女子部屋へ
風呂から上がり、動きやすい私服へと着替えた悠馬は、廊下を歩いていた。
古く懐かしい木の香りのする廊下。
歩くとほんの少しだけ木の軋む音がするのが心地よい。
「な、なぁ暁。本当に俺らも行っていいのか?」
そんな、小さな木の軋む音に耳をすませていた悠馬を妨害したのは、後ろを歩く黒髪の男、碇谷だった。
そして碇谷の背後に続くアダムは、特に何も話はしない。
「そう書いてあったんだから、逆にお前ら置いてった方が変な感じになるだろ?」
緊張気味の碇谷の方など振り向かずに答えた悠馬は、ちょうど渡り廊下の部分から見える綺麗な夜景と、月に輝くハイビスカスの赤い花を眺めながら、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。
まだまだ消灯時刻まで時間もあり、肝試しというイベントも控えているためか、教員たちの姿は見えない。
もし仮に教員たちが女子たちの部屋のゾーンへ向かう男子を見かけたら、冷やかしたり、下手をすると怒られて引き返さないといけなくなる可能性もあったのだが、今日は運も味方をしてくれているらしい。
なんの問題もなく、渡り廊下、正面玄関を抜けて女子の宿泊ゾーンの廊下へとたどり着いた悠馬は、廊下まで聞こえてくる、室内からの女子たちの声を聞く。
キャッキャウフフといった感じの、本当に合宿を楽しんでいそうな声だ。
「しっかし、賑やかだなー。男子の方はあんまり騒がしくないのにな!」
悠馬と碇谷のその後ろを歩くアダムは、両手を頭の後ろに回して呑気な声をあげる。
「まぁ、男子ほど闘争心ギラギラの女子はいないからな」
男子の中では、未だに一匹オオカミの生徒や、俺が中心じゃないと納得がいかないといった生徒もいるため、こんなにギャーギャーと騒いでいるところは少ない。
対する女子は、既に合宿の環境にも慣れ、クラス内外を問わず仲良くなっているような雰囲気だ。
「お、ここだ」
扉の前に貼られている文字盤、126号室と記されたその部屋の前で立ち止まる悠馬。
緊張した様子の碇谷と、マイペースなアダムがついてしていることを確認すると、なんの躊躇いもなく、その扉をノックした。
「お、おい!俺まだ心の準備が!」
「はは!気合いでなんとかしろよ碇谷ぁ!」
「う、うるせぇな!」
心の準備ができていないと言いながらも、アダムにキレるだけの余裕はあったようだ。
気合いでなんとかしろというアダムに向かって怒鳴りつけた碇谷だったが、今回はいつものような言い合いは始まらずに、そのまま大人しくなる。
「はーい」
2人が話をやめると同時に、小さく開かれた扉。
その扉の先から現れた女子生徒を見た碇谷とアダムは、そのまま息を飲んだ。
「っ…近くで見るとやべぇ…」
「可愛い…」
亜麻色の髪に、大きな茶色の瞳。
にっこりと笑ったその姿は、天使と言われても納得してしまうほどだ。
夕夏を見慣れている悠馬と違って、彼女を見慣れていない碇谷とアダムは、まるで信仰している神を目にしたかのように、その場で立ち尽くしていた。
「おい、早く入れよ」
開かれた扉の中に会釈をして入った悠馬。
しかしその後に続いてくるはずの碇谷とアダムが中々足を動かそうとしないため、振り向いて2人を呼ぶ。
「わ、悪い」
「今行く!」
扉を開けた先に広がっていたのは、悠馬たちの寝泊りしていた部屋となんら変わらない、無機質な部屋だった。
変わるものがあるとするなら、男臭い部屋ではなく、女の子の香りが漂う部屋ということくらいだ。
室内には、既にそれなりの人数が集まっていた。
先ずは、今日悠馬を呼び出した夕夏と、彼女と同じ部屋の真里亞と藤咲。
そしてAクラスの美沙とアルカンジュだ。
本来なら3人部屋ということもあり、ほんの少しだけ窮屈になってしまった部屋の中。
「ご、ごめんね?ちょっと窮屈だけど」
「気にしなくていいよ」
「そーそー!俺らのことは気にせず!」
アダムは先程から、アルカンジュの方をじっと見つめながら、申し訳なさそうに謝る夕夏へと、受け答えをする。
「では空いてるそちらに座ってください」
「ああ…ありがと」
夕夏が謝罪をし、それを3人が受け入れると同時に、男子に指示を出す真里亞。
真里亞のことが苦手な悠馬は、なんとも言えない表情を浮かべながら、大人しく空いていたベッドに座る。
「はいはーい!それでは、今日はお集まりいただきありがとうございまーす!」
全員が座ったことにより、早速スピーチを始めたのは、美沙。
このメンバーの中で1番ノリが良さそうで、司会進行役に適しているであろう彼女は、手に持ったトランプを掲げながら、ダァン!とそのトランプを床に置く。
「男子も来てくれてありがとネ」
そういってウィンクをする美沙。
本日、この計画は、夕夏のために真里亞が考案したものだった。
昨晩、夕夏の想い人を知った真里亞は、夕夏の願いを聞き入れ、どうすれば好きだと勘づかれることなく、悠馬を誘き寄せれるかという問題を抱えていた。
なにしろ、女子の部屋に男子を1人だけ呼ぶ、というのは変な噂をされ兼ねないし、さまざまな憶測が行き交うこととなる。
ならばいっそのこと、悠馬の班を丸ごと呼べばその問題は解決されるんじゃないか?という結論に至った。
班でくれば、変な噂も立たないし、互いのメンバーに仲のいい奴らがいたんだろうな。程度で済まされる。
そのため、適当に女子グループでトランプをするんだけど、男子もいた方がいいって話になったから班のメンバー連れて来てほしいな?などというメッセージを送信したのだ。
結果として、悠馬を釣ることに成功した。
まだまだ計画は序盤なのだが、今のところは順調に進んでいると考えていいだろう。
あとは賭けトランプを開催して、悠馬の好み、あわよくば好きな人を聞き出すだけで良いのだ。
その計画を知らずにノコノコと現れた悠馬を一度見た真里亞は、ニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべる。
その視線を感じ取った悠馬は、一度ブルっと全身を震わせた。
「何すんだ?アル」
しかし、真里亞の計画にも些細な狂いが見つかった。
それは、夕夏が仲のいいアルカンジュが、アダムに惚れていて、おそらくアダムもアルカンジュに惚れているということだ。
島の中学校へ転向して来た時期も一緒の2人は、高校までもが一緒。
そして2人が視線を合わせては、頬を赤らめている様子を見ていた真里亞は、その些細な狂いを鼻で笑って見せると、夕夏にウィンクをして見せた。
その様子を見ていた夕夏も、真里亞に向かってウィンクを返す。
「さて!さてさて!肝試しまでまだお時間があるわけで、それまで賭けトランプをしようと思うんですが〜、男子の皆さんはよろしいでしょうか〜?」
予め部屋ですることを決めていた真里亞の台本通りに事を進める美沙。
「お、お金とかの賭けじゃないよな?」
「当たり前じゃん!賭けるのは1位の人が最下位の人に質問をする権利!そして最下位の人がその質問に答える義務!」
それを聞いた碇谷とアダムは、大盛り上がりだ。
なにしろ、1位になれば、最下位になった人に質問をできるのだ。
もしかするとアダムは大好きなアルカンジュに好きな人を聞けるかもしれないし、碇谷だって可愛い女子たちの好みを聞き出せる可能性もある。
そんな、目の前に宝が転がっているようなこの状況で、遠慮しておくなどという男子はいないだろう。
そして、もし仮に悠馬があまりノリ気でなくても、2人が参加したとなると、逃げ出すことはしづらい。
美少女たちを集め、外堀から埋めた真里亞の計画は覿面だった。
喜ぶ2人を見て、首を縦に振った悠馬を確認した美沙は、口元を緩めながら首を何度か縦に振ると、トランプを繰り始めた。
「因みに、変な質問はダメだからね?ちゃんと、ここにいるメンバーの過半数がオッケーを出した質問しか出来ませーん!」
「おっけいです!」
即答する碇谷。それにつられて、悠馬とアダムも頷く。
しかしそのルールは、男子たちにとっては不利なものとなっていた。
過半数。今のこの状況、男子が3人で女子は5人。
男子が過半数になるためには、最低でも2人の女子生徒を味方につけなければならないのだ。
だからもし仮に、女子に好きな人を質問して、女子たちが全員ダメだと答えれば、ダメになる。基本的に女子からすれば、自由なルールなのである。
しかし、男子たちに対する質問は、裏で繋がっている女子たちからすれば、相手が何と言おうが、確定で答えなければならない、絶対服従のルールだ。
「それじゃ、まずは4人グループを決めて、各グループ1位と2位が決勝っていうトーナメント方式ね!」
形式はトーナメント方式。
合計で3人、3回の質問が可能なその方式は、多くて2度のチャンスが回ってくるということだ。
予め、計画的に振り分けられていた対戦チームを発表する真里亞。
第1回戦のメンバーは、夕夏、悠馬、美沙、藤咲。
第2回戦のメンバーは、アダム、碇谷、真里亞、アルカンジュということになっている。
「それじゃあ、1回戦のメンバー、よろしくお願いしまーす」
美沙がそう告げると同時に、一歩前へと出た3人。
これから自分が狙い撃ちされるなどと知らない悠馬は、呑気な表情だ。
「夕夏から時計回りでどう?」
「いいよ」
ここも安全策を取っていた真里亞。
ババ抜きの順番は、夕夏→美沙→悠馬→藤咲→夕夏…という順番になっている。
なぜこの順番なのか。
それは美沙は、視線を一定の場所に集中させるという異能を使えるのだ。
だから、もし仮に美沙がジョーカーを持っていた場合、自然な形で悠馬の視線を誘導させて、ジョーカーを引かせることが可能なのだ。
そして藤咲。彼女は透視という能力を持っている。トランプ程度なら相手が何を持っているか軽く見抜ける上に、異能を使用してもモーションがない。
つまり、異能を使っていることは自己申告でしかバレないのだ。
そんな悪魔のような異能を組み合わされた間に座らされた悠馬。
種明かしがされれば、発狂することだろう。
これは最初から、悠馬を負けさせるために用意された舞台なのだ。
「うっ…」
しかしこの計画は、夕夏は知っているわけではない。
賭けトランプをして、悠馬を負けさせて好きな人を聞くというところまでは承諾した彼女だったのだが、不正を使って勝利は良くないと言って消極的になっていたのだ。
だからこれは現在、悠馬と夕夏、そして碇谷とアダムのみが知らない、計画された負け戦だ。
初手でいきなりジョーカーを持っていた夕夏は、引きつった表情を浮かべたものの、昨晩のババ抜きで起こった出来事を踏まえ、研究を重ねていた。
元々優秀な夕夏なのだから、自分が負けた原因が解明されれば、ほぼ無敵のようなものだ。
藤咲のトランプを1枚引いた夕夏は、原因究明の集大成を美沙に見せる。
ジョーカーのところで潤った目を見せて、他のカードの時は嬉しそうな表情を。
しかしそれは、完全な逆効果だ。
最初からジョーカーを取り行きたい美沙からしたら、夕夏が嬉しそうな表情をするカードを取らなければならないのだ。
つまりそれは、現状でいうとジョーカー以外のカードが当てはまるのだ。
最初にジョーカーに触れた美沙だったが、夕夏が悲しげな表情をした為、横のカードに移り、夕夏の喜んだ表情を確認してからカードを手にする。
「??」
しかしそれは、当然ジョーカーではない。
昨日のトランプで夕夏は表情に出ると、そう把握していた美沙だったが、自分の手にしたカードがジョーカーではない全くの別物だと知り、首をかしげる。
「さ、次悠馬〜」
あまり長時間悩んでいてもラチがあかない為、いつもとなんら変わらぬ表情に戻った美沙は、ジョーカーなどないのに、悠馬をビビらせながら楽しむ。
「お、1つ減った」
ジョーカーなど持っていない美沙のお遊びに、真剣に付き合った悠馬は、手にしたカードで1枚目のペアが完成し、4人の中心にトランプを置く。
「じゃあ私も」
藤咲は迷いなく、悠馬からトランプを1枚引き抜くと、ペアが揃い、その揃ったトランプを、悠馬と同じ場所に重なる。
この計画の要は、藤咲だ。
藤咲にはある役目が、真里亞から言い渡されていた。
それは、ジョーカーを絶対に引かないことと、悠馬の手札にジョーカーがある場合は、最後まで残ること。
そして悠馬の手札にジョーカーが回らないと判断した場合は、決勝トーナメントへ上るために2位以内で上がりを決めることだ。
異能で周りの手札が手に取るようにわかる藤咲からすれば、どちらの指示もいとも容易く実行できることだろう。
真里亞の指示通り、そして夕夏という名の友の恋の背中の後押しのために、負ける気など微塵もない藤咲は、余裕そうな涼しい表情で、夕夏へとトランプを向けた。
「さ、夕夏の番よ」
「う、うん!」
先ほどのフェイントが美沙に通用しなかったせいか、真剣な表情をしていた夕夏だったが、藤咲から声がかかると、迷いなくトランプを1枚引き抜く。
こうして不正アリアリの、賭けトランプは幕を開けたのだった。




