入学試験5
ラッキーというか、アンラッキーというか。
翌朝、実技試験会場へとたどり着いた悠馬は、曖昧な表情をしながら昨晩のことを考えていた。
昨日一緒にお泊まりをすることになった可愛い系女子と、少しはお近づきになれるのかな?などと淡い期待をしていた悠馬だったが、あの寮には二階があった。
アンラッキーというべきなのか、問題を起こさずに済んだ為ラッキーというべきなのか。
悲しみと安堵の混ざった感情が胸の中で渦巻いている気がして、何度も首を傾げる。
「みんな。ちょっと聞いてくれ」
「んだよー?」
黒チームのゲートに並び立つ生徒たち。
その中で、身長が頭一つ抜けている男子生徒が大きな声をあげて前に出たことにより、黒チームの生徒たちの視線は一気にその男へと集中した。
「俺がこの黒チームを指揮したい」
「はぁ?お前俺らのチームの王なのかよ?」
男からの申し出に、1人の男子生徒が嫌そうな表情で返事をすると、それが伝播するように周りの生徒たちも嫌だ、ダメだと口にし始める。
「んな見ず知らずの奴に俺らの入試預けれるかよ!それなら俺も指揮したいんだけど!」
「アンタが評価されたいから指揮したいだけでしょ!それなら女子は私が指揮する!」
「え、いきなりまとめ役とかできんの?アンタ」
男がお前が王かと聞かれて言葉を濁した影響もあってか、黒チームの面々は誰が指揮するかで揉め始めてしまった。
中には喧嘩寸前の男子生徒もいるし、黒チームはいきなり空中分解寸前だ。
この調子なら、反逆者の役職を得た学生たちは試験開始と共に見切りをつけることだろう。少なくとも現状、黒チームであるメリットが何1つとしてないのだから。
騒ぎ合う生徒たちを眺めながら、悠馬は深い溜息を吐く。
「はぁ…おや?貴方はこんな所で高みの見物ですか?」
ゲートから少し離れた、大きな岩に座っていた悠馬の目の前に、身長は150センチないほどだろうか?
小柄で薄い白髪をお団子ツインテールにしている女子生徒が現れ、悠馬は顔を上げた。
何故か体操着の着用を条件とされているはずなのに、ヒラヒラのスカートを穿いているのは、どうしてなのだろうか?
「いや、俺揉め事はあんまり好きじゃないんだよ」
「そうですか。その話を聞いた感じだと、貴方あまり強い異能が使えないようですが…今ここで私にお願いをしてくれれば、貴方の合格くらい私が何とかしますよ?」
嗜虐的な笑みを浮かべながら、「お願い」という所を強調してきた女子。
まるで対価を求めているような、普通のお願い以上のものを求めているような、そんな感じだ。
「遠慮しとくよ。一人で頑張ってみる。俺は暁悠馬。君は?」
「三枝真里亞です。そうですか、残念です。せっかくいい道具になってくれる人を見つけたと思ったのですが…」
真里亞はそう呟きながら、人差し指を頬に当て、何か考え事をするように去っていく。
その背中を見送った悠馬は、冷や汗ダラダラでかなり怯えていた。
あの人いい道具って言ってたよ。きっと俺のことを、人としてではなくモノとして扱う気だったんだ。
「モノには服なんて必要ないでしょう?」
「モノはご飯なんて食べないわよ」
「あら?これが欲しいんですか?いつもみたいにおねだりしてみなさい?」
きっとさっきの申し出を受けていたら、入学試験だけでなく入学後も人じゃないモノとして扱われていたんだ。
彼女の嗜虐的な笑みを思い出しながら、言われそうな言葉を脳内で再生する悠馬は、背中をぶるっと震わせ、何も考えずに承諾なんてしなくてよかった。と心から思った。
『間も無く、試験開始時刻です。試験をお受けになる学生は、ゲート前で待機してください。』
携帯端末の時計を見ると、現在時刻は9時55分だった。
あと5分で実技試験が開始される。
結局、黒チームの指揮官は話し合いでは決まらなかったようだ。意気消沈する背の高い男を眺めながら、ギクシャクしている黒チームの様子を眺めた悠馬は、小さなため息を吐いた。
***
場所代わり白チーム。
黒チームとは別のゲートで待機する白チームたちは、試験開始5分前にはほぼ完全にまとまりつつあった。
ゲートの手前に1人だけ飛び出て話をする長い亜麻色の髪の女子生徒。
昨日、悠馬に膝蹴りを入れた、美哉坂夕夏だ。
「いいですか?恐らく他のチームも、誰が指揮をとるかで揉めている頃だと思います。そして時間までに、指揮官は決まらずに単独行動をとる生徒が出てくるでしょう。私たちは仲のいいグループや、相性の良さそうな異能同士のメンバーでグループを組んで、単独行動ををしている生徒たちを確実に倒すべきだと思うんです」
夕夏の話に、男女問わず生徒からは、「確かに」「数的優位を作り出すのは一理ある」と、足並みが揃いつつあった。
「ちょっと待てよお前ら。いくら名門中学でも、こいつが叛逆者だったらどうすんだ?俺らがグループで動いてるって相手チームに告げられて、対応策作られたらどうすんだよ?」
1人の男が、そう叫んだ。
「それにこいつぁ女だぜ?俺らはガキの頃から選ばれた側の人間だった。その俺たちが!こんな女1人に指揮されていいのか?ん?」
当然、批判も起こる。
今まで君はすごい。君は選ばれた人間だ。などと周りから持て囃され生きてきた生徒たちからすると、誰かの下について指示を受けるというのは拒否感があった。
誰かの下につきたくない、でもそんな事みんな言ってないからみんなは納得してるんだ。と我慢している生徒もいた。
その小さな不満の火種を燻るように、風を与えた男子生徒によって彼らの不満は爆発した。
「そもそもお前レベル幾つなんだよ?」
「俺は好きにさせて貰うぜ。女の下につくなんて御免だ。俺と来るやつはこっちに来い!俺が指揮してやるよ!」
「うっわ、あの子がマジで叛逆者だったら笑えなくない?私ら落ちちゃうよ?」
「やっぱ、お嬢様学校って他人を蹴落とす事しか考えてないんじゃないの?」
終いには夕夏が裏切る前提で話をし始める生徒すらいた。
だが、それ以上の批判はなかった。
実技試験開始のサイレンが鳴り響いたからだ。
我先にとゲートを通過する生徒と、夕夏に一度だけ謝ってゲートを通過する生徒。
「ごめんね美哉坂ちゃん!また縁が有れば、俺がお供するぜ!」
途中、少し小柄な男子生徒が夕夏にそう告げ、ウィンクをしながら去っていく。
そんなことを言ってくれる人も居るんだ。と夕夏はホッと胸をなでおろす。
「所詮、お前の実力なんてその程度なんだよ。女は女らしく、男に媚びを売っておけばいいんだよ」
つい先ほど、一番最初に叫び声をあげて夕夏を否定した男子生徒は、ゲートを通過する直前にそう告げると、バカにしたような笑みを浮かべて去っていく。
そしてゲートの入り口に残されたのは、夕夏と彼女の横にいる女子生徒の2人だけだった。
「だから言ったじゃない。アンタのレベル言わないと誰もいうこと聞いてくれないのよ」
「でもそれって、脅しみたいじゃん…」
完全に呆れた表情をしている地味目の女子を見て、半泣きの夕夏は彼女に飛びつくと泣き喚く。
「加奈ぁ〜私みんなを合格にさせたかったのに〜…ふぇぇぇん」
「はいはい。残念でした。でも良いじゃない。貴女王なんでしょ?高みの見物決めこめば良いのよ」
夕夏の肩をぽすっと叩いた加奈は、彼女を引きずりながら入場ゲートへと入った。
***
時間は遡り、実技試験開始5分前。
赤チームのメンバーたちは、すでにお通夜のような空気だった。
つい先ほど、俺が指揮する!と揉めていた男子生徒が2人、殴り合いに発展して教員がその2人を不合格処分、即刻この場から去るように告げたのだ。
そんな光景を見せられたら、もう指揮をとるなんて言い出さないし、反対もしたくない。
次は誰が不合格処分になってしまうのかと、赤チームの間には静かな時間が流れていた。
木々が揺れる音と、鳥の鳴き声しか聞こえない。
そんな中、1人の少年が歩き始めた。
身長は170センチ弱で、髪は挑発的な赤。
先ほど殴り合いをしていた男子よりも、この男の方が遥かに強そうに見えた。
「いいか?お前ら。この入試はハナから協力することを前提には作られちゃいねえ。叛逆者っつー裏切り者がいる中でチームプレイで仲良くやれって?笑わせんな」
「そうだな…そうだよな」
「叛逆者に背後から…とか笑えねえもんな」
「それに、昨日今日で仲良くなった奴らとチームプレイなんて本当にできると思うか?信頼関係も何もない状況。誰が反逆者かもわからない。そんな中でお前らはチームプレイをしたいか?オレは嫌だな」
赤髪の男子の話を聞いて、同調の声はあっても反対の声は上がらなかった。
「てな訳で。赤チームは自分たちのやりたいようにする。それでいいよな?チームプレイしたい奴はチームプレイをすれば良い。オレは勝手にやらせてもらうぜ」
赤髪の男がそう告げると同時に、実技試験開始のサイレンが鳴り響いた。
赤髪の男は、背後の会話を気にすることなくゲートへ入ると、携帯端末を取り出して笑みを浮かべた。
「ククッ…」
***
試験開始のサイレンが鳴り響いてから、早くも5分。
悠馬は整備された人の通る道ではなく、木々が生い茂る中を掻き分けながら進んでいた。
携帯端末を片手に。
つい先ほどの誰が指揮をするかの揉め事。
結局黒チームも、誰が取り仕切るかは決まらないまま、試験が始まってしまった。
そして、試験開始と同時にゲートを通過した叛逆者がいきなり白チームへと寝返り、ゲート前は一時騒然となったが、悠馬に話しかけてきたあの真里亞という女がその場を制圧し、こうして無事にお散歩ができている。
いや、本当に散歩しているわけではない。
ただ、携帯端末を使用してある女子生徒たちの位置を見ているのだ。
「あいつ絶対にどっかのチームの王よ。昨日の仕返し、死んでもしてやるんだから」
「やめようよ桜、あれはヤバイって!私らでどうこうできる奴じゃない!」
こちらも、木々を飛び越えながら5人で行動していた。
昨日、美月をいじめていた5人衆だ。
昨日の一件で彼女たちは、悠馬が自分たちよりも遥か高位の能力者。つまりは王の可能性が高いという話をしていたのだ。
王を取れば合格確定。
その大きな餌に目が眩んだのと、ただ単純に昨日の仕返しをしてやりたい。
王じゃなくてもボコボコにしてやるんだと、桜の決意は揺るがなかった。
「カエデ、いつからそんなに弱気なわけ?次、アンタ虐められたい?」
「っ…わかった。やる」
桜にギロっと睨みつけられたカエデは、まるで蛇に睨まれた蛙のように首を縦に振り、桜の言うことを聞く。
「ハヨリ、これ本当に大丈夫なのかな?」
「仕方ないよ、桜やる気だし…私らじゃ止められない」
背後から桜とカエデを追う女子たちも、不安そうな表情だった。
何せ、昨日手も足も出なかったのだ。
あんな異能もう二度と食らいたくないという恐怖とトラウマが、判断を鈍らせる。
「居た…!こんなに早く会えるとは」
道無き道を行ったことが功を奏したのか、携帯端末を眺めながら歩く間抜けな悠馬を見て、桜は笑みを浮かべた。
「スマホ中毒か。やるよ」
背後に控えるハヨリ、美智子、翔子に合図をした桜は、風の異能を最大火力で放とうとする。
木々が騒めき、まだ真新しいはずの綺麗な緑の葉と小枝が音を立てながらへし折れ、捲き上る。
「コキュートス」
携帯端末から目を離した悠馬は、木々が騒めく方向に向かって異能を使用した。
氷で出来た大きな龍のようなものが地を這い、蛇行しながら地面を凍らせていく。
速さは80キロほどだろうか?
真正面から見ると本物の龍のようなものが迫ってくるその光景に、カエデは絶叫した。
「だから嫌だって言ったのよ!桜!アンタのせいよ!」
「む、無理よ…!あんなの止められる訳がない!」
ギャーギャーと叫び声を上げる彼女たちの声は、轟音と地響きと共に消えていく。
「任務完了って感じかな?」
携帯端末を見た悠馬は、自分がマークしていた地図上のアイコンが消失した事により、ほっと一息する。
「しかし、申し訳ないことしたかな?」
悠馬の放ったコキュートスという氷の異能は、氷系統の異能の中でも上位に属する、名前を付けられるほどの異能だ。
ニブルヘイムと同じくその威力は、並大抵の異能力者じゃ相殺することはできず、回避を推奨される技でもある。
加えて、ニブルヘイムのような円状の範囲能力ではなく、一直線に蛇行をするような形で伸びていくため、その線上にいる生徒たちは巻き添えを食らってしまう。
悲しい事に携帯端末の中にある地図アプリからは、数十人のアイコンが消えてしまっていた。
さて、なんで入試に携帯端末が必要だとメールで告知されたのか。
その理由を知っている生徒はいったい何人いるんだろうな?
桜たちと偶然ではなく、意図的に遭遇した悠馬は、面白そうな笑みを浮かべて歩き始めた。