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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
合宿編
52/474

救い

 山道から抜け出し、島の外周へと出る。


 重症の碇谷を支えながら歩いているということもあり、ペースはかなり遅いが、それでも懸命に、2人は歩いていた。


「2人とも、大丈夫かな…」


 不安そうな表情を浮かべた夕夏。


 木々をへし折りながら飛んできた碇谷を見ていた加奈と違って、後から居合わせた夕夏からしてみれば、恐怖といった感情は、あまり湧いてこなかった。


 ただ、彼女の中にあるのは、ほんの少しの迷いだけ。


 本来であれば、私が真っ先に戦うべきだったんじゃないのか?


 レベル10の私が、真っ先に逃げて良かったの?


 いくら2人が逃げろと言ったからって、その言葉に甘えて良かったの?


 夕夏の頭の中では、様々な後悔や、不安といった感情が行き来する。


「…夕夏。迷ってないで、今は自分たちの与えられた役割をきちんと果たすのが先でしょ」


「う、うん、そうだね」


 くよくよと迷っている夕夏を一喝した加奈の表情は、言葉とは裏腹にかなり不安そうな表情をしていた。


「少し、急ぐわよ」


「うん…」


 それを心の奥へと隠した加奈は、夕夏にそう告げると、ほんの少しだけ歩くペースを早めた。



 ***



 真っ暗な夜道。


 海から風に乗ってやってくる潮の香りを感じながら、銀髪の少女と、茶髪の少年は無言で歩いていた。


 別に、仲が悪いから黙っている。とか、そういうわけではない。


 ただ、普段は話し慣れている2人だからこそ、こういうふとした場面で話す内容というものが思い浮かばないのだ。


 互いに無言のまま歩き始めて、はやくも5分が経過しようとしていた。


「悠馬、面白い話ししてよ」


「えぇ…いきなりハードル高くない?」


 最初に沈黙を破ったのは、美月。


 しかしながら、その発言は、会話というよりも、全てを悠馬に擦りつけたとも取れる発言だ。


 面白い話と突然言われても、何が面白いのか、なんていうのは人それぞれな訳で、不意に尋ねられると1番困る話題でもある。


 困った表情を浮かべた悠馬は、何かを思い出したのか、話を始めた。


「そういえば、実は昨日さ。美月を探してて」


「え、私を?」


 まさか自分の話になるとは思っていなかったのだろう、悠馬の口から自身の名前を聞いた美月は、驚いたように自身を指差す。


「うん。豪華客船でさ。ちゃんと伝えてなかったから。あの時、俺は異能を使って、美月を寮の風呂まで連れてくつもりだったんだ」


 あれから半日ほど美月が怒った原因について考えていた悠馬は、風呂の件の話で、なぜそんな話をしたのかを説明していなかったからだと結論付けた。


 美月としても、突然意味のわからない風呂の話をされたって、代替え案がないなら無意味な会話にしか聞こえていなかっただろう。


「そう…なんだ。ごめん、正直、ノープランでデリカシーのない質問してきたんだと勘違いしてた」


「うぐっ…」


 そして悠馬の考えていた美月の怒りの原因は、8割近く当たっていたようだ。


 残りの2割は許嫁の件なのだが、それは美月に謝るような話ではないため、今回は流してしまってもいいだろう。


「船の時の謝罪をしたくて、夕食の時美月探してたんだけどさ」


「あー、ごめん、私、形だけでもっていうことで、保健室にいたの」


 申し訳なさそうな表情を浮かべる美月。


 彼女がクラスメイトと一緒に風呂に入らない理由は、過去の傷が見られるのが嫌な為だが、それは隠したい為、別の明確な理由が必要だったのだろう。


 もともと薬を服用する回数が多く、体育も全日欠席の美月にとって、体調不良というのは、クラスメイト全員が納得する、いい理由になっていた。


「そうなんだ。それでさ。湊さんが居たから美月のこと聞いたらめっちゃ怒られて」


「あはは。ごめん。湊結構あたり強いからね」


「身の程を弁えなさい、ナルシスト野郎。って言われて。あれは精神的にかなりショックだった」


「ぷ…あははは!悠馬ナルシストだったの?超ウケる」


 軽い自虐を挟んだ、面白いかどうかもわからない話をした悠馬だったが、美月は悠馬がナルシストだと言われたことがツボだったようだ。


 お腹を抱えながら、笑いをこぼす。


「湊さん、なんであんなに当たり強いんだ?俺、美月に何かしたかな…」


 湊が悠馬に対して当たりの強い理由。


 あまり関わりのない女子生徒が、いきなり嫌うという可能性は考えられない為、自身が何かをしてしまったと判断した悠馬は、不思議そうに首をかしげる。


 悠馬からして見たら、嫌われるようなことをした記憶は一切ないのだから。


「ま、悠馬には話してもいいのかな。これ、私の秘密と同じく誰にも話しちゃダメだよ?」


「なんだよ…」


 人差し指を唇にあて、しーっというポーズをとった美月は、ゆっくりと歩きながら、口を開く。


「湊ね。ずっと幼馴染の友達がいたらしいの。その子は可愛くて、愛想が良くて。みんなに愛される人だったみたい」


 今の美月や夕夏と同じ立ち位置の女子生徒が、中学校にもいたのだろう。


 そして湊は、今と変わらずその子の取り巻きでもしていたのだろう。


「その子が、クラスで人気の男子に告白されて。告白を受けるかどうか迷ってたその子を、湊が後押ししたみたいなの」


「へぇ…」


 美月の話を聞きながら、引きつった表情を見せる悠馬。


 なにしろ、悠馬は昨日、湊から身の程をわきまえなさいナルシスト野郎と言われたのだ。


 そんな彼女が、自分の友達の恋愛を後押しなんて、想像もできない。


「それで、後押しされたその子は、その男子の告白を承諾したそうなんだけど、それが地獄の始まりだったみたいで」


「…?」


「その子、付き合った後から合意もなしに無理やり犯されたり、暴力振るわれたり、裏ではかなりひどいことされてたみたいなの」


 それを聞いた悠馬は、一度立ち止まる。


 それが湊が、男子を毛嫌いする理由なのか。


 彼女からすれば、二度と起こって欲しくない、最悪な思い出なのだろう。


「それでも、湊の前で、その子は何も言わなかった。だから湊が裏でそんなことが起こっていたことを知ったのは、彼女が自殺した後だったみたい」


「…そっか」


「教室で首吊り自殺だったって…しかも1番最初の目撃者が湊。相当ショックだったと思う。多分、その子と私を重ねて、今の湊は、気持ちを紛らわしてるんだと思う」


「そう…なんだ」


 自分が良かれと思って後押ししたのに、結果は親友を死に追いやることとなった。


 そんなもの、誰でもトラウマになるし、塞ぎ込んでしまうだろう。


「だからね、悠馬。湊が立ち直るまでは、今のままだと思うけど…それでも、あまり彼女を責めないで欲しい」


「別に…責めたりしないよ…怖いとは思ってたけど、今ので全部納得できたし…いつか救われるといいな…」


「うん…悠馬もね…」


 誰しも心に闇を抱えて生きている。美月だって、悠馬だって、湊だって、連太郎だって。


 みんなが闇を抱えながら、それでも光を求めてこの世界を歩き続け、答えを見つけ出すのだ。


 それがどこにあるのかもわからず、ただひたすらに歩き続け…もしかすると、生涯で光を手にすることなんて、できないのかもしれない。


 それでも。光を手にするものが、救われる人が、少しでも多くいてくれれば…


「そうだといいな…」


 感傷的になり、2人とも話をやめて歩き始めると、目の前に、2人の女子生徒の影が見えてくる。


 しかも、背後には何かを背負って。


「え?何?お化け役とか?」


「いや、お化け役が真正面から来るわけないだろ…」


 歩みが遅く、悠馬と美月に気づいていなさそうなその影を目にした2人は、何かあったのかと、足早に、影の方へと迎う。


「美哉坂と赤坂?っと…碇…」


 3人の影へと駆け寄った悠馬は、3人の顔が視認できる距離まで近づくと、碇谷のボロボロな姿を見て、動きを止める。


「…美哉坂、何があったんだ?」


「わからない。私が来た時にはもう、碇谷くんが倒れてて…」


「山の方から飛んで来たの。紅桜くんが異能を使って受け止めたけど、その時には既に傷だらけで…だから悪いけど、肝試しは中止よ」


 少しだけ怯えているようにも見える加奈は、自分が目にした断片的な情報を伝え、2人に宿舎へと戻るよう促す。


「…み、篠原。美哉坂と赤坂と一緒に、碇谷を連れて宿舎に戻っててくれないか?」


 碇谷は確か、レベル8だ。


 その碇谷が一方的にやられるとなると、レベル10。つまりは赤の王のアダムクラスでないと、行えない筈。


 不意打ちの可能性もあるが、これだけの大怪我を負っているということは、相手にも明確な殺意がある筈だ。


 連太郎がいるならなんとかなりそうな気もするが、念には念を入れて、自分も現地へと赴いたほうがいいだろう。


 そう判断した悠馬は、美月に指示だけ出すと、問題が起こった場所へと向かおうとする。


「待って!」


「どうかした?」


 走り出そうとした悠馬を止めたのは、夕夏でも加奈でもなく、美月だった。


 いつになく不安な表情の美月は、自身の拳をギュッと握りしめながら、俯く。


 彼女の心の中には、妙な不安があった。


 この異能島に入学している生徒が、一方的にやられるなんてことは、よっぽどの実力差がない限りあり得ない。


 そう、言うならば悠馬と、入試の時のいじめっ子ほどのレベル差がない限り起こるはずがないのだ。


 そんな輩と戦えば、悠馬もただで済むはずがない。


 それに悠馬の異能は、闇だ。


 この1ヶ月近く、悠馬が必死に隠して来た異能が、今バレるわけにはいかない。


 美月は、悠馬が積み上げて来たこの1ヶ月が、全て無駄になるような気がして彼を止めようとした。


「大丈夫だよ。ほら。助けられる人は助けないといけないだろ?」


 ニッコリと笑ってみせた悠馬の表情にも、ほんの少しの陰りが見えた。


 彼の中にも、碇谷が異能を使ってこのザマかもしれないという、もしもの可能性が頭の中にあるのだろう。


「悠馬くん…無茶だけはしないでね…」


「うん。気をつける」


 悠馬が大丈夫と言うと、それ以上何も言ってこなかった美月と、夕夏の心配を受け取った悠馬は、笑顔を見せて返事をすると、その場から駆け出した。


「アンタね…良かったの?」


 加奈からしてみれば、追加で1人、死地へと送り込まれたような気分だった。


 夕夏から、悠馬が強いと言う話は聞いていたが、ぬくぬくと本土で育って来た彼女たちからすると、人がいとも容易く吹き飛ぶ光景など、一度も見たことがない。


 いくら強いと言えど、果たして悠馬が、連太郎が、南雲が。


 異能を扱い慣れていない入学したての学生たちが、どうこうできる問題なのだろうか?


「うん。美月ちゃん、ごめん、変わってくれない?私は先に、先生たちに今の状況を伝えてくるから」


「え…うん。わかった」


 人手が3人になったものの、碇谷を支えて歩くには、2人で十分だ。


 意識が薄い碇谷を3人がかりでゆっくり運ぶよりも、1人が走って教員たちを呼んで来たほうがいいと判断した夕夏は、美月とバトンタッチすると、全力で走り始めた。


「どうか無事でいてください…」



 ***



「はははは…あははは!今頃盛大に暴れてくれてるんだろうなぁ、神宮のヤツ」


 昨晩、神宮と霜野が密会していた、森を抜けた先にある小川。


 今日のフィールドワークで悠馬たちの集合場所となっていた場所で、1人周りのことなど気にせず、愉快に話す男は、実に嬉しそうだ。


 山の奥から、派手な音が聞こえてくるのは全て、神宮が暴れているからだろう。


 そう判断している霜野は、益田から受け取った得体の知れない注射器が本当にレベルを飛躍させれること、そして邪魔者である南雲を排除できるとあって、大声で独り言を呟いている。


「はぁ…本当に最高だ…」


 ここまで自分の理想通りに物事が進むと、何かが起こるのではと、逆に怖くなってくるものだ。


「何が最高なんだ?」


「うぁっ!?」


 そんなことを考えていた矢先に、背後から聞き覚えのない声が聞こえた霜野は、驚きのあまり飛び跳ね、一歩後ずさる。


 背後に立っていたのは、真っ黒なスーツに身を包み、道化のような仮面を被った男だった。


「誰だテメェ…肝試しは終わってんぞ。さっさと失せろ」


 そんな仮面を被った男を目にした霜野は、不機嫌そうに彼を睨むと、手でしっしっと、男を追い払おうとする。


「益田と繋がりがあったのはお前だろ?」


「っ!」


 てっきり肝試しの後に、1人で歩いていた自分を、冷やかすために誰かが悪戯をしているのだろうと思っていた霜野だが、仮面の男が口にした人物の名を聞いて、目を見開く。


 この島の中で、益田と霜野の繋がりを知るものなど、当人たちしかいなかったはず。


 それなのに今、目の前の男が繋がりを知っていたのだから、焦るに決まっている。


「…オイオイ、俺をケーサツにでも突き出すのか?」


 しかし霜野は、焦りはしたものの、まだ余裕があった。


 霜野は益田と違って学生だ。


 仮に犯罪行為に加担していて捕まったとしても、彼は法律に守られて、大した刑罰を受けずに済むのだ。


 直接手を下したわけでもないのだから、尚更だ。


 だから今、彼は、焦ると同時に、心の中に余裕もあった。


 自分は必ず救われるのだろうと。


「さよならだよ。霜野。俺はお前のことが嫌いだからな」


 しかしその期待は、最も残酷な形で裏切られることとなる。


「え?」


 次の瞬間、霜野は情けない声をあげながら、首のなくなった自身の胴体を目にすることとなったからだ。


 飛び散る鮮血と、痙攣しながら崩れ落ちる胴体。


 まだ意識があるのか、瞬きをしている霜野の頭を見下ろした仮面の男、死神は、それが事切れるのを確認してから、動き始めた。


「さて。お仕事は完了したな」


 任務が完了した死神がそう告げると同時に、死体は跡形もなく、その場から消え去る。


 まるで、何もなかったかのように。何もいなかったかのように。


 真っ暗な闇の中を、月だけだ照らす夜。


 不気味な戦闘音だけが、その空間に響き渡っていた。




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