敗北者
賭けババ抜きの第1回戦。
その1巡目が終わった競技中の4人の表情は、真剣なものだった。
お遊びをしているというよりも、人生を賭けていると言った方が納得のいく表情で、互いにトランプを見つめている。
夕夏はジョーカーを引かせるために、美沙はジョーカーを引くために、悠馬は4位以外を取る為に、そして藤咲は状況に応じて柔軟な対応をする為に。
それぞれがそれぞれの想いを胸に、繰り広げられる白熱したババ抜き。
「っ…」
美沙は夕夏から引き抜いたカードが、またしてもジョーカーではなかった為、不思議そうな表情を浮かべる。
なにしろ、夕夏が表情をコロコロと変えるのだから、ジョーカーを持っている可能性は高い。
それなのに、2回引いて2回とも通常絵のトランプだったのだ。
もしかするとジョーカーを持っていないのかもしれないが、その場合、藤咲が持っていれば合図が来るはずだし、夕夏が表情をコロコロと変える必要もないはず。
謎は深まるばかりだ。
一度首を傾げた美沙だったが、続いて悠馬へとトランプを向ける。
悠馬は真剣な表情で、美沙の手持ちのトランプを選ぶ。
なぜ悠馬がこんなにも真剣にトランプを選んでいるのか。
悠馬は基本、負けることがあまり好きではない。悪くても中位から、それよりも少し下の順位を取りたいという性格の人間なのだ。
だからこそ、こんなトランプでも真剣に臨むし、今回のトランプは賭けごとも含めている為、気合いも入っている。
負けた時の質問なんて、悠馬の頭には変なものしか浮かんでいないのだ。
人間というのは、負けた人が質問をされるなどと言われたら、真っ先に自分がされるとマズイ質問が頭に浮かぶか、もしくは自分がしたい質問が浮かぶ。
悠馬は前者であって、そして質問されるとマズイものというのは、当然異能の事や、過去の話などだ。
そして、それよりも危険度は下になるが、許嫁のことなどなど。
隠したいことがたくさんある悠馬からすれば、この戦いの負けだけは阻止したいのだ。
自身の手札にジョーカーがない悠馬は、ニヤニヤと笑う美沙から1枚のトランプを引き抜くと、ペアが無かったのか藤咲の方を向いた。
「…」
藤咲もペアが揃わなかったのか、トランプを自分の手札に収めると、夕夏の方を向く。
そのループが5分ほど続いた後。
「!!」
ようやくジョーカーを手にした美沙は、左側の口元を少しだけ上に釣り上げると、視線誘導の異能を使ってトランプを悠馬へと向ける。
「っ…」
みんなの手札が徐々に減り始め、夕夏の手札が2枚しか残っていない状況で、ジョーカーを手にしてしまった悠馬。
まさか視線誘導の異能が使われているなどと知らない悠馬は、自分の運のなさを実感しながら、新たに加わったジョーカーを織り交ぜて、藤咲へと向ける。
「そういえば、暁くんは肝試しで誰とペアになりたいとかあるんですか?」
ババ抜きは終盤に近づいているというのに、ジョーカーを手にしてしまった悠馬に余裕はない。
真剣な表情で藤咲と睨み合っている悠馬の気をそらしたのは、真里亞だった。
「いや、特にないかな。誰とでもいいと思ってる」
「あらら。楽しみじゃないんですか?」
藤咲が悠馬からジョーカー以外のカードを1枚とり、手札に加える。
そしてペアが揃った藤咲は真ん中にペアのカードを置いて、夕夏にトランプを向ける。
「まぁまぁかな?俺湊さんとかには嫌われてるし、ペアになったら気まずそうじゃん?」
昨日の夕食中に話したとき、自分が嫌われていると悟った悠馬は、その出来事を思い出しながら、しょんぼりとした表情で答える。
「ふふっ。なるほど。てっきり暁くんは、クラスでも上手くやっていると思ってました」
「いや、全然。俺とか空気だよ」
話題の中心にもならない、いつもクラスの隅で背景と化してるような奴だ。
クラス内では八神や通、連太郎としか話さない悠馬からしてみれば、自己認識はその程度だ。
「あ!揃った!」
真里亞と悠馬が会話をしている最中、夕夏が嬉しそうな声を発する。
藤咲から引いたトランプが、夕夏の残り手札の片方とペアだったようだ。
残り1枚の手札を美沙へと差し出した夕夏は、それが受け取られると、嬉しそうに両手を挙げてベッドへ寄りかかる。
「やったー!」
「おいおい暁、お前負けるんじゃねえか?」
「がんばれがんばれー!」
最後に夕夏の手にしていた1枚が、美沙の手持ちのトランプとペアで、美沙の手札が2枚になる。
そして、現在ジョーカーを持っているのが悠馬だと知っている碇谷とアダムは、ニヤニヤと笑いながら悠馬を応援していた。
「くっ…」
美沙から1枚引いたトランプも、ペアになることなく手札に加えた悠馬は、現状自分が負ける可能性が最も高いことを悟り、口元を歪める。
悠馬はまだ、諦めてはいなかった。
悠馬の残りの手札の枚数は4枚。藤咲が2枚で、美沙が1枚。
藤咲がジョーカーを引けば、まだ逆転の可能性はあるのだ。
しかし現実とは無慈悲なもので、藤咲がジョーカーを引く可能性は絶対にない。
なにしろ異能を使って透視しているわけで、悠馬がどこにジョーカーを置いているかはバレバレなのだ。
この勝負は、悠馬がジョーカーを手にした時点で負けることが確定しているのだ。
「んー…」
意図的にペアを揃えなかった藤咲は、悠馬から通常絵、美沙が上がるのに必要なトランプを引き抜き、それをほんの少しだけ上にあげて美沙に見せる。
その行動で、藤咲が何をしたいのか理解したのだろう。
美沙はほんの少しだけ飛び出ているカードを引き抜き、それを真ん中へ置くと、両手を挙げた。
「あがりー!おつかれー!」
「な…!」
笑う美沙を見た悠馬は、大パニックだ。
手札は現在、悠馬が3枚で藤咲が2枚。
順番的には悠馬が藤咲からトランプを引かなければならないのだ。
しかしながら、悠馬がトランプを引くと、藤咲の残りの手札は1枚。
彼女がジョーカーを引く確率は50%と高くはなるが、逆にいえば自身が負ける可能性も50%以上あるということになる。
まさか、1回ポッキリの賭けババ抜きで負けるなどと思っていなかった悠馬は、かなり焦っている。
「…はい」
藤咲から差し出されたトランプを1枚引き、悠馬の手札は残り2枚となる。
ジョーカーと、♠︎のK。
何としてもジョーカーを引かせなくてはならない悠馬は、どうすれば藤咲にジョーカーを引いてもらえるのかを考える。
「そっちでいいのか?」
手札にある2枚のトランプを混ぜた悠馬は、ジョーカーじゃない方を手にした藤咲にそう告げる。
悠馬にはこのくらいの手しか残されていないのだ。
それを聞いた藤咲は、ジョーカーの方へと手を伸ばす。
しかしこれは、悠馬の話を信じた、怪しんだというわけではなく、ただのフェイントだ。
なにしろ藤咲はすでにどっちがジョーカーなのかを知っていて、あとはジョーカーじゃない方を引くだけなのだ。
今、悠馬に向かって迷っているような素振りを見せているのは、ただ単に怪しまれないように、というか、ちゃんと悩んでカードを取りますよといったアピールだ。
「決めた、こっちにする」
最初から取るカードは決まっていたのだが、悠馬に合わせてそう告げた優しい藤咲は、♠︎のKを引き抜き、真ん中へと投げた。
「はーい!じゃあ負けた悠馬には質問ターイム!1位の夕夏は何が聞きたいかな?」
「えぇ!?」
負けてテンションだだ下がりの悠馬と違い、上機嫌な女子たち。
碇谷とアダムも、女子に質問できないのは残念だという雰囲気だが、それでもそこそこ盛り上がっている。
不意に、美沙が1位の夕夏に話題を振ったということもあってか、最初から決めている質問があったはずなのに、慌てる素振りを見せる夕夏。
夕夏の中には、様々な迷いがあった。
昨晩、真里亞から受けたアドバイスでは、好みの異性はどんな人ですか?と聞くのがベストだと言われたが、夕夏としては好きな人を聞きたい。
しかしそれをすると、自分が悠馬を好きだということがバレてしまう可能性すらある。
それは上記の2つの質問、好みの異性、好きな人のどちらにも当てはまることであって、夕夏にとってみれば、変に意識されるのは嫌だった。
かといって、彼女がいるかどうかは、フィールドワークに美沙が聞き出してくれているため、聞く必要もない。
1番聞きたい質問が聞けずにいる夕夏は、オロオロと美沙を見つめた。
「お?決めてなかった?じゃあ女子たちで質問決めてもいーい?」
「好きにしてくれ。俺は負けたんだから、ちゃんと答えるよ」
助けを乞う夕夏を目にした美沙は、悠馬に1位の質問じゃなくていいのか確認をする。
負けた悠馬は、拒否権がないと思っているのか、それをすんなりと受け入れた。
まぁ、悠馬は異能や過去についても、嘘を答えるつもりでいるのだが。
「ではでは。暁くんの好みの異性、どんな人がタイプなのか教えてはくれませんか?」
『えっ』
悠馬からの許しも出たということで、1回戦には出場していなかった真里亞が口を挟む。
彼女の発言を聞いて、驚いた声をあげたのは、女子たちではなく、悠馬でもない。
側から1回戦を観戦していた、碇谷とアダムだ。
それもそのはず、旅行中の賭けトランプ、しかも好みの異性を聞いたとなると、それはつまり、好意を寄せていると言っているようなものだ。
普段は聞けないからこそ、旅行中の雰囲気と勢いで好きな人に詰め寄る。そんなものだと思ってくれていい。
それを今、真里亞が行ったのだ。
しかも悠馬は女子からの人気がそこそこあるわけで、真里亞が狙っていてもおかしくはない。
勝手な誤解をしている碇谷とアダムは、口をぽかんと開けたまま、真里亞と悠馬を、交互に何度も見つめる。
「三枝さんて…」
「いや、ありえるよな…」
三大美女と言われる真里亞が、三大イケメンと言われる悠馬を好きになるのは普通にありえる。
「え?そんなんでいいのか?」
しかし悠馬は、夕夏が思っているほど疑り深い男ではなかった。
悠馬が聞かれたくなかったのは、異能と過去、そして許嫁のことだけだ。
そんな悠馬にとって、好みの異性、どんな人がタイプかいうのなんて、容易いことだ。
「いいですか?夕夏さん」
「う、うん!」
「他の皆さんもいいですか?」
真里亞が聞きたい質問。
女子たちは最初から、悠馬に聞くのかを知っていた為すんなりと承諾し、碇谷とアダムも、真里亞が悠馬のことが気になっているなら協力しようと言った雰囲気で、承諾する。
実際は、真里亞ではなく夕夏が好意を寄せているのだが、碇谷とアダムにとって、その違いは些細なものだろう。
「では。暁くん。貴方はどんな人がタイプなんですか?」
全員の承諾を得てから、真里亞は悠馬の方へと顔を向ける。
室内にいるメンバーの視線が集中する中、自分がされたくない質問じゃなくて安心しきっている悠馬は、なんの戸惑いもなく、すんなりと口を開いた。
「まずは料理が上手な人」
頭には、自分の許嫁である花咲花蓮を思い浮かべながら、悠馬は話をする。
悠馬の理想像というのは、許嫁そのものなのだ。
悠馬のタイプと言われたら、真っ先に思い浮かぶのは花蓮である。
「あとは髪が長くて、スタイルがいい」
「へぇ…」
「それと、普段は自信満々なのに、失敗したら泣きついてくるのとか?」
花蓮の特徴を大体答えた悠馬は、みんなは満足したのかな?と辺りを見回す。
「え?悠馬、アンタ意外とポンコツ好き?」
「高飛車好きなの?」
「バ…!花蓮ちゃんをバカにするな!」
悠馬のタイプを聞いた美沙と藤咲が、容赦のない言葉を悠馬に投げつける。
それを聞いた悠馬は、心外だったのか、大きな声をあげて2人を怒った。
そして悠馬の失言。
「カレン?って誰?」
「花咲花蓮ですかね?あの人ポンコツなんですか?」
「さぁ?だってモデルだし…会ったことないからわかんない」
「あ…」
勝手に花蓮のことを思い浮かべながら話していた悠馬は、それをバカにされたことによって、花蓮の名前を出してしまうという失態を犯した。
しかし当然、彼女たちは花蓮のことを知らない…はずだった。
「モデル?」
だが、花蓮の現状を知らないのは悠馬の方だったのだ。
花蓮がモデルやアイドルの仕事を始めたことを知らない悠馬は、女子生徒たちの話を聞いて首をかしげる。
「ほら、やっぱり違うじゃん!」
「へぇー、悠馬好きな人居たんだ!」
携帯端末を弄りながら悠馬に話す美沙は、花咲花蓮という検索結果で出てきた少女を悠馬へと見せる。
「っ…」
金髪の髪に、碧眼の瞳。
小学校の時の面影を残したまま育った綺麗なその少女の画像を見た悠馬は、一度胸が苦しくなるような気持ちになったあと、吹っ切れたような表情を浮かべた。
よかった。花蓮ちゃんはもう、先に進めたんだね。
きっと、自分のことなど忘れ、新たなステージへと踏み出したのだろう。
そんな勝手な結論を導き出した悠馬は、あの日から前に進める自分と花蓮を比較し、背後にあったベッドに寄りかかった。
「で、誰なの?どんな顔?」
そんな悠馬の心境など知らない女子たちの質問は、止まらない。
恋バナに発展しそうな為、ウキウキしているのだろう。食い入るように悠馬を見ている。
「いや、初恋の相手の話だから…忘れてくれ」
しかし悠馬は、そんな女子生徒の気持ちなど無視して、話を強引に終わらせた。
そう、初恋の相手なんだ。
いつかは忘れ去られて、過去の話なんてなかったことになる。
自分が望んだはずの結末なのに、どうしようもなく溢れてくる気持ちを無理やり抑えつけた悠馬は、苦しそうな笑顔を見せた。




