バカ2人
朝の教室というのは、かなり賑やかだ。
それは昨日のテレビ番組の話であったり、今日の放課後、どこへ行くかの話であったり。
そんな和気藹々とした教室の中、銀髪の少女は、いつものように女子生徒たちに囲まれ、そして髪を解いてもらっていた。
「美月、今日はどうしちゃったのよ?髪もボサボサよ?」
「あはは…ごめん、ちょっと寝坊して、慌てて寮を出たから…」
朝のハイテンションと打って変わって、少しだけ落ち着きを取り戻している悠馬。
彼は目覚めてから学校へ行く前までの間、美月と同じような髪型にセッティングするため、四苦八苦していた。
長い髪の扱い方など知らない悠馬は、ただ水で濡らして、ドライヤーで乾かせばいいなどという考えしか思い浮かばなかった。
しかし、長い髪はそんなことでは綺麗にはならない。
その結果、こうしてボサボサの髪で学校へと訪れ、いつも美月の周りにいる女子たちに、髪の毛を整えてもらっているのだ。
髪の毛を他人に触られる悠馬は、少しくすぐったい気持ちになりながら、大人しく湊の櫛を受け入れる。
「湊、気持ちい〜」
「ふふ、私、美月の髪をこんなふうにといてみたかったからさ!」
やけに上機嫌な湊。
男に対しては、「美月に近づかないで」「連絡先交換?身の程を弁えなさいよ」などと辛辣な言葉を連呼しているのに、美月に対してはデレデレだ。
にっこりと笑いながら、美月の髪を触るその姿は、まさにお姉さんという単語が似合うほどだ。
「湊、いつもそんな感じで笑ってたら、すごく可愛いと思うのに…」
「私の笑顔は、美月のためにあるの。他の人には向かないわ」
湊の容姿は、かなり整っている。
可愛いというより、美人寄りの顔だが、中学時代はバスケ部に所属していたということもあってか、身体はかなり引き締まっている。
もし仮に、湊が男嫌いでなければ、夕夏、美月、美沙に並ぶ、クラス内トップクラスの美人と言われていたことだろう。
「そっか。ありがとう」
数週間前、合宿の肝試しで湊の過去を知っていた悠馬は、それ以上の言及はしなかった。
「よし、おしまい!いつもの美月に戻りました〜」
「いぇーい!」
湊が美月の髪の毛を整え終わると、黒髪つり目女子、淀川愛海が美月の頬をムニムニと触りながら、上機嫌に頬を擦り寄せてくる。
「はぁー、今日も可愛いよ美月。サイコー!」
「あはは…愛海も可愛いよ」
美月がいつもどんな対応をしているのか知らない悠馬は、頬ずりをしてくる愛海を抱きしめると、耳元で甘く囁いてみせる。
「な…!ずるい愛海!私も美月に抱き寄せられたい!」
「へっへーん!美月のファーストハグは、私が頂いたわ!」
羨ましがる湊と、ドヤ顔をする愛海。
「湊もおいで」
「え!?いいの!?」
美月が手を広げると、目を輝かせながら飛び込んでくる湊。
中身は悠馬なのだが、それを知らない湊からすれば、相当嬉しいことなのだろう。
その行動に迷いがない。
「よしよし。いつもありがとうね、湊。愛海。これからもよろしく」
湊の頭を優しく撫でながら、抱きしめる。
美月は過去に、酷いイジメを受けていた。
現在、この島でそのことを知っている学生は悠馬のみ。
悠馬からしてみると、美月の入学後の生活というのは、かなり気がかりだった。
守ると約束したと言えど、その守る。という行動には限度がある。
いつまでもそばに居られるわけではないし、手の届く範囲でしか守ることはできない。
だからこそ、入学後、目を離した隙に美月が傷ついていたらどうしよう。などと考えていた。
しかし、その不安は入学してすぐに払拭されることとなった。
元々、美月の性格が穏やかだったことも幸いしてか、美月の周りには、彼女を守ろうとしてくれる友達が、たくさんできていた。
いつも美月のそばに居てくれて、いつも優しくしてくれる。
そんな彼女たちは、悠馬にとっては感謝しても仕切れない存在だ。
丁寧に湊の頭を撫でながら、彼女をギュッと抱きしめている美月姿の悠馬は、今まで抱いていた気持ちを爆発させていた。
「う、うん///こっちこそ、これからもよろしくね」
美月から感謝され、頭を撫でられながら抱きしめられる。
過去の友人と美月を被せている湊にとっても、その行動はかなりの救いとなったようだ。
少し安心したように、脱力したように微笑んでいる。
そんな、百合に近いような光景が繰り広げられている教室内には、1つの不穏な影があった。
茶色の髪を、いつもと違いワックスで固め、左耳には黒いピアスを付けている悠馬。
「ケッ、なんだよ悠馬、お前彼女でもできたのかよ?」
いつもと違う悠馬を目にした通は、まるで裏切られたと言いたげな表情で睨んでいる。
「いや、そういうのじゃないから」
「じゃ、じゃあなんだよ!ワックスつけてピアスも付けてヨォ!」
異能島の校則というのは、基本的にかなり緩い。
他人に迷惑をかけるのはダメだが、自身にしか迷惑のかからないものは基本的に許可されている。
例えば髪染めであったり、ピアスであったり。
日本支部では、そういったアレンジを、1つの個性として捉えられずに、偏見の目で見られることも多いが、そんな偏見社会を崩すために、国立高校は率先して、生徒の個性として、髪染め、ピアスなどは許可しているのだ。
だからと言って、そういった生徒がたくさんいるわけではない。
髪を染めている生徒はクラスの2〜3割以上はいるものの、ピアスをつけている生徒は極めて少ない。
「気分?かな?」
美月は今朝、悠馬の肉体のある秘密に気づいた。
それは朝、調子に乗って寮内で転んだ時のこと。
2階の階段を駆け上がって、駆け下りる時に転んだ美月は、悠馬の身体を、大きく損傷させてしまった。
一言でいうと、腕が曲がらない方向に曲がった。
勿論、痛みを感じるのは美月であって、その痛みのあまり悶絶していたのだが、それから数分が経過すると、腕は元どおりに。
入学試験の時は、なんらかのカラクリがあって悠馬は再生するのだと思っていた美月だったが、そこでようやく、悠馬の再生という力は、無条件で発動するものだと気づいた。
そこで、女子生徒からの人気の底上げをするため、美月はイケメン君の権限を最大限に引き出そうとしていたのだ。
悠馬は女子からの人気度が高い割に、告白される率がかなり低い。
その理由は、女子が奥手だから。とかいう理由ではなくて、悠馬に問題があるのだと美月は判断している。
何しろ、悠馬は気づいているのかもしれないが、好意を冷やかしとして捉えることが多い。
それは自分が闇堕ちで、他の生徒たちとは相容れない存在だと思っているからなのかもしれないが、悠馬レベルになると、鈍感というよりも、それはもう嫌味に近い。
それを知っている美月は、悠馬に許嫁がいることは知っているものの、女子との親密度を上げようと画策しているのだ。
「おいおい、気分でピアスはやめとけよ、悠馬。一部の女子からは人気だろうけどよぉ、美哉坂ちゃんとかは変に着飾らない男が好きなんじゃないか?」
「じゃあ本人に聞いてみようぜ?」
「えっ!?」
自信満々の悠馬。
中身が美月なだけに、女心をわかっているのかもしれない。
通はまさか、本人に直接聞きに行くなどとは思っていなかったご様子で、目を見開きながら席を立った。
「付いて来いよ」
「お、おう!」
通も、夕夏がピアスを付けている男が好きなのか、それともピアスが付いていない男が好きなのかは気になっている様子だ。
席を立ち、夕夏の机を囲んでいる女子たちに会釈をしながら突き進む。
「あ、暁くん、おはよー!」
「おはよう」
いつもとは違って、微笑みながら挨拶をして進んだ悠馬は、夕夏の目の前で立ち止まると、ニッコリと笑みを浮かべながら、夕夏が机の上に置いている掌に、優しく触れる。
「きゃー!!」
「え!?え!?」
「どゆこと!?」
その光景を目にした女子たちは、大パニックだ。
いつもは落ち着いている、女子とあまり話さない悠馬が、いきなり夕夏の元に歩み寄ってきて、彼女の手を握る。
お似合いのカップルにすら見えるその光景は、女子たちの妄想を捗らせる。
「な、ななな何!?」
驚いているのは、周りの女子だけじゃない。
夕夏本人も、突然悠馬に手を握られて驚きを隠せないのか、耳まで赤くしながら、何度もあたりを見回し、気が気でない様子だ。
「ちょっと聞きたいことがあってさ。今、時間いいかな?」
「は、はい!大丈夫…です」
「ゆ…美哉坂はさ…ピアス付けてる男と、付けてない男。どっちが好き?」
悠馬のど直球な質問。
中に入っている美月は、よっぽど自信があるのか、遠回しな言い方などせずに、真っ向勝負に打って出た。
「それってつまり…」
「夕夏のこと…」
今日の悠馬は、ピアスを付けて、髪の毛もセッティングしている。
まるで勝負をしに来たようなその質問を聞いた女子たちからして見ると、今のは遠回しな告白、夕夏に好意を抱いていると誤解してしまうことだろう。
実際は、ただ単に、通との議論に白黒つけたいだけなのだが、それを知らない女子たちは大興奮だ。
「わ、私的には…似合ってたらどっちでもいい…かな…」
悠馬の方をチラッと見ながら、視線が合うと目をそらす夕夏は、しどろもどろにそう答えると、顔を手で覆い、表情を見えないようにする。
「じゃあ、俺は似合ってる…かな?」
夕夏は悠馬に恋をしている。
そんな夕夏からしてみれば、手を握られるのも、質問責めに会うのも、願っていたことであっても、かなり緊張することだ。
緊張のあまり目をくるくると回す夕夏は、机に突っ伏しながら、絞り出した声を上げた。
「似合ってます…すっごく…」
「きゃー!」
「ありがとう、美哉坂」
KO状態の夕夏に一度お礼を言った悠馬は、上機嫌でその場を後にして、背後から付いてくる通を見て、ニヤリと笑ってみせた。
「ほらぁ?言ったろ?」
「俺、お前として生まれて来たかったわ…そしたら俺も、あんな風にキャーキャー言われてたんだよな…」
圧倒的な実力差。
生まれ持った容姿の差を目撃してしまった通は、しょんぼりとしながら夢を語っていた。
「まぁまぁ、落ち着けよ、通。お前にだって、運命の人が現れるはずだ。そうだろ?」
私は死んでもゴメンだけど。
通が日頃から、美月を推していて、事あるごとに変な発言をしていることを知っている美月は、心の中でそう呟きながら、一応通を励ます。
「そ、そうだよな!俺の運命の相手は篠原ちゃんだと思うんだ!」
「それは…どうだろう?」
絶対にないと思うけど。
もしかすると、入学試験前に助けてくれたのが、悠馬じゃなくて通だったら、その可能性もあったかもしれない。
しかし、救ってくれたのは悠馬だった。
人生最大のイベントと言ってもいいほど、いじめっ子たちを力でねじ伏せて、救われた美月からしてみれば、これから先、これ以上幸せな出会い方をすることなど、まずないと断言できるだろう。
「いけるって!俺様は篠原ちゃんが好みなんだよぉ!あの控えめな乳をいつか…」
「通、次それ言ったら、殺すから」
控えめな乳。
それは美月に向かって言ってはならない言葉、トップ3に入ると言っても過言ではない。
美月は、自身の胸が小さいのを気にしている。
特に、湊や美沙、そして夕夏の胸が大きいだけに、他の女子や男子から、胸をチラッと見られて同情されるのがすごく嫌なのだ。
そんな美月に向かって、通は気に触る発言をしてしまったのだ。
もちろん、外見は完全に悠馬な為、通は気づいていないのだろうが、悠馬の顔で感情を失ったような笑みを浮かべた美月を見て、何か感じ取ったようだ。
「う…悪い、けど、なんでお前がそんなこと言ってくんだよ?」
「って、この前篠原が言ってたの聞いたから」
慌てて訂正を入れる美月。
思わず殺すなどと発言をしてしまい、通に怪しまれていないか恐れている美月は、それとない言い訳を呟いて、一歩後ずさった。
「まじかよ…!篠原ちゃん、気にしてたのか!くぅ〜、俺が彼氏だったら、毎日揉んで大きくしてあげるのによぉ!」
「……」
今すぐこいつを消し去りたい。
そんな物騒な単語が頭によぎった美月だが、それをぐっと堪えて、作り笑いを浮かべている。
「あ、そういえばホームルーム終わったら体育だな!今日は学年合同なんだろ?楽しみだなぁ!」
「あ!そうだったな!!」
話題を変えた通。
体育の話を聞いて、先ほどまでの機嫌が直った美月は、上機嫌に悠馬の身体を見つめた。
普段は見学しかできない体育も、今日は自由に行える。
人の目も気にせずに、身体のことも気にせずに、なんでもできる!
そのことに気がついた美月は、それからホームルームが終わるまで、陽気に鼻歌を歌いながら、体育が始まるのを待った。




