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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
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煌く日々を明日も君と2

 ICUと書かれた扉の内側で、白髪の医者は黒髪の少年と向き合う。


 彼の外見には、外傷は何一つとして残っていなかった。

 無傷という言葉が相応しいほど綺麗な皮膚は、擦り傷一つなく、ICUに運び込まれた割には、どこを治療されているのかすらわからない。


 しかし白髪の医者は、そんな悠馬を見下ろし、難しそうな表情を浮かべていた。


「……一体なにをすれば、こんなにぐちゃぐちゃになるんだ?」


 悠馬は外見に傷はない。そう、外見〝には〟

 しかし彼の身体の内側は、医者でも手をこまねくほどぐちゃぐちゃで、とても現代の医術では治療できるものではなかった。


「そもそも、生きているのがおかしいんだ…」


 身体は内側からめちゃくちゃで、レントゲンを撮ったときには心臓すら破裂していたし、脳みそだって異常な温度で熱されたのか、熱中症などという次元のものではなかった。


 外傷こそないものの、悠馬の体の内側は、大半の臓器が悲惨な状況になっていた。


「どうだ?治りそうか?」


 難しそうな表情をする医者の背後から、スーツの男が近づいてくる。


 スーツの彼の背後には、この異能島の統括である間宮と十河の姿もあり、知る人が見れば何事かと転げ落ちるほど、この事態の異常性を感じさせられる。


「寺坂総帥……3週間前、黒咲という少年が引きずって彼を連れてきましたが…正直我々にはなにもできることがありません」


 黒いスーツに身を包み、マスクにゴム手袋まで付けて極力菌が入らないようにしている寺坂は、外傷だけは完全に再生している悠馬を一瞥し、医者を見る。


「…現代の医学では、破裂した心臓を元どおりに修復することなんてできません…」


 寺坂の機嫌を損ねたと思ったのか、医者は聞いていないことまで話す。

 現代の医学では心臓の修復なんて無理だから、どこに行ったって結果は同じで、自分は悪くない。


 遠回しにそう話す医者を見て、寺坂の背後からひょっこりと顔を出した小太りの男、十河は、寺坂よりも短い手を伸ばし、モニターを指差した。


「何を言っとるんだ?心臓は動いとるだろう」


 モニターには確かに、悠馬のと思わしきバイタルが映し出され、それはすべて通常の人間と何ら変わらない数値を叩き出している。


 普通に、悠馬の体内がどうなっているのか知らない人が見れば、この医者は何を言っているんだ?と思いたくもなるだろう。


「彼の心臓は…壊れているのに動いているんです。どういう原理かはわかりませんが、バイタルが正常な以上、下手に手術をするよりは安全かと思うのですが…」


 運び込まれてきてから今日までずっと、バイタルは正常だった。

 だから医者は、出来もしないのに下手に緊急手術をして、事態を悪化させるべきではないと判断したわけだ。


 元々現代医学で助けられないのだから、バイタルが落ち着いているなら放置する他の選択肢はない。


 医者は話し相手がこの島の統括とこの国のトップとあってか、萎縮しながら頭を下げた。


「私どもはお手上げです。…バイタルは正常ですが、いつ死んでもおかしくない状況のため、ご両親をお呼びしたほうが良いかと」


「…彼に両親はいない。祖父母もほぼ離縁状態だ。呼んだところで来ないだろう」


「……この年で…ですか…」


 なんと哀れなのだろう。医者は悠馬へと哀れみの視線を向ける。


 普通、離縁と言われたら大人になって自由になった際に離れていくもので、高校生の時に離縁なんてされたら、それこそ生きていくのすら難しくなる。


 両親も亡くなり、祖父母からも見捨てられていると聞いた医者は、少し考え込むような仕草を取り、寺坂を見た。


「でしたら…彼の見舞いによく来ている女子生徒と面会させては如何でしょうか?」


 それは医者からの、最大限の善意だった。

 普通、こういうところには仲の良い友人と言えど家族の了承なしに入れたりしないが、家族が来ない以上、この島で共に過ごし、今日まで見舞いに来てくれている学生くらい入れてあげたい。


 悠馬を哀れだと感じたからこそ、最大限の善意を贈ろうとしている医者に、寺坂は背を向けた。


「ああ。それは貴方に任せよう。…済まないが、我々も後処理があるからな」



「良かったんですかい?」


 悠馬へと振り返らず歩き始めた寺坂へと、十河が訊ねる。


 十河自身も、悠馬についてはよく知っていた。

 自分の知っている篠原美月の恋人で、この異能島で最も強い男。それが暁悠馬だ。


 この島の理事で働く者なら、誰もが知っているその名前についつい口を開いた十河は、寺坂の表情を見てから口を閉ざした。


「ああ…そのうち起きるはずだ。…それより、第1異能高等学校脇の海岸に漂着していた、使徒と思わしき存在について報告を纏めるとしよう」


「一般の被害者もそれなりに出ていることから、これは世間から叩かれることは間違いないでしょう」


 間宮が冷静に話す。

 今回の一件は、世間にも明るみになってしまった。


 さすがに混沌の名前は出せないため、情報統制という形で全く別の犯罪者の名前を出して罪を着せることになるだろうが、事態はそれだけでは済まない。


 合宿の時と違い、実際に使徒の写真や異能を使って応戦する学生たちの写真が撮影されている以上、異能島の在り方というもの自体に疑問を持つ大人たちも増えるはずだ。


 ここ最近、失態続きの異能島を問題視する評論家は多いわけだし、ヘイトは自然とこの島に向かう。


 やることが山積みの寺坂は、悠馬を気遣うよりも、自分の仕事をこなしたほうがいい。寺坂は頭を抱えながら、小さく口を開く。


「君には助けられてばかりだな…」



 ***



 場所変わり、悠馬の寮内。

 この寮の主人である悠馬が3週間も不在にも関わらず、彼の寮は相変わらず電気が灯ったままだ。


「行かなくていいんですか?」


 電気のついた室内の、リビングのテーブルの椅子に座る翠髪の女性、セレスティーネ・セレスローゼを見る黒髪の男性、聖魔は、壁際に立ったまま口を開いた。


「…悠馬さまを止めなかったのは私の落ち度です。…そんな女が、どうして顔を出せましょうか」


 セレスは自分を責めていた。

 悠馬の身体がマズい状態にあることを、彼女は一番最初に知っていた。


 治癒を使う過程において、悠馬が動くのですら苦痛に感じるような状況で戦っていたというのに、そんな悠馬を止めることすらできずに、結果として彼は意識不明。


 完全に悠馬の落ち度ではあるものの、それだけで済ますことのできないセレスは、瞳に涙を溜める。


「それに…私が一番年上なのに、きっと悠馬さまを見たら泣いてしまいますから」


 年上である自分は、周囲を落ち着かせる立場でなければならない。

 自分の在り方をそう考えるセレスは、夕夏たちに対しては今日の今日まで気丈に振る舞ってきている。


 しかし聖魔の前では、不安を隠す必要はない。

 人とは全く違う存在の聖魔に弱音を打ち明けるセレスは、涙を拭いながらテーブルに突っ伏す。


「申し訳ない。…本来だったら、私が悠馬さんの役目を担うべきでした」


 悠馬のシャドウ・レイが完成していないことはわかっていたし、反動も考慮して、自分がシャドウ・レイを放つべきだった。


 聖魔自身、混沌に危害を加えることができないものの、何らかの方法で攻撃が通ったのではないかと考える聖魔は、真っ黒な瞳で天井を見上げる。


「悠馬さまとルクスさまは…目覚めるのでしょうか?」


「…目覚めますとも。貴女方が信じる限り、あの方はいくらだって目を覚まします」


 聖魔は悠馬の全てを知っているわけじゃないが、短い期間を共に過ごす中で、彼が簡単に死ぬことはないという確信があった。


 混沌が敵だろうが、例え神が敵だろうが、悠馬が負けることや、死ぬことはないと考える聖魔は、人気のないビーチの砂浜を見て、窓に手を当てた。


「さて…と。セレスティーネさん。あまり引きこもっていてはお体に障りますよ。散歩がてら、悠馬さんの病院へ向かうとしましょう」


 セレスはこの3週間、一切外へ出ず、日の光もまともに浴びず、テーブルの椅子に座るだけの日々を過ごしている。


 無気力状態のセレスの身を案じる聖魔は、悠馬が目覚めた時のことを考えて、無理にでもセレスを外出させようとする。


 そんな聖魔の思惑が蠢く中、室内にはどんよりとした雰囲気をぶち壊すような、陽気なメロディが聞こえてきた。


 テーブルを軽く振動させ、暗い雰囲気の中で陽気に鳴るメロディの元は、セレスのスマートフォンだ。


 彼女らしい、傷ひとつ入っていない新品同様のスマホの画面には、花蓮の名前が記されていた。


 セレスは着信相手を見るや否や、テーブルへと手を伸ばし、スマホを手にする。


 この電話に出るのが、すごく怖い。

 悠馬が倒れてから、花蓮から電話がかかってくることはなかった。


 だからそこから割り出される結論は、悠馬が目覚めたのか、それとも若しくは…


 最悪の可能性すらある電話に出たくないのは、当然のことだ。

 悠馬がどういう状況なのか知っているだけに、不安を隠しきれないセレスは、恐る恐る応答のボタンをタップし、端末を耳に当てた。


「もしもし…」


 意を決して通話に応答したセレス。

 彼女が第一声を発すると、セレスに返ってきたのは数秒の沈黙だった。


「あの…花蓮さま?」


 セレスは間髪入れずに花蓮の名前を呼ぶ。僅か2.3秒ほどレスポンスがなかっただけで、ただ単に電波が悪いだけの可能性もあるかもしれないが、そんなことよりも電話の内容が知りたいセレスは、直後に花蓮の嗚咽が聞こえ、自身の視界が歪むような感覚に襲われた。


 レスポンスの遅さに加え、その直後に聞こえてきた嗚咽。

 それだけ聞けば、もう答えは導き出せるようなものだ。


 唇を噛み、額に手を当てたセレスは、テーブルに肘を付いて瞳を閉じた。


「落ち着いて…お話しください」


 きっと、助からなかったのだろう。

 これまで様々な奇跡にも近い必然を生み出してきた悠馬だが、今回ばかりは、不可能だった。


 今にも泣き出したい気持ちのセレスは、目尻に涙を溜めながらも、花蓮を宥めることに専念した。


「悠馬が…悠馬が起きたの…」


「……」


 一度深呼吸をしてから、嗚咽混じりに聞こえてきた声。

 セレスはその言葉が何を意味するのか、一瞬理解できずに思考停止に陥った。


「…へ?」


 初めて聞く、セレスの間抜けな声。

 大きく目を見開き、頬に涙が伝っていることなどガン無視のセレスは、不意打ちを喰らったような表情で顔を上げた。


 そりゃそうだ。

 普通に考えて、このどんよりした雰囲気でかかってくる電話と言えば悲しいお話と思うし、花蓮の反応からしても、悲しいお知らせだと勘違いしてしまう。


 しかし花蓮はただ単に、悠馬が目覚めたことで泣いているだけで、セレスが思っているような悠馬が亡くなるような事態には陥っていない。


「悠馬が起きたわ!病院に来て!」


 思考停止に陥っているセレスを現実へ引き戻すような、花蓮の凛とした声。


 ハッと我に返ったセレスは、反射的に椅子からガタンと立ち上がると、これまで感じなかった、心の奥底から湧き上がってくる喜びという感情を感じ、瞳を輝かせた。


「すぐに向かいますっ!」



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