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入れ替わり

 朝。


 いつもよりも少しだけ柔らかい毛布に身を包んでいる悠馬は、窓から入ってくる日差しによって目を覚ます。


「んんっ…カーテン閉めてなかったっけ…」


 昨晩、夕夏と一緒に夜ご飯を食べて、そこから寝た記憶を思い出した悠馬は、カーテンを閉めていなかったことに気づき、ゆっくりと目を開く。


 アラームが鳴っていないということは、多分まだ寝ることもできるはずだ。


「ん?え?は?」


 しかし、そんな悠馬の睡魔は、目を開くと同時に吹き飛んでしまうこととなる。


「何処だよここ…」


 真っ白な壁と、そこに掛けてある女子用制服。


 そして窓から見える景色は、入試当日にいじめっ子たちをボコボコにした公園だった。


「…夢遊病的な?」


 状況が飲み込めない悠馬は、辺りを見回しながら、ベッドから起き上がる。


 それにしても何もない部屋だ。


 生活感がないというか、何色にも染まってないというか。


 最近、夕夏が来るからと行ってお花や花瓶を購入した悠馬の寮と比較すると、少し寂しくも感じる。


 そんなことを考えながら立ち上がった悠馬は、視界に移った銀色の髪を見て、首を傾げた。


「…美月?居るなら声かけ…」


 自身の肩に、銀色の髪がかかっている。


 それを目にした悠馬は、合宿の時のように、冷やかされて馬鹿にされるのだろうと判断したのか、落ち着いた対処を図ろうとした。


 しかし、振り向いた先には誰もいない。


 目に入るのは、開かれたカーテンとそこから見える公園だけだ。


「…幻覚…じゃないよな」


 さすがに、寝起きで幻覚を見るほど疲れてはいないはずだ。


 そこまでのストレスを感じていない悠馬は、自身の足元を見ると、異変に気付き、ピタリと足を止めた。


「はぁ!?」


 悠馬が今身につけて居るのは、真っ白な女性用の寝巻きに、ひらひらの上着だ。


 まさかそんなものを着ていると思っていなかった悠馬は、情けない声を上げながら、バタバタと姿見の前へと駆け寄る。


「へ?なんだよ?どうなったんだ?どういうことだよ!」


 姿見の前に駆け寄った悠馬は、自身の顔を確認して、その顔に触れて、悲鳴にも近い声を上げた。


 しかしその声は、いつもの悠馬の声ではなく、聞き慣れた篠原美月の声だ。


 鏡に映る悠馬の顔は、真っ白な荒れを知らない肌に、紫色の瞳。銀髪の髪が肩にかかるほど長く、可愛らしい寝間着を着た、篠原美月そのものだ。


「え?夢?夢だよな?」


 美月の頬に触れ、身体を触りながら、全身から血の気が引いていく。


 悠馬は今まで、何度か美月になりたいなーなどと考えたことがあった。


 その理由は、ただ単に楽しそうだから。という理由なのだが。


 だからこそ、今この瞬間、美月の肉体の中に自分が入っているというのは、自身の妄想が作り出した、夢世界という結論に至るのだ。


 実際は現実で、自身と美月が入れ替わっているのだが、それを知らない悠馬は、夢の中で美月と入れ替わっているのだと判断し、大はしゃぎだ。


「はぁー、美月の頬柔らかい。ってか、めっちゃ可愛くない?美月。いや、今は俺か。これならアイドル目指せるぜ」


 姿見の前で、右目の前でピースをしてみせた悠馬は、ニヤニヤと笑いながら悶絶する。


 学年でも、1.2位を争う美女の身体になっている夢を見たのだ。


 こんな、一生に一度あるかないかもわからない夢なのに、何もしないというのは大損だろう。


 大はしゃぎでベッドに飛び乗った悠馬は、美月のベッドの横に置いてあったぬいぐるみを抱きしめて、そしてあることに気がつく。


「……俺、過去にこんなぬいぐるみ見たことあるっけ…」


 はしゃいでいた悠馬は、自身が今、手にしているぬいぐるみをまじまじと見つめ、首をかしげる。


 若干キモい見た目ではあるが、それでいて愛着が湧く、犬のぬいぐるみだ。


 一度見たら忘れないだろうと思うような見た目だというのに、一体それを、何処で目にしたのかが思い出せない。


「それに、頭もやけに冴えてるし…」


 普通、夢というのは、身体があまり自由に動かないはず。


 走るのだってうまく出来ないし、思考もかなり鈍い。


 だというのに、今現在の悠馬は、好き放題ポージングも決めれるし、走り回ることもできる。


 そう、例えるなら現実と同じくらいに。


「いや、それはないって…」


 入れ替わっていることに気づいていない悠馬は、正解だった答えを白紙に戻すと、美月の発展途上の胸を眺め、そっと手で触れる。


「…そんなに気持ちいいわけじゃないのな…」


 正直、かなり柔らかい。


 夕夏と比較すると、無いのと同然のような美月の胸だが、それでも柔らかさは抜群だった。


 しかし、残念なことに、アダルトな動画で見るような反応になるほど気持ちいいわけではなかった。


「初めておっぱい揉んだわ…夢だけど」


 リアルでも、夢でも胸を揉んだことのない悠馬からすれば、これも貴重な経験だ。


「あ、そうだ。学校行ったら楽そうじゃね?」


 そうこうしているうちに、学校に行くという選択肢が脳内に浮かんできた悠馬。


 どうせ夢な訳だし、学校に行って大はしゃぎしても、大した問題にはならないだろう。


 アラームが鳴って、目が覚めれば、元の暁悠馬としての肉体に戻っているはずなのだから。


「はぁー、幸せ、最高!まじでヤベェええ!」


 興奮が最高地点に達している悠馬は、今の状況が本当に夢なのかどうかなど、詳しく追求することもなく、完全に思考を放棄して、美月の制服を手にするのだった。



 ***



 一方、その頃。


 いつもと何も変わらない、悠馬の寮。


 変わったことがあるとするなら、テーブルの上に綺麗な花瓶、そして花が置かれていて、華やかさが増したということくらいだ。


 そんな中、携帯端末のアラームが鳴り響き、茶髪の少年は目を覚ます。


「あれ…私、アラーム設定したっけ…」


 カーテンがきっちりと閉められた寮内で、携帯端末の明かりを見つけてアラームを止めた美月は、二度寝に入ろうと、布団に包まろうとした。


「あれ…なんか匂いがいつもと違う…」


 寮内が暗いということもあり、まだ異変に気づいていない美月は、自身の体臭ではなく、悠馬の体臭の染み付いたベッドの匂いを嗅いで、枕に顔を埋めた。


「なんか心地いいかも…」


 そう、例えるなら悠馬に似た匂いだ。


 大好きな人の匂いにも感じる、その枕と布団に染み付いた香りは、美月にとってすれば、最高の環境だった。


「はぁー、胸が締め付けられる…」


 好きな人のことを考えて、好きな人の匂いを嗅ぐ。


 そんな瞬間が訪れたなら、胸が締め付けられて、身体がぎゅぅっと反応してしまうのは、生理反応だろう。


 足をバタバタとさせた美月は、声にならない声を上げながら、布団から顔を上げた。


「あ…そういえば…」


 美月は昨日の放課後、噂で聞いた雑貨店に立ち寄り、そして店主と仲良くなった。


 そして、本来は破格の値段で取引されている入れ替わりの薬を飲んで、眠った。


「結局、噂はガセか〜」


 冷静に考えてみれば、怪しげな路地裏の店で、瓶に入った謎の商品を渡されて、それを飲むだなんて、正気の沙汰じゃない。


 今になって、変な薬じゃなくてよかったと心から思いながらも、薬の効果が現れていないと思っている美月は、残念そうな表情を浮かべる。


 まぁ、実際にお金を払って買ったわけではないし、文句なんて言いに行く気はないけど。


「なんか、二度寝する気分じゃなくなっちゃった」


 昨日の出来事を思い出した美月は、ベッドから起き上がると、いつもと違う感覚に囚われて、動きを止めた。


「……身体、すごい軽いんだけど…」


 美月は、過去の傷のこともあって、体育には参加できない。


 そのため、彼女の肉体はかなり貧弱で、ご飯もあまり食べるような人物でもないため、かなりか細い容姿になっている。


 だから、ベッドから起き上がるのも、少し身体が重いし、だるく感じるということは、多々あった。


 それなのに、今回は身体が重い、などではなく、身体が軽く感じたのだ。


 調子のいい時よりも、何倍も身軽に。


「なんか、今日は調子がいい気がする」


 未だに入れ替わっていることに気づいていない美月は、上機嫌に手をクルクルと回し飛び跳ねると、まるでアイドルのように決めポーズを取って、その場で立ち尽くす。


「はぁー、軽!すごい軽いんだけど!」


 そんなことを呟きながら寮の中を歩き始めた美月は、カーテンに手をかけて、外の日差しを浴びようと、勢いよくカーテンを開いた。


「………ん?」


 カーテンを開くと、目の前に広がる白い砂浜。そして、照りつける太陽と青い海。


「ん?」


 美月の寮は、カーテンを開けると、目の前に広がるのは小さな公園だったはずだ。


 自身の寮から見える景色など、バカでも把握していることなのに、目の前に広がっていたのは、自身の寮から見える景色ではない。


「えぇ…あの薬、ワープとか、そういう系?」


 状況が飲み込めていない美月は、昨日渡された薬が寝ている間にワープするといった類の物だと勘違いしたようだ。


 悠馬の寮の窓から見える景色など、覚えていない美月は、入れ替わっているという線を最初から除外して、その場に座り込んだ。


「調子いいけど、テンションはだだ下がりなんですけど…」


 叶うことなら、ここが異能島であってほしい。


 もし仮に遠くの島国で、日本支部まで帰るのに時間がかかるところだったらどうしよう?


 そもそもお金持ち合わせてないし…


 そんな不安が頭の中に過ぎり、美月はガラス越しの海を眺めながら、ガラスに映った自身の容姿を目にする。


「んんんんんん?え!?は!?」


 ガラス越しに薄っすらと見える、レッドパープルの瞳と、茶色の髪。


 座り込んでいた美月は、その容姿を目にした瞬間、飛び上がるようにして立ち上がると、猛ダッシュで洗面所へと向かった。


「悠馬、悠馬、悠馬!悠馬だ!」


 顔の輪郭を確認しながら、嬉しそうな声を上げる美月。


 それもそのはず、昨晩、美月は悠馬と入れ替わりたいと願いながら薬を飲み、そして眠ったのだ。


 その結果、ご覧のように入れ替わりが成功している。


「やばい、めっちゃ嬉しい…!」


 願っていた事態。


 大好きな人の肉体。


 嬉しさのあまり身悶えした美月は、スキップをしながらベッドへと飛び乗る。


「やったぁぁぁあ!私、悠馬になってる!」


 他人と入れ替わる薬を飲んで、それが見事に発動した。


 それはつまり、悠馬は美月に心を許しているということになる。


 飛躍した言い方をすれば、付き合える可能性はゼロ%じゃないということにもなる。


 好きな人が、自分に心を許しているとわかっただけでも嬉しい美月は、ベッドで何度も転がると、頬を緩めながら、目尻に涙を溜めている。


「悠馬、私悠馬のこと好きだよ…!本当に、本気で愛してる…!」


 美月を呪縛から解放してくれた人。


 初めて、自分を守ってくれると約束してくれた人。


 完全に恋心に火がついた美月は、何を思い立ったのか、ガバッとベッドからはね起きると、おもむろに服を脱ぎ始める。


「まずは学校の準備しないと…!」


 全てはそこからだ。


 まずは、自分の身体に悠馬が入っているのかが確認できないと、色々と不安だ。


 あとは、これが夢だという可能性も拭いきれない。


 人間というものは、本気で夢に見たいと思っていたり、暗示がかかってしまうと、その願望通りの夢を見てしまうことがある。


 今回の場合は、美月が雑貨店で謎の薬を手にして、それが入れ替わりの薬だという暗示のようなものを受けた。


 美月は、割と本気でこのことを信じていたワケで、そして悠馬と入れ替わりたいと、本気で願っていた。


 つまりは、美月の夢であるという可能性も拭いきれないのだ。


 実際は完全な現実で、それを受け止めきれていない悠馬は大はしゃぎしているのだが、そんなことを知るよしもない美月は、黙々と学校へ行く準備を始めるのだった。


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