覇王VS悠馬
競技開始から45分が経過した。
その間、第4高校の生徒2人と、許嫁、いや、元許嫁の花蓮を撃破した悠馬は、1人大木にもたれかかっていた。
「覚悟してたはずなのに…やっぱ、沈むなぁ…」
本当に好きじゃなくなっていたなら、こんな気持ちにもならずに済んだだろう。
しかし悠馬は、今でも花蓮のことが好きだし、彼女のことを本気で愛している。
そんな彼が、気持ちを切り替えれるはずもなく、こうして1人凹んでいるのだ。
「花蓮ちゃん…」
自分から別れを告げたはずなのに、まるで捨てられた子犬のような表情の悠馬は、力なくその場にしゃがみこむと、深いため息を吐く。
「はぁ…切り替えないと…今は競技中。権堂先輩の為にも。朱理の為にも。ここまで繋いでくれた学校の奴らのためにも…俺の都合で負けるわけにはいかない…」
そう自分に言い聞かせて立ち上がった悠馬は、自身の真上からの攻撃に気づく。
「っ!?」
「もらっ…」
ギリギリのところで気づいたものの、気づくタイミングが遅すぎた為か、上空から飛び降りてきた男の一撃が頬を掠める。
「第7高校の…」
「チッ、外したか…次だ次!」
悠馬の前に現れた男。
それは花蓮と同じ第7高校の出身で、レベル10能力者である松山覇王だ。
つい先ほど、レオとの激戦(?)を制した覇王は、はやくも次の相手を探して行動を始めていた。
そして覇王が偶然発見したのが、1人大木に寄りかかる悠馬だった。
「暁悠馬。ちょうどよかったぜ」
悠馬へと不意打ちを仕掛けた覇王は、ニヤリと笑いながら手を構えると、悠馬への警戒を怠らないまま話を始める。
「競技は終盤。ほとんどの敵は退場して、乱入はほぼ確実にない」
「それって好都合か?」
ちょうどよかったと言いながら、その理由を説明する覇王。
しかし、悠馬からしてみれば好都合じゃないように感じていた。
何しろ、1対1なら、何が起ころうが実力の差が浮き彫りになる。
複数対1や、複数対複数によって紛れていたはずの力を、1人で相手にしなければならないのだ。
そして今回は、乱入してくる相手もいない為、救援や時間稼ぎは見込めない。
出口のない、救いの来ない場所で戦っているのと同じだ。
「ハッ!好都合に決まってんだろ!だって、お前を1人で倒せば俺は人気者になるし、花蓮だって振り向いてくれるだろ!」
悠馬が危惧していることなど気にも留めない、自信満々な様子の覇王。
覇王は悠馬と同じレベル10であるわけで、それなりに自信もあるのだろう。
「花蓮ちゃんはそういうタイプの男大嫌いだよ」
自信満々の覇王に火の玉ストレートを放つ悠馬。
覇王の言う、人気者になってキャーキャー言われて、他人を振り向かせる。なんてことを花蓮は好まない。
特に通や覇王のような俺様系タイプは大嫌いな分類に入るだろう。
「うぐ…!うるせーな!お前が優越感に浸ってられるのも今のうちだからな!すぐに吠え面かかせてやる!」
悠馬の発言に苛立ちを隠せない覇王。
花蓮が嫌いなタイプだと言われた彼は、人差し指を悠馬に向けて睨み付けると、氷の矢を空中に生成し、悠馬を威嚇する。
「無理だと思うけど」
覇王の生成した氷の矢と全く同じものを生成した悠馬は、覇王へ向けてそれらを放つ。
「うあっ!?」
なんのモーションも入れずに放たれる異能。
自分がレベル10だというのをいいことに、レオ以外を実力行使でねじ伏せ、レオは体力負けに追い込んだ覇王からしてみれば、同レベルでまともに実力合わせをするのは初。
況してや中学が本土の覇王からしてみれば、フルパワーで異能を使うという経験は一切ない。
対する悠馬は、中学校は本土なのだが、人よりも遥かに異能を使って生活してきたし、きちんとした師の元で特訓も重ねている。
同じレベル10と言えど、場数や手数では、悠馬の方が遥かに優位だろう。
「っぶねぇ…!ってかお前!ふざけてんのか!なんだよ!雷も使える癖に、俺ごとき氷だけで十分です。ってか!?」
「あ…いや、そういうつもりじゃ…」
自分と全く同じ異能を、しかも自分より大量に氷の矢を生成して攻撃をしてくる悠馬に激怒する覇王。
彼からしてみると、今の悠馬の行動は、俺の方が氷の異能を優位に使えますよと侮辱されたような気持ちになったようだ。
悠馬からして見ると、今のはある作戦のための行動だった。
覇王の目の前で使ったことのある異能は、先程遭遇した時の鳴神と、そして氷。つまり雷と氷の異能のみだ。
ならばきっと、悠馬がいつ、どのタイミングで雷を使うのかを警戒して、迂闊には近づかないだろうし、氷だけに集中することはできないはず。
そんな彼に向けて、雷の異能を放った直後に、まだ見せていない炎の異能を放つ。
雷を防いで安心しきっているところに使えるとは知らない炎の一撃。
覇王は間違いなく退場することだろう。
そんなことを悠馬は考えていたのだが、覇王は悠馬の思考通りにはいかない様子で、地団駄を踏みながら辺りに冷気を撒き散らす。
「すぐに雷使わせてやるよ…!」
「…まぁ、どっちでも結果は変わらないか…?」
覇王が怒っていても、怒っていなくても、雷を防いだ後に安心することには違いないだろう。
「おらっ!俺のコキュートスを喰らいやがれ!」
「な…んだよその言い方!気持ち悪い…!」
覇王が〝俺の〟と付けたせいで意味深な発言に聞こえてしまう技名に、ドン引きしたような表情の悠馬は、自身へと突き進んでくる氷の龍を横へ飛び回避すると同時に、無防備になった覇王へ向けて氷の礫のような異能を放つ。
「チッ、そんなもん喰らわねえよ!もっとマシな攻撃してこないと当たらないぜ?」
悠馬の放った氷を身を屈めて避けた覇王は、挑発気味に煽って見せると、右手を上げて、人差し指で悠馬に来いよと挑発してみせる。
「俺、煽られるの嫌いなんだよな…」
そんな彼を見た悠馬は、少しだけムスッとした表情で覇王へと駆け寄る。
悠馬は基本、煽られる事が嫌いだ。
普通に過ごしている人なら、煽られる事が好きな人などいないだろう。
特に、お調子者からの煽りほどムカつくものはない。
「くたばれ。コキュートス」
「あ、ちょ、待って、これ死ぬやつ」
近づいてくる悠馬に向かって、待ってましたと言わんばかりに氷の異能で迎撃を始めようとした覇王。
しかしその迎撃は、実行に移す前に中止を余儀なくされた。
覇王の放ったコキュートスとは比にならない、完全完璧なコキュートス。
悠馬が放った一撃は、第4高校を撃破した時と同じく、蛇のようにウネウネと、地面をえぐりながら覇王の元へと突き進む。
「終わりだ」
あまりに突然の出来事に、身動きが取れない覇王。
立ち尽くす彼の姿を見た悠馬は、回避が不可能だと判断したのか、彼の最期を見届けることもなくその場から離れようとする。
「結界っ!玄武!」
「っ!?」
「へへっ、これでまだ戦えるな」
結界を使用した声を聞いた悠馬が慌てて振り返ると、そこには悠馬の放ったコキュートスを抑えつけ、その上に堂々と仁王立ちする覇王の姿が目に入る。
覇王の行動は、普通ではない。
最初にも言ったが、この競技は純粋な運動会の競技なわけであって、結界を使うのはダメ。というのが暗黙の了解だった。
まぁ、実際にはそんなルールが記されているわけではないため、一般常識的なものなのだが、結界というのは誰もが手にしているものではない。
勿論、フィナーレに出場する選手の中には結界を使用できない、神との契約を行なっていない生徒だっているわけで、結界を使える生徒VS結界を使えない生徒。というのは、マシンガンを持った生徒VS素手の生徒。の形状に限りなく近いものだ。
当然、そんなことをすればモニターで観戦している他校生からは非難されるだろうし、同じ学校の生徒たちからも引かれること間違いなし。
要するに大人げがないのだ。
想定外の事態に直面した悠馬は、その場で立ち止まる。
本来であれば、結界には結界で応戦するのが定石。
悠馬とてそれを知らないわけではないし、出来ることなら結界を使用して戦いたいのが本音だ。
しかしながら、悠馬の結界、契約している神はクラミツハ。
悠馬はクラミツハとの契約の際、闇の強化を恩恵として得た。
つまりは、結界を発動したところで、闇を使わなければクラミツハの恩恵を受けることはできない。
競技は終盤、島のモニターではほぼ確実に自分が映されているわけで、衆人環視の前で闇を使うわけにはいかない。
いや、他人の視線がなくても、たかが競技で闇を使うわけにはいかない。
覇王のようなタイプはすぐに広めそうだし、闇を使えば学校生活は地の底まっしぐらだ。
「縛りプレイか…」
自分の最も得意とする異能を使えず、結界も使えず、神器も使えない。
対して相手は、結界を使った自分と同レベルの能力者。
わかりやすいピンチに陥った悠馬は、あからさまに嫌な顔をして、雷を身に纏う。鳴神だ。
「おいおい、まさか結界使ってる俺と、そのまま戦う気か?やめとけよ!結界使えないわけじゃねぇんだろ?」
「使えると言えば使えるが使えないと言えば使えない。今は使えない」
「ハッ、実力者特有の、〝お前は俺よりも下だから手を抜いてやるよ〟っていう変な余裕か?やめとけよそんなの!いっときのプライドで、お前はボコボコに負けちまうことになるんだぜ?」
「まだ負けてないだろ」
自身が結界を使ったことにより、王手をかけたかのように振る舞う覇王。
無論、覇王が有利なのには変わりない。なにしろ今の覇王は、神の恩恵を受けているのだ。舐めていると痛い目を見る。
「そうだな!じゃあ今すぐ負かすぜぇ!いけっ!アイスバレット」
先ほどと立場が逆転した覇王は、自信満々に右手を横に振ると、弾丸の形状をした数十の氷の弾を生成し、目にも留まらぬ速さで悠馬へと放つ。
「当たったら痛いじゃ済まないぜ?」
「そのくらい見ればわかる」
覇王の放った氷の弾丸を凝視した悠馬は、結界事件の時に見せた要領で氷の刀を生成すると、鳴神によって底上げされた並外れたスピードと、腕力を利用して、自身に直撃するはずだった弾を全て斬ってみせる。
「うお!なんだよそれ!刀も使えるのかお前!くぅ…!言いたかねぇが、花蓮が惚れる理由もわかるぜ」
「ほ、褒められたところで…嬉しくねぇぞ…」
花蓮、という単語に弱い悠馬は、覇王の賛辞を聞いて、モジモジとする。
「隙あり!」
「ねぇよ!」
そんな悠馬を見た覇王は、悠馬が油断していると判断し、さっきの氷の弾をもう一度悠馬へと放つが、それは呆気なく斬り伏せられる。
「くぅー!結界で火力増し増しなのに相殺されるとか、なんかムカつくわ!」
「…相殺、ね」
鳴神によって悠馬のモーションが細かく見れていないためか、見事に相殺されていると思っている覇王。
だが、実は悠馬は相殺など出来ていない。
覇王の氷の弾を弾く度に氷の刀にはヒビが入り、その都度自身の体力を消耗して刀の形状を戻している。
無論、それは覇王に対して自分優勢という自覚を持たせくないためだが、そんな行動が長続きするわけではない。
鳴神というのはかなり燃費が悪い。
常に身体に雷を纏わせ、自分の体外に放出されている雷と、そして肉体を動かすために、毎度毎度微調整が必要だ。体力並びに集中力を費やすその技は、天才でなければ使用はできないだろう。
それに加えて、覇王の攻撃のたびに体力を割かれる。
「ここらで終わりにしないと、マズイな…」
「その意見には賛成だぜ?暁!ここでお前を負かして、勝つのは第7高校だ!」
覇王も、悠馬と同じ考えだった。
結界の使用にはかなりの体力が必要となる。
長期向けではなく、短期決戦用の力のため、そう簡単に使えるものでもない。
悠馬との戦いが長引けば、覇王は間違いなく体力切れで餌になってしまうことだろう。
ならばやることは単純。
『最大火力でねじ伏せる』
2人とも同じ結論に至ったのか、全く同じ言葉を発言した2人は、氷の異能を発動させながら笑みを浮かべる。
「トドメだ!暁!コキュートスっ!」
「いけっ!コキュートス!」
放たれた異能は、両者共に同じ。
互いの放ったコキュートスが、互いのコキュートスに食らいつくという、世界でも滅多にお目にかかれない絶景。
悠馬と覇王の異能によって、あたりの木々には霜が降り始め、周囲は冬のような空間へと変わっていく。
「へへ…俺の方が優勢みたいだな…」
悠馬の放ったコキュートスが押し負けていることに気づいた覇王は、鼻を擦りながら決めポーズを取る。
「甘いな。お前は。プロミネンス」
押されている悠馬が続け様に放った異能。
それは氷でもなければ、雷でもない。炎の最上位異能、プロミネンスだった。
「な…にィ!」
辺りに降りた霜を一瞬で蒸発させながら、悠馬のコキュートスを包むようにして放たれた異能。
プロミネンスは、覇王のコキュートスも喰らいながら、異能の発動者本人である覇王にまでたどり着き、一瞬にして彼を焼き払った。
「っはぁ…流石にキツイ…」
覇王のムカつく声と、影が見えなくなった悠馬は、自身が勝利したのだと察し、その場に座り込む。
レベル10との連戦。
今まで体験したことのない未知の経験に、流石の悠馬も疲れている様子だ。
「ふふ、暁くん、お疲れ様でーす」
そんな疲れ果てた悠馬は、横の森から歩いてくる水色の髪をした女子生徒、生徒会長の神奈を見て、安堵の表情を浮かべる。
「会長…勝ったんですね」
「はい。休んでる暇はありませんよ?残り時間は7分。その間にカタをつけちゃいましょう!」
「………会長、人使い荒くないですか?俺、レベル10と2連続で戦ってるんですけど…」
ニコニコと笑いながら、悠馬へと手を差し出した神奈は、悠馬が手を握ると、彼をずるずると引きずりながら会話を再開する。
「ふふ…まだまだ、本番はここからですよ?」
流石に休ませて欲しいと言いたげな悠馬に対して、ブラック企業の上司のような発言をした神奈は、ふふふ…と奇妙に笑いながら、悠馬を引き連れて森の中へと消えていく。
「2分でいいから休ませてくださいよぉ!」
悠馬の悲鳴にも近い叫びが、森の中へと響き、そして消えていく。




