ウワサバナシ
「ねぇねぇ、今日どこ寄ってく〜?」
「ごめーん、うち今日バイト〜30分くらいなら話せるけど〜」
「うちも部活〜でも、少しくらい遅れて行っても大丈夫!」
入学してから1ヶ月半が過ぎた放課後。
5月ということもあり、まだまだ夕暮れとは程遠い教室の中には、女子生徒4人の影があった。
今日はバイトだという湊と、部活があると話す黒髪ロングの女子。
「じゃー、今日はやめく?実はうちも、先月お金使い過ぎちゃってさ〜、パパとママにめっちゃ怒られて〜バイト探さなきゃなんだよね〜」
「美月は?」
「私?私はあんまり問題ないよ?」
入学してからほぼ毎日、放課後は遊び呆けていた学生たちは、当然仕送りが底をつき、再び両親に仕送りの増加をお願いするわけで。
調子に乗ってお金を使い過ぎた分、怒られたであろう学生たちは、異能島内で行えるバイトを探し始めていた。
夕夏のグループとは違う、少し気の強そうな女子たちが集まっている美月のグループは、ほぼ全員が金欠だった。
「あ、そういえばセンパイからの噂聞いたことある?」
「え?なに?」
「どんな感じの?」
今日は遊ばないという方針で決定した女子生徒たちは、湊がバイトに行くまで30分時間があると言った為か、噂話を始める。
年頃の女子といえば、些細な噂でも変な妄想を広げたりして、1人キャーキャーしたりもするわけで、噂と言われたらすぐに食いつく面々。
「なんかさ?うちらの学校の近くに路地裏あるじゃん?」
「あるねー、古い喫茶店とか並んでて、デートで行きたい感じ?」
「あんたカレシいないでしょ」
「ちょっとー!それは言わない約束でしょ?」
「あはは!ごめんごめん!」
第1異能高等学校から歩いて数百メートルのところに、少し寂れた路地裏がある。
そこには昔ながらの喫茶店や、雑貨店、洋風料理屋さんが並んでいるという話はクラス内でも話題になっていたが、路地裏だということもあり、大半の学生はあまり近づこうとはしていない。
「そこの雑貨店、マジでやばいものがたくさん売ってるらしいよ?」
「マジでやばいもの?」
「え、なに?クスリとか?」
その話を聞いて、少しだけ身を乗り出す女子たち。
やばいもの、と言われて思い浮かぶのは、麻薬や大麻など、違法な薬物や、媚薬。
そういうやばそうなモノを取り扱っている雑貨店が高校近くの路地裏にあると誤解をした女子生徒たちは、警戒心を強めながら話の続きを待つ。
「いや、流石にそういうのじゃないんだけどさ。値段は馬鹿みたいに高いらしいんだけど、他人になれる薬とか、未来を見る薬とか。そういうやばそうな名前の商品がたくさん置いてあるらしいの!」
「え?それってサギじゃないの?」
「そんなもの、あるわけないじゃん!」
「ないない、他人になるなんて、流石にあり得ないわよ!」
そんな噂話を聞いて、ガセネタに違いないと笑う女子たち。
他人になるなんて、そんな異能すら存在しないのに、ただの薬で他人になれる事象を引き起こせる筈がない。
未来視だって、簡単にできるのなら、誰だって自分の未来を知っているはずだ。
ほとんどの女子が、先輩が後輩たちを冷やかすためについた嘘なのだろうという結論を導き出していた。
「そこで質問なんだけど、みんなは、もし入れ替われるとしたら誰になりたい?」
噂話を持ちかけてきた女子生徒が、3人のメンバーに向かって尋ねる。
その質問聞くと同時に、無言になり真剣に考え始めるメンバー。
つい先ほどまではそんな薬あるはずがないと夢のないことを言っていた女子生徒たちだが、もしも話となると、真剣に考え始める。
なにしろ、もしも話なら冷やかされないし、誰にも迷惑をかけずに済む。
妄想なのだから、お金もかからないし、実際に薬を買って詐欺に合うより遥かにコスパがいいだろう。
「私はやっぱり、夕夏かな〜、すっごく可愛いし、男子選びたい放題じゃない?実家はお金持ちだし、レベル10だし。今から入れ替わっても、人生バラ色のはずよ!」
入れ替わりたい相手となれば、それは当然自分よりも可愛くて、幸せな道を歩んでそうな人物なわけで。
全てが完璧な夕夏に入れ替わりたいと思うのは当然のことだろう。
「私は暁くんかな〜、あの容姿で夕夏に告ったらどうなるのかとか気になるし!告ってみたい感ある!」
黒髪ロングの女子は、悠馬と入れ替わった時の妄想をしながら、笑みを浮かべる。
クラス内でも人気の高い悠馬と八神は、女子たちの中でも度々妄想の話題に上がってしまう。
何しろ、彼らは素行が悪く、自分の顔とレベルで物事を解決させるような性格ではない。
女子からすれば、かなりの優良物件である。
実は悠馬と八神が付き合っているという妄想をしている腐女子生徒もいるほどだ。
「湊は?」
「私?私は…美月かなぁ〜こんな可愛い顔を毎日鏡で見れるなんて、最高じゃん?私一生鏡の前にいるかも!」
「あー、わかる〜!ほんと、美月抱き枕にしたい可愛さっていうか!」
「夕夏とは若干違う可愛さだよね、なんていうか、ちょっと冷めてそうなんだけど、それが心地いい!」
聖の夕夏と違う、闇の美月。
そのことを本能的に感じているのか、美月が少し冷めてそうと表現をした女子たちは、湊が美月と入れ替わりたいと言ったこともあってか、一気に盛り上がる。
「美月は誰と入れ替わりたい?」
「えぇ?私?私は…」
そして、盛り上がりも最高潮に達すると、この女子グループの中心である美月にも質問が飛んでくる。
自分にも同じ質問が飛んでくることを薄々感づいていた美月だったが、やはり自分の入れ替わりたい相手をいうのは恥ずかしいのか、目をそらしながら首を振る。
「いない、かな…」
そう呟いた美月。
しかし、彼女には入れ替わりたい相手がたくさんいた。
夕夏や悠馬。そして湊。
自身の身体に残っている大きな傷を背負って生きている美月からしてみると、どんなに可愛くない生徒でも、どんなに性格の悪い生徒でも、綺麗な身体があるだけ羨ましく見えた。
だって、顔はメイクをすればどうにでもなる。性格だって、努力をすれば矯正できる。
だけど、身体に残ってしまった傷は、メイクで隠すことも、努力で治すこともできない。
傷を負ってしまった時点で、何もかも失ったのだから。
身体の傷がなければ、いくらでも救いがある。
「やっぱり、美月は今のままでも最高オブ最高だからねー!」
「私たちの女神だもん!」
そんなことを考える美月とは裏腹に、女子生徒たちは美月は現状に満足していると判断したのか、勝手に盛り上がっている。
「そういえばさ〜、合宿で噂になってたけど、暁くん初日の夕食で美月のこと探してたんでしょ?なんか進展あったの?」
「え!それ噂で聞いたけどマジだったの?」
合宿初日の夕食。
悠馬は豪華客船での自身の失言の謝罪、そして弁明をするために、美月を探していた。
結果として、湊に美月がどこにいるかを聞いた結果、ボロクソに罵られてメンタルブレイク。という悲惨なことになってしまったのだ。
それは当然、周りで夕食を食べていた生徒たちは目にしていたし、聞いていたわけで、「暁悠馬が篠原美月を探していた」という噂が、合宿終了後から広まっていた。
「告白?告白されたとか?」
「美月と暁くんならいい絵になりそう!」
美月と悠馬というペアリングを想像しながら、笑い合う女子生徒たち。
しかし湊の顔だけは、あまり浮かないように見えた。
その理由は、美月が合宿で悠馬に話したことが原因だ。
彼女は過去に、親友の恋を後押しした結果、その親友は傷つき、自殺にまで追い込んでしまったという経験があった。
朝学校に到着して、教室の扉を開けた時。
いつも笑顔で挨拶をしてくれた親友が、首を吊って死んでいるのを見た時の記憶は、彼女の脳裏に今でもこびりついていた。
そんな暗い過去を背負っている彼女からしてみれば、男子生徒は全て敵。
親友を自殺に追い込んだ悪魔であって、それ以外の何者でもない。
悠馬とて例外ではないのだ。
いつもは優しそうにしているが、男なんて結局、裏ではクズみたいなことやってはしゃいでる社会のゴミだ。
親友を自殺は追い込んだあの男がそうだったように、他の男だってそうに違いない。
今度こそ失敗しないために、同じ過ちを繰り返さない為に。湊はその親友とよく似た性格の美月を、男子生徒たちからガードしていた。
そんな湊からしてみれば、今の話ほどつまらないものはないだろう。
無言のまま話を聞き流す湊は、心ここに在らずといった瞳で、教室の窓の外を見ていた。
「あはは。私は告白なんてされてないよ。ただ、合宿中の体調悪い時に保健室まで連れて行って貰ってね。容体が大丈夫か気になってたみたい」
「うわぁ〜、王子様じゃん!」
「お姫様抱っこ?お姫様抱っこで連れてってもらったの?」
適当な美月の言い訳(もちろん嘘)を聞いた女子たちは、更に大盛り上がりだ。
合宿中にそんな展開があった(なかった)などと知れば、新たなカップルができるかもしれないと、興奮してしまうものなのだろう。
実際はそんな甘ーい出来事は起こっていないのだが。
「ないない。私と暁くんそこまで仲良くないし」
「えー、私が美月だったら絶対アタックしてるよー」
「それなー、うちは八神んでもいいけど〜」
悠馬に恋愛感情を抱いていないと言えば嘘になる美月だが、クラスメイト、いや、連太郎以外は悠馬と美月の関係性を知らないわけで、その関係を知られたくない美月は平気で嘘をつく。
悠馬との関係がバレるということはつまり、美月の秘密も半分以上バレ、下手をすると過去まで知られかねないのだから、そう安安と話せるものではない。
「あっ!いっけない、もうこんな時間!?私そろそろ部活行かないと先輩に怒られちゃう!」
話に夢中になっていたせいか、既に結構な時間が過ぎていることに気づいた女子生徒は、慌ててバッグを手にすると、椅子から立ち上がる。
「ばーあい!」
「また明日ね〜」
「うん、また明日〜!ばーぁい!」
部活に向かう黒髪ロングの女子を見送った残りのメンバーは、一度無言になると、互いに顔を見合わせ、ぶはっ!と笑ってみせる。
「私らも帰ろっか?」
「うんうん、今日は家でゆっくり、オフってことで〜」
「夜通話ねー」
「おっけー」
メンバーが1人欠けたということもあり、今日は遊ばない方針で決定した女子たちは、椅子から立ち上がると、各々のバッグを持って教室から出ようとする。
「美月?帰らないの?」
そんな中、椅子から立ち上がろうとしない美月を目にした湊は、不思議そうに美月へと問いかけた。
「ごめん、今日は先に帰ってて。保健室寄らなきゃだからさ…」
「あ、おっけー。ちゃんとお医者さんの言うこと聞きなさいよー」
「はーい」
クラスの生徒たちには、美月が体育を見学している理由は、持病のせいということになっている。
実際は、彼女は持病など持っておらず、ただ単に傷を見られるとマズいからなのだが、明確な理由もなく見学にすることはできない為、学校側がでっち上げたガセネタだ。
こうして定期的に保健室に寄ることにより、あたかも持病であるように見せかけている美月は、若干の申し訳なさを感じながらも、手を振って教室を出て行く女子生徒たちを見送った。
女子グループが居なくなると、つい先ほどまでの喧騒が嘘だったかのように静まり返った教室内。
1人取り残された美月は、ゆっくりと立ち上がると、カバンを手にし、悠馬の机まで向かう。
「…」
そして何も話さずに、悠馬の椅子を引き、悠馬の席に座る。
大好きな人の椅子に、誰も居なくなった時にこっそりと座る。
その背徳感と、緊張感が堪らなく心地がいい。
胸を締め付けられるような感覚に囚われながら、恋する乙女という形容が相応しい表情を見せた美月は、悠馬の机に身体を覆い被せると、長いため息を吐いた。
「他人と入れ替わる薬、か」
そんな薬、本当にあったらどれだけ楽なんだろう?
他人になりすまして過ごせるなら、きっと今の自分を忘れて幸せになれるだろう。
ありもしない薬のはずなのに、そんな事ばかり頭に浮かんでくる美月は、自分自身の妄想に嫌悪感を抱きつつ、悠馬の席に満足したのか、ガバッと立ち上がった。
「さ。保健室に行こっかな」
今日の予定は、保健室に10分ほど寄って、カウンセリングを受けたら即帰宅。
遊ぶ予定もなくなった美月は、今日の放課後何をしようか?と考えつつ、教室を後にするのであった。
美月ちゃんのお話です




