朱理と悠馬はデート中3
りんご飴を齧りながら、歩みを進める2人。
焼きそばを買ったということもあってか、朱理は悠馬よりも慌てて食べているようにも見える。
「りんご飴で口の中切らないようにね」
「はい。気をつけます」
りんご飴の飴は、ガリガリと噛むと、舌を切ったり、口の中を切って、血の味しかしなくなる時がある。
慌てて食べる朱理を見ていた悠馬は、まるで愛玩動物を観察するように、穏やかな表情で朱理を見つめる。
「この島は、どこへ行っても人で溢れかえって居ますし、どこにでもモニターがあるんですね」
「まぁ、年に1度の一般公開日だからね。見栄張ってるんじゃない?」
悠馬がこの島に来て2ヶ月とちょっと。
人が多いのは、年に1度の一般公開日だから仕方がないとして、大型モニターが等間隔で並んで居て、しかもその全ての画面が作動している場面など、1度も見たことがなかった。
さすがは国が莫大な資金を集めて作った異能島というべきなのだろうか。
今日1日で電気代やガス代、そして水道代は、凡人じゃ予想もつかない金額となっていることだろう。
「確かに。借金大国の日本支部が、常日頃からこんな馬鹿みたいに金を使うことをする筈がありませんからね」
「それな。無駄遣いは良くない」
何をするにも他国からの供給が必要となる日本支部。
そんな国家が、常日頃からモニターを全部起動させていたら、だから金がなくなるんだよ!誰の金で異能島は動いてると思ったんだ!という反感を買うに違いない。
流石にこの国のトップもそこまでは無能じゃないようで、この1日だけ全てをフル稼働させている。
「まぁ、私には関係ないですけど」
「朱理って結構、冷たいよね?」
「そうですか?だって、私がお金を払っているわけじゃありませんし、子供が気にするようなことではありませんし…悠馬さんこそ、その年で電気代とか気にしてるんですか?おっさんですね♪」
日本支部のお金の問題などどうでも良いと言ってのけた朱理は、りんご飴を食べ終えたのか、焼きそばに手を伸ばしながら、無駄遣いは良くないなどと呟く悠馬を、おっさんと馬鹿にする。
「俺がおっさんなら、朱理もおばさんだろ」
「失礼な人ですね。そんなデリカシーのない発言をするから、いつまで経っても彼女ができないんですよ」
「うぐっ…」
朱理のボディブローのような発言が、モロに入った悠馬は、本当にその通りだと思っているのか、項垂れる。
顔はかっこいいと言われる悠馬だが、何故自分が告白されないのか。というのを気にしていたようだ。
「良かったじゃないですか。今日また1つ、賢くなれましたね」
「まぁ…うん、そうだね…」
意外とメンタルが弱い悠馬は、言い返す気もないのか、焼きそばをつまむ朱理の横を、トボトボと歩く。
「そこ階段あるけど、座って食べるか?」
「そうですね。そうさせてもらってもいいですか?」
「どうぞ」
流石に歩きながら焼きそばを食べるのは、難易度が高いだろう。
今は手を繋いでいないにしろ、焼きそばの容器と箸を持てば両手は塞がるし、転んだ時が大惨事だ。
気づけば第1高校近くまで歩いて来ていた悠馬は、見覚えのある赤いレンガ調の階段を指差し、朱理とそこに座る。
「この島はとても綺麗ですね」
「そうだね」
第1高校周辺は、グラウンドでしか競技があっていないのか、人通りがほとんどない。
等間隔に並ぶ、緑で生い茂る桜の木を眺めながら焼きそばを食べる朱理は、安らぎを感じているようにも見える。
「いやぁ、あの〝鬼神〟八神の息子っていうから競技を見に来たのに、大したことなかったな。正直期待外れだったぜ」
「ああ。確かに。まぁ、異能は遺伝じゃないしな。親があれだけ強くても、息子は良くて中の上だな」
そんな中、焼きそばを食べる朱理と、りんご飴を齧る悠馬の横を通り過ぎていく大人たちの会話が聞こえてくる。
「鬼神?」
「鬼神八神。日本支部陸軍の、総隊長さんですね。先の大戦で大活躍だったとか」
「ああ…それか」
朱理に説明をされて、〝鬼神〟という異名を持つ八神という人物について思い出す。
鬼神八神は、3年前の大戦で多くの人々を救い、そして抜群の指揮を執った事によって、日本支部では英雄視されるような人物だ。
その力は日本支部でもトップクラスとされ、前総帥である美哉坂父や、現総帥の寺坂の次に強いとされており、容姿も渋いおじさまの様な感じの為、一部では根強いファンもいるほどだ。
毎年終戦記念日になると、鬼神についてのドキュメンタリー番組などが行われているし、知名度もかなり高い。
テレビをつけていれば、誰だって1度は聞いたことのある単語だ。
「悠馬さん、この島に鬼神の息子がいるんですか?」
「うーん…苗字が一緒なだけだから、何とも…」
悠馬の頭に浮かぶのは、白髪美少年の八神清史郎のみだ。
八神とよく絡む悠馬だが、父親の話などは聞いたことがないため、まだ何とも言えない。
「そうですか。大変ですよね、親が有名だからって、勝手に子供にも期待をして、それで期待外れだとか」
「そうだな…」
悲しそうに話す朱理。
異能の発現は、後天的なものではない。
ある学者の研究によると、人が手にする異能は、生まれた時点で決まっていて、親の異能にはほぼ左右されない、不規則な異能の発現の仕方をすると言われている。
つまりは、異能とはガチャガチャのようなモノなのだ。
生まれるまでは何の異能かはわからないし、当たり外れも激しい。
上はレベル10から下はレベル2まで。
レベル1は、まったく異能が扱えない人間で、現代には誰1人として実在しないため、1番下はレベル2だ。
そんな完全ランダムで、選びようのない異能なのに、人々は勝手に、あの子の親はすごいから、息子も凄いだろうと期待をして、その期待をした分だけ、愚痴をこぼす。
「大人はいつも、自分勝手ですよね」
「……そうだね」
悠馬は、自分の祖父のことを思い出しながら、朱理に返事をした。
悠馬にも、似たような経験があった。
幼い頃から優しくしてくれた悠馬の祖父は、ある日を境に悠馬と距離を置いた。
それは3年前。
悠馬がテロに巻き込まれ、家族を失った日。
悠馬は闇堕ちへと反転してしまった。
何も好き好んで反転したわけじゃない。
ただ、闇堕ちというのは絶望的な感情が一定値を超えると、聖の異能使いならなり得る可能性を秘めているものなのだ。
だから、悠馬は家族を失った絶望で、憎しみで、怒りで反転した。
それからというもの、祖父は悠馬は家族ではない。
血が繋がっていなかったら、とうに孤児院に預けているなど、心無い言葉を発して来た。
十数年間可愛がって来てくれたというのに、僅か1日で、悠馬に向けられる視線は、家族から赤の他人、いや、それ以下の視線を向けられるようになった。
本当に自分勝手だ。
人というのは、他人の勝手な都合で、良くも悪くも変わってしまうものだ。
親が強い分だけ、失望されてしまう八神も頭を抱えているだろう。
「おい!おいおいおい暁ぃ!お前、横の女の子誰!?」
感傷に浸る悠馬を無理やり現実へと引きずり戻したのは、朱理。ではなく、久々に聞く声。
悠馬が振り向いた先には、合宿の時に苦楽を共にした、碇谷とアダム、そして南雲が立っていた。
「悠馬!おっすおっす!彼女か?」
「あ、いや…」
「はい♪私、悠馬さんの恋人の朱理です。いつもうちの悠馬さんがお世話になっております♪」
悠馬がアダムの質問の否定をするよりも早く、身を乗り出した朱理は、付き合っていないのに悠馬の恋人だと公言する。
「お、オイ!」
「クク、女子からの人気はあるのに、彼女を作らねえから男色なのかと思ってたが、成る程、本土に彼女が居たのか」
ニヤニヤと笑いながら、朱理の言葉を信じている南雲。
「誰が男色か!俺はノーマルだ!可愛い女の子大好きだ!」
南雲の発言に納得がいかない悠馬は、自身のホモ疑惑を全力で否定する。
「にしても、お前こんな美人と付き合ってたのか…素直に羨ましいぞ…」
「それなぁ!ちょっと髪の毛の匂い嗅がせてください!」
「おいアダム!朱理に変なこと言うなよ!」
嫉妬する碇谷と、色々と問題のありそうな発言をしたアダム。
アダムの性癖が歪んでいることは、この時点でほぼ確定したと言ってもいいだろう。
確かに、朱理の髪の毛はサラサラですごく綺麗なため、匂いを嗅いでみたいと言う気持ちも分からなくはないが、面と向かってその発言をできる度胸が凄い。
「ふふ…賑やかな人たちですね♪これからも悠馬さんを、よろしくお願いします」
「クク…いいぜぇ?コイツが他の女に手ェ出さないように見張っといてやるよ」
「おいおい南雲ぉ、お前女に肩入れしないって言ってたのに、どう言う風の吹き回しだよ〜」
笑いながら南雲を冷やかすアダム。
南雲という人物は、特定の人物に肩入れすることをあまり好まない。
合宿の時は止むを得ず悠馬や連太郎に協力したものの、南雲は基本、なんでも1人でやるし、他人のことなど関心がないようにも見える。
言うなれば、誰にも媚を売らずに、我が道を歩いているような存在だ。
そんな南雲が、初対面の朱理に対して、協力をするようなそぶりを見せたのだ。
「クク…コイツからは普通の奴とは違う匂いがするからな」
朱理からは、面白そうな匂いがする。
何か爆弾を抱えているような、笑顔とは裏腹に、何かを隠しているような。
人を観察することが得意な南雲は、朱理という少女に興味を示していた。
「あら?私臭います?香水の類はつけていないですし、汗でしょうか?」
「…そういう意味じゃねェよ…」
南雲の発言を聞いてから、自身の浴衣の匂いを嗅ぎながら、臭いのではないかと心配をする朱理。
そんな姿を呆れた表情で見つめる南雲。
「あ、朱理はいい匂いだよ」
「本当ですか?ちゃんと嗅いでください」
「えぇ…」
心配する朱理を見た悠馬は、彼女を擁護する。
しかし、それが逆効果だったのか、悠馬に匂いを嗅がせようとした朱理は、悠馬が近づいて来ると、彼を抱き寄せ、胸へと押し付ける。
「どうですか?どんな匂いですか?」
「うぉぉおおおお!羨ましい!俺も彼女できたらそんなことされてぇぇ!」
抱きつかれる悠馬を見ていた碇谷は、大興奮だ。
朱理と悠馬が繰り広げている光景は、理想のカップル像のような感じだ。
「朱理!やめ…!胸当たってる!うぐぐ…」
その光景を見られるのが恥ずかしいのが、ジタバタする悠馬。
悠馬からしてみれば、彼女じゃないのに好き放題されるのが嫌なのだろう。
強引に朱理から離れようとするが、彼女はガッチリと悠馬を固定し、逃がそうとしない。
「あは♪どうしたんですか?脱力しちゃって。そんなに私の胸が心地いいんですか?」
「……南雲、助けて」
「クク、断る。邪魔したな」
「じゃあな暁!」
「ばいばーい!」
自分の力じゃどうしようもないと判断した悠馬。
悠馬が助けを乞うと、返ってきた答えは冷たいものだった。
手をヒラヒラと振りながら去っていく3人を会釈しながら見送る朱理。
「え?おい、まさか帰ったりしてないよな?助けてくれるんだよな?」
「3人とも帰ってしまいましたよ?」
「たぁすぅけてくれよぉぉぉお!」
女体に耐性のない悠馬は、耳まで真っ赤にして泣き叫ぶ。
そんな悠馬を、微笑ましく見つめる朱理の顔は、本当に幸せそうなものだった。
「はい。では離しますね」
「ったく…なんで彼女って言うんだよ…それに、なんで抱きついたんだよ…」
まるで碇谷たち3人組を、追い払うために取ったような行動。
誰だって、突然目の前でカップルのイチャイチャが始まれば、気まずさのあまりそのまま帰ってしまうことだろう。
「…いえ、赤髪の彼、面白半分で絡んできたので。距離を置きたいなーと思いまして」
「なるほどね。嫌いなタイプだったのか」
「そうとも言いますね」
勝手に誤解をする悠馬。
朱理は隠したいことがあって、それを詮索されるのが嫌だった為、南雲を追い払ったのだ。
しかし悠馬は、南雲の見た目が怖いことから、朱理が怖がっていると判断した。
「悠馬さん、喉が渇きました」
「ごめん…気が利かなくて…そういえば、飲み物買ってなかったね…」
これ以上のことを話すつもりがない朱理は、話題転換を行う。
焼きそばの容器を輪ゴムで止め直した朱理は、舌を出すと喉が渇いたような仕草をして見せる。
季節はもう夏直前だというのに、りんご飴や焼きそばを食べて、飲み物を飲まなければ喉も乾くはずだ。
「それじゃあ、飲み物を買いに行こうか?」
「はい♪ありがとうございます」
悠馬は立ち上がると、嬉しそうに手を差し伸ばした朱理の手を握り、立ち上がらせる。
「朱理はなにが飲みたい?」
「なんでもいいです」
そんな話をしながら、2人は歩き始めた。




