異能祭、開幕
季節は巡り、6月上旬。
寮内だというのに、外からは人々の声が聞こえ、昼寝もままならないほど賑やかな異能島。
時刻は朝の9時を回り、外からは花火の音や叫び声が聞こえてくる中、悠馬は寮内にて、準備運動をしていた。
なぜこんなにも騒がしいのか。それにはきちんとした理由がある。
年に1度しか行われない異能祭は、一般公開もされる。
異能島に通う生徒たちの両親が、基本的に優先して異能島へと訪れることができ、それから総帥や、お金持ちがチケットを買ったり、国に招待されたりして島へと訪問が可能となるものだ。
異能島への訪問は、一般人は年に1度、この時を逃すとまた来年。ということになってしまうため、異能祭当日は、かなりの人で賑わうこととなるのだ。
そして何故、9時を過ぎているのに悠馬が寮内で入念に準備運動をしているのか。
異能島の異能祭というのは、島の全ての学校が一斉に体育祭を開催するとあって、学校の、クラス別の応援スタンドなどというものは用意されていない。
各学校の最上級生が入場行進をする以外は、基本的にどこへ行っても、寮でくつろいでいても、自分の出場する種目にさえでればいいのだ。
つまり、3年生以外は、最悪自身の種目以外は外に出なくてもいい事になっている。
悠馬がテレビをつけると、そこでは異能祭の種目が開催されている。
人が多過ぎて動けない人のために、各チャンネルで各種目の競技が見れるようになっているのだ。
このような設備が整っているため、引きこもりも可能となる。
だからと言って、悠馬だって好き好んで引きこもっているわけではない。
悠馬の出場する種目は、異能祭の目玉とも言えるフィナーレ。
当然獲得できるポイントはかなりのものになるし、他校生もそれは知っている。
もし仮に悠馬が出場するなどと情報が出回っていた場合、フィナーレ前に事故を装って怪我をさせられる可能性もあるのだ。
ほんの少し前、偶然を装って怪我をさせられたという実例もあるらしく、生徒会長の柊神奈は、悠馬にむやみやたらに外出しないようにと釘を刺していた。
「でも外行きたいし…」
人生で3度しかない異能祭。
フィナーレまで5時間以上の余裕がある悠馬は、その暇をどうやって使い潰すかを真剣に考えている。
悠馬の友達の、八神や通、連太郎はバラバラの競技に出場しているため、今から合流というのは難しいだろう。
なにしろ、人が多過ぎる。
絶対に会えないとは言えないが、今から合流しようとしたところで、かなりの時間を要するに決まっている。
「美月も無理だもんなぁ…」
美月は異能祭を見学する側に回っているが、周りに取り巻き連中の女子が交互にいることは間違いなし。
それに加えて、今回はほとんどの生徒が、島を歩き回っているのだ。
そんな中を悠馬と美月の2人きりで歩きたいたりしたら、噂は瞬く間に広がり、悠馬は湊に殺されてしまうことだろう。
「美哉坂は…流石になぁ?」
毎日夜ご飯を共に食べる仲だと言っても、お外で2人で遊んだ記憶は一切ない。
ただの時間潰しで誘うのも迷惑だろうし、男に見られると殺される可能性すらある。
「つか、俺再生するのに怪我とか、襲撃恐れる心配なくね?」
そこまで考えたところで、ようやく自分の結界について思い出す悠馬。
偶然を装い怪我をさせられたところで、悠馬は結界のおかげで再生するのだ。
つまり、生徒会長の心配は無用なわけで。
「よっしゃ!遊ぶぞ!」
現在外で開催されているのは、時間的に異能を使わない競技が殆どのはずだ。
異能を使う競技が見たい悠馬は、一般種目が行われている間に出店を周って、周り終えると同時に見たい種目が始まるように調整を始める。
「異能を使う種目が11時から…よし、今から準備しても間に合う!」
寝間着姿だった悠馬は、ストレッチを終えるとゆっくりと立ち上がり、服を脱ぎ始める。
「異能祭!異能祭!」
やけに上機嫌な悠馬。
よっぽど異能祭を楽しみにしていたのか、軽く叫びながら服を脱ぐその姿は、狂気の沙汰といってもいいくらいだ。
人生で初の、異能の発動を公の場で許可されるこの日。
自分と同じレベル10の実力者たちとほぼ確実に激突することができるフィナーレを前に、悠馬はテンション上がりまくりだ。
昨日の夜は今日が楽しみすぎて眠れなかったくらいだし、今日だって朝の7時に起きて、室内で軽い準備体操を始めるくらいだ。
おそらく、この島で悠馬以上に気合が入っている生徒はいないだろう。
張り切りまくりの悠馬は、体操着を着用してから、洗面所へ向かい、顔洗い、歯磨き、髪のセッティングを始める。
「よぉし!決まった!」
フィナーレは大画面で異能島全体で放送されるため、美月が悠馬の中に入っていた時並みにきっちりとセッティングした悠馬は、鏡の前で何度も自分の姿を確認する。
「大丈夫だよな?」
フィナーレ中に変な所が見つかって、翌日からそのあだ名で呼ばれるなどということは死んでも避けたい悠馬は、まじまじと鏡を見て、変な所がないかの最終確認を終える。
「しゃー!行くぜ!」
確認を終えた悠馬は、携帯端末を拾い上げると、猛スピードで玄関まで走り、靴を履くと、勢いよく扉を開ける。
その間約2秒。
この行動の早さからして、悠馬の本気度が伝わってくる。
が、
悠馬が勢いよく扉を開くと同時に、ゴッという鈍い音が響き、悠馬は立ち止まる。
明らかに人の頭が直撃したような、そんな音だ。
先ほども言ったが、異能祭はかなりの人で賑わうイベントだ。
悠馬の寮は夕夏の寮とは繋がってはいるものの、一応は一軒家で、扉の前には門などは一切ない。
つまり、人で溢れかえっている大通りから離れるために、悠馬の寮の前で休んでいる人が居てもおかしくはないのだ。
「っ〜〜」
鈍い音が響いて1秒ほど。
声にならない声が聞こえたような気がして、開けた扉の隙間から抜け出た悠馬は、頭を抑えている少女を見て、言葉を失った。
語彙力喪失とは、まさにこのことだろう。
紫色の着物に、紫陽花の美しい刺繍が施されているものを着ていて、髪は腰よりも長い、真っ黒な髪。
病的なほど白いその肌と、か細い腕が、守ってあげたくなるような、男心をくすぐる。
残念ながら、頭を抑えてうずくまっているから顔は見えないが、その時点で既に、悠馬は目を奪われていた。
その容姿を見るだけでもわかる。
彼女は絶対に可愛い系の女子だ。
「あ、あの…ごめんなさい!」
いつもの悠馬と違って、おどおどとしながら頭を下げる悠馬。
初めて話す女子なのだから、おどおどするのも無理はないだろう。
「い、いえ…私が不用意に扉の前に近づいてしまったので…こちらこそすみません」
そして返ってきた、透き通るような声。
耳から入ってきて、心の中に溶け込むような、妖しくも心地の良いその声を耳にした悠馬は、花蓮のことを考えて、必死に煩悩を追い払う。
「っぁ…」
しかし、その反抗も虚しく、立ち上がった彼女を見て、悠馬は再び、目を奪われることとなった。
綺麗なオッドアイ。
紫色と真っ黒な瞳に、顔立ちは夕夏に良く似ていて、可愛さと美しさを兼ね備えている。
胸も夕夏よりあるだろうか?
着物を着ているからなのか、着ていてもわかるというべきなのだろうか?
「可愛い…」
美月を見ても、夕夏も見ても、心ではそう思ったが、その場で口にすることはなかった言葉。
不意に自分の口から出た言葉に驚いて口を押さえた悠馬は、深々と頭を下げてその場から逃げようとする。
この状況はマズすぎる。
花蓮とは全く別のタイプだというのに、一目惚れをしそうな勢いだった悠馬は、彼女から離れることを最優先事項として決定づける。
何も終わっちゃいないし、何も始まっちゃいない。
復讐を終えないことには何もできないのだから、今の段階で好きな人を増やすなんて狂ってる。
そう自分に言い聞かせて、歩き始める悠馬。
「待ってください」
「え…?」
しかし、悠馬はその場から逃れることは出来なかった。
まるで蜘蛛の巣に絡まった小さな虫のように、手を掴まれただけで、身動きが取れなくなる。
いや、振り払おうとすれば振り払えたはずだ。
だが、悠馬はそれが出来なかった。
行き交う人々が騒ぎ会う中、2人の間には、沈黙が走る。
「この島を…案内してもらえませんか?私、本土の学生でして…この島のことは全くわからないんです」
「…俺でいいの?」
「はい♪これも何かの運命ですから、時間があるなら是非、この島を案内していただきたいです」
にっこりと笑ってみせる黒髪の少女。
その笑顔は愛想笑いのようにも見えたが、愛想笑いでも十分な破壊力だ。
「わ、わかった。いいよ。俺も時間はいっぱいあるし…」
これが新手の逆ナンというやつか?などと妄想しながらも、向こうから誘われたことに嬉しさを隠しきれない悠馬。
若干口元を緩めながら、しゃがみこんでいる彼女に手を伸ばした悠馬は、手を引いて、彼女を立ち上がらせる。
「えぇと…お名前は?」
「朱理です。貴方は暁さん、ですよね?」
「!?」
悠馬が名前を聞くと、朱理と名乗った少女。
それと同時に、自分の名前を知られていることを知った悠馬は、怪しい人物なのではないかと、手を離して距離をとる。
「あは。そこ、名前書いてありますよ?」
「あ、ああ…そういうことか…」
朱理が寮の横に記入されてある、暁悠馬という名前を指差しながら微笑む。
それを見て、怪しいものではないと判断した悠馬は、油断しきった様子で、朱理へと近づく。
「朱理さん?どこへ行きたい?」
「さんは不要ですよ。暁さん。私は…出店を見て回りたいです」
「了解。こっちも、暁さんはよしてくれ。なんか、自分が呼ばれてるって感じにならないからさ…」
「では悠馬さんでよろしいですか?」
急に距離を詰めた朱理。
さん付けは絶対条件のようで、暁さんがダメなら悠馬さんだと言いたげな表情で悠馬の元へと歩み寄る。
「あ、うん。それでいいよ…」
初めて会った女子。
わずか数秒で下の名前で呼ばれるようになったことに、嬉しさと興奮を感じる悠馬は、それを表情に出さないように、いつものようなポーカーフェイスで対応をしてみせる。
「えぇと…朱理は出店を見て回りたいんだよね?」
「はい♪滅多にない機会ですので、この島の景色を目に焼き付けたいんです」
悠馬が尋ねると、どこか遠くを眺めながら話をする朱理。
その表情はどこか寂しそうで、苦しそうで。
既に、なにもかも投げ捨てて、諦めたような、そんな表情に見えた。
朱理の表情を見ていた悠馬は、まるで自分自身を見ているようだという単語が頭によぎったが、それを振り払う。
朱理が悠馬と同じなんてはずはない。
悠馬の過去は、家族が悪羅に殺されたという悲惨なものだ。
そんな過去を背負って生きている人間が、ホイホイいてたまるものか。
それに、彼女の発言からするに、過去に囚われているというよりも、先が短いと捉えたほうが良さそうな発言だった。
朱理の発言から状況を分析する悠馬は、病的なほど真っ白な肌と、か細い腕。そしてこの景色を目に焼き付けたいという言葉から、彼女は何かの病気なのではないかと判断する。
もし病気で、先が短いならば、ここで会えたのも何かの巡り合わせだ。
別に同情をしているわけではないが、そう考えた悠馬は、恐る恐る朱理の手のひらへと手を伸ばすと、その小さな手を、軽く握る。
「任せといてよ。朱理。今日は一生忘れられない思い出にしてあげるから」
「はい♪ありがとうございます、悠馬さん」
その言葉を聞いて、少し安心したような表情を見せた朱理。
笑っている表情は、相変わらず愛想笑いのようだが、ほんの少しだけ、1センチくらいだけ距離が縮まった気がしたような悠馬は、それだけでも少し嬉しくて、そして彼女の思い出になるのならと、喜んで彼女の手を引いた。
「出店って言っても、色んなところに出店が出てるんだけど、どこの出店が見たい、とかある?」
「いえ。目指すは全出店制覇だけです♪」
「えぇ…」
下駄をカランカランと鳴らしながら、嬉しそうに歩く朱理。
彼女の手を引きながら歩く悠馬は、全出店制覇は想定外だったようで、時計を確認して、空を見上げた。
時刻は9時20分。
フィナーレまではまだまだ時間があるし、悠馬が競技を見ることを諦めれば、彼女の願いも叶うかもしれない。
「よしわかった!それじゃあ俺が、朱理の全出店制覇の夢を叶えるよ!」
自分の今日の予定を大幅変更した悠馬は、横に立つ黒髪の少女、朱理にそう告げると、再び歩き始めた。
程よい距離感。
肩と肩とが触れ合わない距離で歩く、朱理と悠馬のその姿は、背後から見るとまるで恋人のように見えた。




