ドキドキハンバーグ作り
一方、美月姿の悠馬や、1年生の大半がカラオケ店へと向かっている頃。
深刻な表情で寮へと戻ってきた悠馬。ではなく、悠馬姿の美月は、携帯端末に送られてきた文章を、じっと見つめていた。
「うーん」
その内容は、1限目が終わるとすぐに送られてきた、夕夏からのメッセージだった。
今日はこの前言ってた、ハンバーグを作ろうと思います(*^o^*)
なので今日は、早めに帰ってきてね♪
その文章を見た瞬間、寮へすぐに戻ることを決め込んだ美月は、クラス会のことなど無視して、こうして悩んでいるのだ。
この文章、女なら、いや、鋭い男でもすぐにわかるはずだ。
夕夏からのこのメッセージは、少なからず恋愛感情を抱いているように感じる。
まるで夫婦のようなメッセージ文を見た美月は、眉間にしわを寄せながら、ベッドに倒れこんだ。
「夕夏もライバル…か…」
まだ確定したわけではないが、その可能性も考える美月。
夕夏ほどの美女が敵となると、かなり厄介だ。
この文章を見る限りでは、日常的に悠馬の寮へ上がり込んでいるようだし、なにより、今日夕夏を口説くようなことをしてしまった。
今朝の出来事を思い出した美月は、絶望したようにベッドへと項垂れると、足をバタバタとさせる。
「あーキツイ!無理無理無理!」
腹部の傷が無ければ太刀打ちできたかもしれないが、夕夏と比較されるのは絶対に無理だ。
自分自身のことをよく知っている美月は、そう結論づけて悶え苦しむ。
現在は一夫多妻といえど、夕夏ほどの美人と付き合えたら、おそらく他の女に目もくれなくなるだろう。
それほど、夕夏は魅力的だ。
「勝てないよ…無理ゲーだよ…」
負けてもお零れが貰えるのではないかなどと甘えた気持ちの自分を追い払った美月は、携帯端末ではなく、悠馬のスマホを手にすると、指紋でロックを解除して、中身を覗き見る。
「…なに、これ」
ロックを解除して、慣れない手つきで画像ファイルを開いた美月は、フォルダ内に入っている、おびただしい量の金髪の美少女の写真を見て、口をあんぐりと開ける。
「花咲花蓮…だよね…」
悠馬の世代なら、誰でも知っているであろう、売れっ子アイドルだ。
第7高校に入学したという噂がある彼女の写真を、なぜ悠馬がこんなにもたくさん持っているのか。
その疑問は、画像をスライドさせていくと同時に、解消された。
「え?許嫁って…」
画像フォルダの、始まり。
どこかのパーティー会場で、仲睦まじく手を握り合っている悠馬と花蓮の写真を目にした美月は、その時点で、なんとなく察する。
「えええええ!?悠馬、まじ!?本気で!?」
驚きが先行する美月。
花蓮の王子様のお話というのは、今時の女子なら9割以上が知っているものだった。
王子様に助けられたり、許嫁になったり。
そんな花蓮との赤裸々な体験を、悠馬がしていたと思うと、ドキドキが止まらなくなる。
「ってか、悠馬ほんとバカよね…あれだけ想ってくれてる人が、本当に闇堕ち程度で掌返すのかな…」
悠馬の様子を見た感じだと、花蓮が悠馬のことを探していることを知らない様子だった。
それはつまり、悠馬はなにも話さずに逃げて、花蓮は未だに、悠馬を愛しているということだ。
そんな、健気に悠馬を待ち続けている女の子が、果たして悠馬のことを嫌いになるのだろうか?
「ないと思うけどなぁ…」
救われただけの美月ですら、暁闇と聞いてもなにも怖くなかったのに、許嫁が暁闇と知った程度で怯えるのだろうか?
悠馬は一体なにを考えて、嫌われると思ったのだろうか?
そんな疑問が、美月の頭の中に浮かんでくる。
「お邪魔しまーす」
「うぁ!?」
直後、コンコン。というノックの音と同時に、脱衣所の扉から入ってくる夕夏。
それはもう、見慣れてしまった光景なのだが、その光景を初めて目にした美月は軽いパニックだ。
ベッドから跳ね起き、スマホと携帯端末の画面をロックした美月は、冷や汗をダラダラと流しながら、挙動不審に辺りを見回す。
「こ、こんにちはゆ…美哉坂」
「どうしたの?改まっちゃって…今日の悠馬くん、変だよ?」
悠馬くんだぁ!?
不思議そうに悠馬姿の美月の顔を覗き込む夕夏。
まさか悠馬くんなどと呼ばれるほどの仲だとは知らなかった美月は、想像以上に2人の仲が進展していることを察し、顔をひきつらせる。
「と、特に意味はないよ?」
「そう?なら良かった!それどごめんね?私がタイミング悪く連絡したせいで、親睦会参加できなかったよね…」
「いや、全然、気にしてないよ!」
正直な話、美月も夕夏も、親睦会に行きたい気持ちはあった。
しかし、夕夏は親睦会よりも好きな人のことを優先させ、美月はただ純粋に、2人の関係が気になった為、夕夏のお誘いを優先させていた。
「ふふ、ありがと、悠馬くん。キミはいつも優しいね」
「い、いやぁ、それほどでも…」
照れる美月と、ちょっぴり笑う夕夏。
親睦会よりも、自分のご飯を優先してくれた。
それはつまり、悠馬が親睦会よりも夕夏のご飯の方が大事だと判断したと受け取ってもいいだろう。
悠馬の行動をそう受け止めている夕夏は、やけに上機嫌で、鼻歌交じりに台所へと向かう。
「美哉坂の方こそ良かったのか?親睦会、行きたかったんじゃない?」
そこで美月は、カマをかける。
親睦会と悠馬。
まだ100パーセント夕夏が想いを寄せているとはわからない美月は、親睦会の話を、夕夏に向けて行う。
「んー…やっぱり、悠馬くんには沢山お世話になってるからさ…親睦会よりも、悠馬くんを優先するのは当然のことじゃないかな?だから、親睦会のことは何とも思ってないかな…」
意外とドライな夕夏。
常日頃から友達との繋がりを大切にしている夕夏は、先に約束してしまった悠馬のことを思って、ちょっとくらい残念な気持ち、心残りを持ったまま親睦会の欠席を決めたのだろうと思っていたが、返ってきたのは想像以上に冷めた言葉だった。
「へぇ…意外、だな」
美月はいつも、夕夏は別世界の人間だと思って彼女を見てきた。
何をするにも、友達を大切に思っていて、友達じゃなくても、助けてくれるような、そんな人。
よく言えば善人で、悪く言えば周りの意見にすぐ流される。
そう思っていたが、思っていた以上に、自分と近い何かを感じ取った美月は、悠馬の顔でニヤリと笑うと、台所で調理を始める夕夏へと歩み寄る。
「美哉坂はさ。一夫多妻についてどう思ってる?」
「え…?」
今のご時世は、一夫多妻が許される世の中だ。
戦争で減りすぎた人口を戻す為、そしてさらにレベルの高い人材を増やすために、各国が躍起になって一夫多妻を推奨しているほどに。
しかしながら、日本ではそういう新しい文化は偏見の目で見られやすい。
知らないから嫌だ。よくわからないから嫌だと、何も知らない段階で拒絶してしまう。
まぁ、結婚なんて一世一代の大イベントで失敗したくないという気持ちもよくわかるのだが。
そういうこともあってか、日本支部では一夫多妻賛成派と、反対派で真っ二つに分かれている。
美月はどちらでもいいと考えているが、夕夏はどう考えているのか。
「私は、幸せだったらそれでいいよ。一夫多妻でも、そうじゃなくても。みんなで楽しくできるってことが、重要じゃない?悠馬くんはどう思ってる?」
「お、俺は…」
そこで言葉を詰まらせた美月。
美月としては、ここで悠馬が一夫多妻賛成派だということにして、夕夏と悠馬がくっついた場合でも、自分の付き合える確率を高めておきたいところだ。
しかし、それをするには罪悪感も襲ってくる。
なにしろ、悠馬の知らないところで、悠馬の体で勝手なことをするのだ。
「…賛成…かな…」
「そ?なら私も賛成かな〜!」
しどろもどろになりながらそう呟いた美月に、微笑みかけた夕夏は、ハンバーグをこねながら鼻歌を歌い始める。
「サイテーだな…私…」
自分の恋のために、他人に迷惑をかけている。
その罪悪感で心が苦しくなった美月は、小声で呟いた。
「ん?何か言った?」
「いや、何でもないよ。今日は俺も手伝うからさ、2人きりで美味しいものを作ろうか?」
「えっ!?2人きり…」
外見で言えば男と女なのだが、現在は中身は女と女。
それに気づいていない夕夏は、美月の発言に胸をときめかせながら、調理を進める。
今まで男子と接触してこなかった夕夏からしてみれば、夢にも見た光景だ。
好きな人とはじめての共同作業。
しかも、2人きりで美味しいものを作ろうなどと言われてしまった。
絶対に誰にも邪魔をされない空間で、2人で料理。
夕夏が妄想する中でもトップクラスのシチュエーションを作り出してしまった美月は、計算で夕夏をときめかせているのではなく、ただ単に、座って見ておくのは申し訳ないからという気持ちからの行動だ。
嬉しそうな夕夏を不思議そうに眺めながら、肉を捏ね始めた。
***
時刻は19時を回り、親睦会もお開きになった頃。
美月姿の悠馬は、スキップをしながら、美月の寮へと帰宅していた。
その光景は、中身さえ知らなければ、完全に女の子そのものの行動なのだが、悠馬はそれを意図的にしているのではなく、嬉しくて自然に行なっている。
今日の親睦会で、たくさんの女子生徒たちと仲良くなれた。
もちろん、それは悠馬としてではなく美月としてなのだが、それでも悠馬は、自分のことのように喜んでいた。
「はぁー、女の子って楽しいなー」
女の怖さを知らない悠馬は、そんなことをつぶやく。実際は裏でギスギスしたりしているのだが、男子の悠馬には縁のないことだ。
「へっくし!」
そんなことを呟いていた悠馬は、女の子のものとは思えないくしゃみをする。
実際は男なのだから仕方ないのだが、美月の姿で、しかも道端でするなら、もう少し控えめな、女の子らしいくしゃみをするべきだったのだが、それはもう手遅れだ。
「へ?」
くしゃみで瞑った目を開けると、目の前に広がってきた光景は、美月の帰路とは全く違うものだった。
美味しそうなお肉の香りが花をくすぐり、目の前には最近購入した綺麗な花瓶と、真っ白な花。
そして真正面には、夕夏が座っていた。
「どうしたの?悠馬くん」
取り敢えず口に残っていたハンバーグを噛み、喉へ通す。
「い、いや、美味しいなーって」
センスのない感想。
悠馬は混乱した頭で、状況を整理しようとしていた。
まず、今の状況。
目の前に夕夏がいるということはつまり、入れ替わりが元に戻って、本来の自分自身に戻ったということでいいはず。
そして美月もおそらく、元の身体に戻っているはずだ。
しかし問題はそこじゃない。
なぜ、夕夏と悠馬が一緒にご飯を食べているのか?ということだ。
それは、もはや日常の1ページと化した光景なのだが、悠馬が言いたいのはそこじゃない。
夕夏は用があるからと言って親睦会を欠席していた。
この時間にすでにご飯を食べ始めているということはつまり、大した用じゃないし、こんな手の込んだハンバーグ、短時間で作れるものではない。
そして次は、入れ替わっている間の悠馬自身だ。
特に予定もないはずなのに、親睦会を断っていた、悠馬姿の美月。
親睦会を断るということは、やむを得ない問題か何かがあったのでは、などと考えていたが、どうやらそれもないらしい。
予定があるはずだった2人が、どうして向かい合ってご飯を食べているのか。
その理由を必死に考えた悠馬だったが、結局答えは浮かばず、文明の武器に頼ることにした。
携帯端末。
何か問題があったのならその人物と連絡のやりとりくらいしているだろうし、わからなければ美月に聞き出せばいい。
そんな考えで携帯端末を開いた悠馬は、上から3番目にあった、夕夏との見慣れないやりとりを見て、唖然とした。
それは、夕夏が悠馬の寮にハンバーグを作りに来るという内容で、早く帰ってきてほしいという旨の文だった。
まさか悠馬姿の美月と、夕夏がそんな理由で親睦会を断ったなどと知らない悠馬は、驚きを隠せない。
一体何を話していたのか。一体何をしたのか。
自分の知らないところで、自分に関する物事が進んでいる。
人間誰だって、そんな場面に直面すれば、驚いてしまうだろう。
「ふふ、一緒に作った甲斐があったね♪」
「そ、そうだね…」
一緒に作った。という単語を聞いてパニックに陥る悠馬。
一体何をしたら、ハンバーグを一緒に作ることになるのか。
ハンバーグの作り方すら知らない悠馬は、夕夏を後ろから抱き寄せてハンバーグを焼く光景などを想像しながら、顔を赤面させる。
実際はただ、捏ねたり焼いたりを流れ作業でやっていただけなのだが、バカな悠馬にはそれが想像できていない。
「ちょっとドキドキしちゃったけど…また一緒に、料理作りたいなぁ…なんて…」
「そうだね!!また作ろう!」
悠馬と美月が入れ替わっていた事など知らない夕夏が意味深な発言をすると、悠馬はもう、思考を中断したように夕夏の話に乗ってみせた。
その後悠馬は、美月に何をしでかしたのかを問い詰め、自分が勝手な妄想を繰り広げていたことを知って、死ぬほど恥ずかしがっていたそうだ。




