VS第8高校
神奈の怒りもある程度収まり、2人は木の陰で、静かに他校生の動きを待つ。
競技開始から20分以上が経過しているものの、そこは重要じゃない。
この競技は、痺れを切らして動き始めた生徒の方が不利になるのだ。
だからこそ、優秀な頭脳を持つ生徒は、前半30分は大人しくやり過ごすはず。
もしコキュートスを見に来る生徒がいるならば、それは本物の馬鹿か、目立ちたがり屋なのか、はたまた本当の実力者なのか。
いずれにせよ、馬鹿であることには変わらないのだが。
「会長、中々来ませんね…」
「まぁ、離島はそこそこの大きさですし、気長に待ちますよ。幸い、ポイント的には我々が1位のようですし、焦る必要はありません」
戦いたくてウズウズしている悠馬を宥める神奈。
悠馬が第4高校を撃破したということもあり、1位への逆転が可能なのは3校にまで絞られた。
加えて、現在5位の第7高校が優勝するためには、今残っている生徒全員を倒さなければ逆転できない点数。
つまりは、実質2校にまで絞られていると言ってもいいだろう。
慌てる必要もないのに、慌てていると重大なミスを犯すかもしれない。
落ち着いた様子の神奈は、木の陰から辺りを見渡すと、呑気に歩いている2つの影を見つける。
「暁くん、強敵出現ですよ〜」
「第6ですか?」
木の陰から顔を出し、小さな声で話しかける神奈。
神奈の視線の先にいるのは、黒髪で、通と同じくらいの低身長の男子と、身長も体型も平均的な、白髪の男子生徒だ。
遠くから見える体操着には、8と記されていることから第8高校だろう。
「いえ、第8高校です。しかしあれは、どちらもレベル10なのでかなり厄介ですよ」
まだまだ逆転の余地がある第8高校。
黒髪低身長の男子生徒の名前は秋雨良太。
去年の異能祭でもフィナーレに出場していた男子生徒だ。
去年は第6高校が圧勝で終わってしまった為、見せ場がなかったものの、レベル10なのは変わらないし、油断をしていると痛い目に遭うだろう。
そしてもう1人の、平均的な白髪男子。
こちらは今年初出場の斎藤レオ。
昨年も出場予定だったが、やっぱめんどいからやめるなどと言って第8高校を混乱に陥れた張本人。
血に飢えたような真っ赤な瞳で辺りを見回すその姿は、まさに獣そのものだ。
「レベル10…ですか」
つい先ほどの第4高校の生徒たちのレベルがそこまで高くないと感じていた悠馬は、ここからが本番だと気を引き締め直す。
結界事件の相手がレベル9〜10で、合宿の神宮がレベル8〜?の領域。
悠馬が正真正銘のレベル10と戦いで対峙するのは、これが初めてなのだ。
「一先ず、黒髪の男子、秋雨くんは私が引きつけます。彼と私は異能がかぶってますし、秒殺される可能性は低いですから」
小さな声で打ち合わせをする神奈。
その話を聞いた悠馬は、小さく頷くと、声を出さずに第8高校の生徒2人の姿を確認する。
「誰か、いる。男と、女の、匂い」
「どっちだ?レオ」
「っ!?」
悠馬と神奈の隠れている場所は、秋雨とレオから20メートルほど離れた距離だ。
だというのに、レオは目も合わせずに、2人の存在に気がついた。
レオの異能は生物系の異能。
しかもその中でも、特に珍しい分類に属するものだ。
生物系の異能というのは、文字通り、人間なのだが一時的に他の生物に変容することができるという不思議な異能だ。そして、その生物の特徴をそのまま使いこなすことができる。
例えば、犬へと変容すれば、優れた嗅覚と、そして人よりもはるかに早く走れたり、猫に変容できれば、夜目が利くなどなど。
本来であれば、生物系の異能を使いこなせる人間は、犬になるだけ。鳥になるだけ。といった、単種での異能が多いのだが、レオの場合は少し違う。
レオは、自分の思いついた生物になら、なんでも変容できるし、部分的に異能を発動させ、キメラになることだって可能なのだ。
そして彼の最大の強みは、人の形でありながらも、優れた嗅覚や聴覚といった感覚を、人並み以上に使いこなせるというところだ。
だから現在、悠馬と神奈の匂いに気づき、辺りを警戒している。
「こっちに、いる」
「初めましてぇ!で悪いんですけど、退場してもらいますねぇ!」
レオが悠馬たちのいる木の影の方を向き、歩み始めた直後。
神奈の指示など無しに飛び出した悠馬は、ナイフ型の氷を複数生成し、容赦なく2人へと放つ。
無論、刃先は尖っていないため裂傷は負わないだろうが、当たればかなり痛いだろうし、打撲痕くらいは残ることだろう。
「遅、い」
しかし、悠馬の放った氷の異能は、秋雨とレオに届く前に、長くて硬い鱗のようなものにあたり、周囲へと飛散した。
「蛇の鱗…か?」
目の前に広がる異様な光景。
レオの右手が、十数メートルはあろうかという蛇の尾へと変容し、森林の中を渦巻いている。
悠馬の異能を弾いたのも、レオのこの、蛇の尾のようなものだ。
「お前、相手に、ならないと、思う」
「はぁ?」
冷静にレオの異能を分析しようとする悠馬に対して放たれた、煽りとも取れる発言。
その発言にカチンときた悠馬は、氷で槍を作成すると、その槍を容赦なくレオへと投げつける。
今度は刃先のことなど気にしていない様子で、かなり鋭利な状態で。
「ははぁん…なるほどな」
悠馬の槍がレオを穿ち、レオの胸元で氷は砕け散る。
レオの異能は、好きな生物へと変容できる。
そのため、いくら悠馬の攻撃が強くても、その対策をされた生物に変容されれば、相性がかなり悪くなる。
ワニの鱗のような皮膚で、悠馬の投げた氷の槍を防いだレオ。
その光景を目にした悠馬は、レオの異能について少し気づいたのか、一気に距離を詰めようとする。
距離的には十数メートル。
全力で走れば、2秒も経たずに辿り着くことだろう。
しかし、残念なことにこの空間は、レオと悠馬だけの空間ではない。
「第1の男子。俺のことを忘れてもらっちゃ困るな」
「忘れてませんよっ!会長!頼みます!」
「任されましたっ!」
全力で走る悠馬に向けられた、高圧洗浄機のような勢いの水。
それを悠馬の背後から相殺してみせた神奈は、ニヤリと笑って見せると、悠馬へと異能を向けた男、秋雨へと向き直る。
「…第1の生徒会長。なるほど、貴女の異能は僕と同じものでしたか」
「はい。どうやらそのようですね」
お互いに距離をとったまま、会話を進める。
自分と相手が同じ異能。というのは、わかりやすいと同時に、戦いづらい。
なにしろ、自分がいつも使っている異能を相手が使ってくるのだから、この異能を使われたらカウンターでこれを使って…といったコンボも見抜かれる可能性があるわけで、相手の次の手が読めたところで、自分の次の手も読まれる可能性があるのだ。
だが、だからこそ、如実に現れるものがある。
「しかし、レベルが9なら、僕の方が強いですよ」
そう、それはレベルによる異能の差だ。
レベル9と10とでは、出せる火力も幅も、全てが少しずつ異なってくる。
それはもちろん、レベル10の方が全てにおいて上な訳で、まともに打ち合えばレベル9が負けるのは必至。
地形やその他の有利を手にできていない限り、ジリ貧に陥るのは神奈の方なのだ。
「まぁまぁ、ここは同じ異能同士、楽しくやりませんか!水よ!」
神奈が手を挙げると同時に、地面の底にあったであろう水が湧き上がり、一気に足場が悪くなる。
まるで雨でも降ったかのようにぬかるんだ道。
これではろくに走ることもできないだろう。
「なるほど…小細工で勝負ですか。いいですよ。受けて立ちましょう!」
一方、レオと悠馬は。
接近した悠馬は、蛇の尾で殴り飛ばそうとしてくるレオの攻撃を回避し、蹴りを入れる。
「っ…!」
「無意味、お前が、痛いだけ」
しかしそれは、レオのつい先ほど発動させていたワニの鱗によって、いとも容易く掻き消されてしまう。
残ったのは、悠馬の足に残る鈍い痛みだけ。
想像以上に痛かったのか、顔を歪めた悠馬は、一度木の陰に隠れる。
「逃がさ、ない」
「うぉっ!?」
隠れている悠馬の背後から放たれた、容赦のない一撃は、悠馬の背後にあった木を容易く貫き、危うく悠馬の肉体すら貫きそうな勢いで伸びていた。
「ちょっと…キツイかな…」
その光景を見て、数メートル後方へとジャンプした悠馬は、レオの自在に変形する腕を見ながら、少し焦ったような表情を浮かべる。
優れた感覚に、嗅覚、聴覚に加えて、硬い装甲と、硬く伸びる腕。
煽ってくるということはつまり、それが全てではないだろうし、まだまだ隠し球があるに違いない。
下手に近づくと、返り討ちにされそうだし、かと言って攻撃を緩めれば、先ほどのように攻守が逆転してしまう。
どちらにせよ、背負うリスクは変わらないということだ。
「お前、来ないなら、こっちから、行く!」
悠馬が攻撃をして来ないと判断すると、両足を動物の足へと変容させて、一気に距離を詰める。
それはつい先ほど走って距離を詰めた悠馬とは比にならない、鳴神を使用した悠馬と同じくらいの速度だ。
レオは少しだけ焦っていた。
生物へと変化する異能というのは、他の異能と比べものにならないほどの体力を要する。
例えば、100の体力があって、氷の異能を使う人間は10の体力を使って異能を発動させるとしよう。
対する生物系の異能は、10の体力を使って変容し、維持するのに定期的に3の体力を消費し、動かすのに1の体力を消費する。といった感じだ。
つまり、他の異能力者が10の体力で異能を発動させる場面で、変容を要する異能力者は、最低でも14以上の体力を消耗することになるのだ。
そんな燃費の悪い異能が長期戦に向いているはずもなく、長引けば長引くほど、体力を消耗し劣勢になってしまう。
レオとしては、なんとしても早期に決着をつけて、次の獲物へと移りたい場面だ。
「悪いが、お前の攻撃をモロに喰らうつもりはねえよ!」
地面を蹴り、一気に迫ってくるレオに、悠馬は氷で生成した盾を向ける。
それはつい先ほど生成した槍やナイフとは比べ物にならないほど分厚く、そしてかなり密度もあるように見える。
悠馬が掲げた氷の盾と、猛スピードで蹴りを入れたレオの足が激突し、鈍い音を立てる。
「っ〜〜〜!おま、え…!」
「は…馬鹿かよ!真正面から突っ込んできて、俺になんの策もないとでも思ったのか?」
ここぞとばかりに煽り返す悠馬。
悠馬にだって、神宮ほどじゃないがそれなりのプライドがある。
それなのにレオは、悠馬の攻撃を一度食らっただけで相手にならないと断言したのだ。
だから悠馬は、ほんの少しだけムカついている。
「お前の、異能、応用が、効く。訂正、する。お前は、レベル10か?」
「そうだよ」
レベル10のレオの攻撃を相殺できるのは、それなりのレベルが必要だ。
燃費の悪いレオからしてみれば早めに終わらせたい敵のはずなわけで、無論手加減をして悠馬に蹴りを入れたわけでもない。
僅か数秒で、あれだけの密度の氷を生成できるということは、悠馬がレベル10だということを指しているのだ。
「あの、氷の龍も、お前、か?」
「うん…でも、流石にもう使わないよ」
ほんの少し離れた距離で戦闘を繰り広げる神奈を見て、悠馬はコキュートスを使わない判断をする。
なにしろ、神奈に直撃しかけたら次は消される。
学校生活がおしまいなのだから、使う気など毛頭ない。
「なら、勝てる…!」
「あっそ。じゃあ燃えてけよ。ムスプルヘイム」
再び距離を詰めようとするレオに対して放たれた一撃は、悠馬の周りを炎で覆い、あたりの温度を一気に上昇させる。
「炎っ!?」
悠馬は自分の異能のことを自慢したりはしないが、炎と氷という2つの異能は、本来同時に待ち合わせれるものではない。
簡単に言えば、氷の反転が炎、炎の反転が氷といったように、聖と闇のような対を成す異能なのだ。
炎と氷の同時、というのは、少数ではあるものの、同時に持ち合わせている人間も存在する。
しかし、そのどれもが実用に足るレベルではなく、レベル6.7止まり。
レベル10で炎と氷を持ち合わせている人物など、居ないと断言しても良いほどなのだ。
それなのに今、レオの目の前にいる男は氷と炎を使っている。
余裕そうな笑みを浮かべる悠馬を見て、引きつった表情を見せたレオは、神奈と秋雨の戦いが長引いているのを確認すると、深いため息を吐いた。
「お前、強い、な」
「そりゃどうも!」
燃費が悪い異能を使わなければならないレオは、目の前にいる悠馬に出し惜しみをして勝てないと判断したのか、更に肉体の形を変容させながら動き始めた。




