力の対価
「黒い…雷…」
まるで落雷が落ちたような轟音と共に、神宮に向けて悠馬が放った一撃。
その一部始終を見ていた真里亞は、通常の色とは異なる、雷系統の異能を見て、ポツリと呟いた。
真っ黒な雷。
考えられる可能性は、悠馬の異能が突然変異でできた異能である可能性。
そしてはもう1つは、闇堕ちだ。
前者は、異能が発現してから数百年の時が経ち、様々な異能を持つ男女が混ざり合い、複雑に絡み合っているため、あり得なくもない可能性だ。
真里亞の異能である他人のレベルを上げる異能も、つい最近知られるようになった、かなりレア度の高い異能なのだ。
加えて言うなら、美月の透過も。
後者は、突然変異の異能を見つけ出すよりも難しいかもしれない。
一般的に闇堕ちとして世間に周知されているのは、王殺しで知られる悪羅や、悪羅に唯一対抗できるとされる暁闇。
そしてもう1人が、ロシア支部に所属するとされる、漆黒の3人のみだ。
もし後者だとするなら、現状悠馬が当てはまるのは、暁闇ということになる。
「暁…闇…」
その単語が頭によぎった瞬間、真里亞は全てのピースが揃ったように、ハッと顔を上げた。
暁悠馬…黒い異能。闇。
今悠馬が使ったのは闇の異能で、悠馬が暁闇ではないのだろうか?
「な…んで…」
雷系統の最高位、その中でも秘奥義に位置する技である雷切をモロに食らった神宮は、胴体と下半身を一刀両断された状態で倒れていた。
しかし、不思議なことに神宮の分断された肉体から、血の類が流れ出ることはなかった。
自分が負けるとは思っていなかったのか、地面に倒れ込んだ神宮は、悠馬の方を見つめながら問いかける。
「なんで…思い通りにならない…」
レベル9の南雲や連太郎を圧倒できるだけの力を手にしてもなお、悠馬には歯が立たなかった。
「俺は!欲しいものを手にしたかっただけなのに!どうしてっ!」
「知るかよ。お前が欲しいものを手に入れるなら、必然的に他人と争うことになるだろ」
この世界は、みんなが欲しいものを手にして、好き勝手して生きていけるほど甘くはない。
時に失敗して、時にぶつかり合って、時に我慢をして、本当に欲しいものを、欲しかったものを手にするために足掻く。
その過程では、必然的に敗者も現れるのだ。
今回はその敗者が神宮だった。ただそれだけのことなのだ。
「くそ…クソ!お前がいるから!南雲がいるから!美哉坂がいるからいけないんだっ!」
「好き勝手言うなよ。元はと言えば全部、お前の日頃の行いが悪かったから、そのツケがお前に戻ってきたんだろ。美哉坂も南雲も被害者なんだよ」
神宮がカツアゲなんてしなければ、南雲は何もしなかった。
神宮が夕夏を見下した発言をしていなければ、自分のものにしようなどと思っていなければ、夕夏に憎しみを抱くこともなかった。
結局神宮は、思い通りにいかないことを全て、他人のせいにして自分を正当化していただけ。
悠馬が冷たく諭すと、黙り込んだ神宮。
「お前、人型に戻れるのか?」
胴体と下半身が綺麗に分断されているというのに、痛みで叫んだり、気を失ったりしない神宮を見た悠馬は、そんなことを口にした。
悠馬も実際に見たことはないが、神宮のこの化け物のような姿は、間違いなく使徒だ。
本来は神との契約で器が足りなかった場合に変貌すると言われている使徒に、自力でなったとするなら元の体にも戻れることだろう。
まともに会話ができることから、通常の使徒とは何か違うと判断した悠馬。
しかし神宮から返ってきた言葉は、意外なものだった。
「この力を…俺が手放すと思うのか?」
「…は?」
神宮との戦いに決着がついたと思っていた悠馬が、神器を鞘へと納めた直後。
下半身のない胴体を、腕で起き上がらせた神宮は、悠馬へ向かって重い一撃を浴びせた。
辛うじて防御はしたものの、その重い一撃を食らった悠馬は、背後にあった木に激突すると、鮮血を撒き散らす。
「南雲、悠馬の援護頼む」
「ああ…時間は稼いでやる」
下半身を失いながらも、まだ諦めていない神宮。
連太郎は即座に南雲に指示を出すと、悠馬が斬り落とした神宮の下半身を植物を使いぐちゃぐちゃに潰し、再生ができないようにする。
「三枝さんは南雲の援護を頼みまーす」
「どうする気ですか!?アレで戦意を喪失しないなら、もう…」
殺すしかない。
そう言いたげな真里亞だが、殺す、という判断を連太郎ほど簡単に下さない彼女は、その先の言葉を言えずに喉を詰まらせる。
「アレはもう、神宮には戻れないだろうなぁ…」
「みんな殺して!ァァァァア!」
連太郎が神宮へと冷ややかな、諦めたような視線を向けると同時に、神宮の肉体には異変が起きていた。
斬り落とされた下半身の代わりに、ウネウネとしたまるでタコのような足が数十本生え、声は人というよりも、猛獣の叫びに近い。
「これはもう…」
「半使徒じゃなくて、完全な使徒になったな」
先ほどまで人語を話していたというのに、ただの叫び声を上げながら、風で騒めく木々と、南雲の分身体目掛けて攻撃を繰り出す変わり果てた神宮。
動くものすべてを無差別に攻撃し、人としての人格が消し飛んでしまうという使徒の特徴と完全に一致してしまった。
「どうしますか!とりあえず暁くんを!」
「ああ、悠馬はいいよ!アイツ、治るから」
「え?」
大怪我を負ったであろう悠馬を最優先に考える真里亞に対して、連太郎の判断は真逆だった。
連太郎は悠馬の異能の全てを知っている。
結界が1つでないことも、その上の段階がある事も。
悠馬の結界は、クラミツハとシヴァ。
そしてつい先ほど、悠馬の右腕の大怪我を治したのは、シヴァの結界の恩恵である、再生だ。
神器の中でもトップクラスとされるシヴァの再生能力はとてつもなく、それはもう、時間の巻き戻しに等しいほど綺麗に、そして数分もあれば完全に治してしまう。
驚く真里亞を余所に、ゆっくりと起き上がった悠馬を見た連太郎は、ニヤリと笑ってみせる。
「おい悠馬、どうするよ!」
「どうすればいい?」
「ったく…お前はいつも甘すぎるんだよ」
悠馬が2撃目で手加減などしていなければすぐに解決したと言うのに、それをしなかったせいで事態が悪化してしまった。
神宮が更生するとでも思っていた悠馬は、まさか神宮が暴走をするとは考えていなかったのだろう。
ここから先は完全なノープランだ。
「責任持って殺せ。あの硬い装甲を破れるのはお前しかいない」
「っ…他にはないのか?」
連太郎の容赦のない発言を聞いて、躊躇う悠馬。
今目の前にいる相手が、悪羅だったのなら、悠馬も連太郎の指示に喜んで従っていただろう。
しかし今目の前にいるのは、悪羅でもなければ、犯罪者でもない。
ただ、同じ学校に通っているだけの生徒なのだ。
悠馬は迷っていた。
神宮が死んだら、彼の両親はどう思う?
同じ学校の生徒が殺したと知ったら、どうする?
それだけの罪を、覚悟を。悠馬は背負えずにいる。
なにしろ悠馬自身は、3年前に家族を失っている。
いくら神宮の素行が悪い、ムカつくと言えど、彼にだって帰りを待ってくれている家族がいるはずなのだ。
圧倒的な力を見せれば神宮も諦めるなどと、甘い考えを持っていた悠馬は、ここに来て決断を下せずにいた。
「今更ウジウジしてんじゃねぇよ!お前がやらねえと、この島で全員死ぬんだぞ!」
「っ〜!」
そんな悠馬を見た連太郎は、いつになく怒気を強めて、大声をあげた。
その声を聞いて、走り始めた悠馬。
視界に広がる南雲の分身体を見事に躱しながら、神宮の死角を突いて一気に距離を詰める。
「ぁぁぁあっ!」
タコのようにウネウネと動く足で南雲の分身体を踏みつけ、握り潰す神宮と、刀の間合いに入った悠馬は、苦しそうな表情を浮かべながら、銀色の刀身を抜刀してみせた。
月夜に煌めく銀色の刀身が、引き抜くと同時に黒い雷を纏い、容赦なく神宮を斬りつける。
「…悪い。お前はもう、休め」
使徒へと変わり果てた神宮を頭から真っ二つにした悠馬は、目を瞑ったままそう呟くと、鞘に刀を納める。
「今度こそ、終了したな…」
「最悪の幕引きですけどね…」
南雲と真里亞の声。
悠馬の異能のことなど、すでに考える余裕すらなくなっている2人は、目の前に広がった悲惨な光景を脳内で処理するのに時間がかかっているようだ。
山、森。と言うよりも、もはや空き地に近くなっている空間と、まるで隕石が降って来たかのように凹んでいる地面。
そして斬り落とされた人のものとは思えない下半身と、綺麗に真っ二つにされている、神宮の成れの果てである使徒。
夕夏や他の生徒が見たら、きっとトラウマクラスのものだったろう。
「おい、お前ら。無事だったか?」
悲惨な空気が漂う中、森の中から聞こえて来た声。
いつもはポニーテールにしている髪を下ろし、メガネを外し、今日はスーツを着ていない、Aクラスの担任教師である千松鏡花は、慌ててこの場へと急行したのか、頭には葉っぱが付き、着ているジャージにも小枝がくっ付いていた。
「まずは眠れ」
そんな、突如として現れた女教師が眠れと呟くと、連太郎、南雲、真里亞の3人は、まるで打ち合わせ通りと言わんばかりに、その場へと崩れ落ちた。
しかし、その光景を目にしていた悠馬は、全く別のことに驚いていた。
「なんで…」
そんなこと、あり得るはずがない。
目の前に立っている女教師を、悠馬は入学以前に見たことがあった。
いや、日本支部に住む人間なら、誰もが一度は、テレビ越しに見たことがあるはずの人物だったのだ。
それなのに今の今まで、誰1人としてその事に気付かず、1ヶ月間も普通に過ごしてきたのだ。
「なんで総帥秘書のお前が教師をやっている?」
ようやく担任教師の正体に気づいた悠馬。
総帥秘書というのは、本来ならば教育機関は赴くことを禁止されている。
その理由は、大戦の原因となったロシア支部の前総帥が、教育機関へと赴き、優秀な人材を就職という形で拉致、殺害し、異能を取り出すという非人道的な実験を行なっていたからだ。
それなのに今、国際的なルールを破って、教育機関へ赴くどころか、教師のフリをして生徒へと指導をしている総帥秘書がいるのだから、驚きもするだろう。
「…やはり暁闇には、即興の異能は通じないか。オマケに、私が今まで手間暇かけて暗示をかけた、認識阻害まで自力で解いてみせるとは…お前、本当にレベル10か?」
「何が言いたいのかはわかりませんが…総帥秘書である貴女が、何故異能を使ってまで教師をしているんですか?」
先程は驚きのあまり、敬語を使い忘れた悠馬は、関係のない話を始めた鏡花に、無理やり自身の疑問をぶつけた。
「これも総帥秘書としての務めだよ」
「答えになってません。俺が聞きたいのは、何が目的で教師をしているのか、ということです」
大まかな理由だけを説明して、難を逃れようとする鏡花へと追い討ちをかける悠馬。
2人の間を、静寂が包み込んだ。
鏡花の異能は、催眠。
文字通り、自身よりもレベルが低いものを即座に催眠状態へと陥し入れ、自由自在に操ることのできる異能だ。
因みに、自身よりもレベルが高い人間に向けても、時間はかかるが催眠をかけることは可能である。
そのことは知っているものの、効果範囲も、発動方法も知らない悠馬は、鏡花との距離を保ちながら、彼女のことを最大限に警戒する。
対する鏡花も、悠馬のことを最大限に警戒していた。
悠馬は暁闇だ。
3年前の一件を知っている鏡花からすると、悠馬の復讐の矛先は日本支部にも向いている可能性があると判断するわけで、自身が総帥秘書であるとバレた今、言葉を選んで話さなければ、今の政権を崩されかねない。
なにしろ国際法違反だ。バレれば総帥の首も一緒に飛ぶに決まっている。
鏡花からしてみれば、悠馬が何を考えて質問しているかわからない以上、下手に情報を漏らすのだけは、何としても避けたい。
「オイオイ、お仲間同士で何ピリピリしてんだ?内輪揉めか?」
そんな警戒し合う2人の間に、降り注いだ真っ黒な影。
真っ黒なスーツに身を包み、道化のような奇妙な仮面を装着しているその男は、やれやれ、と言いたそうに両手を広げてみせると、鏡花の横へと歩いていく。
「…死神。貴様、こんな所で何してる?」
「いやぁ、お仕事だよ。本来お前がしなければならないお仕事を代わってやったのに、その言い方は酷くないか?」
本来この島にはいないはずの人間。
招かれざる客を冷たく睨む鏡花に対して、死神は傷ついているのか、ほんの少しだけいじけたような声で反論をしてみせた。
「何なんだよこの状況は…」
悠馬からしてみれば、今の状況はさらに混乱するだけだった。
目の前に立っているのは、総帥秘書と、美月の報告、動画にあった冠位、覚者の死神なのだ。
「まぁ、遅かれ早かれ話さなければならないことだからな。暁、お前には話しておくとしようか」
「死神、勝手な…」
勝手に話を始めようとした死神を止めようとする鏡花。
しかし、鏡花が話し終える前に手を横にして話を無理やり中断させた死神は、何の戸惑いもなく、話を始めた。




