花蓮の合宿編
遠くの無人島で、悠馬が賭けトランプをしている頃。
第1高校が滞在しているような無人島と、似たような形をした無人島。
その中に建っている洋風な建物の中の1室は、大きな盛り上がりを見せていた。
その理由は、部屋にいる人数が多いわけでも、お酒を飲んで大はしゃぎしているわけでもない。
まるで貴族の豪邸の一室のような部屋の中、天井にはシャンデリアが、壁には黄金の装飾が施されている部屋。
そこに集まっている3人は、悠馬たちと同じく賭けトランプをしていたのだ。
「はい王子!はい王子!」
「言え言え〜!」
勝敗はすでに決していたのか、大はしゃぎで室内を駆け回る2人。
そしてその中に座っている金髪の少女は、自分が負けたことがよっぽどショックだったのか、頭を抱えていた。
「え?私こんなにトランプ弱かったの?それとも賭け事に弱いの?え?」
まさか賭けトランプで負けるとは思っていなかったご様子だ。
「花蓮、約束は守るよね?」
「教えてよ?花蓮の言う王子様の話!」
入学から今まで、いや、アイドルデビュー時からひた隠しにされてきた花蓮の秘密を知れることが嬉しいのか、冷めない興奮の中にいる2人は、走るのをやめると花蓮に飛びつき、逃げられないようにガッチリとホールドする。
「あー!もう!話すわよ!私が負けたんだから!話せばいいんでしょ!」
そんな調子に乗った2人を見て声を荒げ逆ギレをした花蓮は、半ば強引に2人の拘束を振り払うと、豪華でふかふかな洋風ベッドの上に座り、一度深呼吸をした。
「私と彼、暁悠馬が初めて出会ったのは、小学校2年生のとき」
それは悠馬と花蓮の、馴れ初めの話だった。
懐かしそうに少しだけ微笑んだ花蓮は、興奮していた2人が落ち着いて話を聞いているのを見て、再び口を開く。
「私の親が勤める会社の、毎年開かれるパーティーがあるの。いつも知らない大人たちに挨拶をして回って、愛想笑いを浮かべてないといけないやつ」
花蓮の親は、大きな会社の社長だ。
その毎年開かれるパーティーには、花蓮の父親と仲のいい企業の社長から、これから仲良くしていきたい企業のお偉いさん、投資先などなどが訪れていた。
しかし、当然のことだが、子供の花蓮にとってはつまらないものだ。
親に食べ方から何まで指導され、社長令嬢として相応しくあるようにと様々なことを教えられた。
それを子供の時から嬉しいと、自ら進んで行う子供はいないだろう。
「当然、同い年の子なんてほとんどいないのよ。けどその日は、悠馬が居た」
「もちろん、一目惚れとか、そんなんじゃないからね?」
頷く二人を見た花蓮は、慌てて訂正を入れる。
プライドの高い花蓮からすると、いきなり惚れたなどとは思われたくなかったのだろう。
「まぁ、それでも同い年だったわけで。正直つまんない男だったけど、私も話す相手もいないからさ。仕方なく相手してあげてたの」
「うっわ花蓮、その時から上からだったの?」
「ひどーい」
つまらない、仕方なく相手をしたと言う花蓮を見た2人は、少しだけ引いた表情を浮かべる。
2人は花蓮が思ったことをすぐ口にすることを知っているが、その時からそんなことを考えて生活していたとは思わなかったようだ。
「喧しいわね!黙ってなさい!…けどまぁ、ほんの少しだけ。ちょっとだけ楽しかったし、安心した。私と同じような子供がいるって知れたから。私の苦しさを理解してくれたから」
自分だけが、こんなルールに縛られた生活をしているというのが耐えられなかった花蓮にとって、悠馬はその気持ちを和らげることの出来る唯一の相手だった。
「だからね?来年のパーティーでもまた会う約束をした」
もちろん、その時に惚れていたわけじゃないのだが、花蓮にとって、その時すでに悠馬が心のどこかで支えにはなっていたのだろう。
自分と似た境遇の子供。
自分の苦しさをわかってくれるとするなら、それは同じ境遇の人間しかいないのだから。
「それで1年経った。つまりは小学3年生の時のパーティーね。その時にはこう、結構会いたいって気持ちが高まってたからなのかしら?2人で抜け出して、会場の近くにあった森で遊んだの」
1年越しに、自分の苦しさをわかってくれるであろう悠馬と再会した花蓮は、窮屈だったパーティー会場から2人で抜け出して、森へと入った。
「けどその森が結構大きくてさ。今くらいの年齢だとすぐに抜け出せたんだろうけど、小学校の頃の私は、それが怖くて泣いちゃって」
幼い頃というのは、些細な出来事がトラウマになる。
花蓮にとって、夜の森で迷うというのは、とても恐ろしい出来事だったのだ。
「そんな泣き噦る私を、悠馬は負ぶって、励ましながら歩いてくれた」
「多分、悠馬も怖かったと思うんだけどね。それでも、怖がったような素振りも見せなかったの」
年も変わらない女の子が泣き噦り、そんな彼女を背負いながら、道さえわからない森を歩くのは、子供の頃の悠馬にとっても、かなり不安だったはずだ。
しかしそれを堪え、悠馬は花蓮をおぶってパーティーまで無事に戻ってきた。
「結局、帰り着いた頃にはパーティーも終わってて、そのあとお父さんにすっごく怒られた」
「で、惚れたんだ?」
「ほ、惚れるわけないでしょ!……でもまぁ、正直、その時から悠馬のことを意識し始めたんだと思う」
1人の女子からおちょくられ、惚れていないと全力否定をした花蓮だったが、頬を赤らめると、その時から意識はし始めたと呟く。
「まぁ、4年生になった時も、似たような感じ。その頃にはもうお互い打ち解けて、何気ない会話をするような仲になってた。私はそれがすごく心地が良かった」
「それで5年生になったとき。私のお父さんの会社が、大きなプロジェクトで成功して、大きな会場でパーティーが開かれることになったの」
「そしてその会場には、神器とか、いろんな物を保管してる場所があって、私はその中に侵入した」
侵入した、とすんなりと言い切った花蓮を見て、驚く2人。
当然だ。
先ほどまでは社長令嬢としての規則が〜とか、苦しかった〜とか言っていた人間が、突然保管室へ侵入したなどと言い出したのだ。
社長令嬢とか、規則とかいう以前に、人格的に問題があるとしか言えないような発言だ。
しかしそれは、高校生になってから行ったことではなく、まだ幼い小学校5年生のときにしでかした出来事だ。
小学生といえば、仲のいい友達とお出かけをしたり、遊んだりするとすぐに調子に乗る。
花蓮の行動も、悠馬と久し振りに会えて嬉しい、楽しいといった舞い上がった気持ちが起こした行動だった。
「そこがすごい綺麗でね?なんていうか、この世の宝を掻き集めたみたいな所で。バレたら怒られるから帰ろうって言う悠馬を無視して、先に進んだわ」
「そこは帰りなよ…」
「その悠馬くんって子、めっちゃ可哀想じゃん…」
話の中で常に尻に敷かれているというか、花蓮が悠馬のことに興味がないように話をするため、2人は花蓮が本当に悠馬のことを好きなのか、疑問だと言いたげだ。
「だって保管されてたのは神器よ?それも博物館とかじゃ見れない、ワールドアイテムクラスの!」
「あっ…」
「それは怒られても見たいかも…」
ワールドアイテムと言われて納得した表情になる2人。
ワールドアイテムとは、神器の中でも最強クラス、例えばゼウスの雷霆ケラウノスや、オーディンのグングニルなどなど。
人類では契約ができないとされる最高クラスの結界を手にすることができる神器を主に指している。
そして、他にも、ワールドアイテムと言われているものが存在している。
それは初代異能王の時代に作られた、世界を自在に行き来できる謎の扉、通称ゲートや、初代異能異能王が持っていたと言われる蒼の聖剣。そして黒の聖剣や白の聖剣などなど。
聖剣は全てで5色あると言われているが、噂の域を超えたことがないため、実際のところは不明である。
そんな伝説クラスの神器や武器が並べられていた倉庫となると、叱られるとしても入りたくなるのも無理はないだろう。
なにしろ、普通に生きていては絶対にお目にかからないような物なのだから。
「それで、その保管室の奥に行ったら、1つだけ鍵が壊れてたケースの中に神器が入ってて…私、調子に乗って触っちゃったの」
ワールドアイテム級の神器となると、人を引き寄せる力も強くなる。
かつてはワールドアイテム級の神器を手にして、契約をしようとして失敗して死んだり、使徒になった人間というのは数え切れないほどいるのだ。
そしてそれは、花蓮も例外ではかった。
彼女はその神器から放たれるオーラに呑まれ、神器に触れてしまった。
「勿論、契約は失敗。全身に電気流されたみたいに激痛で、死ぬってこういうことなんだろうなって思ったのを今でも覚えてる」
「え?ちょ、ちょっと待ってよ」
「花蓮のレベルでも無理ってわけ?」
基本的に、結界の契約、つまりは神の契約というのはレベルが全てとされている。
つまりは、レベルが高ければ高いほど契約はうまく行き、レベルが低ければ低いほど、使徒になったり、死亡したりするリスクが高まるのだ。
その見解は明確な根拠もあって、理論上なら、レベル10、つまり最高レベルの人間なら、なんの神とでも契約ができるはずだったのだ。
それなのに、レベル10の花蓮が、契約に失敗したと言ったのだ。
一体どれほどのレベルが必要だったのか。
そしてどんな神と契約をしようとしていたのかと考えた2人は、ゾッとしたのか、腕をさすりながら花蓮を見つめた。
「うん。無理だったわね。普通に無理」
「なんの神器?」
「ゼウスとか?」
「違うわよ。私が触れたのはシヴァの神器。トリシューラに触ったの」
勝手にゼウスの神器に触れたと勘違いしている友達に契約神を告げた花蓮は、髪をクリクリと弄りながら、会話を再開する。
「それでまぁ、暴走しちゃって。でも、私が生きてるってことは何したかわかるでしょ?」
「えっ」
「まじぃ?それはめっちゃ興奮する!」
花蓮が自身から言うのをはぐらかし、2人に察しろと言わんばかりの言葉を発する。
その意味を察した2人は、キャーキャーと言いながら、お互いを抱きしめあって、興奮は最高地点へと到達しているご様子だ。
結界の暴走を止めることが可能とされる行為。
それは暴走者の殺害、若しくはゴッドリンクと言われ、本来は1人としか契約できないはずの結界を、2人で契約すると言う荒技だ。
ゴッドリンクは成功率が極めて低いことと、長時間のキスを強いられること。そしてお互いに愛し合っていないといけないなどなど、その条件があまりにも厳しすぎるため、解説程度でしか聞かないものだ。
そしてそれは、花蓮がファーストキスを既に終えていると言い切ったと捉えても過言ではなかった。しかも、悠馬と花蓮は愛し合ってると言うことになる。
「ゴッドリンクしてなんとか抑え切れた。そこでやっと、私の王子様が悠馬だったって気づいたの。あ、この人が運命の人だったんだって」
成功率が極めて低い、愛し合っていないと出来ないと言われたゴッドリンクを成功させたのだから、彼女が王子様と思った理由にも納得がいく。
事実、悠馬は花蓮に一目惚れをしていたわけで、花蓮も悠馬に好意を抱いていた。
当時の時点で既に、彼女らは両想いになっていたのだ。
「激アツ!私もそんな運命みたいなことしてみたいんだけど!」
どうやら憧れるシチュエーションだったらしい。1人の女子生徒は、タオルで口元を押さえながら、頬を赤らめていた。
「なんとか押さえ切ったって、悠馬くんのレベルは幾つなの?」
しかしもう1人の女子生徒は、花蓮の単語に引っかかっていた。
ゴッドリンクをすれば、お互いに等分の負担がかかるわけであって、意図的に調整でもしない限り、片方に偏りが出ると言うことはないのだ。
それなのに花蓮は、何とか押さえ切ったと言った。
聞く限りでは、悠馬のレベルが低く思えてしまう。
「10よ。つまり2人合わせて20。それでもまだ少し足りてないの。何とか押さえられてはいるけど、精神状態がかなり不安定になると、多分暴走すると思う」
「へ、へぇ…」
花蓮の発言は、大したことのないように聞こえたかもしれない。
しかし、質問をした女子生徒は、花蓮の発言の意味を知っていた。
それは暗に、レベル10以上の人間が存在すると言うことじゃないのか?
神々がそんな、2人でしか契約できないような神器を地上に置くはずがない。
人類の規定を超えるほどのレベルを持つ存在。
そんな可能性があることを知った少女は、全身をぶるっと震わせて、花蓮を見た。
「その後どうなったの?」
「無茶言って許嫁にしてもらった!私って、案外単純な女よね」
いきなり大雑把な説明をした花蓮。
おそらく両親にお願いする話や、悠馬から承諾される話は面白くないと判断したのだろう。
にっこりと笑ってみせた花蓮は、みんなが思ってる花咲花蓮とは違った?と言いたげだ。
「大雑把!だけど会えるといいね、ずっと会えてないんでしょ?」
「うん、でも異能島に入学したってことは聞いてるから、絶対に会えると思うの」
花蓮の話を聞き終えた少女は、パチパチと拍手をしながら、花蓮を応援する。
それに対して嬉しそうに答えた花蓮は、やっと誰かに話すことができて満足したのか、ベッドに横になると、長い深呼吸をして、声を出す。
「私の物語は以上でーす!」
花蓮の大きな声が、室内に響き渡った。




