朱理と悠馬はデート中
寮から出てからわずか数秒。
新たな女を手にした悠馬は、大通りを歩いていた。
おそらく、朱理と悠馬のデートとも言えるこの光景を目にしたら、夕夏や美月、花蓮は発狂することだろう。
許嫁の花蓮においては、バレて刺されて殺されて、首だけ持ち去られてもおかしくないくらいだ。
しかし、女の子がそんなに怖いということを知らないのと、ただの親切心で朱理を案内している悠馬は、自分がバレたらまずいことをしているとは、微塵も思っちゃいない。
何しろ、悠馬の脳内では、朱理=重い病気のせいで、余命僅かで、異能島に遊びにきた、か弱い女子、という設定なのだ。
実際は朱理は病気などではないのだが、朱理の話を聞いて勝手に自己完結してしまった悠馬は、彼女の背負う真実を、知る由もない。
「人、かなり多いですね」
「ああ。今日は一般開放されてるからね。本来ならこれの十分の1くらいしかいないんだけど…逸れたらいけないから、手、離さないでね」
いつもと違って、かなりの人で賑わう大通り。
普段は見慣れた学生たちだけでなく、私服の大人たちがたくさんいるため、見通しはかなり悪い。
一度逸れて仕舞えば、連絡のやりとりなしに再会は難しいだろう。
朱理の手を握りなおした悠馬は、彼女の柔らかい手の感触を感じながら、歩みを進める。
「悠馬さんは、この島に来て長いんですか?」
「いや、俺は今年からこの島に来たんだ。まぁ、案内くらいはできると思うけど」
悠馬はこの島に来て、2ヶ月程度しか過ごしていない上に、通たちと遊ぶのも大抵は第1周辺のため、他の地区に何があるのかなどは知らない。
しかし、朱理にそんなことを言って、使えない男と思われたくない悠馬は、見栄を張って案内はできると答える。
「そうなんですね。ということは多分、同い年ですね♪」
「同い年なら敬語じゃなくていいよ…そっちの方が話しやすいだろ?」
悠馬も朱理も、年齢的には高校1年生だ。
それを知った悠馬は、最初からずっと敬語で話してくる朱理を見て、タメ口で話そうと提案をする。
「いえ、私、この話し方しか許されていないので結構です」
「?そう?」
どこかのお嬢様か何かなのだろうか?
敬語でしか話すことを許されていない朱理を不思議そうに見た悠馬は、人混みを掻き分けながら、ある疑問を口にした。
「ところで朱理は、どうして俺の寮の前にいたの?」
「…それは…」
いくら人が多いにしろ、扉の前で休むようなことは、普通の人は絶対にしないだろう。
何かやむを得ない事情があったり、朱理に何か問題があったのかもしれないと考える悠馬は、目を逸らす朱理を見つめる。
「知り合いの名前があったので…近くの寮は誰が住んでいるのだろうと思いまして…名前を見て回ってました」
「そう?」
悠馬の周りの寮というのは、かなり少ない。
隣には夕夏の寮があるものの、向かいは誰も入っていない寮だし、夜になると人気がなさすぎて外に出たくないほどになる。
悠馬は知らないかもしれないが、現在、悠馬の寮付近に住んでいるのは夕夏のみ。
100メートルほど先にはアパート型の寮もあるし、そこにはたくさんの学生も住んでいるだろうが、朱理がそこで知り合いの名前を見つけたとは思えないため、結論から言うと、朱理の知り合いは夕夏だと言うことになる。
しかし、先ほども言ったように、悠馬は近所に誰が住んでいるかなど、ほとんど知らないし、興味も持っていない。
朱理の答えを、中学の知り合いの寮があったんだろう程度で軽く受け流す。
「あ、りんご飴…」
人混みの中、ほんの少しだけ見えた屋台を指差す朱理。
りんご飴と大きく書かれたその屋台には、そこそこのお客さんが並んでいるように見える。
お祭りの出店の定番といえば、りんご飴や焼きそばだろう。
子連れで異能島にきている家族や、高校生と思わしきグループが、りんご飴を購入している。
「買う?」
「あ…いえ…私、持ち合わせがないので。雰囲気を楽しむだけで、十分です」
出店を制覇すると言っていたのに、お金がないという朱理。
そのしょんぼりとした表情は、演技などではなく、彼女の浴衣には財布が入るポケットすら見えない。
手にも何も持っていないし、どうやってこの島へ訪れたのかもわからないほどだ。
本来、この異能島に訪問する為には、一般公開日でも、かなり厳重なセキュリティを通過する必要がある。
一般公開日で必要なものは、身分証やパスポート。
それらを本土で確認し終えてから、前科や犯罪歴、国からのマークがないかを確認されて、問題なしだと判断されればこの島へと訪問することができる。
しかし、いくら必要なものが身分証だけと言えど、金は持ち歩いているはずだ。
そもそも、この島へ来る為には、飛行機や船を使わなくてはならない。
その2つの交通手段は、当然のようにお金を請求するし、異能島に来ても、電車やバスを使う為には、お金が必要となって来る。
それなのに、彼女はお金を持ち合わせていない。
まるで何処かから逃げ出して来たような、そんな感じだ。
「買おっか?」
「い、いえ…さすがに、初対面の方に買っていただくのは…」
りんご飴の屋台を、物欲しそうに見つめる朱理。
その様子を横から見ていた悠馬は、何かいい案はないのかと模索した結果、自身の携帯端末という結論に至る。
悠馬の携帯端末には、自分でチャージした10万円と、死神から渡された1億円にも上る大金が入っている。
自分でチャージをしたお金は、入学してからそこそこ使っていた為、残りは5万円程度だが、死神の金には未だに一切手をつけていない。
死神本人から返すことも拒まれた、行く宛のない大金たち。
死神からはこれからの迷惑料などを含んでいると言われていたし、このタイミングでなければ使う気にもならない。
「いいよ。思い出作りの一環だと思って。んー…表現がアレだけど、彼氏に甘えるみたいな、そんな感じで接してもらって大丈夫だから」
「あは…彼氏、ですか…今まで一度も出来たことがないので、イマイチわかりませんが、彼氏とは彼女の欲しいものを買ってくれる、パシリのような立ち位置なんですか?」
このご時世で、彼氏という存在の立ち位置を知らない朱理。
まぁ、強ち間違いではないのだが、パシリ、という言い方は誤解を生んでしまうから、やめておいた方がいいだろう。
「朱理、パシリじゃなくて、貢ぐって言うんだよ」
「そうなんですね♪悠馬さん、初対面の私に貢いでくれるんですか?」
「まぁ…だって、朱理はこの機会を逃したら、早くても1年後にしかこの島に来れないんだろう?もしかしたら二度と来れないかもしれないわけだし、俺的には、今日のうちに、この島を満喫して欲しいな、って思ったんだけど。余計なお世話だったかな?」
朱理が病気なら、もしかするとこの島へ来るのは、最初で最後かもしれない。
それなら、自分の金なんてどうでもいいから、思い出をたくさん作って欲しいというのが、悠馬の考えだった。
まぁ、実際のところは、悠馬の金ではなく死神の金なのだから、悠馬が遠慮せずに楽しめというのは少しおかしいのだが。
「い、いえ…素直に嬉しいです…」
「あれ?照れてる?」
「照れてません!」
出会ってから数分。
手を繋いでも、彼氏みたいにと言っても照れるそぶりすら見せなかった朱理だったが、悠馬の優しい言葉を聞いて、頬を赤く染める。
「じゃあ、りんご飴買おうか?」
「はい。お願いします…」
悠馬に向けて深々と頭を下げる朱理。
彼女なりの、感謝の意という奴だろう。
「いらっしゃーい、んん?おお、珍しいな!遠距離恋愛か、くぅ〜、羨ましいな!嬢ちゃん、年に数度しか会えないからって、お父さんに無理言って連れて来てもらったのか?感謝しとけよー!」
りんご飴の出店の前まで行くと、2人を気前よく出迎えてくれるヤンキーチックなお兄さん。
この島へ来ている人の中で、本土の学生と、島の学生、しかも異性同士という組み合わせがかなり珍しかったのか、2人を恋人同士と勘違いしている様子だ。
朱理は浴衣まで着ているのだから、しばらく会えなかった彼氏とのデートに、精一杯おしゃれをしていると間違われても、仕方がないだろう。
「あはは…すみません、りんご飴を1つお願いします」
「おいおい、1つのりんご飴を2人で舐め合うのか?そんな美人なお嬢ちゃんに、衆人環視の前でそんなことをやらせようとするとは、兄ちゃん鬼畜だな!」
「違いますよ!!!!」
手を繋いではいるものの、少しだけ距離がある、朱理と悠馬。
2人はカップルではないため、距離感ができてしまうのは仕方がないことなのだが、それを冷やかすりんご飴屋のお兄さんの発言を全力否定し、携帯端末で支払いを済ませる。
「はいよ、りんご飴」
「えっと…すみません、1つしか頼んでないんですけど…」
「なぁに、俺からの奢りだよ。遠距離恋愛、応援してるからな〜!」
「ありがとうございます♪」
ニコニコと笑いながら手を振る、ヤンキーチックなお兄さん。
悠馬が付き合ってませんよ!とツッコミを入れる前に、悠馬の肘を掴んだ朱理は、まるで新郎新婦のように悠馬の腕を引くと、半ば強引に、その場を離れる。
「あ、朱理…?」
「悠馬さん、せっかくあの人が私たちを思いやって行動してくれたのに、それを無下にする発言をしようとするのは良くないと思います」
「ご、ごめんなさい…」
りんご飴を売っていたお兄さんは、悠馬と朱理の恋を応援しようと、りんご飴を1つ追加でプレゼントしてくれたのだ。
それなのに悠馬は、そんなお兄さんに、2人は付き合っていないという事実を突きつけて、先ほどの雰囲気をぶち壊そうとした。
相手が思いやって言ってくれているのに、それを否定するというのは、お互いに気まずいものである。
勘違いともなれば、尚更だ。
「まぁ、それは正直、どうでもいいんですけど…」
「どうでもいいんだ…」
自分が空気を読めない発言をしようとしたせいで、強引に手を引かれていたと思っていた悠馬。
しかし、それは朱理にとってはどうでもいい事として認識されているようで、ちゃっかり自分よりも酷い発言をした朱理を見て、ほんの少しだけ引く。
「私たち、カップルに見えるんですね♪」
「そう、みたいだね…」
悠馬に微笑みかける朱理。
手を繋いでいるため、ということもあるのだろうが、美男美女という最良の組み合わせでもあるため、勝手に勘違いをされた朱理は、少しだけ嬉しそうに見えた。
「あは、悠馬さん。顔真っ赤ですよ?」
「気のせいだよ!ほら!りんご飴!」
こんな美女を、彼女だと思われている。
そのことを知った悠馬は、心の中で大はしゃぎだ。
そんな悠馬を見て、煽って見せた朱理。
図星をつかれた悠馬は、自分が朱理とカップルと勘違いされて満更でもないと思われているのが恥ずかしいのか、手にしていたりんご飴の1つを、朱理に渡す。
「ありがとうございます♪お礼に、恋人らしくキスのひとつでもして差し上げましょうか?」
「大丈夫!しなくていいから!」
りんご飴を渡して油断しきっている悠馬の肩を軽く掴み、背伸びをした朱理は、悠馬の耳元で軽く囁いてみせる。
耳元で囁かれた悠馬は、今度は耳まで真っ赤にした状態で、身体をゾクっと震わせると、朱理と手が離れそうなギリギリの距離まで離れて、ピュアな反応をみせる。
「ふ…悠馬さん、もしかして彼女いない歴=年齢ですか?」
「う、うるさいな!そんなの今関係ないだろ!」
ピュア悠馬を見て、おもちゃを見つけて嬉しそうな子供のような表情になる朱理。
悠馬は許嫁はいるものの、彼女いない歴=年齢なのだ。
その原因は、悠馬と花蓮は、お付き合いをするという前に、許嫁として結ばれてしまった為、特にお互い、告白をすることなく終わってしまったこと。
それと、それ以降は悠馬が闇堕ちして、なかなか女友達を作れなかったことと、悠馬が想像以上に鈍感だというのが原因だ。
悠馬は頭がいいせいか、相手の言動を深読みしすぎて、恋愛感情を読み間違えることが多い。
いい例を挙げると、夕夏の大好き発言と、美月の人差し指での間接キス。
夕夏の時は、天照大神の神器を返したということもあってか、彼女の天照大神へ対する感情が、溢れ出たものだと判断した。
そして美月の場合も、自分を馬鹿にするために、美月が冷やかしてきた程度のものとしかみていなかった。
もう少し自分に自信があれば、告白じゃね!?などとはしゃいでいたかもしれないが、自分にあまり自信を持てずにいる悠馬は、女の子からの好意というのは、告白の手前くらいでようやくわかるレベルなのだ。
そんな悠馬を馬鹿にする朱理。
2人の声は、賑やかな声と混ざり、そして消えていく。




