三つ巴
「っしゃ!これで逆転!」
嬉しそうな男子生徒の声が森の中に響き渡り、それに反応したように鳥たちが飛んで逃げていく。
ほんの少し先に流れている川が、少年の嬉しそうな声をかき消し、水音を響かせる。
「ちょ!アンタうるさいのよ!いくら私やアンタがレベル10でも、集団で襲われると厄介でしょうが!」
「そういう花蓮も声大きいと思うけど…」
相変わらず、ギスギスしている生徒2人。
真っ白な生地に、青いラインが施され、7と記された体操着を着ている黒髪の男子生徒、松山覇王と金髪ロングの女子生徒、花咲花蓮。
彼女たちは現在、第9高校と第5高校を撃破したことにより、第8高校と並ぶ形で3位にまでランクアップして居た。
去年も一昨年もその前も、最下位をひた走ってきた第7高校。
他の国立高校、ナンバーズからは実質私立校、ナンバーズの面汚しなどと心無い言葉をかけられてきたものの、今年、この瞬間を待ってその誹りは消え去るといってもいいだろう。
「いやぁ…マジで、この学校に入学して良かったわ。相当目立てるしよぉ」
自分の代で第7高校を復権できる。
それが嬉しいのか、ニヤニヤ笑いを浮かべる覇王には、ある野望があった。
それは第7高校のパンフレットを初めて見て、晩年最下位だと聞いた中学の頃。
覇王は中学時代から、自信家でお調子者。
しかしながら、他の高レベル異能力者と違って、誰とでも仲良くできて、誰にでも平等に振舞っていた。
そんな彼は、あるコンプレックスを抱いていた。
周りから恐れられないが故に、周りからは「レベル10らしくないね」「レベルはすごいけど、顔は平凡」「顔が普通すぎる」などと、少しだけ棘のある言葉を投げられることが多かった。
もちろん、そんなことで怒ったりはしていないが、それでも、覇王にとってはそれが不満であってコンプレックスだった。
そんなある日、女子たちの会話が偶然聞こえてきた覇王。
「第7に入学してさ?異能祭1位にできたらすごくない?」
「絶対惚れるよね!フィナーレで目立っちゃったりしてさ!」
そんな何気ない会話が聞こえた覇王は、自分がそれになろうと考えたのだ。
簡単に言えば、不純な動機。
レベルは凄いが顔は平凡だと言われ続けた男の反逆だ。
自分だって、他の高レベル能力者みたいにキャーキャー言われたい、ラブレターをもらってみたい、可愛い女の子でハーレム作りたい。
国立高校を2つも沈めた第7高校ペアは、間違いなく目立っているだろうし、異能島ではキャーキャー言われている頃合いだろう。
自分の理想が現実味を帯びてきたことによって、覇王は有頂天になっている。
「ふふ…ははは!」
野望に一歩ずつ近づく覇王は、花蓮に大声を出すなと注意されたのに、高笑いを始めた。
「覇王!うっさい!ほんとアンタ、言うこと少しも聞けないわけ!?」
仲直りしてからも、忠告を無視した行動をとる覇王に、花蓮はかなり不機嫌だ。
「へへっ、だってもうすぐ、お前と付き合えるんだぜ?」
「はあ?アンタね、悠馬には絶対勝てないから!無理無理!いくら悠馬が優しいからって、こんな競技で手を抜くとは思えないし、悠馬の圧勝よ!」
「あのー…?それだと俺ら、負けるってことだよね?」
自身がフィナーレに参加していると言うのに、悠馬を全力で応援している花蓮。
自分の勝利よりも、悠馬の勝利を願っているといった雰囲気の彼女を見て、覇王はそんなわけないよな?と言いたげに尋ねる。
「当たり前よ。私は悠馬になら負けてもいいから」
「おい!おいおいおいおい!その発言、第7高校の生徒に聞かれてたら、いくら天下の花咲花蓮でも、おしまいだからな!手抜いたら言いつけてやるからな!」
まるで小学生のように怒鳴る覇王。
自分は負けてもいい発言は、野望を叶えたい覇王じゃなくても、第7高校の生徒から反感を買うのは間違いなしの発言だ。
ここまでみんなが繋いでくれたバトンを、いとも容易く捨てると発言したようなものなのだから。
「はっ、知らないわよそんなの。私は悠馬1人いればいいから」
「くっ…ふざけた女だぜ…」
「何よ?文句あるの?」
「い、いや…」
花蓮よりも立場が下の覇王は、彼女に睨みつけられると、まるで蛇に睨まれた蛙のように、大人しくなる。
辺りからは地響きのような音が聞こえ始めているものの、お互いの会話に夢中になっていた花蓮と覇王は、気づく余地もなかった。
直後、ばきばきっ!と言う、木々のへし折れるような音と共に、突如として現れる、龍の鱗のようなものを纏った何かと、白に赤ラインで1と記された体操着をきている男子生徒。
「なんだ!?なんだよこれぇ!?」
覇王も花蓮も、大パニックだ。
何しろ、龍なんて見たことがない。
異能でそんなものがあるなんて聞いたこともないし、完全に未知の生命体、UMAに遭遇したのと同等の驚き具合だ。
「っ…あ…」
そして花蓮は、その龍のような生物の攻撃を回避していた男子生徒を見て、動きを止めた。
それは、花蓮がずっと再会を望んでいた、ずっと会いたかった人物。
茶色の髪に、レッドパープルの瞳。
身長はかなり伸びているし、体格だって良くなってはいるが、その姿を見て、花蓮はすぐに自分の待っていた人物だと言うことに気づいた。
「悠馬…」
「え!?あの龍が?」
「違うわよ!黙ってなさいこのバカ!」
龍しか見えていない覇王に黙れと言う花蓮。花蓮の目には、もう悠馬しか映っていなかった。
「…まさか、架空の生物にもなれるとはな…」
回避を続けて遠くへと追いやられた悠馬は、嫌そうな顔で呟く。
本来、生物系の異能というのは、実在する生物に限られている。
理由は単純、架空の生物なんて見たことがないわけで、生物系・龍。などという異能は最初から存在していないのだ。
だから悠馬は、自分の持ち得る知識の、全ての生物に当てはめて、炎に完全耐性を持つ生き物は存在してないと判断し、炎を使ったのだ。
だというのに、目の前で対峙していたレオは、炎に耐性を有するであろう龍へと変容し、悠馬へと食らいついてきた。
完全な想定外。悠馬でなくても、どこの誰でも、人が龍に変容するなんて、予想も出来なかっただろう。
しかも、悠馬は龍の弱点なんて知らない。
いや、実際のところ誰も知らないだろう。炎と氷が効かないなら、次は雷だが、龍へと変容しているレオの、ワニよりも固そうな鱗を見る限り、ダメージは通らないだろう。
「逃げて、ないで、戦え!」
対するレオは、かなり焦っていた。
何故なら、先ほども言ったが、レオの異能は他の異能と比べて、かなり燃費が悪い。
逃げられれば逃げられるほど、消耗する体力は増えて、次の相手に残せる余力も減っていく。
現在、競技開始から30分以上が経過しているものの、ここで無駄な体力を使うわけにはいかないのだ。
しかし、そのことを知ってか、知らずか、回避を優先する悠馬。
早くケリを付けたいレオからしてみれば、フラストレーションを溜め込みまくりの、イライラする場面だ。
「いやだって…龍は流石に…」
悠馬とて、手がないわけじゃない。結界を使って、神器を用いて斬りかかれば、レオは一刀両断出来ることだろう。
しかし、こんなところで神器を使うわけにはいかないし、普通に戦うという道しか残されていないのだ。
「悠馬!」
そんな、互いに自分が勝つために思考を逡巡させている中、1人の女子生徒の声が響き渡り、悠馬は目を見開く。
凛とした声。透き通ったその美しい声は、いつまで経っても変わらない、聞くだけでも涙を流しそうになる声だった。
出来ることなら、出会いたくなかった相手。
叶うなら、もう一度出会いたかった相手。
その声を聞いて、建前と願望が入り混じった悠馬は、振り向いた先にいた、金髪の女子生徒を見て、小さな声を漏らした。
「勘弁してくれよ…花蓮ちゃん…」
花蓮がレベル10だということを知っていた悠馬からすると、彼女がフィナーレに出場する可能性も高いと知っていたはずだ。
しかし悠馬はきっと、自分と出会う前に誰かと激突し、自分か花蓮が退場をしている、若しくは時間内に遭遇することはないとタカを括っていた。
「第7、の、奴!倒す!」
花蓮の声を聞いて、自分と悠馬以外の生徒がいることに気がついたレオは、悠馬をガン無視して、花蓮の方へと突き進む。
悠馬に時間をかけても、得られるポイントは他の生徒たちと変わらない。
ならば、簡単にポイントが取れそうな生徒を倒すのを優先させるのは、戦略としては定石だろう。
「龍は邪魔。失せなさい」
しかし、レオはある失態を犯した。
花蓮が異能を発動した瞬間、悠馬の氷でも炎でもダメージを負わなかったレオの龍の鱗は、いとも容易く斬り刻まれ、そこから血を流す。
そう、彼女もまた、レベル10の風異能力者なのだ。
簡単にポイントを獲得できそうな女子に見えるが、実力的にはかなりのものだ。
現在、ここにいる4人の生徒は全員がレベル10。
進撃を止めたレオは、龍の形状をやめると、元の人間の姿へと戻り、花蓮を睨みつける。
腕には、花蓮が龍の鱗に向けて放ったであろう異能の傷跡が残っている。
「お前、も、レベル10、か」
「アンタに話すことなんて、何1つないわよ」
「お、おい花蓮!多分あいつ先輩だぞ!そんな口の利き方して大丈夫なのかよ!?」
レオの質問に対して、答える気のない花蓮。
他校生といえど、先輩に対して舐めた口の利き方をする花蓮を、慌てて止めようとする覇王だが、「あいつ」などと言っている所を見る限り、火に油を注いでいるようにしか見えない。
「こいつ、ら!倒す!」
「来るわよ覇王!準備しなさい!」
「ああ!わぁってるよ!」
案の定、ご機嫌斜めのレオは、悠馬に蹴りかかった時のように、足を変容させると、花蓮が異能を発動させる前に蹴りを入れようとする。
「がっ…!」
しかしレオのその蹴りは、花蓮に届く前に、自身の腹部に鈍い痛みを残して、不発に終わった。
「おま、え…!」
「無視すんなよ。元はと言えば俺とお前の戦いだろ?それなのに浮気とか、悲しいなぁ…」
全身に雷を纏いながら、薄ら笑いを浮かべる悠馬。
「っしゃ!これぞまさに漁夫の利ぃ!」
悠馬の薄ら笑いは、そう長くは続かなかった。
レオと自身の一騎打ちへと戻そうとした悠馬だが、背後から飛んできた、不意打ちにも近い攻撃。
鳴神を発動させているため、回避は難なく出来たものの、背後から攻撃されるとは思っていなかった悠馬は、異能を放った花蓮の横にいる黒髪の男子生徒を睨みつける。
「ちょ!バカ!悠馬に何すんのよ!」
「ぁあ!?花蓮は負けてもいいかもしれねぇけど俺は負ける気ねぇから!コイツぶっ倒して、お前と付き合うのはこの俺だ!」
『は?』
覇王の叫びと同時に、凍りつく空間。
レオもポカンと口を開け、悠馬も立ち止まり、花蓮も口を開いたまま立ち尽くしている。
「ふざ、けるな…!そんな、ふざけた、理由の、奴に、負ける気は、ない…!」
「…あー…この件については同意だ」
ふざけた動機で戦う覇王に怒りを露わにするレオと、流石に覇王に花蓮は渡したくないのか、冷たい視線を送る悠馬。
一瞬凍りついた空間は、熱を持ったように一気にヒートアップして、ピリピリとした空気へと変わる。
「え?あれ?俺変なこと言った?」
「言ったわよ!本当気持ち悪い!キモい!覇王キモい!」
好きでもない人に付き合おうと宣言されるほど、気持ちの悪いものはない。
しかも、今回に限っては、花蓮の好きな人である悠馬の目の前で、だ。
怒るというよりも、半泣きの花蓮は、その場で地団駄を踏みながら、覇王を睨みつける。
「くら、え!」
そんな2人のやりとりなど無視したレオは、腕に亀の甲羅のようなものへと変容させ、覇王へと殴りかかる。
「うわ、ちょ…!」
その攻撃をギリギリのところで回避した覇王は、本気で焦ったような表情を浮かべながら、ジタバタと逃げ始める。
「じゃあ、こっちも始めようか?花蓮ちゃん」
「え…?」
その光景を、ザマァ見ろと言いたげに、微笑ましく見守る花蓮。
そんな彼女に向けて悠馬が放った言葉は、意外なものだった。
許嫁、好きな人に向けて放った言葉とは到底思えないほど冷静で、そして冷たい声。
花蓮も、前とは全く違うトーンの悠馬の声を聞いて、冷や汗を流す。
「ここじゃなんだし?アイツらからもう少し離れようか?」
「ええ…わかったわ。それが悠馬の望みなら」
以前とは全く違う悠馬の様子に違和感を覚えながら、レオと覇王から離れたところへと移動を始めた2人の間には、不穏な空気が流れ始めていた。




