある、草はらの中。そこに立ち尽くす2人を目にした神奈と悠馬は、その場で立ち止まり、会話を始める。
「はぇ…ていうか、俺たちもう戦う意味なくないですか?このまま隠れてたら、優勝確定ですよ?」
神奈からどっちがどっちかという説明を受けながら、戦う必要性のなさを指摘する悠馬。
現状のポイント的には、悠馬と神奈が戀に敗北しなければ逆転は不可。
神奈か悠馬がタイムアップまで逃げ切れれば、優勝は確定なのだ。
だから無理して戀と一ノ瀬に仕掛ける必要性はない。
「はぁ…暁くん、そんなことで島の人たちが納得してくれるとでも?」
「しない、ですよね…」
するはずがない。最後にコソコソとしていた奴らが1位になったら、非難の嵐だろう。
「なので。まずは暁くんが突撃してください。その間に私が暗示をかけてみます。内容は、私がすでに脱落してるということと、暁くんが低レベルだという暗示。まぁ、あの2人に通用するかはわからないので、私の異能にはあまり期待せずに、神童の力を見せてくださいね」
「元ですよ。今はただの高校生です」
悠馬に意識を集中させ、その間に神奈が暗示をかける作戦。
戦略としては、2人同時に出て行くよりもはるかに効率の良い、そして成功すれば全てが好転して勝利に終わる、最高のプランだ。
「とりあえず、了解しました。じゃあ俺は突入するので、お願いしますね」
「はい!」
神奈の作戦に異論がなかった悠馬は、その作戦を受け入れて、森の中から、睨み合う戀と一ノ瀬のいる草はらへと出る。
「どうも〜、双葉先輩と一ノ瀬先輩であってますか?」
ニコニコと笑みを浮かべながら、2人にお辞儀をしてみせる悠馬。
もちろん、作り笑いだし油断なんてしていない。いつでも攻撃を受けられるように、鳴神の準備も、氷の異能を発動させる準備も済ませての行動だ。
「おや。第1は知らない学生を起用していると思ってたけど。今年も1年生を使ってたんだ。合ってるよ。僕が一ノ瀬で、こっちの目つきの悪い方が戀くん。ねぇ、助けてよー。戀くんがさ〜、僕のことばっかり追ってきてさ、しんどいんだよー」
「人をストーカーみたいに言うな。普通に考えて、敵を見つけたら追うのが当たり前だろ」
悠馬が聞いていないことまで話し始める一ノ瀬と、彼の発言に訂正を入れる戀。
「それじゃあ、3人で決戦って事で…」
「4人の間違いでしょ?」
「そこに隠れてるのはわかってる」
「…はや」
悠馬が3人と発言すると、訂正をする2人。
2人に神奈の暗示が効いていない事を知った悠馬は、作り笑いを止めると、真剣な表情で2人を見つめる。
「いやぁ、バレちゃってましたか〜、ハズカシ〜」
木々の影から現れた神奈は、その場から動くことはなく、近寄るそぶりすら見せない。
「やっておしまいなさい、暁くん!」
「………んん?」
今なんつった?
近づいてくる気配のない神奈が悠馬に放った衝撃の言葉。
まるでペットに指示を出しているように、2人を交互に指差した神奈は、悠馬にやれと言う指示を出して、腕を組む。
「ほら、早く!」
「はぁー…やりますよ!やればいいんでしょ!ニブルヘイムっ!」
こうなればヤケクソだ。
さっきまで援護されるものと勝手に期待をしていた悠馬は、数的には優勢なはずだったのに、その優勢である部分を切り捨てられて、怒ったように周囲を氷漬けにしようとする。
「1年生、アドバイス!戀くんにはどんな火力の異能も通らないから気をつけて〜!」
「アンタにも通んないのか…!」
何の異能も発動させていないように見えるのに、ニブルヘイムの氷の餌食にならない戀と、身体から炎を発生させて、自身の周囲の氷を溶かす一ノ瀬。
少しくらいダメージを与えられると思っていた悠馬は、余裕そうな2人を見て表情を歪めると、氷の槍を生成し、それを戀に向けて放つ。
「異能はバリアですか?すごいっすね!そんな異能始めて見ましたよ!」
攻撃が一切通らないという逸話。
それを聞いていた悠馬は、戀の異能に秘密があるのではないかと探りを入れる。
どんなシールドにだって、盾にだって弱い箇所は存在する。
特に、小さな隙間に大きな力が加わると、シールドは壊される。
氷の槍の先をアイスピックのように尖らせている悠馬は、それを全方位から戀に向けて放つ。
「?」
悠馬の攻撃を、難なく回避する戀。
「ちなみに補足だが、俺の異能はバリアではない」
「そうみたいですね」
「戀くんが避けた…1年生、続けてー!僕も戀くんの弱点が知りたい!」
攻撃が通らないはずなのに、仁王立ちをやめて回避をした。
それはつまり、攻撃が通る時があるということだ。攻撃が通らないなら、動く必要が無いわけで、避けるという発想はないなず。
ならば考えられることは2つだ。
1つ目は、見えないところは防御できない。つまり全方位からの異能は防げないということ。
2つ目は、時間経過で無敵状態が終了することだ。悠馬が異能を放った時、ちょうど無敵状態ではなかった。
この2つの可能性が大きいだろう。
「一ノ瀬先輩も手伝ってくださいよ」
「うーん、いいけどさぁ、僕、去年戀くんに負けてるから、嫌なんだよねぇ…」
戀と悠馬の戦いを観戦しようとしていた一ノ瀬とを仲間へ引き入れた悠馬は、数的優位を再び確保し、鳴神を使用する。
当然のことだが、一ノ瀬が味方に加わったと本気で思っているわけでは無い。
ただ、人間というのは大きな恐怖が身近にあると、敵と手を取り合ってでもその恐怖を排除しようとするものだ。
最悪、一ノ瀬から不意打ちを喰らっても、悠馬は炎能力者のため、ダメージはほぼない。鳴神も使用しているわけだし、一ノ瀬の不意打ちに対応が遅れて離脱という可能性も薄いだろう。
「2人がかりでも結果は同じだぞ」
「どうでしょうね?」
「結果は変わらない、ね。でも、さっきの彼の攻撃を避けたってことは、何らかの弱点が存在するってことでしょ?それを見つけられれば結果は変わる。違わない?」
「なら俺も戦うまでだ」
弱点さえ見つけられれば、戦況は変わる。
去年のフィナーレで1度も発見されなかった戀の弱点を、残り約5分程度の時間で見つけ出す。
それは至難の技だろう。
「気をつけてね、1年生。戀くんの攻撃は目に見えないからね。いつ飛んでくるのかもわからない」
「マジっすか…!」
不可視の一撃。早すぎて見えないなどではなく、純粋に見えないと聞いた悠馬は、驚きの表情を浮かべながら、戀が腕を向けた方向から離れる。
「炎よ…」
しかし、だからといって無策で終わるわけにはいかない。
悠馬は、入試の加奈と戦った時に見せたように、炎の熱を周囲に広げると、そこを不自然に動く何かを探す。
「…風…?」
自身の熱が不自然に動いたことにより、辺りを見回した悠馬は、バキッという鈍い音と共に、離れたところの木が真っ二つにへし折れるところを目にする。
「なるほど…」
戀の異能は、風を圧縮して押し出すといった感じの異能で間違いないだろう。
風は目に見えないし、特に遮蔽物のない空間であれば、何も考えずに、無数の風を用意できる。
戀にとっては最高のステージだろう。
「風ですか?」
「すごいな。初見でそこまでくるとは。だが惜しい。俺の異能は風じゃない」
「まぁ、飛ばせて2発でしょう。ならどうとでもできる」
戀のモーション。1発の攻撃を放つのに、1つの腕を使用したところを目撃した悠馬は、両手の本数、つまり1度に2発しか使用できないという判断をして、鳴神で戀へと近づく。
人の領域を凌駕した速度で走る悠馬は、戀が腕を上げると同時に前傾姿勢に入ると、炎の異能で戀の攻撃を察知しながら彼の背後へと回る。
「いけ!1年生!」
「喰らえ…!コキュートス」
一ノ瀬が叫ぶと同時に、悠馬が放ったゼロ距離からのコキュートス。
龍の形状になる前に戀へと牙を剥いたコキュートスは、彼と直撃する寸前で何かに防がれたようにかりながら、強引に戀を吹き飛ばそうとする。
「まじかよ…!これ喰らっても仁王立ちとか…!」
悠馬が放ったコキュートスを喰らいながら、ゆっくりと振り向こうとする戀。
まるで傷がない、ダメージを一切負っていない彼の姿を目にした悠馬は、顔をひきつらせる。
「暁くん!援護します!」
「会長…!」
戀が完全に悠馬へと身体を向けた直後、丁度悠馬の真正面、つまりは戀の背後を取った神奈は、水の異能を発生させながら声をあげる。
「チッ…」
「コキュートスっ!」
氷の異能に、水の異能。相性は最高だ。
神奈の放ったコキュートスを凍らせて身動きを封じることが可能になった悠馬は、焦る戀を見て笑みを浮かべる。
「致し方ない…本気でいくぞ」
「っ!?」
そんな絶体絶命だった戀が、全力でいくと呟くと同時に、悠馬の放ったコキュートスは砕け散り、神奈の使用したコキュートスも空中で分解される。
「なにを…」
「簡単だ。俺はこの空間に、異能を無数にとどめている。発動させるのは俺の気分次第ってことだ」
「つまりここは、空気中にも地雷がある恐怖の空間っていう認識でいいのかな?」
「そういうことになるな」
戀が空中に異能を留めていると明言したことによって、身動きが取れなくなる3人。
コキュートスを破壊するほどの火力の異能がどこにあるかもわからない状態で、下手に動けるはずもない。
「動かないならこっちから…」
「いや、動くけどね?」
「ちょ、一ノ瀬先輩!?」
戀の脅しを聞いて、自分でも地雷に近いものが大量に撒かれていることを確認したはずなのに、無造作に走り始める一ノ瀬。
「この空気中全てに異能を撒くなんて、不可能だよね?なら君の周りのみに撒かれていると考えたほうがいいよね?その衝撃波みたいなのは」
「なるほど…確かに…」
一ノ瀬の指摘を聞いて納得する悠馬。
確かに、僅か数分という短期間で、この空間全体に異能を留めるなんて芸当ができるはずもない。
出来る人がいるとするなら、それは総帥や異能王くらいだ。
「畳み掛けますよ!会長!」
「ええ…!」
身動きが取れると分かれば、全員一斉に動き始める。
「何か忘れてないか?俺に攻撃は当たらないぞ?」
「ははっ…!そりゃどうでしょうねぇ…!一ノ瀬先輩は正面から視界を奪ってください!会長は先輩を援護してください!」
「うん、わかった」
「え?ええ、わかったわ!」
正面から駆け抜ける一ノ瀬は、戀と残り5メートルほどの距離まで詰め寄ると、右手を伸ばして炎の異能を放つ。
「燃やし尽くせ。プロミネンス!」
「援護…援護と…!アクアシールド」
プロミネンスを放った一ノ瀬の前に、水の層を作って防御態勢を整えた神奈は、一ノ瀬の炎により視界を奪われている戀と、背後から詰め寄る悠馬を見つめる。
「…多分わかりましたよ…先輩の弱点」
戀は氷の槍を放たれた時、防ぐよりも先に回避を優先した。それはダメージが通る所があるということだ。
そして背後からコキュートスを放った時も、無理やりにでも正面から受け止めようと振り返った。
つまり弱点は背後のどこかにある。
それが脆いのか、それとも庇いきれていない所があるのかはわからないが、背後全体を攻撃すれば自ずとわかることだ。
「終わ…りだぁ…!」
悠馬がそう叫ぶと同時に、炎の異能が発動する。
つい先ほど、一ノ瀬が放ったものと同じプロミネンスだ。
「いけ…!」
「倒せ…!」
一ノ瀬と神奈の声を聞き届けながら、大きく唸るプロミネンス。
「くっ…ここまでか…!」
悠馬の放ったプロミネンスは、轟音を轟かせ、草はらを焼き尽くしながら、戀へと突き進む。
戀くんに攻撃が通らないのは、結界のおかげだったり…?
何の結界なんでしょうね。




