真エンド 暁悠馬
「…全く異常ないね。退院する?」
消毒液のような香りがする清潔な室内で、モニターを横に向かい合って座る悠馬は、真正面に座っている白衣に身を包んだ老人の質問を聞いて、コクリと頷く。
「はい。もう問題ないなら、退院します」
「はぁ…問題ないとは断言できないよ?数値や心電図、その他諸々全て正常な数値を指し示してるけど、君は昨日まで3週間も眠ってたわけだし、運び込まれた時は心臓だって破裂してた」
「はあ…」
医者の言いたいことはわかる。
お前は異常で、数値は正常そのものだが、もし退院して容体が急変しても、責任は取れないと言いたいのだろう。
形式的に、異常がないため退院という選択肢を提案したお医者さんは、迷いなく退院を選択した悠馬を見て、ポリポリと頭を掻く。
「一応、退院という形を取らせてもらうけど、5日後、また病院にくるように。その時異常が無ければ、日常生活には問題ないはずだ」
悠馬の身体に疑問が残っている医者は、念のため数日後に再検査をすることだけを退院の条件として、書類にボールペンを走らせた。
これでようやく、退院だ。
悠馬は3週間眠り続けていて、目覚めて病院で生活したのはたった1日だが、病院というのは案外つまらないものだ。
好きなテレビを見るにも、病院は異能島の学生補助が降りないため、わざわざ課金して視聴しなければならないし、動くことすら許されない。
まぁ、これまでにないほど重症だった患者の悠馬が、目覚めてすぐに歩き回ると看護師たちも驚愕するわけで、上体を起こそうとするだけでも大騒ぎになって、寝かしつけられた。
そうして悠馬は、昨日1日中、寝たきりのまま彼女たちと話さなければならなかったし、彼女たちが帰った後は本当に地獄だった。
みんなが帰った後は、テレビをつけようにも上体を起こさないといけないため看護師に文句を言われるし、別に緊急事態でもないのにナースコールを使うのは気が引けたため、1人白い天井を見て一晩を明かした。
そんな地獄から解放されるとあって、ようやくという単語を使った悠馬は、嬉しさのあまり口元を隠しながら立ち上がった。
「そういえば…聞きたいことが有るんですけど」
「なんだい?」
ボールペンを走らせながら、顔は上げずに耳だけ傾けるお医者さん。
悠馬はお医者さんを見下ろしながら、少し躊躇った様子で口を開いた。
「ルクスは…ルクス・アーデライト・夜空はいつ退院できそうですか?」
悠馬が聞きたかったこと。それはルクスの退院日だった。
自分自身がルクスに恋をしていると気づいて、彼女のことを気にかけている悠馬は、昨日車椅子姿だった彼女を思い出し、思い切って医者に尋ねてみる。
「うーん、早くても4日くらいは掛かるだろうね。4日で歩けるようになれば良い方、2週間で軽い運動ができるようになれば、良いなと個人的には思っているよ」
悠馬とルクスが、個人的な仲だと昨日の面会で判断しているお医者さんは、顎に触れながら答えた。
ルクスはまだ二十歳だから、それなりに自然治癒も早いだろうし、1ヶ月以内には元どおりになる。
そう考えるお医者さんは、ボールペンをパタンと置くと、モニターを見ながら口を開いた。
「今の時間、彼女の友人も学校で話し相手も居ないだろうし、面会しに行ってみたら?」
「そ、そうですね」
医者の気の利いたセリフに、悠馬は頬を真っ赤に染めて返事した。
彼は五十代近くで、若者の恋愛感なんてわかっていないだろうが、それでも悠馬より配慮のある男だったようだ。
気の利いた発言をして、自然な形でルクスの病室へと案内する彼の姿は、親戚のおじいちゃんに近い。
医者はメモ用紙を一枚千切ると、ルクスの部屋の番号を記し、悠馬に手渡してきた。
「変なことはしたらダメだよ?」
「わかってますよ…流石に俺も、そんな元気はありません」
目覚めた翌日に性欲モンスターになるわけがない。
若気の至りなんて言って、院内で問題を起こされたくない医者に釘を刺された悠馬は、自分とルクスがそういう関係だと思われていると気づき、そそくさと診察室を後にした。
診察室から出ると、足音一つ聞こえない廊下の先に、見覚えのあるクリーム色の髪をした男が立っていた。
悠馬は彼を見ると同時に、グッと拳を握りしめ、大きく一歩を踏み出す。
以前から、彼には聞くべきことがあった。
このタイミング、混沌の件も何もかも終了してからある疑問を浮かべていた悠馬は、偶然か必然か、この場に居合わせている星屑に質問をすることにした。
「おい、星屑」
「そろそろ起きる頃だろうと思ってたよ」
廊下の先に見えた星屑に、叫ばずとも声が聞こえる距離まで近づいた悠馬は、彼の名前を呼ぶ。
彼は名前を呼ばれると、恰も悠馬を待っていたような発言をして、にっこりと笑みを浮かべた。
悠馬はその笑顔を見て、得体の知れない悪寒のようなものを感じ、背筋を震わせた。
「お前に聞きたいことがある」
「屋上で話そうか?」
「…ああ」
星屑に提案されるがまま、悠馬は彼の後に続く。人通りのない病院の階段をくるくると回り、階層を上る毎に徐々に薄暗くなっていく景色を眺めながら、屋上へと辿り着く。
悠馬たちが屋上へ辿り着いた先に待っていたのは、シンプルな鉄製の大きなドアだった。
鉄製といってもまぁ、怪我人でも簡単に開けることができるような軽量化素材だが、第1の屋上の扉よりも大きい扉は、どこか威圧感を感じる。
そんな威圧感を感じる悠馬のことなど知らず、星屑は屋上の扉に手をかけ、悠馬の視界には綺麗に晴れた青空が映った。
雲ひとつない、絵具の水色を丁寧に溶かしたような青空に、白く燃える太陽。
5月が間もないとあってか、眠っている間に暖かくなってしまった外の世界に目を細めた悠馬は、大きな屋上の白い床を歩いて行く星屑の後を追う。
心地良い温度の風が吹き抜け、寒さは全く感じられない。
遠くには第6異能高等学校も見え、周囲には公園や寮が見える病院の屋上は、そこそこ絶景だ。
「それで?なにかな?」
景色に見惚れる悠馬を現実へと引き戻したのは、星屑の声。
星屑は屋上の端のフェンスに寄りかかると、いつもとはまた違う、全てを知っていて答え合わせをするような表情を浮かべている。
悠馬はそんな彼を見て、氷の異能で刀を生成した。
「お前、人じゃねえだろ」
「どうしてそう思うんだい?」
星屑は含みのある笑みを浮かべながら、悠馬の尋問に臆することなく尋ねる。
「最初からずっとおかしかった。…お前、異能ひとつしか持ってないのに、どうして何年も何十年もこの島に在籍できる?」
「なんでだろうね?実は俺が、もう一つ異能を隠してたりするかも知れないし。それだけで人外認定は、根拠薄弱じゃない?」
確かに、星屑の異能は一つのような雰囲気なのに、この島の第7高校には、都市伝説が存在している。
1年生の教室に、毎年空席がひとつあること。
そしてその人物は、何年も留年している上に教室にすら来ないのに、退学扱いにならないこと。
星屑は未来を見る力(?)以外は持っていないはずなのに、その異能だけでこの島に長年在籍できているのは、明らかにおかしな話だ。
そもそも彼の外見は、出会った時からなに一つ変わっていない。
悠馬はそれだけじゃ根拠が薄いと話す星屑を見て、一歩詰め寄る。
「2つ目、俺は別の時間軸でお前に会った」
正確には、初代異能王の力で、暁悠馬が悪羅百鬼となるルートで星屑と話した。
その時は特に違和感もなにも感じなかったが、よくよく考えてみると、それもおかしな話だ。
「俺は別時間軸では招かれざる客で、本来だれからも認識されることも、干渉されることもない。なのにその時間軸のお前は、普通に俺に話しかけてきたし、触れることさえできた」
悠馬は招かれざる客だから、本来、1人で傍観することしか出来なかったはずなのに、星屑はその世界の星屑だというのに、干渉してきた。
当時反転セカイを持っていた悠馬ですら干渉できなかったのに、その反転セカイを上回り普通に干渉できるということはつまり…彼は反転セカイよりも上の異能を保持しているということだ。
「まじか。完璧に普通の人間を演じてるつもりだったんだけどなぁ…参考までに、他は?」
「混沌から逃げる際、お前は生身の身体なのに、レベル66の聖魔と同じ速度で走っていた。いくら身体能力が高くても、混沌のように肉体改造でもしていなければそれは不可能だ。…それと、逃げる際に俺がお前の異能を確認すると、お前は権能だとわざわざ言い換えた。咄嗟のことで、頭が回ってなかったんだろ?」
混沌がルクスの身体を改造するまでは、確信がなかった。
しかしルクスの身体が異能なしで鳴神と同速で動いているのを見て、星屑ももしかすると…と思った。
それと権能。
権能と言う表現は、人間は基本的に使わない。
何しろ人間に与えられるのは異能であって、権能を保持するのは神だ。
なのに星屑は悠馬が異能という表現を使うと、権能だと訂正を入れた。
おそらく無意識で訂正したのだろうが、悠馬はそこでようやく、彼が人じゃないのだと悟った。
「なるほどね…混沌の異能のヒントと、俺の失言を見逃さなかったわけだ。いやぁ…さすが、セカイの保有者なだけあるね」
「答えろ。お前は何者だ?お前が悪神なのか?」
両手を上げ、降参だと言いたげな星屑に目を細める悠馬は、刀の刃先を星屑へと向けて威嚇をする。
生温い風が吹き抜け、星屑は脱力したような、冷めたような瞳でゆっくりと手を下ろす。
「それはヒミツ。でもわかってるんじゃない?少なくとも俺は、暁悠馬、君の選択肢を最良にする存在だったはずだ」
「確かにな。お前のおかげで、なにも失わずに済んだのは事実だ。でも。ただ…」
疑問がある。
星屑がいたから、花蓮を救えたし、これまでの出来事だって、星屑がいたから最良の選択になった。
何も失わずに、大切なモノを、大切な人たちを守ることができた。
「お前は何がしたいんだ?」
それが最大の疑問。
星屑が神だというなら、なぜ悠馬を騙し続けたのか、なぜ手助けしてくれたのか、全くわからない。
そもそも神がこの世界に人の形で存在していること自体が稀有な例だし、ヘルメスのように、勝手気ままに人界へと降り立てば、神はかなりの罰を受ける。
「だって不公平だと思わない?悪神はこの世界で混沌に物語能力を授けたのに、他の神はこの世界を守るために、結界の契約しかできない」
確かに不公平というか、悪神に対し圧倒的に他の神々が不利だ。
混沌は物語能力でレベルが89まで上昇したのに対し、神々と契約した結界保持者のレベルは、ほとんど誤差の範囲でしか変化しない。
「だから俺が最低限の選択肢を与えるようにした。ヒントを与え、備えさせ、可能性を与えた。まぁ、所々悪神の介入もあって干渉できなかったけど…結果君は暁悠馬として、最良のエンディングに導いた」
「エンディング?」
エンディングと言われたら思い浮かべるのは、あのエンディングだ。
「そう!君が高校生時に為すべき選択は、全て終わった!君は卒業まで、今回みたいな大きな特異点に衝突することはない」
「ほう…」
つまり、高校生活中はこれ以上星屑が選択を迫ってくることはないということだ。
文字通り、最良のエンディング、最高のエンディングを迎えつつある悠馬は、氷の刀を炎で溶かして蒸発させると、その場に座り込んでため息を吐いた。
「じゃあ俺は、これから卒業までは安泰なのか?」
「今の君の能力があれば、問題ないだろうね。小さなイザコザは起こるだろうけど、ティナや混沌に比べればカス同然だよ」
星屑はそう言って笑った。悠馬はそんな彼を見て、再びため息を吐く。
「ま、これ以上面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。可能なら俺以外の奴にやらせてくれよ。松山とか覇王とか」
「君、松山覇王に恨み持ってるの?…まぁ、彼でもそこそこはやれるだろうけどね」
自分が楽をするために、全てを覇王に擦りつけようとするクズな悠馬。
悠馬は覇王の実力を認めている。単純なスペック、潜在能力的に、彼は経験さえ積めば寺坂と同等、もしかすると覚者の領域にたどり着くかもしれない逸材だ。
だから正直、自分自身が出張らなくても解決するなら、彼の成長を見てみたい。
悠馬ほどとは行かないが、それでもオリヴィアに並ぶほどの潜在能力を秘めている覇王ならば、同学年の中の最良のライバルになってくれるかもしれない。
星屑は悠馬の嫌がらせのような擦りつけ発言を聞いて苦笑いを浮かべると、指を鳴らした。
パチンと、青空の広がる微風の中に乾いた音が響き、悠馬は吹き抜けた風の影響で目を瞑る。
「17年後、また会おう」
「…は?おい!」
17年後、また。その発言は暗に、17年後、悠馬でしか手に負えない特異点が存在しているような発言だった。
指を鳴らしてそう発言した星屑に、悠馬は慌てて目を開いて何かを聞こうとするが、病院の屋上には悠馬以外の影は残っていなかった。
まるで最初から、そこには悠馬しか居なかったように。
一先ずこれでおしまいです。ありがとうございました!




